第9話・はじめての失敗
「わ────っ!!アプロアプロアプロ助けてーっ!!」
我ながら無様なことこの上無いわめき声をあげながら、今日もわたしは逃げ惑います…っていうか、今回は流石にちょっと洒落になりません。
「…くっ…って、鋲牙の閃三発で倒れないってなんて堅さだよっ!!」
開幕一発目だけは冷静沈着なマイネルも、今日に限ればずっと焦りを見せっぱなしです。
「…………ふんっ!!」
ゴゥリンさんだけはいつも通りなので、まったくもって頼もしい限りなのですが、あの斧槍をぶん回してる場所に駆け込んで守ってもらおうというのは、ちょっと無理があります。
「アコっ!!呪言始めるからこっちに来い!」
そんな二人の様子を横目に全力で逃げ回っていたわたしですが、ようやくアプロの方からお呼びがかかりました。アプロが聖精石の剣に呪言を捧げている間、どーいうわけか魔獣たちはアプロを避けるので、その間アプロの周りは安全地帯となるのです。
「もー、今日はえらい時間かかったじゃないですかー。あんな大物相手だと思いませんでしたよ」
「悪い、勝手が分からなくて呪言を編み直していた。使うのが初めてになるけど…まあ大丈夫だろ」
…なんか不安。
アプロの剣はまるごと聖精石。当然威力も半端ないのですが、使われている石の量が多いということは、力を起動するための呪言も相応に長くなるもの、らしいです。
マイネルとゴゥリンさんは、そのアプロが起動準備をしている間に魔獣の相手をするのが基本的な役目ですね。唱え始めてしまえばアプロは安全になるのですが、相手に合わせて呪言の用意をしている間は、やっぱり無防備、とまではいなかくとも、本来の力で剣技を振るう、というわけにはいかないようです。
ま、わたしにとっては、安全の保証をしてくれる場所ということで、とてとてと近寄って足下にぺたんとへたり込むわたしでした。
というのもですね、今回の魔獣はなんとも洒落にならない相手だったもので…いつもより本気を七割増しくらいで逃げ回ってたもので…なんなんですか、胸回りが三メートル近くありそーなムキムキのカンガルーって。筋肉お化けですよ、筋肉お化け。
わたしの目の前で、ボクシングのフックみたいなパンチをいっぺん空振りしてましたけど、風圧だけで鞭打ちになるかと思いましたもの。
そーいうわけでしたので、いつもなら一発で魔獣一匹を仕留めるマイネルの鋲牙閃も冴えず、ゴゥリンさんのぶん回す斧槍も時々真っ正面から受け止められていたりと、わたしは四回目にして冗談抜きに、命の危機を覚えていたのでした。
「………グァバンティルの姫御子の銘を以て命じる」
始まりました。名乗りから始まるとは前回までとちょっと違いますね。何か意味でもあるんでしょうか…と、一心不乱に呪言を唱えるアプロの顔を見ます。
剣の方は、剣道で言う所の中段の構え。視線はいつもより大分おっきな穴に向けられています。こーいう時、アプロの顔はとても凜々しくて、わたしの視線も自然と惹きつけられるのです…その、アプロの、唇に。
……なんですかねー、こないだあんなことのあった翌朝、アプロは寝不足のわたしを不思議そうな顔で見ながら、何事もなかったように「おはよー、アコ」とすんっっっごくいい笑顔であいさつしてくれたんですよね。一人だけベッドで寝てたもんだから、床の上で毛布といっしょに悶々してたわたしを見下ろす体勢で。
あんときゃ心底アプロを恨んだものですよー。よくもわたしの安眠を奪いやがったな、って。
まあでも、前の晩のクダ巻いてた様子もどこへやら、元気いっぱいに出勤?していったのを見るともう何も言えなくなりまして。それから後は、わたしもそのことを忘れてしまって、いつも通りです。
「…
いつもより呪言は長めに思えます。まー相手が相手なので、その分威力を高めているのかもしれませんけど。
でも、いくら襲ってこないのは分かっているとはいえ、こちらを敵視する様子だけは失わないのは結構胆が冷えます。この状況でアプロが狙われることはない、というよりは、何か怖れるものがあって手を出しかねている、って様子なんです。
もしかしたら今までもそうだったのかもしれなくて、今回の魔獣はおっきいからそーいう意志というか意図がうかがえるだけだったりして、と思うと今さらながらゾッとしないでもありません。
「…アプロー、まだ?」
もう一度その横顔を見上げると、相変わらず目をつむって真剣な顔でした。うっすらと額に汗なんかあらわれていたりします。
「あ……」
また、でした。
アプロの、呪言が紡ぎ出されている唇に目を奪われます。なんなの、わたし。
もー、なんかですね、わたしひとりばっかりヤキモキしてるのが面白くねーってんですよ。翌朝の様子見た限り、アプロはぜんっぜん覚えてないみたいですし。
乙女の唇奪いかけといてそれか!というか自分も一応乙女のハズなのにどーいうつもりだってのよっ!!…って直接聞いてしまおうと何度思ったことか。
結局そーやって悶々としてるうちに、次の穴が現れる、って話が来てしまい、アプロにこの件を問い質す間も無くここにやってきてしまったという次第なのでした。
…よく考えたら旅の間中にアプロと二人きりになる時間だってあるだろーに、わたし何やってたんでしょう。ちょっと反省…
「終わった!みんな伏せろおーっ!!」
え?アプロ?何か叫んで…
「アコっ!!」
わっ…ひゃぁっ?!
中段に構えた剣を大きく振りかぶったアプロが、こちらに怒鳴りつけてきました。
ようやく気付いて、わたしは慌てて頭を下げます。一瞬前までわたしの頭があった空間を、アプロの剣が薙いでいきました。こわっ!
「顕現───せよっ!!」
横溜めにに構えた剣を、アプロは全力で振り抜きます。その軌跡の後に続いたのは薄く扇状に広がる光。放たれたそれは、一切の輝きを失わずに周囲の空間を薙ぎ払っていきます。
見るとマイネルもゴゥリンさんもとうに予測済みか、体を投げ出すように横になっていました。それを折とみたか、五体の筋肉カンガルーは襲いかかる構えを見せていましたが…。
「…うひゃぁ……」
音も無く魔獣たちに達した光は、何の妨げもないかのようにカンガルーの体を透過し、その先端が百メートルも進んだ頃に…一斉に霧散してしまいました。
その光の掻き消えた後に残ったのは…グロっ!って思わず叫びそーになるような光景。すなわち、体を両断されて、十になった魔獣たちの死体なのでした。
……いや、マジでないわー。
まあ幸いにしていつも通り、そんなアレな眺めは薄くなって消えてしまったのですけれど。
「……また今回は無茶苦茶な威力だなあ…」
風にのってこちらにも届いたマイネルの感想に、わたしも同感です。
見る度に派手になってくアプロの必殺技ですけど、味方まで巻き込みそーになるとか、ちょっと洒落にならないレベルです。
「アコー。ぼけっとしてないで、ほら」
「あ…」
一番先に我に返ったアプロの声で気付きます。そうそう、ここから先はわたしのお仕事なのですけれど、肝心の布がまだ現れません。いつもならそろそろわたしの手の上にぽっこりと現れるんですけど。
「アプロー。まだ布出てこないよー?」
「まだって…ほら、あれ」
「え?」
周囲を見回していたわたしに、アプロの声。そちらを見ると上を指さしています。
「上?……って、ええええええええっ?!」
なんということでしょう。頭のすぐ上に見えたのは、畳十枚くらいはありそうな面積の、黒い布。
それが風に煽られながらも、ゆっくりと降下してきていたのです。
「でかすぎっ!」
「そりゃ穴から出てきた魔獣が大物だしなあ。アコ、頼む」
「頼むって言ったって…えーっと…」
慌てて針をとりだして糸を繰り出します。いやあの、お裁縫ってレベルのサイズじゃないアレをわたしにどーしろと…?
って、呆けてる場合じゃありません。急いであの布の穴を塞がないとまた魔獣が出てきてしまいます。
落下を待つまでもなく、手の届く高さにまで降りてきた布を引っ掴み、急いで穴の端を探り当て、針を当てるのですが…一体何めーとる縫わないといけないんですかこれっ?!
ぼやいていても始まりません。とにかく急いで針を通します。
「急いでアコ!」
マイネルの声もどこか焦った風です。急げって言ったって…。
とにかくせき立てられるままに縫い進めていき、どうにか三十センチばかりまとめた辺りで、またマイネルの声。
「ああーっ、また出てきた!ゴゥリン、止めないと!」
「………(ブンッ!)」
斧槍を振るう音と供に二人がまた現れた魔獣に立ち向かっていく様子を他所に、わたしは手元に集中していましたが…。
「アコ、裂けてる!」
「え?…きゃーっ?!」
縫い進めている先を見ると、これ以上先には進ませないとばかりに穴が大きく開き始めてました。
針の辺りも、まだまとめてない縫い目が解けていきます。というか、糸が伸びていって…
「切れたーっ?!」
「ええっ?!」
切れました。慌てて少し戻って縫いしろを揃えようとしましたが、そんな間も無く糸はブチブチと音を立てて切れていきます。
「アプローっ!だめ、失敗ーっ!」
「えーっ?!ちょっ………ああもう、マイネル、ゴゥリン!一時撤退ーっ!」
わたしの手から離れた布の裂け目が更に広がっていくのを見たアプロは、再出現した一体目の魔獣に駆け寄ろうとしていた二人にそう告げると、わたしの手をとって穴を背に、すたこらと逃げ出すのでした。
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