第67話・野心の名はKONAMON その6
「ちょ、ちょっとベクテくん?何があったんです?」
そりゃまあプロデューサーとしては確認したくもなりますって。
確かに人通りの多いとは言えない場所ですから、ひっきりなしにお客さんが押し寄せる、なんて妄想はしてませんでしたけど、通りすがるひとの大半は怪訝な顔で屋台を一瞥し、立ち止まりもせずに通り過ぎるという状況。
それを前にして屋台の主は声かけもせず、為す術無くただ立ち尽くしておりました、って有様までは予想出来ませんもの。
「あのー、見たところ繁盛してる、って感じではなさそーですが、あなた何やってたんです?」
「ア、アコさぁぁぁん…」
「ああはいはい、よくはわかりませんけど、こんな小娘に泣きつくんじゃありません。いーから今まで何してたか話してくださいよ。別に怒ってませんから」
年下の、とはいえこの世界でたくましく?自活してる男の子がこーも情けない顔してたんでは、怒る気も失せるってもんです。
ともかく、わたしの登場で落ち着いたのかタガが外れたのか、ベクテくんは朝からここでやってたことを、口数多く一通り説明してくれました。
いわく。
昨日のうちに自主的に屋台の準備はしておいたので(こーいうとこはしっかりしてる子です)、朝来て店を開いた。
何を売ってるかわからなければお客も来ないだろうから(まあ、もっともな話です)、オコノミヤキ、とちっさく書いた貼り紙を掲げて待ってたけれど、この時間になるまで一枚も売れなかった。
領主さまにも力添えしてもらっているのに、一枚も売れなかったらどうしよう、と思っているうちに怖くなってしまい、この状況になっている、と。
…えー、まあ話としてはわかりましたけど、屋台商売としてそれはどーなんですか。
わたしは痛む頭をおさえて、火の気のない焼き台を眺めます。
「…あのですね、今お客さんきたらどーするつもりなんです?これから火を熾すのでしばらくお待ちください、とか言うつもりですか?それ以前に、お客さんが来てないのはわかりますけど、あなた朝から何枚焼きました?」
「ええ…?だって、注文無いのに焼いたら無駄になるじゃないですか」
「そりゃそーですけど、そもそもお客さんはこれで何を売ってるか分からないんですから、実物見せるのが一番手っ取り早いじゃないですか、ってああごめんなさい、だから怒ってませんからそんな顔しないでくださいってば」
流石にベソかき顔になられると、菩薩のごときわたしでもちょっとイラッとしまして。あー、普段アプロみたいなキリッとした子を見てるからわたし妙なトコで基準が高くなってるんですかねー…。
まあ、責任感とかコスト意識があるのは悪いこっちゃないですけど、そんなもの一枚でも売ってから考えりゃいーんですがねー。
「とにかく、一枚焼いてください。商品を見せもしないでお客さん呼べるよーな大店じゃないんですから。はい、店員さん。一枚お願いしますね」
と、わたしは硬貨を渡して注文します。
「え?アコさんからお金を頂くわけには…」
「材料の仕入はアプロの貸し付けですけど、売り上げからきっちり返済しないといけないんですから、ちったあがめつくなりなさいって。あとわたしお昼ご飯食べてないからお腹ペコペコでして」
お腹をさすって困った顔をすると、ようやく余裕が生まれたのかベクテくんは、人好きのする笑顔で「はい、ありがとうございます」と商売人にしては本音の含むところが多めな返事で調理にとりかかるのでした。
焼き台に火が付いて、材料が焼けていく香りがし始めます。
わたしはベクテくんを急かさないよう、お腹が鳴るのをガマンしながら行き交う人の様子を見ます。
まあ大半はもうお腹もくちくなってるのか、いくらか足取りを緩めつつではありますが実際に覗いてくよーな人もおりません。
この街の屋台のお店は好き勝手に営業しているように見えて実は縄張りのようなものがあります。アプロとしても既存のお店の利権を最優先するような真似は、あまりさせたくないみたいなんですが、昔からあるしきたりとかにいきなり切り込むわけにもいかず、まあゆるゆると改善はしていこー、みたいなことを言ってましたね。
ですので、いかにも実入りの良さそうな場所に初出店する、ってわけにもいかないのでしたが、逆にこうして落ち着いてリサーチするにはいいのかもしれません。店主が不慣れでもありますからね。
「…大分手際よくなったじゃないですか。特訓の成果ですね」
「そ、そんなことないですよ。アコさんに比べたらまだまだ…」
「いくらなんでもわたしより上ってこたーないですよ、そりゃあ。でもこれで身を立てていくつもりなら、そのうち目をつむってたって作れるようになりますよ、と、そろそろ良い感じですね」
「はい、じゃあソースをかけますね」
じゅぅ、っと喉の鳴る音を立てながらベクテくんが焼き上がったお好み焼きにソースを塗ります。いいですねー、この瞬間。ガマンしてたお腹もとうとう鳴ってしまいました。
「お、針の嬢ちゃんじゃないか。相変わらず物見高いっつうか目端が利くっつうか…初めての店を見つけて早速かい?」
よし。匂いにつられてかわたしの姿を見かけてかは分かりませんが、興味を持った人が出てきました、っていつも縫い針の研ぎをお願いしてるカルナテさんじゃないですか。
「こんにちは。早速、じゃないですよ。わたしが立ち上げに関わってるんですから」
「おやおや、食いしん坊が高じて自分でお店を作ることになったのかい?」
からからと豪快に笑い飛ばしていますが、これでも三十くらいの女性です。
旦那さんが病気で亡くなってから、子供二人を女手ひとつで育ててるすげーひとです。刃物の研ぎ師をやってる職人さんでもあります。手に職あるとつよいですね。
「自分で食べたいお店作るなら最初っからもっとムボーなくらいにおっきなお店を建てますって」
「あっはっは、ちげぇねえやね。で、何の店なんだい?」
実際興味を持ったのか、カルナテさんはそろそろ焼き上がるひと品をしげしげと見つめています。
お腹がすいてらっしゃるのかどーかは分かりませんが、悪くない反応ではありますね。
「お好み焼き、といいまして。わたしの出身地の名物料理なんですけど、アウロ・ペルニカでもどーかなー、と思ってお店にしてみました。おひとつどーです?」
「ああ、そういや教会に行ってた連中がなんか噂してたねえ…これがそうかい?どれ、ちょうど飯を食い逃してたとこだし、ひとつもらおうかね」
「ありがとうございます。どうかご贔屓にお願いしますね。ベクテくん、わたしの分は後でいーですから、カルナテさんに先に渡してあげてください」
「あ、はい。今巻きますね」
「巻く?どういうこったい……って、ほお、これは面白いね」
ちょっとまだ手付きがたどたどしいけどね、と微笑ましそーに見守りながら、ベクテくんがお好み焼きをくるくる巻いていくのを見ています。
…一銭洋食で思い出したんですけど、割り箸に薄く焼いた生地をはさんでクルクル巻き、ホットドッグのようにして売ってるのがあったんですよね。割り箸はもちろんないので、串を二本束ねて、になりますけど。
食べにくい、という意見で改善したものでしたけど、あまり練習する時間もなかったところ、まあまあ上手くいってるようです。
「はい、お待たせしました」
「ありがとよ。…熱いねえ。もうすぐ雨期も明けるとはいえ、この時期にはありがたいよ」
カルナテさん、ちょっとおっかなびっくり、という様子で串に巻いたものを口に運びます、ってそれを食い入るように見るわたしたちもどーかって話ですけど。
やっぱりね、試食はしてもらってますけど、タダで配られたものと自分でお代を払って食べるものって、受け取り方違うと思うんですよね。
なので初めてのお客さんの反応は気になるところでして。
「…ほふ、ほふ…ん、まあ悪くないじゃないか。変わった味だけど、針の嬢ちゃんの故郷ってのはこういうのが好まれてるのかい?」
「味についてはいろいろありますよ。ただ、こうして屋台みたいなところで売っているものとして一般的な味、ってとこですかね」
子供のおやつみたいに食べられてる場合もありますよ、と言ったら、カルナテさんは感心したようでした。
「冷めてもイケるものかい?」
「さあ、どうでしょう…熱いうちに召し上がって頂く方がいいのは間違いないですけど」
「あ、炭火か何かで軽く炙ると悪くないですよ」
またちょっと味が変わりますけど、とベクテくんがフォローします。ふむ、なかなかやるじゃないですか。
「なるほどね。うちのガキどもにも買ってってやるか。あと二本焼いてくれるかい?」
「あ、は…はい!今すぐ!」
…と、まあ初めての接客としては上々なのでした。
それからは何人かお客さんも覗いてきて、そのうち幾人かは買ってってもらいましたけど、どーもわたしの顔見知りが多くて、そっち方面の伝手頼りだった、といえます。
なんかわたしも午後は、呼び込みとか焼き上がるのを待ってるお客さんの相手とかして時間潰してしまいましたね。
本当はベクテくん一人でやらないといけないのに、我ながら過保護というか、やっぱり気にはなるわけで。
「…少しは売れましたけど、材料結構余っちゃいましたね」
「そうですね。見たところ…あー、うん。辛うじて黒字ってとこでしょう」
「くろじ…?ってなんです?」
「あー、仕入れに対して儲けが出ているかどうかなんですが…まあ帳簿のつけ方なんかはファルルスおばさんに習ってください。税金の計算なんかも必要ですから」
「そうですね…領主さまは今日は来られないんですか?」
アプロのことが気になるみたいです。
そりゃまああれだけ可愛い女の子ですから、男の子としては…ねえ?
「ち、違いますよ!いっぱい手伝ってもらいましたから、何かいい報告が出来ればな、って思っただけです」
「…あー、そうでしたか。ごめんなさい、つまらないこと言ってしまいましたね」
「いえ、こちらこそ」
なんとなくモヤモヤしたものを抱えつつ、屋台の片付けを始めようと提案したところでした。
「どーだー?調子はー」
噂をすればなんとやら。
仕事着のままやってきたアプロでした。その格好してるところを見ると、逃げてきたんですか?
「違うって。気になったからさ、着替えるのも省いて来てみただけ。で、どう?」
どう思います?
と、わたしはベクテくんに水を向けます。
「ええと、買ってくれたお客さんの反応は悪くないと思うんです。ただ、アコさんのお知り合いの人が多かったので、気を遣ったのかもしれないですし、それよりも呼び込むのが難しくって。興味をもってもらうまでが一番大変なんじゃないかと…」
「ふぅん。いろいろ考えてるじゃん。で、どーすればいいと思う?」
これはわたしにも聞いてますね。
ただ、あんまり客商売向きの頭持ってないわたしに聞かれましても。
「アコ」
うーん、と首をひねっていたわたしの背中から、聞き慣れた声。
ようやくお出ましの、ベルでした。
「げ、なんだよお前。私がいるところに顔出すとはいー度胸じゃん」
「…アプロはどうでもいい。アコと屋台のあるところに私が来ないわけがない」
食い気と色気をごっちゃにしたよーなことを言う子ですね。まあでも丁度良かったです。
「ベル、新しいお店作ってみたんですけど試してみません?」
「ん」
もちろんそのつもり、という顔で、硬貨を取りだしてベクテくんに渡しました。こっちは物怖じしない様子ですが、アプロに負けず劣らずキレイな娘の登場、ということでちょっと動揺してる様子のベクテくん、火の落ちかけていた焼き台の火力を調整し、材料を鉄板の上に広げていきます。
ベルはそんな様子をじっと見ています。なんだか随分真剣な様子で、わたしはもとよりアプロまで呑まれたように、黙っていました。
「はい、おまたせしました」
「ありがとう。はむ」
熱くないのかしら、と心配するわたしをよそに、ベルは一口、二口と口に運び、しばし何ごとかを考えていたようでしたが、わたしとアプロをちらと見るとあとはそのまま全部平らげてしまいました。
「…ん、ごちそうさま。美味しかった。この店は明日もやる?」
「…ふぅ、ベルのお墨付きが出れば味は問題ないと思うんですけど」
「…癪に障るけど、アコがそう言うんならそーなんだろ」
ですねえ。この街の屋台料理は多分一通り食べ尽くしてお気に入りだってあるんですから、ベルが贔屓にするくらいなら心配は無いでしょう。
「…でも客の入りが良くない。違う?」
「ええ、それが悩みの種で。何かいい考えありませんか、ベル」
「ちょ、ア、アコ?こいつに意見聞くのか?!」
「だって屋台料理に感してはわたしの知り合いでは一番詳しいんですから。聞かないわけにいかないでしょーに」
わたしたちの関係を測りかねてか、ベクテくんは黙ってやりとりを見てます。ただ、ベルが何か考えているのが気になるのか、割に真剣な顔ではありました。
「…私は期待には応える女。だからアコの悩みも解決。ちょっと、いい?」
「は、はいどうぞ…」
ベル、屋台の裏に回ってベクテくんと場所を代わります。
一体何をやるのか?と見てましたら、調理器具を手に取って今目の前で見た通りに作り始めます。
それも、初めてやるにはなかなかの手際。
コテの扱いも堂に入ったもので、今日一日で結構上達したベクテくんには及ばずとも、食べる専門のアプロがツッコミを入れる隙すら見せません。
「…ちょっと失礼」
え?ベル、何を…と聞く間もあればこそ…ベルは、お玉でソースを少し掬うと、火勢の強くない炭の端の方に、ザッとかけてしまいました。
「ちょっ…ベルどーしたの…って、あら」
「…へえ」
「あ…」
三人が一様に動きを止めたのは、その香りのせいです。
ソースが、炭火で焦げて、なんとも香ばしい空気が立ち込めてきたのでした。
「…食べ物なのだから、匂いで人を惹きつけるのが一番正しい。ほら」
そしてベルが目を向けた先には、今までだったら視線をくれるたけで通り過ぎていたであろうひとたちの、足を止めてこちらに気を取られている様子。それも一人や二人ではありません。
「なんか美味そうなもん売ってんだな。なんだこりゃ?」
「…新製品。食べてみて」
そんなひとたちの中で、実際にこちらにやって来た人にベルは、小さく切り分けたお好み焼きを一切れ、コテにのせて渡してあげてます。
割と強面のおじさんなのですが、ベルも物怖じしない子ですね、って今さらですが。
「なんだ、試してみろってか。どら………ほぉ、悪くないねえ。食ったことのない味だが、これはなかなかクセになりそうだ。一つもらおうか」
「毎度。ほら、あとは自分でやって」
「え。あ、ああ、はい。今焼くので少し待ってください」
「あいよ。ちょうど小腹が空いてたとこなんだわ。あまり待たせんなよ、ボウズ」
あんまりプレッシャーかけないで欲しいんですけど、と思いつつベクテくんの手元を見守るわたしでしたが、意外にそつなく、というか周りに目が行かない様子です。
…ここ何日か見てて思ったんですけど、そういうところは割と商売人向きな性格じゃないんですよね、この子。どちらかというと職人向きなんじゃないかな、料理もいつの間にか熱中していましたし、ちゃんと真っ当な料理人目指した方がいいんじゃないかしら、とか思ううちに、串に巻いたお好み焼きが一本、出来上がりました。
「お待たせしました!」
「おう、ありがとよ」
口振りは荒っぽいですが、ベクテくんの手から品を受け取る様子は、待ちきれなかったようにほくほくしてます。
わたしたちの視線が向けられていたことに気付くと「なんだよ、おめえらは」みたいな顔を一瞬しましたが、そこにアプロがいたことが意外だったのか、若干引いた風ではありました。
けれど、屋台を離れると早速口をもぐもぐとさせていく姿を見送ると、結構美味しいものに目の無い気の良いおじさんなのかなあ、と思うわたしなのでした。
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