第111話・アウロ・ペルニカの攻防 その9
「だーかーらー、説明は出来ないんですってば」
「ですが納得いきません!遅れてきたのは仕方ないとしても、どうしてアコはあっさり第三魔獣に対処出来たんですかっ!説明出来ないというのでしたら、その理由を教えてくださいっ!!」
「それも含めて説明出来ないって言ったじゃないですかぁ…もー、わたしだってどうしてこんなことが出来たか分からないんですからー…」
「だからそれが納得いかないんですっ!」
そんなこと言われてもなー、と、荒ぶるマリスを宥めてるマイネルをぼーっと見ながら、思うわたしでした。
アウロ・ペルニカに襲いかかった魔獣の第一陣をまとめて片付け、ローイルという第三魔獣を一体倒し、一先ずわたしとアプロは街に入りました。
なんか二日ほど留守にしてただけにしてはえらく久しぶりに感じたりもしましたけど、どーも日が暮れると魔獣の活動も止むらしく、見張りはつけているものの街の近くに屹立する魔獣の穴を不気味に見ながら、夜を過ごすことになっています。。ちなみにミアマ・ポルテの場合は、活動が下火にこそなったものの全く現れなくなるということはなかったそうで。意味ふめい。
アプロは応援に来てくれたエススカレア、プレナ・ポルテの援軍を交えての会議中。
わたしは、といえばとにかく何があったのかをマリスに説明するため、作戦会議室代わりの教会に来てました。街の外側に近い商業地区にあるので都合がいいのです。
「アコ、聞いておりますの?」
「あーはいはい。けど何度言われたって分からないものは分からないんですよ。こうすれば出来る、っていうのは分かってもどうしてそうなるのか、ってことはさっぱりでして」
「…今はそれでいいです。第三魔獣への対処が聞き及ぶミアマ・ポルテでのように困難でないのでしたら、戦い方もそれに合わせられますし」
「だね。それとアプロも僕らとは別行動した方がいいよ」
マイネルがまたため息交じりに聞き捨てならないことを言います。アプロを一人にするのは、わたしちょっと…。
「そうじゃなくてさ、アプロと一緒だと一般兵がやりづらいんだよ、逆に。やることなすこと想像外過ぎてさ…」
「でもアプロ一人で魔獣の群れに飛び込むなんてことさせられませんよ…」
「違う違う、アプロは乱戦に参加するんじゃなくて少し離れた場所から呪言で支援する方がいいよ。むしろ一人で殲滅してしまうくらいでも構わない。ミアマ・ポルテの時はさ、指揮官がアプロの使い方分かってなくてかえって味方の役に立ちづらかったんだ」
「え?指揮官てヴルルスカさんじゃなかったんです?」
「殿下は王都からの援軍の部隊指揮官。基本的には現地の部隊が全体の指揮とってたんだけど…これがまあ、露骨に反王室派の軍人でさ…」
あー。
苦り切ったマイネルの顔で大体事情は察知しました。
要はヴルルスカさんやアプロに手柄立てさせたくなくて余計なことした挙げ句、犠牲を増やしてたっとこなんでしょう。ヴルルスカさんが指揮してたらもっとアプロを上手く使ってはいたでしょうしねえ。
…あれ?でもミアマ・ポルテってアプロのお姉さんの領地じゃなかったでしたっけ?なんでそこの役人というか軍人さんが反王室派のひとなので?
「姫殿下が逝去なさった後、ミアマ・ポルテは還収されたんですの。御子もおりませんでしたし。アプロニアさまも残念がってはおりましたけど、よくあることなんです…」
なるほど。じゃあアプロも複雑だったんでしょうね。
「とにかく、今度はアプロが思うままに指揮出来るんだから、なんとしても上手くやらないとね。政治的にも、実戦的にも」
「ですわね。勝たなければ話は始まりませんけれど、それで得られるものを最大にするのは、わたくしたちの務めですわ。ですから、アコ。あなたもどうか、力を尽くしてください」
「言われるまでもありませんよ。…てことで、今できるのは休むことだけですからね。わたしはこれで失礼しますねー」
そーいう難しい話は二人に任せるのが一番です。
「休むのはいいけど、アプロと二人で夜更かししたりしないようにね」
「余計なお世話です。ちゃんと弁えてますってば」
わたしにその気はありませんて。アプロにそのつもりがあったら話は別ですけどねー。
「…なんか心配だなあ。マリス、ついてって三人で一緒に休んできたら?」
「ええっ?!…あ、あのわたくし今日はお兄さまと一緒に…」
「僕は夜半まで見張りの番だから無理。そして子供はちゃんと寝ること。あとマリスだって役目はあるんだから体を休めておいて」
「わたくしはもう子供ではありませんわ」
「それを言ううちはまだ子供だよ」
「お兄さま!」
はいはい、ごちそうさま…とわたしは生温かく微笑しながらマリスの執務室を出て行きます。
マイネルは朴念仁もいーとこですけど、今回に関しては彼の方が正しいと思いますし、でもわたしとアプロが行方不明の間それどころじゃなくてマリスも寂しい思いをしてたでしょうから、マリスのお願いも聞いてやって欲しくはありますけどね。
「さーて、わたしはアプロのところに行きますか」
この時間ならもう会議も終わって休んでいるでしょうしね。
寝る頃になったら屋敷に来るように、と言われていた通り、わたしは教会を出るとそのままアプロの屋敷へ向かいました。
・・・・・
「…流石にお酒呑んでるというのは油断し過ぎじゃありません?」
お屋敷の一番高い場所にある部屋、つまりいつかアプロがひとりで街を見下ろしてて、わたしが押しかけ、一緒に花火を見た屋根裏部屋に上がり込むと、流石にすぐに鎧を着込めるようにしてはいましたけど、お酒の匂いのするカップを片手に、窓から外を眺めていました。
「薄いのを一杯だけだってば。水と大して変わんないって、これくらい」
「まあアプロが酒に強いのは理解してますけどねー…」
一杯で酩酊状態になるわたしからすれば羨ましい話です。いえ、安く酔えるという意味ではコスパはいい体質とも言えるんですが。
「会議は終わったんですか?どうでしたか」
「どう、って言われてもなあ。結局前衛にウチの連中、街の中は応援に来てくれた隊に任せて私が後方支援、状況に応じて私も前衛に混ざる、って程度で会議をするまでもないよ。隊を分けるほど人数もいないし」
そこんとこはブラッガに任せときゃ大丈夫だろ、となんとも投げやりではありました。
「…それよりアコも今度は大変だぞー。ローイルみてーのが出てきたら頼むから。腕の立つのを護衛につけるからさ、第三魔獣が出てきたら前の方、お願い」
「分かってます。今日遅れた分と…ミアマ・ポルテにいけなかった分、頑張りますから」
無理はすんなよー、とアプロは言います。
でも、今無理しないでいつするってんでしょうかね。
口にはしませんでしたが、隣によいしょっと、腰掛けたわたしを、アプロは心配そうに見つめてました。
「…星明かりでも結構はっきり見えるものなんですね」
そして窓から見える光景に、流石に呆れかえるわたしです。
ここから城壁まではそこそこ距離はあるはずなんですけど、視界に入る魔獣の穴は、遠近感が狂わされそうなサイズなのでした。
「あんなもんが街の近くにあったらおちおち寝てもいられないよなー。援軍の連中に夜警頼んで、ウチの連中は休ませてるけど、あいつらちゃんと寝られてるのかな…」
「ブラッガさんだったら、ぶん殴って気絶させてでも休ませてますよ、きっと」
わたしの大して出来の良くない冗談にもアプロは、ちがいないな、と乾いた笑いで答えます。やっぱり、アプロも緊張はしてるんですね…。
それからしばらくの間、つまらない冗談の応酬でわたしたちは気を紛らしてましたが、その終わりに言葉も途切れ、ふと見つめ合った時、どちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねたのでした。なんだかとても、大人の味がしたものです。お酒のせいかもですけど。
「…アコ、訊いてもいいか?」
それから、わたしをじっと見つめる視線を動かさずに、アプロはそう問うてきました。
ゴクリと喉を鳴らし、わたしは身構えました。何を訊いてくるかは、大体想像がついてます。
「いいですよ。何でも訊いてください」
固い声で応じたわたしの顔を何か痛ましげに見やって、アプロは口を開きました。
「あんな真似、いつから出来るようになった?」
あんな真似、っていうと、もちろんアプロの剣を励起したこと、それからローイルを滅した時の手口のこと、ですよね。ああそれと、アウロ・ペルニカの位置を気配みたいなもので探れたことも、ですか。
ついさっき、マリスにも似たようなことを尋ねられましたけど、その時とは問いの中身も、それを口にした理由も異なります。
だからわたしは、答えなければならないと覚悟を決めて、言うのです。
「…石の気配を感じられるようになったのは、アプロがミアマ・ポルテに向かったあと、元気になってからです。ベルを街の中で探し当てた時も、今から思えばその力のせいでしょうね。ローイルが石の力を核としているのが分かって、彼女のような存在の根源に直接触れることが出来るようになったのとなると、今日未世の間を出てからです。多分、わたしたちが眠っている間に魔王の力がわたしに及んだんでしょう」
やっぱりな、というアプロの嘆息。
それがため、ってわけでもないんでしょうけど、わたしたちの間に重い空気がたちこめます。わたしには言い出しにくいこと、アプロには聞きにくいことがあって、そのせいもあるんでしょうけど…。
「…もうひとつ、訊くけど……」
「あの、その話するのはやめません?なんだか余計な気を遣わせてしまいそうですし…」
「でも、明日からのことでもあるから………あのさ、アコ」
「だから止めましょうって…」
「からだは、大丈夫…?」
…聞き分けてくださいよぅ。今その話をしたら、これから…その、辛いことがあるみたいじゃないですか。
「………」
それでもアプロは、中途半端を許さないようにじっとわたしを見つめていました。
こんな顔で愛しいひとに見つめられたら、ウソなんか言えなくなります。
仕方ないですね…正直は美徳だと思ってたんですけど…。
「…今の所は、何も問題ないです。熱を出すときのような前兆もないですし」
「今のところは、だろ?明日も、あさっても…来年も大丈夫だって保証は何もないじゃないかー…」
「アプロ、来年のことなんか気にしたって仕方がないですよ。今は、目の前の危機を乗り越えてみんなで笑える朝を迎えるんだって、それでいいじゃないですか」
「アコー…」
「はい、なんでしょう?アプロ」
力なく手を伸ばし、わたしの頬をアプロは撫でてくれました。
それで初めて気がついたんですけど、わたし…笑ってたんですね。こんな時に、泣きそうな顔をしてるアプロに笑えるように、なってしまったんですね、わたし。
「アコー…幸せに、なろーなー…?」
「もちろんですよ。アプロはがんばりました。わたしも、がんばってます。幸せになれるくらい、当たり前のことだと思って、明日もがんばりましょう?」
「うん…うん……うっ…ん………アコ、アコー…あこー……」
別にわたしが死ぬって決まったわけじゃないのに、なんなんでしょうね今晩のアプロは。
でも、少しくらいは好きにさせてもいーのかな、としなだれかかってくるアプロを受け止めました。
「あこー……ん、んん……んんー………」
そして、自分の唇をつかってわたしのおなじところを塞ぎにかかってきます。
こんなキス、あんまり嬉しくないなあ、と思いつつも受け入れてはしまうわたしなのです。基本きもちいーですからね…って、ちょーっとアプロー?こんな時に盛るのはどうかと思うんですけど…そのわたしの上着の裾から入ってくる手、どーにかしなさいってば、もー…えいっ。
「…
いや痛くはないでしょーが。わたしの口をいいようにしてたアプロの上唇を甘噛みしただけなのに。
「…こーいうことはもう全部終わってからにしましょ?勝って、全部終わって、みんなしてばか騒ぎしてくたくたになってから、それでも体力振り絞ってやりたいこと全部、ふたりでしましょう?わたしはアプロにしたいこといっぱい考えておきますから、アプロもわたしにしたいこと、たくさん用意しておいてくださいね」
「…アコはすけべだー」
「あなたほどじゃないですよ、もう」
間近のアプロの顔が、くすくす笑ってました。きっとわたしも同じような顔をしてることでしょう。
…うん、今晩はよく寝られそうです。
そして、二日目。
アウロ・ペルニカは、更なる混乱に巻き込まれたのです。
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