第150話・ここで見つけたもの その2
中華料理、という気分なのです。
わたしは特注の鉄鍋を振るい、火に炙られて汗をかきながら、一心不乱に鍋の中の材料をかき混ぜるのです。
「…それはいいんだけどさ、なんで私のとこでやるんだ?料理するならアコの部屋でいーじゃん」
「わたしの部屋の調理器具だと火力足りないんですよ。アプロのお屋敷の台所は強い直火が使えますからね。中華料理は火力が大事なんです」
お肉やクッキーも焼けるオーブンはや聖精石を使ったコンロは部屋にもありますけど、煮炊きにはよくても火の勢いが無いと美味しくならない中華料理には不向きなんですよね。
「…どーせならアコと二人きりがよかったんだけどな」
アプロは隣のわたしにしか聞こえない声でそんなことを言っちゃってくれてます。その気持ちは嬉しいですけど、中華料理の気分の他に、手料理を振る舞いたい気分でもあり、そーする必要もあるので今日はガマンしてくださいね。
「ところでアプロの方はどーです?上手いこと出来ますか?」
「…んー、なんかちまちまして面倒だからこうやった」
と、鍋とお玉を振り回すわたしにアプロが掲げて見せたものは。
「……なんですそれ。ちゃんと教えた通りに作ってくださいってば」
「だって面倒なんだもん。食っちゃえば一緒じゃんか」
「食べ物は形も大事なんですけどね…」
普通、一枚の皮に餡を包む餃子ですが、アプロが作ったのは二枚の皮で餡を挟んだ変体餃子でした。皮と餡は量をちゃんと計算して作っておいたのに、これじゃ餡が余るじゃないですか。
「ちゃんと二つ分挟んだから大丈夫じゃない?」
「中まで火が通らなくなっても知りませんよ、もー…」
「問題ない、問題ない」
気楽なことを言いながら、作業を続行するアプロでした。ちょっと調理の手順考え直さないとなー…。
「アコさん、粉の水溶き用意出来ましたけど」
「あ、じゃあこっちにください。そろそろ出番ですから」
うしろの方で片栗粉を水で溶いていたベクテくんが、何やら悪戦苦闘していた結果を持ってきてくれました。しばらく放置すると粉が沈殿してしまうのを、もっと必死に混ぜないと溶けないと思って一所懸命やってくれてたみたいなのでした。
で、わたしはそれを受け取るといったん隣に置き、興味深そうにわたしの手元を見ているベクテくんの視線を意識しつつ、スープの入った器からお玉でそれを掬うと、中華鍋にかけ入れます。
「うわぁ…」
ベクテくんが驚くのも無理ないですね。
油で跳ねたスープは一瞬で香ばしい香りをたて、アプロも手を止めて「おー…」と生唾を飲んでいます。
「あらあら、ものすごい音と香りねえ。それもアコちゃんの故郷のお料理なの?」
「あー、ちょっと違いますけど、まあ普通に食べてはいましたね」
にわかに盛り上がったコンロの様子に、お皿を用意していたファルルスおばさんも気になって仕方が無いようです。
ベクテくんを誘ったのは、これから開くお店の料理研究の助けになれば、という意図でしたけど、ファルルスおばさんも招いたのはアプロの提案です。曰く、いつも世話になってるからたまには、ということのようでしたが、我が恋人ながらいい心がけですね。ふふ。
「ファルルスおばさん、そろそろ餃子焼き始めても大丈夫ですか?」
「はいはい、いつでも構わないわよ。領主さま、包み終えたものから寄越してちょうだいな」
「はいよ。アコ、見てろよー。形と味は関係なんかねーことを証明してやる」
「材料作ったのはわたしで焼くのはおばさんじゃないですか。あなたが威張ることでもないでしょーに」
なんとも図々しいことを言うアプロが渡した生の餃子を、ファルルスおばさんは手際良くフライパンに並べていき、水を差しフタをして蒸しにはいります。やり方を説明しただけでしたが完璧な手際は流石に主婦です。
「じゃあこちらも…と」
スープが煮詰まって味が行き渡った頃を見計らい、わたしはベクテくんの用意した水溶き片栗粉をお玉で掬って鍋に投入。
途端に鍋の中身の材料はとろみがつき、ジャージャーという音からグツグツという音に変わりました。
「アコ、まだー?」
「はいはい、もうすぐ終わりますからアプロはお皿を並べてください。ベクテくんはちゃんと見てやり方覚えてくださいね」
まるでご飯を待ちきれないわんこのよーなアプロを従え、隣のファルルスおばさんの手元でプツプツと鳴るフライパンの様子を伺いつつ、最後に中華鍋の周りにザッと調味料をかけ回して、こちらは完成。
「いい香りですね…」
「……(ぐぅ~)」
くふふふ…料理人冥利に尽きる反応です。
わたしはあくまのような笑みを浮かべながら中華鍋の中身を大皿にぶちまけたのでした。
では本日のメニュー。
八宝菜。…的なとろみ付き野菜炒め。
餃子。…のハズなんですが、アプロのお陰で何か新しい料理のようです。
雲呑スープ。…追加で作った餃子の皮が今度は余ったので、ベクテくんの作った羊のスープにぶち込んだものですけど。
まあ現地の材料使って作ったものなので、味の再現は完璧ではないと思いますが、醤油風の調味料とニンニクのお陰で大分それっぽくはなったと思います。
出来ればエビチリとか炒飯も作りたかったのですが、海鮮は地理の関係で手に入りませんし、お米も似たようなものはあっても、まだこの街には入ってきませんしね…うう、神梛吾子の知識が米を寄越せと叫んでる…。
「おー、美味そう…アコ、早速食べよ?」
「こら、フェネルさん呼んできなさい、って言ったじゃないですか。普段山盛り迷惑かけてるんですから、たまには手ずから作った料理で労うくらいのことはしなさいって」
「ええー…あいつなら仕事上がってとっくに外に酒でも呑みに行ってるって」
「自分を基準に考えないでください。あのフェネルさんがそんなことしてるわけないでしょーに。ほら、どうせ自室でアプロの後始末してるんですから、とっとと迎えに行く!」
「…くそー、先に始めてたら承知しねーからなー!」
なんだか母親になったような気分で、半ばやけくそ気味に台所を出て行ったアプロを追い出すと、ファルルスおばさんもきっとわたしと同じような表情でアプロの背中を見送っていました。
わたしはそんなおばさんの顔に、郷愁…っていうのも違いますけど、なんだかいつまでも見ていたいように思えるものを覚え、わたしの視線に気がついたおばさんは一つホッと息を吐いて、少し改まった様子で言いました。
「ふふ、アコちゃん今日はお招きありがとうね。ベクテも、ほら」
「は、はい。勉強させてもらいました」
ベクテくん堅いですねー。そのつもりも無くは無かったですけど、あったかいお料理を前にしてそういう態度になるのは十年早いですよ、というつもりで少し上目遣いで見ると、なんだか違う解釈でもされたのか、尚更にしゃちほこばるベクテくんでした。
…まあこーいう真面目なところはこの子のいーとこなんですけどね。
「どうしたしまして。お店の料理の参考になりましたか?」
「…まだまだ研究しないといけないですね。こんなやり方があるなんで知りませんでした」
「研究にかまけてお店の開店が伸び伸びになったら本末転倒もいいところよねえ…ベクテ?いつまでもハーナちゃんを待たせるんじゃないですよ?」
「お、おばさんっ?!別にハーナさんとはそういう…」
焦って弁解するベクテくんですが、真っ赤な顔してたのではまるで逆効果ですよね。
アプロが戻って来るまでの間、湯気をたててる料理を間にわたしとファルルスおばさんはお茶を呑みながらのんびりとベクテくんの慌てっぷりを堪能するのです。
そしてそうこうしてるうちに、やけにピッチの速い足音が戻ってきました。
「お待たせー。フェネルが柄にもなく遠慮するもんだからえらく時間かかった」
「時間かかった、って程じゃないですよ。むしろ有無を言わせず引きずってきたって勢いですよね」
「アコうるさい」
実際、フェネルさんの部屋って狭くないこのお屋敷の反対側ですよね。どんだけ超特急で行ってきたんだか。
「…失礼します。従僕の身で恐縮ですが、ご相伴に与ります」
「あはは。試食みたいなものですから遠慮しないでください。アプロも普段の労に報いるため、って頑張ってましたから」
いってねーよそんなこと、と口を尖らせるアプロでしたが、フェネルさんはそれでも嬉しそうに台所のテーブルにつきました。
お仕事の場ではないのであまり堅苦しくない雰囲気の穏やかな笑みを浮かべ、「ありがとうございます」と告げるフェネルさんが腰掛けるのを待って、食事は始まりました。
「アコ、おかわりー」
「はいはい、たーんと召し上がれー…ってもうお皿空っぽになってるの知っててそーいうこと言わない。てゆーか、あなた一人でどれだけ食べたんですか。普段食が細いくせして今日に限ってなんなんですか、もー」
「だって美味しかったし」
「…ま、いーですけどね」
ほほえましそーにこちらを見てるフェネルさんの視線にも気付かず、アプロは空になった食器をお箸でチンチン鳴らしてました。
ちなみにお箸については割と最近になってわたしが使い方を教えたものです。今まであんまり使う気にならなかったものを、なんとなく思い出すように使い始めたら、わたしの身の回りで急に広がってしまったのでした。どちらかというと、便利だとかいうよりも、使いこなしてるとカッコ良く見えるらしく、子供の方が熱心に練習してましたね。割に短期間でスマートに使えるようになるのも良かったみたいで。
まー、それはともかくとして、わたしはベクテくん、ファルルスおばさんと一緒に今日の料理の講評をやって…。
「アコー、美味しかったからまた明日作って」
「ええい、お腹いっぱいになったんなら少しは落ち着きなさい!作り方をベクテくんに伝授してるんですからっ」
なんかこお、アプロがやきもち妬いてるみたいにベタベタしてくるのが…あー、うん。鬱陶しいどころかその正反対で、今すぐぎゅっとしてベッドインしたくらいではありますけれど、これはやっておかないといけないんですから、と真面目に言い聞かせてあとはフェネルさんにパスしときます。
ごめんなさい、終わったら二人でゆっくりしましょうね、アプロ。
「さて、作り方は覚えられました?」
「…やり方は大体分かりましたけど、油をいっぱい使いますよね。手に入るかなあ」
「あー、油って結構高いですもんね…もっと効率いい作り方とか油をいっぱい取れる植物の栽培とかも考えた方がいいんですかね」
「アコちゃん、そんなことまで考えてたら体が保たないでしょう?工夫でなんとか出来るところはベクテにも苦労させておきなさいな」
「…うーん、動物の油脂、といっても野生の猪とかは脂身も少なくて油を取るのに向いてないですしねー……もういっそ家畜として育てて太らせてしまうとか…あーいやいや、家畜って穀物の消費激しいし……うーん」
「…全く耳に入ってないようですね」
「アコも入れ込み始めると止まんねーからなー…フェネル、なんかお茶と軽く摘まむもの用意してやって。私は食器片付けとくよ」
「承りました」
「いえあのっ、領主さまにそのようなことをさせるわけには…っ」
「ベクテはアコの相手頼むよ。今日は客としてのんびりしてなー」
思い浮かぶ手立てを五つ六つ思い浮かべるわたしを余所に、なんだか台所がまた賑やかになってます。
中華料理ひとつとっても、食材の調達はなんとかなるにしても調味料や器具にも工夫が要るものです。
お玉はともかく、中華鍋は持ちやすいサイズと重さのものを作ってもらったものですし、片栗粉は古くなったジャガイモを安く買って自作しましたし、油に至っては先に話した通りです。
料理としては趣味でやる領域を少々逸脱してて、さて商売でやるならともかく普及を図るならやらないといけないことがあるなー、なんて話に最後にはなってしまい、アプロは割と呆れた顔ながらもベクテくんが眠そうにしてるのに気付くまで、わたしは熱弁振るいまくってたみたいなのでした。やや反省。
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