第72話・魔王さまの影 その4
「アコ、私の側から離れるんじゃねーぞっ!」
言われるまでもねーです。
眼下に繰り広げられるどったんばったんに飛び込む腕っ節も度胸もわたしにあったりしませんてば。そこそこ長い付き合いになりつつあるとゆーのに、そんなことも分からないんですか?
「威張っていくことでもないと思うんだけれどね…さて、僕たちは、と」
「………(ブンブン)」
それはそれは気合いの入っているマイネルとゴゥリンさんも、頼もしい限りです。
今日はわたしのやるこたーないんじゃないでしょうか?
と、隊列を組んで牛の群れに向かって行く皆を見送るわたしなのでしたけど。
「…アコー、そーいうのってさ、死亡なんとか…って言わなかったっけ?ええと、確か死亡…遊戯?」
誰が怪鳥音を発する踊る武闘家ですか。それを言うなら死亡フラグでしょーが。てゆーか、どこでブルース・リーなんか覚えたんでしょうかこの子は。わたし話したこと無かったはずなんですが。
「んー?手紙に書いてあったような気がする」
手紙…?何だかもうその辺の話するとなんでもありな気がしますよね。どこに伏線張ってあるんだか見当もつきませんよ。
「ていうか、アプロ。一つ気になったんですけど」
「えええ…こんな時にしないといけない話なわけ?そろそろ呪言の仕度始めたい…」
「ちょっとくらい時間くださいよ。わたし気になり始めると落ち着かないんですから。ええとですね、わたしと文通してた時の手紙って、まだ持ってます?」
「手紙?屋敷にとっておいてあるけど。アコからの手紙だったんだから、そりゃあ大事だもんな」
う…。何気にときめくこと言ってくれますね、この子わ…じゃなくて。
「ええと気になったことというのはですね。その手紙、どこの言葉で書いてありました?」
「どこって…あ、じじいの隊が押されてる。アコ、わるいけど話は後!マイネル、ゴゥリン!呪言始めるからこっちに牛が来ないよう、頼む!」
「任せて!」
「………(コクリ)」
あー、始まってしまいましたか。
まあいいです、気にはなりますけど今追求する話でもないですしね。
わたしはアプロの隣で大人しくしてることにしましょう、っていうかこーいう普通なのも割と久しぶりですよねー…マイネルとゴゥリンさんがアプロを守って、わたしはこーしてアプロの側でなーんにも出来ることなんか無くって。
「…
そしてアプロの呪言が始まります。聞いた覚えがない出だしでしたので、多分新作なのでしょう…新作?っていうんですかね、こーいうのも。というか、なんか物騒な単語が聞こえたよーな気もしますが、気にしないことにします。
アプロの横顔を見ると、いつもは一心に呪言に集中しているところが、今日は瞳をキョロキョロと動かし、気のせいか吹き出す汗の量も多いようです。散々動き回った後でも無いのに、と思っていたらマイネルの、パニック三歩手前くらいの声が、響きました。
「アコ前見て!」
…視界いっぱいに広がった一本角の牛に気がついたのと、アプロに蹴飛ばされたのは多分同じだったと思います。
わたしは悲鳴をあげる間も無く地面を転がり、転がりつつどーにか事態を把握することだけは出来たので、起き上がるとすぐにアプロの様子を確認しました。
「アプロっ?!」
「ばかっ!ぼけーっとしてないで…」
「えっ?」
しまったぁ……と思った時にはもう宙を舞ってました。
角に突かれて、とかでなかったのは幸いだったんでしょうけど、基本どんくさいわたしが空中で今どんな姿勢でいるのかを把握出来たのは奇跡みたいなものです。
頭から落ちるのだけは避けないと、と思って受け身の体勢をとろうとして…それでやっぱりどんくさいわたしは頭どころか顔から地面にまっしぐら。やっちまいました…。
「気張らんか阿呆!」
ですが、こらアカン、と思ったわたしを太く逞しい腕が抱き留めます。
そりゃもう、こんな時にも頼もしいゴゥリンさんです。助かりまし…
「………(げしっ)」
「あいたぁっ?!…って、ぶつ必要ないじゃないですか…」
ええと、わたしを片手で抱えて反対側の手でどつくとか、器用なことですね。
あと武器はどーしたんですか?って聞こうとしたら、またもやマイネルの焦った声。いえもう、今日は初っぱなから修羅場ってます。
「呆けてるからだよ、アコ!ほら早く動いて動いて!」
そんなこと言われましても。
でもアプロが呪言を唱えているんですから、きっとすぐになんとか……え?
「ア…アプ……ロ…?」
まさか、と思いました。思っていたんです。
呪言を唱え始めたアプロに危機が及ぶなんて、今まで無かったのに、間違いなくわたしのすぐ側でそうしていたというのに。
「くっ…?!なんで、コイツっ!つよっ……くそ───ッ!!」
怒号とも悪態ともつかない声をあげながら聖精石の剣を両手で握り、それを撃ち重ねる相手はきっとわたしに迫った牛に、跨がっていた牛頭の人影。
片手で手綱を操りもう片手でアプロの身の丈をも越えそうな長さの剣を振るい、高い位置からアプロに襲いかかります。
「アプロ逃げてーっ!」
「無茶いうなアコ!こ…こいつ、ばかみたいに強くて…っ!」
わたしを降ろしたゴゥリンさんがアプロに駆け寄ろうとしますが、それを妨げるのは更に増える牛の群れ。斧槍を振るいそれを退けようとするものの、ただでさえ普通の牛より図体が大きいっていうのに十重二十重に取り囲まれ、それもままならないのです。
一方のわたしは。
「鋲牙閃!…だめだぁ、足止めにしかならないよ!アコ、何か考えないのかいっ?!」
「無茶言わないでください!っていうかどーにかしてアプロを呪言に専念させないとどーしようもなくないですか、コレ」
「それこそ無茶だよ!剣技ならクローネル伯にだって負けないアプロがあれだよ?!」
どうにかわたしを守ってくれているマイネルと役立たずっぷりを露呈しているのでした。
「…っていうかマイネル、ヴルルスカさんやマクロットさんはどーしたんです?!」
「分かんないけどあちらはあちらで牛の群れと乱戦中じゃないのかな!」
なんでこんなことになったんですか、もうっ!!
「とにかくこのままじゃ埒があかないんですから、アプロとあの二本足の魔獣を引き離してですね………あ」
アプロ一人だけならなんとか、とわたしは思い、ゴゥリンさんにちょっとばかり無茶振りをお願いします。
「ゴゥリンさーん!少しでいーからアプロの時間稼いであげてくださーいっ!」
「アコっ?!あっちだって必死に…」
そんなこと言ったって、何かしないとじり貧ですよ!
それにアプロなら、ちょっとだけでも隙を作れればなんとかしてくれるはずです!
「マイネル、牛の注意こっちに引きつけられませんかっ?!」
「無茶言うなよっ!アコどころか自分の身を守るのだって必死だってのに………ああもうっ!分かったよ!」
両手を胸の前で組んでうるうるした目で見上げると、やってられっかみたいなやけくそ調でマイネルが杖を振るいます。うん、割とチョロい。
「やってみるからアコは自分の安全は自分で守ってよねっ!破鋼閃!」
「…わぉ」
ふゎぁ…石礫ぶつけるみたいな鋲牙閃の他にも技持ってたんですね。ボーリングのボールみたいなデッカい球がいくつもマイネルの周りを回り、勢いを増してから牛の群れに突っこんでいきます。
「…疲れるからあんまり使いたくないんだよ、これ。あと威力はあっても当てにくいからさ」
なるほど。まあ確実に当てられるのがマイネルの売りみたいなもんですしね。
とはいえ、見た目通りに重さも充分にありそーな玉は、当たるを幸いみたいな様相でゴゥリンさんとアプロの間にいる牛の群れにぶち当たります。
いくつかは頭に当たって昏倒させてますから、当たれば結構な威力なんでしょうね…って、牛だけじゃなく牛に乗った牛頭もこちらを無視出来なくなったようです。見るからに怒った顔でこっちを見ています。うう、こえー…。
「ほら、注文通りに注意引いたよ、これからどうするのさ!」
どうって、わたしにこの先どーにかする力なんかあるわけないじゃないですか。
「アプローっ!空飛んで、空!高いとこで時間稼いでなんとかしてっ!!」
「無茶言うなーっ!…ってもそれしかねーか…」
攻撃の止んだ隙に、アプロは両手で剣を構え、ごく短時間呪言を唱えると、何度か見たように片手で持った剣を支えにして、宙に浮かびます。
いくら牛が大群だからといって、空までは追ってこられないでしょーし、呪言を唱え始めればこっちのも…の……ええええっ?!
「アコ!」
牛頭はそんなアプロをチラとだけ見て、何故か、わたしに向かって跨がった牛を走らせてきました。
ちょ、冗談じゃねーですよ!なんでわたしを標的にするんですかぁっ?!
「アコ逃げろ!」
言われる前に回れ右。後ろを見ずに一目散に駆け出すわたしとマイネルです。一応はわたしの背中を走って守ってくれるみたいですが、けどそれじゃマイネルが危なく…。
「わあっ!」
「マイネル?!」
たまらず振り返るとマイネルが牛に跳ね飛ばされてました。
わたしは急ブレーキをかけてそちらに駆け寄ろうとして、そして迫ってきていた騎馬…もとい、騎牛?の牛頭に行く手を遮られます。
「どきなさい!あなたマイネルにケガさせて、ただじゃおかねーですよっ!」
…あわわ。わたしなんちゅー命知らずな真似を…。
立ち止まったわたしの前に立ちはだかる人馬…牛牛が二倍くらいの大きさにも思えます。足が震えてます。声が震えてないのは、せめてもの意地みたいなもんです。どちくしょー!
「……針の娘、ってぇのはてめえか。またえらい弱そうじゃねえか」
………はい?
「こんなのによう、ガルベルグの奴は何を拘ってやがんだ?」
しゃ…喋っ……た?
あ、ああいえいえ、人型をしてるんですから話が出来たって別に不思議じゃないですけど、今まで魔獣の穴から出てきた魔獣が会話したことなんて…。
と、わたしは唐突に思い出しました。
…ベルのことを。
「さっきのチビも何だってんだ。あれが、魔王討伐の勇者だぁ?見かけ通りのひ弱なガキじゃねえか。こんな弱っちい人間なんざ、こうしてやりゃあ…」
この場にいない女の子を思って呆然としてるわたしに、牛頭はもう二階くらいの高さに剣を振りかざし…。
「アコぉぉぉぉぉっっっ!!」
「うぉっ?!」
…そしてそれが振り下ろされるかと思った瞬間、牛頭が跨がっていた牛は丸太サイズのぶっとい光に貫かれ、慌てた様子の乗り手を振り落としてそのまま消え去ってしまいました。
「てめえ、アコに何しやがる!」
もちろんその声は、わたしを助けにきてくれたアプロです。
けど…。
「ア、ア…アプロっ!あなた何やってるんですか折角の好機に!」
「助けにきたのにそれはないだろっ?!」
そうです。
わたし最大のピンチに駆けつけてきてくれたアプロにわたしは抱きつき、こーして悪態をつくのです。
ほんとーに、なんてタイミングで来てくれるんですかぁ、あなたはー…。
寸前とは大分違う理由で呆然としたわたしを背中にかばい、アプロは騎乗していた牛を失って自分の足で立つ牛頭に相対します。
「…なんだ、ちったあマシなモン使うじゃねえか」
「ほざけ。てめえなんざ呪言を使うまでもねえ。私の腕だけでぶっ殺してやる!」
「なかなか一端の口を利きやがる…名乗れ。慈悲として死んだ後も名前くらいは覚えておいてやる」
「へっ!だったらお前の墓にゃ名無しの墓碑銘を置いてやるよっ!」
そう言って自分の背丈の二倍はあろうかという牛頭に飛びかかるアプロでしたが…。
「メイルン!殿下の危難だ!そんな雑魚は放っておけ!」
「なに?!」
マクロットさんの声。その言葉はアプロには無視出来ないものでした。
「………くそっ!その牛の首、あとで刎ねてやるから洗って待ってろ!アコ走れ!」
「はいっ!」
もうこうなったらどんくさいとか言ってられません。わたしだってこの世界に来てからけっこー足腰鍛えられたんですから、その健脚見せてくれます!
「…はっ!いいぜいいぜ…逃げてみろ。この場でお前ら残らず殲滅してやるよ!」
追いかけてくる牛頭の声は少しずつ離れていきます。
余裕ぶっこいて追いかけてこないのかもしれませんが、もーこの際助かっただとか余計なこと考えずに、アプロと並んで走ります。
ヴルルスカさんの危機とか、わたしだって放っておけませんからねっ!
「じじい!兄上は?!」
「牛に囲まれた兵どもを助けに入って一緒に囲まれてしまったわい。部下思いは結構だが立場ってぇもんを考えなさらん、あの御仁は」
「兄上らしくていーじゃねーかっ!」
早くも息切れしてるわたしをよそに、アプロは元気に坂を駆け下ります。どこかヤケにも見えますけれど、ヴルルスカさんのそんな行動がうれしいのかもしれません。
野生動物には見えない統率の取れた動きで、ヴルルスカさんと衛兵のひとたちを取り囲む牛の群れに向け、アプロは息の合間に呪言を唱えながら駆けていきます。
それにしても…いや、別にいーんですけど、笑い事で済む場面皆無って、どーいうことですか。まったく。
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