第167話・野望の徴 その4
ゴゥリンさんの話は続きます。
「………旅の途上、今から八十年ほど前のことになるか。大陸東岸の今はもう滅んだ都市で、異なる神託を戴く争いに巻き込まれたことがある」
続けて示された都市の名前にアプロは聞き覚えがないようで、ゴゥリンさんも「ならばそれでいい」と流したので、その都市のこと自体は重要ではないのでしょう。
ともかく、獅子身族の身としては日常茶飯事ながら、初めて訪れて知己も無いことで、いくらか(これはかなり控え目に言ったのだと思います)迫害されるような目に遭っていたゴゥリンさんは、その都市の教会の指導者に近いひとに助けられたそうです。
そのひとはわたしには悪い意味でお馴染みのミネタ派と、教義の解釈を巡って対立していたそうで、ゴゥリンさんはそのひとの護衛みたいなことをして、助けられた恩を返そうとしてたそうなのですが、ゴゥリンさんは既に長く旅をしていたことで大陸各地の情勢にも明るく、次第にその教会のひとに知恵を貸したり、相談に乗ったりもするようになりました。
教会のえらいひと、ってーとわたしなんかにはマリスやフィルクァベロさんのよーな変わり種しか知らないのですけど、ゴゥリンさんと意気投合したそのひとは、割と常識的に民の暮らしのために教義を正しく広めようとしていて、その都市で当時勢力を増しつつあったミネタ派にとっては邪魔な存在だったようです。
今でこそ誰かさんみたく、ちゃんと説法で話をするミネタ派の人々も、当時は、というかその時代のその都市では武闘派もいいところ。身姿が人間と異なることで忌避される獅子身族のゴゥリンさんの存在もまた、ミネタ派のアホどもにとっては格好の攻撃対象だったに違いありません。
「ミネタがクソだってのは今も大して変わりねーけどさ、そこまでヒドかったか?というとまあ、場所にもよるけどな。今の話聞いて思い出した、それプールナ・ミルネィリァだろ。確かミネタの押しつけに嫌気がさした住民がこぞって逃げ出した、とかいう」
「………ミネタ派の
「そうなのか?この話聞いたのマイネルからだけど」
「………あやつもミネタ憎しでいささか目が曇ることもあるようだな」
ゴゥリンさん、苦笑。
わたしから見ても前後の見境無くなることありますからねえ、マイネルも。最近はマリス絡みで特にそうですし。まあこれは恋する青年にありがちなことのでしょうが、ってあのマイネルがねえ…ひとは変われば変わるものですと、感慨も一入のわたしなのでした。
いえ、それはさておき。
ミネタ派と、それ以外の教派?というんですか、とにかくミネタとそれ以外の対立していたひとびとの間では、本来なら共有されるべきの「神託」ですら、互いに分かたれたものだったとのことです。
そうと気がついたのには、理由がありました。
それは、このままでは同じ教義を戴くはずの両者が共倒れになるという危機感が流石に両派に持たれるようになって、プールナ・ミルネィリァで討論会とゆーか手打ち式?が開かれて、何か解決の道を探ろう、みたいなことになった時のことです。
まず両派の間で、それぞれが持つ教義の根拠となる神託を互いに開示しようということになり、そしてそれが…一つことについても異なる内容のものが少なくなかった、ということが、ありました。
例えば、教義においての最重要事項のひとつといっても構わない、魔獣がどこから来るのかという話にしても、教義の一般においては自然現象なのだから特に焦点にもせず、一方のミネタ派ではそれを生む異界の存在を規定している、とかそんな具合です。
そして困ったことに、その時の討論会だか議論では、それぞれの主張の根拠となる別々の神託が示されてしまったのです。
それがどんな内容なのかは割愛しますが、ともかく一方の神託の内容を真とするともう一方の主張が根本から瓦解するとかそーいう内容のものばかりで、最初こそ両者ともおかしな話だなどと首を捻っていたのが、途中から互いの神託をニセモノ扱いしてもう話にならなかった…というのはゴゥリンさんの言ですけど、その場の様子は容易に想像できるってものですよねー…。
「………そして、全ては終わった。住民を殺し尽くすほどのものではないにしても、領主も手の打ちようのないほどに両者の抗争は激化し、民の暮らしのためを本分としていたはずの教義は、派閥間の駆け引きの道具と成り下がった。プールナ・ミルネィリァは滅びこそしなかったものの、民を苦しめること夥しく、その後、一時的にプールナ・ミルネィリァが衰退する切っ掛けにはなっただろう」
その後、荒れ果てた有様にうま味を覚えなくなったミネタ派が去って都市はようやく平穏を取り戻し(教条的というか原理主義的という趣の割に妙に利益には現実的ですよね、ミネタ派って)、ですがその頃にはもうゴゥリンさんもそこを後にしていたので、それから数十年後に滅んだ経緯までは知らないということでしたが。
「この際ミネタのクソが何やらかしたかってのはさておくとして。全然違う内容の神託が、ミネタと権奥派のどちらにも降されていたってことなのか?どっちかが偽物だとかそういうことじゃなくて?」
「アプロ、その発想じゃその街で争ってたひとたちと同じですよ…わたしたちは神託のウラってやつを考えることが出来るんですから」
そう、どっかの誰かが何らかの利益のために神託と称して好き勝手やってると、もうわたしたちは考えることが出来ます。てゆーか、ガルベルグがその頃からなんかやってた、って話になりますよね、当然。
「………うむ。今日この話をしにきたのも、ふと思い出して通じるものがあるように思えたからだ」
「つーかさ、神託ってのがもう千余年も前から継ぎ足しされてるってんなら、ガルベルグもそんな長い間何やってたってんだ?」
「継ぎ足しって秘伝のタレじゃないんですから。それより、ガルベルグの意図が千年以上も続いているとは限らないんじゃないですかね」
「…どゆこと?」
「そーいう風に生まれたガルベルグが、割と最近になって目的を変えて…ああいえ、目的は一緒なのかもしれませんけど、やり方変えたとか」
「んー………」
「………むう」
それぞれに腕を組んだり眉間に指を押し当てたりと考え込む風のアプロにゴゥリンさんです。
でもそんなに難しく考える必要はないと思うんですよ。
ガルベルグは、彼なりの目的があって神託や預言を降す役割を、長く果たしてきた。
魔獣と呼ばれる存在の出自はともかくとして、それはいつしか魔獣たちの王、魔王と呼ばれる存在を世に認識させることになった。
神と呼ばれる存在、それから魔獣に王たる存在の魔王、ガルベルグはそのどちらも実質的に兼ねてきた。
「…ガルベルグの目的って何だっけ?」
「アプロ、大ボケかますのもそれくらいにしておいて下さい。聖精石が世界へ
「おー、そういやそうだな。けど…」
「…ですねえ」
ベルを魔王として押し立ててみたりとか、わけわかんねーんですよね。いえもちろんベルが好き好んで魔王役やってるってんなら話は別ですけど、別れた時のこととかこないだ出現した時のこことを思い出すと、どー見ても好きでやってるようには思えないんですよねえ。
「うーん…」
そこんとこはアプロも一緒のようで、まあわたしたちだけだといつもはここで考えが止まるんですけれど。
「………互いに相反する神託を降し、それらを奉ずる集団が別にあることの意味は、なんと考える?」
で、今日はゴゥリンさんがいる、というかこーいうことを考える切っ掛けを持ち込んだのが他ならぬゴゥリンさんなわけですけど。
「対立させることでガルベルグの目的に叶う何かがあるってことか?けどガルベルグの目的っつーと、極端な話人間がこの世界で余分な力を持たないように、ってことじゃねーのか?」
「それは目的というより、目的のために取り得る手段の一つですよ。あくまでもガルベルグは、世界を回す力が完全に失われることを避けようとしてたんです。そのために聖精石の……あの、ちょっと気になったんですけど、聖精石っていつ頃から使われるようになったんでしたっけ?」
いえまあ、一応テラリア・アムソニアの歴史を教えてもらった時に流れとかは聞きましたけど、それが何年前かとかは聞いてませんしね。
「ええと、中興の貴族が聖精石を持ち込んだのが大体…三百年前てところか。聖精石自体はもっと前から存在はしてたけど、ひとの生活を変えるくらいにまでなったのはその頃からだな。って、それがどうかしたか?アコ」
「いえ、なんかこお、違和感というか…聖精石を中心にして考えてたら筋が通らないというか…」
だって、神託を降していたのがガルベルグだとして、それが千年以上前からのことで、で、聖精石が世界を回す力を乱し始めたのが三百年前…ってことですよね?
世界を回す力が足りなくなる、って危機感を覚えて何やら策動し始めたのが三百年前なら、なんでそれ以前から神託だのなんだのやってたんでしょうか。
魔獣が人間を害することを防ぐため…ってのともなんか違うというか、ガルベルグがひとに守護たらんとしてた……って感じは、正直しないのです。
だって、それなら大規模な魔獣の襲撃もなんとかしようとするんじゃないでしょうか?他に何か意図でもあるとか、おっきなとこから見ればそれもひとの救済に繋がるとかいうんならともかく。
だったら?
「アコ?」
「ちょっと待ってください。今なんか分かりそうなので…」
こちらをのぞき込んできたアプロの顔をさえぎり、わたしは考えを進めます。
事実としては、ガルベルグは神託や予言という形で、人類の生活や歴史に介入を繰り返してきた。ずっと。
その後に出てきた聖精石と世界を回す力の欠如、という問題は、実はガルベルグの活動の最初からあったわけじゃない。
それなら、ガルベルグが神託を降すための動機と、世界を回す力の欠如から世界を守るという行動の動機が、必ずしも同じとは…限らない、ですよね…?
じゃあ、ガルベルグが神託うんぬんをずぅっとやってきた理由って何なのでしょう?
それから、異界からの文物や軍隊が魔獣に苦しめられるこの世界を救うという神託の真意。
ゴゥリンさんの話でハッキリしたのは、地球から人とか物がこの世界にやってくる可能性は間違い無くある。
両者を合わせて想像が出来るのは、地球から軍隊とかが紛れ込んできて、魔獣とかその他の厄介ごとを解決してしまう、という筋立て。
わたしが生み出され、アプロが勇者として起ち、ミネタ派をうまいこと焚きつけてわたしが異界から来たことを流布し、異界の存在を強く世の中に、特に教会に印象づけて、魔獣からの解放者として地球のひとたちを迎え入れる。
なるほど、これなら聖精石がなくても魔獣に怯えないで済む世界を構築することが、出来ます。
でも……聖精石があることで世界が滅びに向かうという話には、おかしな点があるんです。
世界を回す力を生み出す「石」は、力を出し切ると未世の間に還って力を蓄える。
聖精石がその流れに乗れないのは、未世の間に還ることが出来ないから、だというのは確かなのでしょう。
じゃあ還ることが出来たなら?
それを確かめるには、わたしが意志を交わすことが出来る、石のなれの果て、聖精石が要ります。まあそっちはなんとかなるとして。
そして、シャキュヤの亡骸を確かめたとき、彼女は未世の間で聖精石に囚われていた。彼女が生前、聖精石との縁が深かったから、とわたしの根源は言っていた。
それなら、聖精石が未世の間に還ることは可能なんじゃないでしょうか…いえ、むしろそれが自然のことで、あるいはそれを阻害していた何者かが、って勿体ぶってもしゃーないですけど、ガルベルグがそう仕向けていたんじゃないでしょうか。
だって、力を失った聖精石は集められ、何処かにある。それをしている、というか生業にしているひともいる。
「…ゴゥリンさん、力を失った聖精石ってどうなるんでしたっけ?ご存じ無いですか?」
「………突然だな。収集されてただの石とされてはいるが」
「それが何処に集められてるとかは?」
「………加工組合にあったな。集められて封印をされて、希にその鉱物としての特性を活かした再利用はされることはあるが…」
「アコー、突っ走ってないでそろそろ説明ー」
「あと少しで分かります。聖精石の収集については、誰の指示というかどういう経緯でされるようになったんです?」
「………なるほどな」
「ゴゥリンまで分かったようなことを言うー。アコ、どういうことだってば」
「教義で聖精石を収集し、溜めるように指示されているというのなら、それはガルベルグがそうさせていた、ってことですよ。それによって聖精石は未世の間に還ることが出来ず、世界を回す力は欠乏してゆく。これまでガルベルグの目的だと思っていたことは、とんだ自作自演だった、ってわけです」
「………なるほどー」
…あんまりよく分かってませんね、この顔は。
まあでも、わたしもそろそろ思索は終わりの時間です。
ガルベルグは、世界に神意たるべく顕れました。いつ頃からなのかとか、疑問が無いわけじゃないですけど、少なくとも千年以上前から、そうして人の世と関わってきたんです。
そう在るべく人の世に求められ、在り続けるのがその存在理由。少なくとも、ガルベルグ自身にとってはそういうことなのでしょう。迷惑極まりねー話ですが。
わたしはここで考えたことを二人に説明すると、納得はしたもののなんだか消化不良気味の顔をしたアプロに、こんなことを言われました。
「ベルのことはどーすんだよ。言ったらなんだけどさ、今の魔王はアイツだぞ?代替わりでもしたってこと?」
「ガルベルグは神意を降す役割から彼自身を始めたんです。魔王だのなんだのって、別にガルベルグの固有の役割、っていうのとは違うんじゃないしょうか。むしろ人間の方が、魔王なんて役目を何かに求めて、ガルベルグはそれに乗っかった…いえ、人間に祭り上げられたんですよ。きっとガルベルグはえーかっこしいの小心者で、人間に『神』だのなんだのって、ありがたがられたいだけなんです」
「んな無茶な…」
無茶ですよね。でも、魔王だって言われて、自分は姿を人の前に現さず、未世の間だかなんだか知りませんけど隠れたとこから神託だー、予言だー、ってひとの世を掻き乱してきた。
所詮、その程度なんだってわたしは思います。
「だから、ベルも魔王っていう肩書きを押しつけられただけ、なんです。わたしはそう思います」
「…なんかすぐには信じられねー話だけど」
「でしょうね。わたしだってこれで正解だとは断言出来ませんし。でも、今まで引っかかってきたいろんなものを説明しようとしたらこうなって、こうだと思うとスッとしますから。アプロ。わたしと出会ってからやってきたこと、思ってきたことを振り返って、この話に納得出来ないことってあります?」
「ないね。まったく。全然」
「でしょう?」
だからまあ、そんなもんでいいと思うんですよ。確かめる術だって残されてるんですから。
「………それで、これからどうする?」
ええ。わたしたちには、これからやらないといけないことがあります。ガルベルグの意図がどうあれ。
「そうですね。なにはさておきアプロの剣を元に戻さないと。剣の石には教えて欲しいことがありますからね」
「アコー、私は?」
「アプロのやることなんか一つしかないじゃないですか。アプロは勇者で、勇者の成すべきことは?」
「魔王を、倒す!」
「はい。ベルをいてこまして、言うこときかせてやりましょう。それでガルベルグを引きずり出して、彼の書いた脚本なんか、全部ぶち壊してやるんです」
まずはマリスとマイネルにも今の話をしましょう。思うところはあるでしょうけれど、きっと聞き届けてくれます。
それからフィルクァベロさんとマクロットさんにも。権奥のひとを紹介してもらって、これからのことを一緒に考えていこうって思います。
陛下やヴルルスカ殿下ともお話しないといけないですよね。この国だけの話じゃないですし。聖精石が力を取り戻せるようにしたって、いつまでもその力が保つかどうかは分からないんですから、聖精石だけに頼らず、みんなが安心して暮らせるようにしていくには、きっと国を動かすひとたちの協力が必要です。
だから、今まで毛嫌いしていた貴族のひとたちだって巻き込むことに躊躇はありません。
「…なんか楽しそーだな、アコ」
ふふん、当たり前じゃないですか。
わたしに出来ること。わたしがすることで、この世界のみんなを、ずっとこの世界で暮らしていけるように出来るんです。
ガルベルグの野望が見えた、なんてまだ言い切れませんけれど、その
だから、アプロやみんなと、なんだってやってやるんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます