第100話・わたしの戦い 前編
「で、アコは何をどーするつもりなんだ?」
「せめてご飯食べ終わるまではその話するの、止めません?」
まあそういうわけでしたので、人前に姿を晒せないわたし、アプロの部屋で遅い朝食だか昼食だかを頂いています。
昨夜無駄になってしまった、アプロに栄養つけようという心のこもった料理は、温め直されたものですけど疲れた体と猛烈に空いた胃袋に染み入るのです。
これだけのものを頂いている間、会話をするなんてもったいない。よーく味わわせなさいってば。
「そりゃ美味しいとは思うけど。でも私も時間あんまり無いし、アコが何するつもりかは知っておいた方がいーだろーし」
「…忙しくなるんですか?」
「まあ、な。四人の葬儀をさ、してやらないといけないから」
「そうですね…」
昨夜のような、感情を丸出しにした態度ではなく、これはすべきことだとしっかり自覚した上で、アプロはそう言いました。
なら、わたしも応えなくては、ですね。
お代わりして最後まで残しておいたスープを飲み干し、わたしは話し始めます。
「マリスにお願いされたんですよ。ベルに会わせろって」
「…なんでまたあいつと?」
「人語を解する魔獣が、教会で第三魔獣として認められたそうなんですよ。で、権奥の方からこの街にその件に関係した人がやってくるのと、どうも教会の方に、ベルの存在とかわたしが魔王に会ったって話が伝わったみたいなんですよね。それでなんやかんやあって、マリスとしてはちゃんとベルを面通ししておきたい…ってことみたいですけど」
「…まーたあいつもしなくていい苦労を背負い込もうとしてんなー。ベルのことなんかほっときゃいーのに」
アプロが気にしてるのはマリスじゃなくてベルの方でしょう?…と思っても言いはせず、気取られないようにデザートの水菓子を一口。うん、美味しい。涼やかな甘味が口の中に広がって、惜しまれつつ喉を降っていきます。
「…なんです?その目は」
そしたら、じとーっと半目でアプロが睨んでいました。
「どーせまた…つ、つんでれ?がどーのこーのととか思ってんだろー、って」
「否定はしませんけどね。でも悪いことでもないとは思いますよ」
あんまり考えてることが分かられてしまうのも良し悪しです。悪い気はしませんが。
「まー、アコがそう言うんならそーなんだろ。で、どうするつもり?」
えらい素直ですね。それに免じてわたしも思うところを率直に述べます。
「…今回のこともありますし、やっぱりベルに直接問い質そうかと。はっきり言って分からないことばかりですし。それでアプロ?あなたには辛いことかもしれませんけど…魔獣の大規模な出現とか、もう少し魔獣の歴史について詳しいことを教えてください」
ベルに会ったときに、こちらも知ってることを増やしておかないと、ちゃんと話が出来ないと思いますので。
「そーいうのはマリスの方が詳しいと思うけどなー。でも、それはベルと話してからでいーか。じゃあ、私が知ってる範囲で教えるから、聞きたいことがあったら言って」
「そうですねー……」
食後のお茶を煎れつつ、わたしは聞きたいことを頭で整理し始めていました。
魔獣が姿を現し始めたのは千二百年前。
教会は、その魔獣への対処をまとめた教義と呼ばれる教えを世界に広めるために存在している。
個別に出現する魔獣への対処は、教会が言う所の「神」が、執言者を通じて降す予言に従って行われる。
通常、魔獣とは人間に危害を及ぼす可能性のあるか無しかで、第一魔獣と第二魔獣に分けられる。
ごく最近現れ始めた、人語を解する魔獣を、第三魔獣としてそれまでの魔獣とは区別し始めた。
魔王。人類世界に害をなす魔獣を使って世界を侵略する存在がいるんじゃないかなー、とこれまでもなんとなく考えられてはきたが、わたしが直接会ったのが、多分世界では初めてのこと。多分、第三魔獣とは何らかの関係がある、と。
ついでに言えば、魔王はわたしやアプロに何かをさせたい様子、ではありましたね。
「…思ったんですけど」
「うん」
わたしの見聞きした話をまとめて、ふと沸いた疑問をアプロに聞きます。
「その、今回のような規模の大きい魔獣の出現って、今までもあった…んですよね?」
「うん。前にも話したことあったよーな気がするけど、どういうわけか人間の間で戦争というか、情勢が不穏になると、かなりまとまった数の魔獣が出現して、そっちの対処に追われることになって結果的に人間同士の争いが有耶無耶になる、みたいなことは何度もあったみたいだ。だから、魔獣の出現の予言を降す存在を崇める風潮もあるみたいだなんだけどさ」
「じゃあ、そういう大規模な出現の予言って…あるんですか?」
「少なくともモトレ・モルトみたいな市井の執言者に対して降ることはないみてーだな。どっかで降ってるのかもしれないけど、今回に関してもはいきなりだったらしーし」
「教会のひとたちがその情報を独占してる、とか?」
「さあなー…マリスが知ってりゃ私たちに知らせないわけねーんだし、予言自体無いのかもしれない。あるいは知ってて握り潰していたか」
「何のために…なんて今考えても仕方ないですよね…。それとも今回だけ、予言が無かったとか」
「それこそ分かんねーって。この国で大規模な出現が起きたのは三十年ぶりって聞いたから、前回のことは知らないよ。大陸全土の規模で見れば、数年に一回は起きてるらしーし」
うーん…考えても仕方ないんですかね。
ただ、ベルに聞いてみるべきこと……いえ、ベルじゃないですね。わたしには、ヘンな話ですけど魔王とのコネがあるんですから、いっそ直接聞いてみようかな…。
結局ですけど、魔王ガルベルグが全ての鍵を握ってる…いえそりゃあ魔王なんだから当然なんでしょうけど。
ただ、魔王と称しているのは人間の側であって、多分あのひとにはあのひとなりの目的があって、そのために動いていることでわたしたちが影響を受けているだけなんだろう、って気はするんです。
だから、ガルベルグの目的を知ることで大半の疑問は解決するんじゃないかな、って。
…我ながら簡単に言うなー。ただまあ、ベルっていう存在と、ガルベルグ自身がわたしに何か興味を持っている、って点で他のひとが同じことをしよーとするよりは、まだ望みはあるんじゃないかと思います。
「…アコ?考えまとまった?」
「あー、はい。だいぶ。とりあえずベルに会ってみますね」
「私も行こーか?」
「忙しいんじゃないですか?」
「…だなー。アコが危ない真似するんじゃなけりゃ、任せるしかないのかー」
「ベルに会うくらいで危ないことなんかありゃしませんて」
「…本当にそれ『だけ』ならなー」
ぎく。
…うーん、魔王に会おうとしてるとか気付かれたら絶対やべーですね。
ただまあ、アプロと一緒に行かないのには理由もありまして。
二人揃って未世の間に閉じ込められたら、誰が助けに来てくれるんですか。外から入ってこられるの、アプロしかいないんですし。
わたしはそう自分を納得させて、アプロに隠し事をしている後ろめたさから目を逸らすのでした。
・・・・・
しかし、あの子こっちから探すとなると、なかなか見つからないものですね。
ベルにはベルの事情もあるんでしょうけど、と、アプロの屋敷から自分の部屋に戻る道すがら、ベルを探しながら思います。
そういえばベルの方が先にわたしを見つけることが多いですね。確か…匂いがどーとか。
…いや匂いなんか分かるわけないでしょーが、聖精石がどーのとか言ってたような。まあ今更ですけど、謎の多い子です。
仕方ないので、目立たないようにあちこち歩き回ってはみたものの、無駄なことでした。。
今日のところは諦めて部屋に戻ろう、としたところで、わたしの部屋の有様を思い出して憂鬱になります。中に侵入されたり、は無いにしても、ご近所に迷惑かけたことだけは間違いないですし…。
「…ちょっと様子見してからの方がよさそーですね」
アプロのお屋敷を出る時にはそういう話はしませんでしたから、アプロは知らないはずです。ていうか、知ってたらどんな顔したことやら。
そのことで余計に痛む頭を抱えつつ、フルザンテさんのお店の裏口に向かいました。
お腹も少し空いたことなので、今日の晩ご飯の調達も出来ればいーな、と都合の良いことを考えながらでした。
「……ごめんくださーい」
お店はいつも通り繁盛してました。いえ、むしろいつもより賑わってますね。
アプロや衛兵の皆が帰ってきたことで、街の空気も元に戻ったのでしょうか。裏口からでもお店の方はお客さんもたくさん入っている様子がうかがえます。
これは邪魔したら悪いかな、と引き返そうとした時、裏口の扉がガタンと開いてフルザンテさんが姿を現しました。
「はいよ!…って、アコ坊じゃないか。こんな時間にどうしたい。食事なら表に回ったらどうだい?」
…わたし、久しぶりに見るフルザンテさんの顔に思わず涙ぐんでしまいました。
だって、街のひとたちの期待に応えられず、アプロのいない間ずっと引きこもっていたわたしに、前と変わらない態度だったんですから。
「お、おう…なんだ、その……どうかしたのか?……って、あー…お前さんの部屋のことかあ……」
「あの、すみません。不在の間いろいろご迷惑おかけしました…」
「ああ、あんな真似したヤツは見つけてとっちめてやりてぇとこだったんだがな…悪かったな、アコ坊」
こちらの方が申し訳なくなるような沈痛な顔のフルザンテさんでした。
「まあな、この辺りの連中は別にアコ坊が悪いなんて思ってはいねえんだけどよ、わざわざ遠くから来る馬鹿野郎もいてなあ…とにかく帰ってきてくれてよかったよ。どうだい、奢るから一杯やってくか?」
「いえ、その…お気持ちだけでもうお腹いっぱいですし…それに部屋に戻って片付けもしないといけないので…」
「ああ、お前さんの部屋なら近所の奴らと一緒にキレイにしといたぞ?なあに、お前さんにゃ大なり小なり世話になったモンばっかだ。すっかり元通りだから、安心して帰んな!」
「え?…あ、あの…」
「まあ部屋に入るわけにはいかなかったから外をキレイにしただけだがな。ああそうだ、これから帰るんならちょっと待ってな…」
と、フルザンテさんは奥に引っ込むと、戻ってきた時には抱えるほどの包みを持っていました。
「ほれ、今日の料理を適当に見繕っといたから持っていきな」
「え、あ、はい…あっと、今お代を…」
「いいっていいって。アコ坊が帰ってきた祝いだ。今日は俺の奢りにしとくわ!」
「………はい、ありがとうございます。今度は…アプロと一緒に来ますね」
「はっはっは、領主さんは店の人気モンだ、大歓迎するよ!んじゃあな、女房が早く戻れってうるせえから、またな!」
「ありがとうございましたぁっ!」
フルザンテさんは、前と変わらない豪快な笑顔でわたしを見送ってくれました。
わたしは半ベソかいて、頂いた温かい料理を抱いて、こんな時にも関わらず喜びに満たされてすぐそばの自分の部屋に向かいます。
そして、前に見た時には無残だったわたしの部屋の前に着くと、立ち尽くしてこう呟くのです。
「嘘じゃないですか…」
フルザンテさんは、すっかり元通り、って言ってました。
けど、わたしの住む部屋の様子は元通りどころか。
「前よりずっと、きれいになってるじゃないですか…わたしじゃあ、どんなに頑張ってこんなにきれいになんか、出来ないですよぅ……」
…ところどころ痛んでいた金具も。
見る度に気にはしてたけど、結局手を付けなかった苔むした壁も。
新品同様に…ではないけれど、それがかえってわたしの思い出を大事にしてくれたように思えて。
みんながどんな思いでこの部屋を整えてくれたのか、って思って。
「……ありがとう、皆さん…ありがとうございます…」
わたしは、これから始まるわたしの戦いにとって何よりも得難い応援を得たのだと、ただ涙が止まらないのでした。
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