最終話・わたしの青春の謳歌


 「アコ!」


 その中で、最初にわたしのところに来たのは、意外なことにいちばん小さいマリスなのでした。


 「小さくありません!…もう、アコもいい加減わたくしを子供扱いするのはやめてください!」

 「あはは、ごめんなさい。でもマリスはいつまで経っても、わたしのかわいー妹分ですから」

 「!……アコ…こんなひどい姿になってしまって……ごめんなさい、ごめんなさ……ひぐっ…」


 ああもう、別にマリスが謝る必要ないじゃないですか。

 わたしは右手をマリスの頭に差しのべようとして、でも一人では出来なかったので、ベルの手に導かれてようやくそれを成すことが出来たのでした。それでマリスの泣き声が余計におっきくなってしまったのにはちょっと閉口したんですけどね。


 「…ほら、マリス。泣いていたらアコが困るだろ?」


 そうして、わたしを助けてくれたのはマイネルです。

 わたしに頭を撫でられながらしゃくり上げているマリスの…きっと、肩を抱いて慰めてくれたのでしょうね。


 「マイネル、います?」

 「いるよ、アコ。…その、ごめん。きみとアプロだけを行かせるような真似をしてしまって」

 「なんであなたまで謝るんですか。結果おーらい、ってやつですよ。とりあえずわたしに出来ることは全部やったんですから、あとはお願いしますね」

 「……自分でやろうって気は無いのかい?」


 あら、ちょっとおかんむりのご様子。

 そりゃまあ、自分で出来ればいちばん良いんですけど。


 「…なんだか疲れました。わたしはちょっと休みますので、マイネル頼みますね」

 「………わかったよ。でも僕はアコをずっとサボらせるつもりはないからね。君が言い出したことなんだから」


 最後まで怒りっぱなしのマイネルでした。気持ちは分からなくもないのですけど、わたしの知ってるマイネルらしくはないなあ、って思い、わたしはちょっと余計な一言ってのを付け加えます。


 「マイネル、ちょいちょい」


 右の手のひらを上に向け、ちょっとこっち来いと手招き。


 「…なんだい」

 「えっとですね。耳貸してください」

 「……なんなんだよ、もう」


 気のせいなら良かったんですけど、なんだかマイネルまで涙声。やっぱりそんなのあなたらしくないですよ。


 「マリスのこと大事にしてあげてください。わたしの大切な友だちなんです。幸せにしなかったら、許しませんからね?」


 このロリコンやろー、って笑いながら付け加えたら。


 「…結局その言葉の意味は教えてもらえなかったね。まあアコのことだから、ろくでもない意味なんだろうけど」


 そこはマイネルらしく、困ったように笑ったようなのでした。よかった。


 そうして一頻り悪い笑みを交わしあうと、マイネルはわたしの側を離れ、代わりに獅子身族の巨漢と交代します。


 「………アコ」

 「はい。ゴゥリンさんにもいろいろお世話になりました」

 「………なんの。こちらの方こそ、長く生きているだけだった人生に導を与えてもらえた。礼を言う」


 わたし、ゴゥリンさんにそこまで言われるほどのことした覚え、無いんですけどね。

 でも、ゴゥリンさんにお礼を言われるってのはとっても誇らしい気分になります。

 最後に肉球をもみもみさせてもらって、ゴゥリンさんはわたしから離れました。



 その後も、ヴルルスカ殿下にブラッガさん、グランデアや衛兵隊の知ってるひととか、マクロットさんまでいたのは驚きでしたけど、わたしのよく知るひとたちが入れ替わり立ち替わり訪れて、いろいろお話をさせてもらいました。

 そういえばヴルルスカさんといえば、わたしを抱えていたアプロが大変そうでしたので、殿下とお話をした時に「アプロのこと、よろしくお願いしますね」とわたしなりに気をつかってみましたら、「なにを言いやがる」と殿下は困ったように笑い、アプロはもにゅもにゅと口の中で「あにうえ…」と呟いていたのが…まあ、ちょっと妬けたのですけど。


 そうして、もうこれで充分かな、って思った頃になり。


 「…アコ。私のような婆にも話を聞かせてくれませんか?」

 「フィルクァベロさん?ええ、もちろん」


 とても人の好いおばあさん、といった印象だったフィルクァベロさんなのですけど、今はどこか…許されない罪を断罪するような、厳しい空気でいます。どうされたんでしょうか…?


 「…アプロニア姫殿下。まずは、アコ・カナギとの合力により、この世界を危難から救われたことに、教会を代表して礼を述べたく思います」

 「……ああ。けど、フィルカばーちゃん…今はそんなことよりも、アコの話をさ…」

 「ええ。アコ、手を握りますが、よろしいですか?」

 「あ、はい…あはは、すみません。すっかりボロボロで汚くなっちゃってますけど…」

 「世界を独り立ちさせてくれた手です。そのようなことはありませんよ」


 わたしの手をとる時、フィルクァベロさんはいつもの優しい雰囲気に戻り、もう動かすだけで何かがぽろぽろと剥がれ落ちていくわたしの右手を、とても柔らかく握ってくれました。


 「…では、アコ。いつかあなたに尋ねたことを覚えているでしょうか?」

 「え?」

 「あの、アウロ・ペルニカの鐘楼台の上で話した時を思い出してください。私は、あなたの最後の時には思い残すことがあることを願うと、そう話しました。今のあなたには、思い残すことがありますか?」

 「ばーちゃん!アコの最後とか…そういうこと言うなよぉっ!」

 「アプロ……」


 わたしが他のひとたちと話してる間、じっと自分の感情を堪えていたアプロが、とうとう泣き出して怒鳴っていました。


 「アコは死んだりしない!私と、ベルと、みんなと…この世界をよくしていこうってそう誓ったじゃないかぁっ!」

 「…そう。私もアコと共にいる。アプロと一緒のアコを、ずっと愛していく。そう誓った私たちの前で、そんなことを言わないで」

 「……ごめんなさい、二人とも。そういうつもりは無いのですけれど、アコにとってはとても大切なこと。だから今は、静かに聞いておいでなさい」

 「………ひっく…」

 「……わかった…」


 アプロとベルは、しゃくり上げながらも静かになります。

 そして、考え始めたわたしのことをじっと見下ろし見つめているかのように、思います。


 思い残すこと、です、か…?

 ……ええと、そうですねー……まあ、割とやれることはやった、って思いますし…。

 そうですね、それもいっぱい、あったと思うんです。


 アプロと恋をしました。

 女の子同士ってどーなの、って最初は思いもしましたけど、強くて凜々しくて、自分の好きなものに迷いがないアプロに、わたしはどんどん惹かれてしまったんですから、後悔なんか一つもありません。


 ベルのことは…ちょっと意外だったと思います。

 最初からわたしへの好意を隠さなかったベルは、魔王の娘だなんて正体が明かされたって、わたしの親友でありアプロのライバルであり、そして…わたしたちの、良き恋人となりました。


 アウロ・ペルニカはわたしの大好きな街です。

 わたしの出来ること、したいことを全部呑み込んでくれて、そしてこれからもあの街ではたくさんのひとが、世界の変貌と共にその先端を走ってくれることと思います。

 本当に、あの街でわたしは幸せでした。


 ガルベルグを滅ぼしました。

 世界を導こうとして、間違ったとか間違ってないとかそういうことは別として、でもやっぱりわたしたちにとってはそう在って欲しくない姿で居続けてしまったのでしょう。

 けれど、わたしの言葉と、やってきたことを示すことで、きっと彼なりに納得のいくものはあったんじゃないかって思います。


 この国のあちこちを旅しました、って言える程あっちこっち行ったわけじゃないですけれど、行った先々で出会ったひとたちは、わたしにこの世界を好きにさせてくれたんだって、今も強く思えるのです。


 うん、まあ、わたしよくやったんじゃないですか。

 だから、思い残すことって言われても、特にはー……思い残すことなんか、そんなもの……


 「…そんなもの……そんなもの、いっぱい、いっぱいあるに決まってるじゃないですかぁっ!」


 もう、我慢なんか出来ないんです。

 大声出して、口から喉のところがボロボロ崩れていくことも構わず、わたしは泣きます。泣きわめきます。

 アプロとベルと、それからフィルクァベロさんの辛そうな顔が想像できましたけれど、それでも止められやしなかったんです。 


 「わたし、わたしがんばりましたよ?!アプロとベルと、マイネルとゴゥリンさんと、マリスやヴルルスカさんや街のみんなと一緒に!いっぱいいっぱい、がんばりましたっ!なのに、なのになんで……それでみんなが笑える世界のこと…わたしたちががんばって守った世界のこと、見れなくなっちゃうんですかぁ……どうして、わたしがみんなの笑い声を、聞けなくなっちゃうんですかぁ……いやです、いやですよぅ…わたし、みんなといっしょに笑いたいですっ!生まれてきてよかったって、わたし自分のことが、アプロのことが、ベルのことが大好きだって胸張っていばりたいんですっ!どうしてっ!それだけのことも出来ないんです…わたしのやったことって、そんなことも許されないことなんですかー……」


 「アコ…アコぉ……私も、アコが大好きだ……っ、なんで、アコと一緒に、いられないんだよぅ……」

 「私だって……アコが大好き……っ。どうして、どうして…?それが許されないほどの罪を、私たちが犯したというの…?」


 三人でわんわんと泣いてしまいます。

 フィルクァベロさんから手を振り解いたわたしと、わたしを両腕に抱えたアプロと、それに取り縋るように抱きしめるベルと、三人がいつまでも泣き止まないのです。


 「うぁ、うぁぁぁ……アコ、アコぉ……アコぉっ……!」

 「アコ……泣かないで……どうか、泣かないで……!」

 「………っ、……っ…!」


 わたしたちを囲むようにしているみんなの中、何の憚りもなく三人で泣き続けます。

 生まれてから今まで、こんなに悲しいことはなかったと、声を上げて泣き続けます。

 わたしの喉のところは、もう肌から崩れていって大きな声を出すことは出来ませんでしたが、わたしの分までと言わんばかりに、アプロとベルは泣き続けます。


 「……うう、うーっ……」

 「…ひっく、ひくっ……」


 「……アコ。聞いてもらえますか?」


 でも、いつまでもそうしているわけにはいきません。

 どれだけの間そうしていたかは分かりませんけど、フィルクァベロさんが声をかけてきた時には、アプロもベルも、しゃくり上げるばかりなのでした。


 「…はい。情けないとこ見せてすみません…けほっ、けほ」

 「そんなことはありませんよ。良き縁に恵まれたようで、私も嬉しい限りです」


 直接お顔は見えませんけれど、いつもの優しい声で話しかけてくれる様子に、わたしは不思議に落ち着きを取り戻すことが出来ました。

 そして、少しむせかえってしまったわたしを気遣うように前髪を掻き上げてくれながら、フィルクァベロさんは優しくもどこか厳しさを思わせる声で、静かに語ります。


 「…これは懺悔です。この世界に住み暮らす私たちが立ち向かうべきだった困難に、あなた達だけを向かわせてしまったこの世界からの。私達教会に連なる者共からの」

 「そんな…別にフィルクァベロさんに謝られる理由なんか…」


 自分で明かしてしまったように、確かにわたしには思い残すことがいっぱいあります。

 でもそれは、決して悪いことなんかじゃなくて、わたしがどれだけこの世界と人びとに愛着と愛惜を持てたのか、という証明に他なりません。

 だって、どうでもいいことなのだとしたら、割とあっけらかんと「どうでもいいですよ」って言ってしまうでしょうから。

 そう思うと、あの時フィルクァベロさんが語った言葉の真意がようやく理解出来るのです。


 『確とした絆を築きなさい。あなたと、世界の間にあるものが強固であれば、あなたはどんな生まれ、立場であったとしてもあなたの好きな物事を損なわない。間違えることなく、最後を迎えられる。それだけですよ』


 …そっか。わたし、大切なものいっぱい出来たんですね。間違えなかったんですね。ちゃんと絆、築けたんですね。


 はうっ、と大きく息を吐いて、わたしは見えない目をフィルクァベロさんの方に向けます。


 「ありがとうございました。フィルクァベロさんのその言葉で、わたし全部報われた気がします。だから、謝るのでなくて祝福してください。わたしのやったこと、出来たこと。それから、わたしがみんなとやり遂げたことを、わたしだけじゃなくてみんなを、褒めてあげてください」

 「もちろんです。アプロニア姫殿下…いえ、メイルン。そしてベルニーザ。マリスにマイネル、それからゴゥリンも、大変よくやってくれました。ありがとう」


 微かに光の存在を認知出来る程度のわたしの視界の中で、フィルクァベロさんがにっこりと微笑んだのが見えたような気が、しました。


 「さあ、あとは…メイルン、アコ。それからベル。三人でお話しなさい。私達は向こうにおりましょう」

 「ああ…あんがと、ばーちゃん。ベル、行こうか?」


 じっと黙っていたアプロは、何かを悟ったようにしんみりとベルを誘いましたが。


 「……ううん。アコとはアプロが話してあげて。私は…殿下にお話することがあるから」

 「兄上に?そりゃなんでまた…別に遠慮なんかしなくてもいいのにな」

 「遠慮じゃない。これは大事なことだから。アコ、私と話せなくて残念かもしれないけど…」


 なにをブったこと言ってるんですか、もう。


 「ベルが、それが大事なことだと思うなら構いませんよ。わたし、アプロと話してますから、間に合ったらベルも来てくださいね」

 「…!!………うん、そうする」


 間に合えば、という言葉の意味を正しく解してくれたのでしょう、ベルは一瞬息を呑んでから、「大丈夫、また会えるから」、とわたしもそう願わずにはおれないことを告げて、フィルクァベロさんと一緒に離れていきました。


 「……アコ、ちょっとあっち行こうか?」

 「どこでもいいですよ。あなたが一緒にいてくれるなら」

 「…こんなときまでアコは私を喜ばせるんだからな、もー」


 きっと口を尖らせて嬉しそうに。ゆっくりと、皆に背を向けてアプロが歩き始めます。

 虹の柱の穴を全て縫いとめてからずうっとそうしてくれてたように、わたしを両腕で抱きかかえながら。

 わたしは、ベルたちに心の中でそっとさようならを告げて、アプロのしたいようにさせます。


 そうして、わたしの旅が今、終わりを迎えます。



   ~~~~~



 「アコ、この辺でいーか?」

 「ええ」


 みんなと離れるのは少し寂しい気もしましたけれど、アプロはそんなわたしの内心を察してくれたのか、まだ事態の収拾に忙しそうな声が聞こえるところで、腰を下ろしました。

 もちろん、わたしを抱いたままでした。


 「…すみません、重かったですよね?ずっと抱えさせててごめんなさい」

 「いーよ。みんなにアコの顔見てもらいたかったから」

 「あはは…たぶんとんでもない顔になっちゃってると思いますけど…」


 むずがるようにアプロから顔を隠そうとしてたわたしの頬に、そんなことないよ、とちょっと強引に唇で触れてくれます。もう肌の感触なんかなくなってしまっているのに、初めて口づけを交わした時のように、アプロの唇とくっついたところが熱く感じました。


 「…恥ずかしいですよ」

 「そんなの今さらだろー。あ、ほらアコ…ここからだと虹の柱が消えてくのが分かるよ」

 「まだ消えてなかったんですか?」

 「…んー」


 アプロは抱えていたわたしの体を少し傾け、あっち、と彼女の体の正面にわたしの顔を向けようとしてくれました。


 「見えなくてもさ、アコには感じて欲しいから。あそこからみんな始まるんだって、アコが教えてくれたんだから。あとさ、もう、日が暮れてきてる。段々暗くなっていくから…」

 「ええ。明るいか暗いかくらいは分かりますから大丈夫ですよ。それにしても、もう真っ暗になっちゃうとかえらく気の利かないことですねー…アプロには明るいところでわたしの顔を見ておいて欲しかったんですけど」

 「アコ……そっか、もう……いや、そだな。でもちゃんと見えてる。アコのことは全部見えてるから、心配しないで」

 「……ありがとうございますね」


 さっきまで一緒にわんわん泣いていたアプロは、もういないかのようです。

 でも、ほんとうのアプロはとても強くてどんな困難や強敵にも諦めずかかっていって、それでわたしの前では可愛くて優しくて。

 そんなアプロのことがどうしようもないくらいに愛しく思えて、わたしはついおねだりをしてしまうのです。


 「…ね、アプロ」

 「うん。なに?」

 「虹の柱が消えるまでまだもう少しありますか?もし時間があったら、少しお話してもらえませんか」

 「話?べつにいーけど。なにをすればいい?」

 「そうですねー……」


 わたしは、もともと何も見えてない目を閉ざして考えます。

 知りたいこととか、言い残しておきたいこととか、まあ無くも無いのですけど結局わたしは、アプロの声とお話が聞きたいだけなんです。

 だから。


 「アプロの、子供の頃からの話を聞かせてください。わたしには子供の時とか無かったですから。あ、でももし辛い話になるようでしたら…」

 「いいよ。アコにならなんだって話してあげる。辛い話も楽しかった話も、アコには全部聞かせてやりたいから、さ」

 「……じゃあ、お願いします」

 「うん…そーだなー、生まれて育った場所の話はしたことあったから、親の話でもしてみるかー。まあ、さ、あんまり良い話とかは無いけど、それでも今でも覚えてる話ってのは結構あってさ……」


 楽しそうに、時折苦しそうに、アプロは自分の話をしてくれました。

 やっぱり、マクロットさんと出会うまでは楽しい思い出も少なかったのでしょうか、言い淀むことも結構ありましたが、それでもお父さんやお母さんに優しくされた記憶だってあったみたいで、そんな話をする時だけは少し自慢げだったのが、わたしには何故か嬉しく思えたのです。


 言葉が弾んでいたのはやっぱり、王都に連れて行かれて、ミァマルツェ姫殿下やマリスと一緒だった時のことです。

 マイネルに教えてもらった姫殿下のことを話してあげたら、どうもアプロの知らないことだったみたいで、それがまるで面白くないみたいにふくれてたのが、とても楽しかったです。


 それから、王都を出る時に姫殿下が身罷ったことだけは…本当に、辛そうに話していました。

 アプロに辛い話をさせてしまったことを申し訳なくは思いましたが、それでもわたしは言葉少なくなっていたアプロを、見えない目で見上げて先を促し聴き入ったものです。


 アウロ・ペルニカに来てからの話は、本当に楽しそうにしてくれました。

 旧知のマリスやマイネルが、アプロを驚かそうと少し遅れてやってきたことなどは憤慨してみせながら話していましたけれど、口振りだけはとても懐かしそうでしたから、きっと今でも良い思い出に違いありません。


 …そうですね。アウロ・ペルニカのこととなれば、わたしだって口を出さずにはおれません。

 けれど、もうわたしは一つお話をするにも、よく口を動かすことが出来なくなってしまって、アプロが待ってくれるのを困ったように笑うしか出来なくなっていたのです。


 だから、あとはアプロに譲って、アウロ・ペルニカの話を聞き続けました。

 わたしと出会ってからの話になると、もう子守歌のように嬉しく楽しく、これがわたしの青春だったんだ、って思える話ばかりになって……それで、わたしは……。


 「……アコ。まるであいつも私たちの話を聞いてたみたいだ。そろそろ消えるから、一緒に……アコ?」


 「は……い、アプ………」


 「アコ?」


 大丈夫……きこえてますよ。

 だから、アウロ・ペルニカのお話…もっとしましょう……?

 わたしとあなたが出会って、恋をして……あの街があったから…わたしはこの世界が、大好きに、大切に……なって。

 いつのまにか、魔王をたおすなんてだいそれたことをしてしまい……だいすきなせかいが、ずっとつづいていけるように、がんばって……がんばりました、よ、ね?……わたした、ち………。


 「……おやすみ、アコ。いい夢を」


 はい、おやすみ…なさい……わたしの、だいすきな、アプロ……

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