第44話・彼女を辿る旅 その5

 「…あの、なんでこんなことになったのか、よく分からないんだけど」

 「………」


 文句の多い男が後からついてきます。ちょっとはゴゥリンさんを見習ったらどーですか。

 …とはいえ、気持ちは分からなくも無いですけどね。何せ、王子さま同伴で街中を出歩くなんて、普通考えないでしょーし。


 「それで針の娘は何処に行きたいというのだ?」

 「ええと、わたしお裁縫は趣味でやっているのですけど、材料を探せるお店などお心当たりありませんか?」

 「アコ…あんまり兄師を便利使いするのはどーかと…」


 一転して図々しくなったわたしに気を揉むアプロです、って誰ですかもともと図々しいだろ、とか言うのは。わたしは控え目なことでも定評あるんですよ。


 「構わん。どうせこの街に一番詳しいのは俺なのだからな。さて、店となると商人の出入りする方になるが…」

 「何か問題でも?」

 「いや、もともとこの街は人口が多いから商店は多いが、あまり専門的な店が揃ってなくてな」


 なるほど。そういえば通行人の様子を見ても、なんだかガツガツした人は少なそうですしね。


 「基本的には学究都市で、教会、聖精石の学会、そういう関係が幅を利かせてるから、あんまり商売関係はね。物資の出入りだけならむしろアウロ・ペルニカの方が多いくらいなんじゃないかな」

 「むー…首都がそれではちょっと寂しいですよね。まあでも、アウロ・ペルニカで見かけないよーなものでも見つけられればいいんですけど…あ、あそこはどうです?」


 ヴルルスカさんの言葉を補足してくれたマイネルに、ひときわ大きな構えのお店のことを聞いてみます。


 「ああ、あれは店ではないな。聖精石の特許の取引場だ」

 「聖精石の特許?なんです、それは」

 「学会で発見された聖精石の用法は、考案者の権利として保護されている。それの使用権を売買するのだ。というか針の娘よ。お前の持つ針もそういった権利とは無縁ではないだろうに、知らぬのか?」

 「あー、いえ、わたし針のことについてはマリスやマイネルに任せっぱなしなので、そーいうこと詳しくなくて…」

 「ヴルルスカ様、アコの針は公安利用法の指定を受けているので、特許とは関係無いのです。まあ、どっちにしてもアコにしか使えないのであまり意味無いのですけど」

 「ほう、なれば益々針の娘の価値は上がるというものだな」

 「もー少し人間扱いしてもらえるとありがたいんですけど…」


 そんなお話をしつつ、取引場とやらの前を通り過ぎました。

 アプロとゴゥリンさんは、難しい話には興味ないとばかりに素知らぬ顔です。

 けどヴルルスカさん、気にせずアプロを巻き込みます。


 「アプロニアもそちらの方に才を見せているがな。どうだ、最近は」

 「えぁっ?!…あ、いえ、まだまだ研鑽の足りぬ身ですから…」


 ええと、アプロの剣の使い方…って話ですよね?なんか出かける度に新しい使い方生み出してますから、謙遜するこたーないと思うんですけど。

 ま、でもアプロも思うところはあるんでしょうね。わたしは何も口出しせずにおきます。




 一行は…主に私がですが、物珍しい首都アレニア・ポルトマのあれやこれやを楽しみつつ散策します。

 マイネルもこちらで短期間勉強をしていた、ということで懐かしさもあったようですけど、マジメな学生だったよーで、世俗の物産についてはヴルルスカさんの方が詳しかったりしますね。ゴゥリンさんも、旅の途中で訪れたくらいのものらしく、でも獅子身族は珍しいのか、奇異を見る視線を浴びて若干辟易してまして、ちょっと悪いことをしたかなあ、と思ったものです。


 「さて、ここらが比較的専門店の多い辺りだが。望むものはありそうか、針の娘」

 「そーですねえ…」


 折角案内してもらったのですから、成果無し、というのも王子さまの面目を潰してしまいそうです。

 わたしは買い物好きの自負に恥じぬよう、頑張ってお店を探すのですけどなかなか…と思ってた時でした。


 「おや、針の英雄さまじゃないですか」


 皆さんから少し離れて、露店のアクセサリーを眺めてたわたしに声をかける人がいました。


 「え?…あら、いつも布の小売りをしてくださるペンネットさんでしたか。どうしました、こんな場所で」

 「どうしましたも何も…当商会の本店は首都にございますよ?雨期はこちらで机仕事に勤しんでおりましてね」

 「へぇ…首都は商いが盛んではないとうかがったんですけど、そーでもないんですか?」

 「いやいや…実のところ当商会は教会、大学に納める品が扱いの主力でしてな…」

 「なるほどー」


 …などと、遠い地での偶然の出会いを堪能してる場合じゃありません。わたし一人ならどーとでもなりますが、何ごとだとこちらに向かってきたのは…説明不要のやんごとなきひとなのですから。


 「えっとペンネットさん、ちょーどいいとこでした。こちら…」

 「アプロニア様もいらっしゃいましたか。日頃はお世話になっております…おや、他のお仲間の皆様も。それにこちらは…」


 あ、やべー…と思ううちに、アプロが如才なく口を挟みます。


 「ペンネット殿。我が兄を紹介させてくれ。ヴルルスカ・グァバンティンの名を知らぬとは思えぬが…直に目通りするのは始めてではないか?」

 「おお…これは名高いヴルス・カルマイネの名君におわしますか。彼の地では当商会も多大なるご恩を受けております…お目にかかるのは始めてでございますが、何卒今後ともよしなに…」


 禿げた頭を深々と下げるペンネットさんを見ると、なんとか場の雰囲気は取り繕えたよーです。大人の世界はいろいろありますよねえ、ホント。


 「名君とはまた持ち上げられたものだな。商人に褒められると後が怖い」

 「ははは、これはまたご冗談もお上手にございますな。確かに私共にとっては口も商売の種ではございますが、幸いにしてこちら、元手がかかっておりませんので、代価の方のご心配はなさらずとも…」


 とかなんとかえらくちょーしの良いこと言ってますけど、ペンネットさんにかかるといつの間にか財布の紐が緩くなるどころか消えてますからね。

 え、わたし?まーその、後々の便宜をツケにして先行投資してもらってますからねー、って一番拙いパターンのような…。


 アウロ・ペルニカのように、商人さんと接することの多い街にいると痛感するんですが、ほんと商人さんて口が上手いといいますか、見る目が狡っ辛いといいますか、油断ならないといいますか…。

 ただまあ、そこは人間には違いありませんので、人を見て程よく誠実に接していれば、それほど裏切られることは…無くは無いですが、いつか代わりに拾ってくれるひともいますって。うん。


 あ、何が言いたいかというと、よーするに口車に乗せられないように注意しましょう、ってことです。


 「…ま、話半分として聞いておくことにしよう」


 これぐらいが丁度良いですよね。特に王子さまとかそーいうお金持っていそうな人は、注意しすぎるくらいで充分でしょう。

 そういえば、何故かアプロはその辺のバランス感覚が良いと思ってたんですが、出自を聞いてなるほどと思ったわたしでした。


 「それより針の娘。地元の商人となれば聞いておいた方がいいのではないのか?」

 「あ、そーですね。ペンネットさん?」

 「はは、仕事熱心な針の英雄どののことですから、見当は付きます。布のお店をお探しでしょう?」

 「話が早くて助かります。いい店をご存じでしたら教えてもらえません?」


 あと後ろで「しごとねっしん?誰が?」とかボケてるアプロは黙りなさい。




 「こんにちはー。カンクーロ商会のペンネットさんに紹介されて来たんですがー」


 観光客みたいなわたし達では絶対に入り込まないよーな場所に、教えてもらったお店はありました。

 さすがに地元の人です。こんなことでもない限り、覗いてみよーなんて思わなかったでしょうね。


 「ふぅん…こんな場所があったんだ」


 準地元民のマイネルが感心したよーに言います。

 そうですね、裏路地…には違い無いですけど、秩序だった静けさに満ちていて、もともと猥雑さの少ない街でしたがそれ以上に、生活の中でシンとしている部分…みたいな空気を感じます。

 仕事に集中している時の、余計な音がしない静けさ、ってとこでしょうか。


 「……はいよ。ペンネットの坊やの紹介ならまともな客じゃあないだろうが」

 「まとももまとも。お天道様のどこを探したって、わたしたち以上にまともな客はいませんよ?」


 何せ金払いの心配ないひと、二人も引き連れてますし?


 石造りの建物が多い表通りと違い、こちらは柱こそ石材ですがそれ以外は木材を多用したハイブリッドな家々が多いです。

 何か違いがあるのかー、とは思いますが建築のことはよく分かりません。

 ひとまず、広い間口の奥の方から顔を出してきたおばあさんにごあいさつ。


 「こんにちは。アウロ・ペルニカから来た神梛吾子と申します。良い布を扱ってらっしゃると聞いて、見せていただけないかと」

 「…ほう、あの坊やの客にしちゃあ、礼儀正しい子だ。まともというのもあながち冗談でもなさそうだね」

 「ちなみにまともじゃない客というのは、どーいうひとを指すのですか?」

 「そういう子だよ」


 と、おばあさんはマイネルを指さします。


 「え、僕?あの僕は…」

 「あんた個人のこたあ知らないが、教会の学生はまあ、学はあっても礼儀を知らん。ま、そういう出世しそうにない学生は嫌いじゃないがね」


 あー。じゃあマイネルはおばあさんには好かれそうですね。

 礼儀は知ってても毒舌がそれを遙かに上回りますし。


 「アコー。私たちは外で待ってるからなー。気が済んだら出てきてくれ」


 分かってます。いくらなんでも布の見極めに付き合わせるつもりはありませんって。


 「…なんとも厄介な連れがいるもんだねえ、あんたも」

 「慣れればどーってことないですよ」


 アプロたちのことを見透かしたよーなことを言うおばあさんです。


 「さて、どんなものが入り用だい?量はともかく種類ならこの街にあるものなら一通りあるよ」

 「あ、じゃあご面倒でなければ端から全部見せてください」

 「……いいけどさ、あんた時間はあるのかい?」


 わたしのオーダーに対しおばあさん、なかなかに不敵な反応です。

 うふふふ…なんだか挑発されてるようですね。構いません、ぜぇんぶ出してくださいっ!!


 後先考えず、ノリノリになるわたしなのでした。

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