第43話・彼女を辿る旅 その4
けえし?なんですソレ?
と、わたしが思う間も無く、なんかとてもえらそーな男性は部屋に入ってきました。
女の子二人しかいない部屋にずけずけとまた不躾な話ですねえ。ま、アプロがいいのならわたしに反対する理由もないのですけど。
「…ふん」
感じわるっ!
部屋の中をひと眺めして、ここにいたわたしを見て鼻を鳴らしただけ、とか失礼にも程がありますね。
「あの、兄師…ごあいさつが遅れて申し訳ありません。アプロニア、入城しております」
あー、わたしガマン、わたしガマン。
アプロが立ち上がって恭しく頭を垂れてるのに、わたしがキレたら意味ねーです。
どーせこっちのことなんか見てもいないでしょうけど、アプロに倣ってわたしも頭を下げておくのです。
「取り繕い方まで雑だな、お前は。まず真っ先に顔を見せるべきところに顔を出さず、何をやっていた」
「あ、あの…はい、申し訳ありませんでした…」
はい、前言撤回ー。わたし、頭に来たので言わせてもらいますね。
「あー、ちょっといーですか?アプロは仮にもお姫さまですのにその言い草なんですか。あなたどれだけ偉いか知りませんけどね。まず遠路はるばるやってきたことを労うくらいしたらどーなんですか…あ、申し遅れました、わたし神梛吾子ともーしまして。アウロ・ペルニカでお針子やってます。はい」
わたし、よわっ!
射殺すよーな眼光にあっさり腰が退けたのでした。
「アコ、ここはいーから。兄師、連れが失礼をしました。その、彼女が城に不慣れなようでしたので、まず城での作法などを教えておりました」
「ただの針子風情にまたえらく親切なことだな。何者なのだ?その娘は」
「はい。彼女は魔獣の穴を埋める、聖精石の針の使い手です。お話はお耳に入っているかとも思いますが」
「ほう…」
ここでようやく、けえしさんがわたしに興味を持ったようです。目を細めてわたしを値踏みするよーに、上から下まで眺めるのでした。
「…こんななんの変哲も無さそうな娘がな。異な事もあるものだ」
失礼なことに変わりはありませんでしたが。あーもー、このひとムカつきます。
「あの、アプロ?この方をわたしにご紹介しては頂けないのですか?」
「アプロニア様、だろう、娘。身分というものを弁えるがいい」
「はあ。そーですね。失礼しました、けえしさま」
「貴様に兄呼ばわりされる謂われはないが」
意味が分かりません。名前じゃなかったんですか?
「アコ、兄師はマウリッツァ陛下の次子にあたり、私にとっても敬愛する兄君であり、師匠でもあるのだ。礼を失した振る舞いは避けて欲しい」
「そういうことだ。以後自重するがいい、針の娘」
…えーと、マウリッツァ陛下ってえのは王さまでしたよね?で、その次子…なるほど要するに王子さま、ということですか。なんか想像してた王子さま像とえらいかけ離れてますけど。
で、アプロの師匠…?マクロットさんのことだったんじゃないですか?それって。
「じじいは…えと、クローネル伯は、剣技の師匠で、兄師は聖精石の剣を用いた戦技の師匠なんだ」
あー、なるほど。それで『兄師』ですか。納得いきました。
そして養子のアプロがなんか遠慮がちな理由にも合点がいきました。そりゃ大人しくもなりますよね。仕方ありません、ここはしおらしくしておくのがアプロのため、ってものですよね。
「ま、そういうわけだ。無礼は許そう。知らなければ礼を尽くす要も知るまいからな」
鷹揚に頷く王子さまでした。
「ヴルルスカ・グァバンティンだ。改めて宜しくだな、針の娘」
「せめて名前で呼んで頂きたいんですけど…まあ、でも、失礼をしました殿下。アプロニア様とは親しく友誼を結ばせて頂いております」
「ふん、なかなか良い度胸だ」
今度は、若さに似合わないごーかいな声で笑います。そして優男風の容貌に似合わないゴツイ手で、握手を求めてきたのでした。
…なんか慣れればそんなに悪い人ではなさそーですね。
わたしは、差し出された手を握り返しながらそう思うのでした。
流石に王子さま相手に冷めたお茶をだす、というわけにもいかず、改めて用意をしてもらったもので、わたしが饗応します。
「ふ、茶の入れ方は心得ているようだな。悪くない」
「お褒めに預かり光栄ですわ。ヴルルスカ様」
こればっかりはアプロだって唸らせられますからねー。お手の物ですよ。
「…しかし、お前が来るとは聞かされておらなんだが。此度の用向きは何なのだ?」
「いえ、私も教会筋から知らされただけですし。陛下にもまだお目通りが叶っておりませんので」
「何を考えているのか、父も…まあいい、いろいろ挨拶をせねばならぬ場所もあるのだろう?」
「それが、なるべくそれも控えるようにとのことで。旧知の者にも会うことが出来ず途方に暮れておりました」
その割にマクロットさんなんかはほいほい顔を見せに来てたのですけど。ただ、伯爵さまみたいな立場でもあるよーなので、あのひと割と自由なんでしょうかね。
「また面倒な立場だな、お前も。なれば暇なことだろう。どうだ、外に出てみぬか?」
「それは…ありがたいお申し出ですが、連れもおりますし…」
なんともアプロも慎み深いというか遠慮深いことで。
いつもでしたら喜び勇んでむしろ自分から「よし、いこーかアコ!」とか言ってわたしを引き回すんですけど。
うーん。
「アプロ?いーじゃないですか、行ってきてください。いえ、むしろわたしも出かけたいので、一緒に連れてってもらえません?」
「ええっ?!…アコ、あのさあ、私この城だと立場ってものが…」
「そんなのいつものあなたらしくないですよ。ほら、お城の奥に収まってるお姫さま、って柄じゃないでしょーに。折角知らない場所に来てるんですから、いろいろ案内してください」
まだ困った様子のアプロを前に、わたしは考えます。
いろいろお裁縫の材料を見繕って、あ、雨期のアウロ・ペルニカでは手に入りにくい食べ物もあるかな、それと綿花のことも調べないといけませんし、それから綿花をくれたベルにお土産も買っていこうかな、お土産といえばマリスに…はどーせマイネルが買っていくかなと思いましたけどあの朴念仁、お尻叩いてやらないとそこまで気が回らなそうですし…。
「まてまてまて、アコ。私行くと決めたわけじゃ…」
「いいじゃないか、アプロニア。こんな楽しそうに計画立ててる姿を失望させては、友達甲斐が無いというものだぞ?」
いーこと言いますね、王子さま。ちょっと見直しました。
「いえ、しかし…言いつけを破るようでは…」
「俺が構わん、と言っているのだ。お前のお転婆の尻拭いなど久しぶりだからな。胸が躍らぬでもない。仕度をしてくるから、お前も用意しておけ」
そう言って、ヴルルスカさんは立ち上がり、これまた年甲斐も無くウキウキした足取りで扉へ向かい、
「いいな?迎えに来るから、待っていろ」
と、アプロの返事も聞かずに出て行ってしまいました。
「兄師?!…あの、ちょっとー……」
慌ただしく開いて閉じた扉に向かって、アプロが手を伸ばしていました。
「…あーもう、アコも余計なこと言うなよなー…」
「うふふ、わたし、このお城に来てようやく楽しくなってきましたよ。いい人じゃないですか、お兄さん」
「お兄さん、って…そんな感じではなー……ああもうしょーがない。出かけるからアコも仕度しろよなー」
渋々という口振りでしたけど、アプロの本心はだだ漏れです。どーせならマイネルとゴゥリンも巻き込んでやるかぁ、などとぶつぶつ言ってる顔は、わたしが馴染んで大好きな、元気印の少女のものだったんですから。
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