第125話・言語道断のトライアングル その3

 例によって案の定、クソなげー…失礼、最初の四字以降は一切耳に入らなかった名乗りを経て、わたしの中でブルークさんというひとは、面倒なひとのカテゴリに入りました。

 いえ、悪気があってやってるわけじゃないのは重々理解してるんですが、それだけに余計にタチが悪いといーますか、同席していた一同のうち、ヴルルスカ殿下は苦り切り、グランデアは唖然とし、マリスは能面のような無表情。

 ちなみにグレンスさんは二度目のお茶の交換に行った後結局戻りませんでした。あのひといくらなんでも要領良すぎやしませんかっ?!


 で、今はそのブルークさんが大演説をぶってった後の善後策を、わたし、マリス、ヴルルスカさんの三人で講じている最中です。ちなみにグランデアは追い出しました、というか流石にこの話に混ぜるのはどーかと思ったので、引き上げさせたとこなんですが。


 「…あの、申し訳ありません、アコ。本来は別の、もっと話の分かる方が派遣されてくるはずだったのですが、どうしてこんなことになったのか、わたくしにも何が何やら…」

 「いえ、別にマリスが謝ることでもないですし。…けどなんかあのひと、自分の話しかしていかなかったですよねー…」


 しかもその内容ときたら、自分の所属する学派の主張…ええと、魔獣の生み出される仕組みに関してこの世界とは違う、いわゆる異世界の存在を軸にした解釈、ってやつなのでして、わたしが異世界(要するに日本というか地球世界ですね)からやってきたことがその証拠になるとかで、狂喜乱舞と言ってもいい有様だったですからねー…。

 もうわたしにとっては「何を言ってんだこのひと」と呆れる対象にしかならなかったものです。


 「しかし殿下もよく卿の同行をお許しになりましたわね…。戦になると分かりきっているのに、大胆と言いますか怖いもの知らずと言いますか…」

 「済まぬ、マリス殿。許したわけではないのだが、ありとあらゆる伝手を使ってこちらも追い返せない状況にさせられてしまったのだ。アコにも迷惑をかけたと思うのだが…」

 「わたしは別にいーんですけど。なんか的外れなこと言ってるなあ、って微笑ましいだけですし」

 「ですわね。アコの話によれば、魔獣の生み出される理由にアコの生まれた異世界の存在は関係無いというのに」


 うーん。その言い方だと逆に関係ある話になってしまってるんですけど。さて言ってしまっていいものか。


 「うむ、その話だ。救援の手紙にあったことなのだが、もう少し詳しい話を教えてもらえるか」

 「はい。ですがわたくしからよりもアコの方からした方がよろしいのでは?」

 「分かりました。ガルベルグ、魔王から聞いた話とわたしが知った内容を織り交ぜてお話しますね」


 ヴルルスカさんには今回の戦いの始まる前までにマリスに伝えた内容を伝えてもらってあったのです。

 なので、開戦前にガルベルグに聞いた話、それから戦いの中でわたしのした経験から知ったことをまとめて話します。

 石が力を回すことで維持される世界、循環する石、それから石の生み出す力と対になる、反作用とも呼べる澱のこと。澱が吐き出されることで魔獣が生まれる、という話になったときは、殿下もえらく深刻な顔になっていたものです。


 「…それは教義に照らしてどう受け止めればよいのか?」

 「殿下もご存じの通り、教義の一部には様々な予言を繋ぎ記したものがあります。そのうちの一つに並べられることになるでしょうけど…ただ、確かな記録に基づく記述と違い、予言の類には曖昧な表現も多く、各々が勝手に都合良く解釈する部分も少なくありませんわね。ブルーク卿のごとき主張もその一つでありますし」

 「事象を腑分けするが如く解すのではなく、己が見方に添って形を変える、か。学術に携わる者の態度とも思えぬが。しかしアコの話の通りとなると、彼の教義の解釈は全くのデタラメとなるわけだが。どうするつもりだ?」

 「アコの立場を卿ご自身の立身のために利用するつもり、であれば教えても無駄でしょうね、おそらく。かといって好きにさせるのもどうかとは思いますし…。アコはどうしたいのですか?」


 どう、と言われましてもねー…もう正直なところ、どーでもいいというのが感想ですし。その辺は。


 「…マリスの好きにしてもらって構いませんよ。というか、マリスの教会での立場を良くするのに利用してもいいですし、殿下やマゥリッツァ陛下のお立場の強化に繋がるのでしたら、如何様いかようにでも」

 「アコ、自棄やけになっているのではないだろうな?」

 「まー、そう見えるのだとしたらわたしの不徳の致すなんとか、ですけど。ただ、わたしはあまり自分の身の処し方について拘りもなくって。わたしの好きなひと、それからわたしを好きでいてくれるひとが幸せに過ごしていけるのであれば、それ以外のことにはあまり興味がないんです。それだけをおもんばかって頂けるのでしたら、今の話もわたしの身も、好きなようにしてください」

 「アコ…」


 マリスは痛ましげな顔でわたしのことを見つめています。

 あ、あはは…そう可哀想なひとを見る目でみられると、ちょっと後ろめたくもなりますけどね…。


 「…分かった。この件はマリス殿、父上と図ってアコの願いに反しない範囲で利用させてもらおう。よいか?」


 はい、ご存分に。

 と、わたしは殿下に頷いてみせました。


 「それと、だな…」

 「…はい?」


 そして、これで話は終わったかな、と思ったところで殿下はどう切り出したらいいのか考え倦ねている、という態の顔を、見せます。

 あのー、そう勿体ぶられるとイヤな予感、というか不穏な気配がゆんゆんするのですけどー。


 「その、アプロニアからは既に聞かされてはいるが………アプロニアとお前の関係について、なのだが……」


 はい針のムシロ来たー。

 わたしにとってヴルルスカさんに一番顔向けしにくい話ですよ、もー。

 そりゃまあ、身内的にも立場的にも怒られて当然の話なんですよね、もうそろそろ逃げてもいいでしょうかポンポン痛いので。


 「正直に言えば、止めさせたくはある」


 ですよねー。肘を足の上にのせ、両手を組んでその上にあごを乗せ俯く殿下の顔が怖くて見れません。ああこれが聞き及ぶ、娘は貴様のような馬の骨にはやれんっ!…状態ですか…。


 「…のだが、兄としては妹の願いを無下にもしたくはない」


 ……あれ?お父さん…じゃないや、お兄さん意外と物わかりがいい?


 「立場を考えれば、だな。アプロニアはいずれ他国の王室との繋がりを深めたり、あるいは国内の貴族との関係を築くのに役立ってもらわねばならん身だ…おい、そう睨むな。あくまで王室の理屈で言えばの話だ。最後まで聞け」


 あ、あらら…わたしそんなに怖い顔してましたか。殿下が仰け反って呆れてますですよ。


 「まったく…無理に別れさせようとすれば国ごと敵に回しかねんからな、アプロニアは。それに、アコの世界の常識ではどうだか分からんが、貴人が同性の愛人を持つこともあり得ん話ではないのだ」


 無論、褒められた話ではないがな、と付け加えられはしましたが、それでもわたしはなんとも意外な思いがしたものです。

 そーいえば日本の戦国大名だってお稚児さん囲ってたり、配下の武将とそーいう関係になってたりもしますね。日本が特別変わってただけなのかもですけど。


 「であるからな、今のところどうこうするつもりはない。その点は父も了承している。いや、ただ単にアプロニアの機嫌を損ねたくないだけやもしれぬが」

 「まあ…ですが陛下らしいお話でありますわね」


 マリスの相鎚に、苦笑するヴルルスカさんでした。

 そうですね、アプロ、陛下には公の場ではともかくとして、けっこー甘やかされてる印象ありましたものね。


 「…えと、あの。となるとー、わたしとしてはその、今のところは今のままで構わない、ってことー…ですかね?」

 「ん?いや、もうこの際魔王討滅までいってしまえば誰も文句をつけられなくなるのではないか」


 励む理由が一つ出来たのではないか、と面白そうに言う殿下です。というかけしかけられてるだけのよーな…じゃなくて。


 「いえ、そうではなく…あの、わたしが申し上げるのも失礼な気はするのですけど…」

 「なんだ、お前らしくもない。遠慮するような話なのか?」


 わたし殿下にどう思われてんですか。


 「…その、アプロに教えてもらった話で…ミァマルツェ王女殿下のご遺言に、アプロと殿下が婚姻を結ばれることを願う言葉があったと……」


 そのことか、と一転して苦い顔になる殿下でした。

 やっぱり、アプロが消化しきれていないのと違う理由で、殿下にも忘れられない話ではあるんでしょうね…。


 「アコ、そのようなことがあったのですか?」

 「ええ。アプロと、殿下しかご存じ無い事実と聞きましたけど」

 「であろうな。そして姉上の死後、アプロニアと私の間でその話が出たこともない。アプロニアの方はあれ以後は特に私には線を引く物言いをしていたからな。何か引っかかるものがあったのだろう」


 ああ、兄師、ってえらく堅苦しい呼び方してましたものね。そういう理由もあったんでしょう。


 「…それでも今はわだかまりも大分解けたとは思っている。その点についてはアコの功績だな」

 「無理矢理に『お兄ちゃん』って呼ばせた件ですか?ふふ、その折りの殿下は大変可愛らしかったですよ」

 「からかうな、阿呆。…まったく、貴様くらいのものだぞ?アプロニアに妙なことを吹き込んで私をおちょくるのは」

 「あら、そのようなことがあったんですの?うふふ、わたくしも居合わせたかったものですわね」


 わたしに苦言を呈する殿下ですが、花のほころぶように笑うマリスにあっては文句を言う気も失せるようで、苦笑と微笑の中間みたいな顔になって黙り込むしかないのでした。

 ほんと、マリスは得な性格してます。


 「とにかくだ。生涯に渡る約を公に交わした、というのでもないなら今のところは気にする必要はない。好きなようにしろ…などというとお前もアプロニアも自重しなさそうだから言わぬが、まあ人目を多少憚るくらいでいい」


 …なんかえらくぶっとい釘刺されたよーな気もしますが。

 まあいいです。殿下の危惧はきっと無駄に終わるでしょうし。


「ん?それはどういう意味だ?」


 わたしの物言いに何か不穏なものでも嗅ぎ取ったか、眉をひそめる殿下です。

 なんとなく…その姿をいい気味だ、と思う昏さを伴い、わたしはこう告げました。


 「わたし、きっと永くはないですから。そんな心配、必要ないですよ」


 ……ずぅっとつかえていたものがなんとなく、晴れた気がしました。



   ・・・・・



 「お。終わったか」

 「待ってたんですか?あなたも暇ですねー…」

 「そういう言い方はねえだろうが。こちとら退屈の眠気を噛み殺して待ってたってのによ」


 頼んだわけじゃないですし、そもそも先に帰っててください、って言ったんですけどね。


 「で、用事はこれで終わりか?」

 「そうですね。なんだか疲れたので部屋に戻って休みます」

 「んじゃ、送っていくぜ」

 「どうも。ですけど部屋には上げませんからね」

 「期待してるさ」


 ひとの話を聞きなさいっての。まったくもう。




 まあもちろんそんなつもりは無いにしても、帰り道でお茶の一杯でもご馳走するくらいはいいかな、と思ってやめたのは教会に来る前の騒ぎを思い出したからです。

 というのも、わたしが先に立って歩き、そのうしろをグランデアが付いてくるという道中で、あからさまにわたしたちの姿を見てひそひそ話をする様子がそこかしこで見受けられたからで。

 でも、わたしはそれなりに名前と顔が知られてますし、グランデアだってここ数日で有名になったのだから当然かー、などと呑気に構えていたわたし。

 そんなわたしが、肝心要のことをすっっっかり失念していたと思い出させられたのは。


 「アコ……今までなにやってた?」


 部屋の前で待ち構えていたアプロの姿を見つけた時なのでした。


 ……うん、端的に言って、やべー、の一言です。

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