第126話・言語道断のトライアングル その4

 えーと。


 これまでに修羅場っぽいのは何度か経験してますし。

 だからもう慣れたものですよ、ええ。

 ひとは経験に学ぶのです。だから学んだ結果から推論するに、ですね。


 「………うー」


 …推論すると、ですね。


 「……アコ、覚悟は出来てるか?」


 ……すると、ですね………。


 ……やべぇ、わたしとグランデアが合わせて四つになる未来しか思い浮かびませんっ?!


 「ちょっ、待て待てアプロニア様!何か勘違いしてるのかもしれねえが」

 「やかましいっ!とっくに街中の噂になってるんだよっ!私は部下に恋人を寝取られたみじめな領主サマだってな…はっ、ははっ、笑えよ……っ」

 「待ってアプロ待って!それ尾ひれがつくどころかわんこに羽が生えてるような話ですからっ!根も葉もないどころか蒔いてもいない種から芽が出てますからっ!」

 「うるさいっ!!」


 ひぃっ?!と、わたしとグランデアはアプロの剣幕に思わず抱き合ってしまいます。もちろんアプロはそんなわたしたちを見て一層激昂の色を濃くするのです。


 「……二人とも喜べ。この剣で人を斬るのはこれが初めてだ…その栄に浴することを…」


 見ればアプロは喪服に剣を携えた姿です。喪服というのが余計に不吉です。洒落になってないっ?!


 「名誉に思えぇぇぇ!!」


 あかん。わたし、死んだ。

 アプロの手で滅ぼされるのがせめての救い…こうしてわたしの短い生涯は終わりを告げるのです。ぐっばい、世界。ああ、アプロ…なるべくならお酒は呑みすぎないようにしてくださいね…。


 ………。

 ……。

 …。


 おや?

 わたし、まだ死んでないですよね?

 と、首をすくめた体勢のままそーっと薄く目を開いてみると。


 「あ、あ、あんたなあぁぁぁ…オレだけならまだしも本気でアコまで斬る気だったのかっ?!」


 わたしを庇ったグランデアの鼻先で、アプロの剣が微動だにせず、止まっていました。

 寸止めどころか寸の十分の一の距離でした。言うなれば寸止めじゃなくて分止めです。

 …って、冗談言ってる場合じゃなくてですね。


 「あのあの、アプロ?何だか分かんないですけど何があったんです?言っておきますけど別にわたしこのひとのこと何とも思ってませんよ?」


 ひでぇっ?!とかいう抗議の声はこの際無視しときます。


 「何があったかって?!何人も見てて聞いてて、ごてーねーに私に注進してくるヤツらがいたんだよっ!……アコが、アコが…グランデアに口説かれていー顔してたって……もぉ、ほんとうにおまえたち何やってたんだよぉ……」

 「アプロ。ちょいまち、ちょいまち。なんかいろいろ誤解がありますってば。そりゃまー、確かにこのひと身の程知らずにもわたしのこと口説いてくれましたけど、露ほどにも揺らいでませんしましてや別に色よい返事してたりなんかしてませんて」

 「おい。なんか色々な意味で、おい」

 「うるせーですあなたは黙っててください。だからですね、アプロが心配することなんか何も…」

 「アコはうそばっかりだ」


 はい?


 「アコはわたしにうそばっかりつく。だから今度もうそついてるに決まってる…」

 「ちょお、ちょお。いえそりゃ人間やってればうその一つや二つつくことだってあるでしょうし、でもわたしアプロにはうそなんかつきませんって…」

 「それがもう、うそじゃないかっ!アコの、アコの……アコの浮気ものーーー!」


 言って、まだ立ち上がれないわたしを一瞥してから、駆けだしていくアプロ。

 そして一度立ち止まって振り返り、わたしが追いかけてもこないのを確認すると。


 「………アコなんか、そこの軽薄男と乳繰り合ってればいいんだーーー!!」


 …と。ていうか。

 …あの子は…言うに事欠いてなんちゅーこと言うですかっ!

 でも、わたしが乳繰るのはあなただけですからねーっ!……なんてことをご近所の耳もあるところで言えるはずもなく。


 「おい、どうすんだ?」


 走り去った恋人の背中を見送るしか出来ないわたしに、グランデアが手を差し伸べて聞いてきます。

 わたしはその手を取ろうと…。


 「…どーもこーもないですよ。大体あなたのせいじゃないですか、この軽薄男」


 した手を引っ込めて、ひとりで立ち上がりました。


 「不本意すぎる高評価ありがとよ!…ったく、決まった相手がいて他の女にコナかけてンならまだしもよ、オレはこれでも弁えるところは弁えてるつもりなんだがな」

 「知りませんよ、そんなこと言われたって」


 おしりをはたいて砂を落としてるわたしを、呆れたよーな顔で見下ろしてるグランデアでしたが、わざとらしいため息をつくとえらく失礼なことを言いました。


 「あー、なんか冷めちまったわ。ま、無事に送り届けたわけだしな、オレは帰るぜ」


 …なんですかね。いつものわたしだったら別に気に障るほどのことでもないはずなんですけどね。

 理不尽極まりないアプロの捨て台詞にいーかげんムカついてたわたしは、グランデアのきっと悪気なんか無かっただろう一言にカチンときてですね。


 「冷めた、て……あー、あー、あー。そういうことですかそうですよねこんな口の悪い女なんか一日一緒にいれば冷めるでしょーね!」


 つい、こう。


 「ええもうわたしだってせいせいしましたもういいですからとっとと帰って下さい二度とそのツラ見せんじゃねーですいいから帰って下さいああご心配なく任務のことならブラッガさんに言っておきますからもうこんなウゼー女につきまとう必要はないのでご心配なくっっっ!!」


 言う必要のないぼーげん吐いてしまって。


 そして最後に「ふんっ!!」と特大の鼻息をかましてわたしは、部屋にかけ込んで施錠したのでした。

 なんか最後にグランデアが言ってたような気もしますがしったことかっ!!


 …まあそんな感じで。



   ・・・・・



 気がつくと薄暗くなってました。

 割と早いめのお昼を食べて教会でお話しして、それでなんやかんやあって部屋で塞ぎ込んでたわけですから…おなかの具合からするとまだそう遅い時間ではなさそーですね。

 つまりちょうどいいお昼寝みたいな時間を過ごせたわけで、でも寝覚めは最悪。それもこれもずぇんぶアプロのせいですっ!……なーんて言ったところで今日の晩ご飯が出てくるはずもなく。

 …あー、帰ってくる時に買い物してくればよかった。わたしとしたことが、うかつなことです。


 「しかたないですねー、面倒ですけど今から食料の確保に…」


 と、起き上がったわたしの鼻に、かぐわしいかおり。具体的には焼いたお肉にテリヤキ系のソースがかかった匂い。

 …殊更におなかがすいてるわけではなかったですけど、こんな具体的なものを想像させる匂いがあったんでは、いやでもお腹が鳴ろうってもんです。


 「おはよう」


 そして、その源泉を探してきょろきょろしたわたしにかけられた声。

 この部屋の鍵を開けて入って来られるひとといったら…。


 「アプロっ?!」

 「ざんねん。アプロじゃなかった」

 「…ベル?」


 暗がりに目を凝らすと、いつか三人で囲んだテーブルに、久しぶりにみるベルの姿があったのでした。

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