第124話・言語道断のトライアングル その2

 「………えーと。冗談…ですよね?」


 うーわっ。我ながら最悪の返しです。

 これでも男の子にコクられた経験は皆無ではないのに、なんですかこの不慣れな生娘みたいな反応は。

 って、そういえばわたしって生娘にカウントされるんでしょうかね?男のひと相手の経験は無いけど特定の女の子相手なら経験豊富にさせられてしまったわけなんですが、ってそんなこたーどうでもよくて…流石に動揺はしてるよーです。


 「おめえが冗談にしておきたいんなら、そうすりゃあいいさ。オレがどういうつもりなんざ関係ねえ話だろ」

 「そーいう言い方はないと思うんですけど。そりゃーまあ、わたしはアプロ一筋…なわけですから、そのー…」

 「口も利かないようなケンカしてる最中さなかに言えることなのか?それは」

 「うっ…」


 そういえばそうなのでした。

 いえまあ、わたしとしてもいつまでもこのままでいるつもりはありませんし、でもアプロに先に謝らせないとなんかいろいろ負けたような気もしますし…。


 うーん。

 と、腕を組み組み考え込んでいたら、グランデアは何やら機嫌良く話し始めます。


 「とはいえ、だな。これはオレにしても好機なわけだ」

 「…と、いいますと?」

 「なに、おめえとアプロニア様の間がしっくりいってなけりゃあ、オレにもつけいる隙はある、ってことだろう?」

 「本人目の前にして言うよーなこっちゃねーと思うんですけど…」


 そーいやこのひと、最初っからやけに上機嫌でしたし、もしかしてそのつもりでわたしのとこに来たのかも。


 「大体ですね、あなたアプロの部下でしょ?領主の相手に手を出してタダで済むと思ってるんです?それ以前にわたしのどこがいいんですか。自分で言うのもなんですけど、わたしあんまり性格良くないですよ。散々悪し様に言うてくれてたじゃないですか。ていうかそもそもあなた落ち着きのある年上が趣味だったんじゃないですか。わたし正反対だと思うんですがー」


 ううっ、周囲の視線がなんか、痛い。注目されてる。きっと注目されてる。グランデアがわたしを口説いているだなんて、物見高い野次馬ならぜってー目を離せない。ああっ、知人の色恋沙汰には興味津々、とか思った自分をぶん殴ってやりたいっ!!


 「いやそこまで卑下する必要は無いんじゃねえのか?普通におめえ美人だし、口の悪いのも性格の悪いのも気にならねえヤツは気にならねえというか、むしろオレは好きだぞ」

 「…っ?!………あ、あーいえ、あとその…あ、あなた出るとこ出てればとか言ってたじゃー……」

 「ああ、気にしてたのか?そりゃ悪いことをした。けどよ、女の趣味と体の趣味は別モンだと思うぞ、オレは。少なくともおめえの好きなところを台無しにするような問題じゃねえ」

 「そ、そーですかー……」


 ぐぅ…そう真っ正面から褒められると………えーと、悪い気がしないのも事実なのでして…。

 あああ、わたしそんなに浮気性だったのでしょうか…アプロっていう素敵な恋人がいながらなんちゅーことになってるですかぁ…。


 最早自分でも止めよーのないくらいに顔の赤く火照ったわたしを、正面に座ったグランデアは存外真面目な顔でみてました。

 いえまあ、あの戦いを共に乗り越えた同志として憎からず思うのは間違いないんですけど、好きとか嫌いとか言われても…まあその、嫌い…ではないと思いますけど、なんかイロイロと横たわるアレやコレやをうっちゃってあなたのものになりたいですっ!…なんてことには流石になりよーがないっちゅーか…うう……。


 「ま、あんま難しく考えんなや。オレだっておめえを困らせるつもりで言ってるわけじゃねえ。今ンとこよ、難しい立場にいるのは分かってっから、そういう男だっている、くらいに考えとけ。そんだけだ」

 「は、はあ…お気づかい感謝します…?」


 あー、ダメだわたし。何だかんだ言って気になってしまってます…。

 いえそりゃまあね、普通の人間と真っ当な恋仲とかになれる身じゃないのはもう理解してますけど、それでもそのー、ココロの部分はマジメに女の子してるわけなので、好意を告げられて心乱されないわけがないのでして…。

 ああ、こんなとき誰か相談出来るひとは…いえ、いるこたーいますけど、ただ今街全体がそれどころじゃないというのが、厳しい。

 あーもー、この男、なんだってこんな時期にこんなことを言い出したんですかめんどくさいっ!…って、そーですね、わたしが突っついたんですよねじごーじとくですよ、はい。


 「あ、あのその…取りあえずここ出ません?わたし一応、顔を出さないといけない場所もありますし…」

 「そりゃあ構わないが、今日はしばらくつきまとうからな?護衛の名目もあるしよ」

 「それはもう、しゃーないです。あなたの興味もない場所に行きますけど、それでよければお付き合いください」


 ぺこり。

 何はともあれ、事態を変えられるのなら言うこたーありません。わたしの護衛、というのもウソばっかでもないのでしょうし。


 「おう。成り行きとはいえ、気になる女を大っぴらに口説ける時間も出来たしな」


 くそー…そんなに無邪気な顔して笑わないでくださいよぅ。経験の足りないわたしじゃあ、どんな顔すればいいのか、全然分かんないじゃないですかあ。


 なんとも頼りのない足取りのわたしと、疲れているはずでしょーに対称的に軽い足取りのグランデアは、連れ立って店を出ます。

 そして、こんなわたしたちを好奇心丸出しで見送る視線の主たちがこれからどーいう行動に出るのか…その時のわたしは想像すらしていなかったのです。



   ・・・・・



 「教会?なんでまたこんなとこに」

 「あなたじゃあんまり縁は無いでしょーけど、わたしには結構大事な場所でして」

 「いやそりゃあそうだろうけどよ。何か用事か?」

 「ちょっと呼びだされてましてねー」


 道すがらの会話は危惧したよーな際どいものではなく、けれどわたしのことをいろいろ知ろうとして、そしてグランデア自身のこともわたしに知ってもらおうという、親しい友人同士ならごく当たり前のことばかりでした。

 ですけどわたしの周囲って比較的厄介な背景のあるひとたちばかりで、こーいう気の置けないお話ってあまり馴染みがなく、それだけにわたしには新鮮にも楽しくも思えて、口説くとかそーいうことは別として彼に対する印象を良くさせられてしまった感は、あるのです。

 …もしかしてわたし、チョロ過ぎますかね?


 「こんにちは。マリスに呼びだされて来たんですけど、今いますか?」

 「おや、針の英雄どの。ええ、今は来客もおりませんし、ヴルルスカ殿下とお茶の時間を過ごされていたかと。お取り次ぎしますので少々お待ちを」

 「はい。よろしくおねがいします」


 ひとの出入りが多いのか、開け放たれたままだった教会の扉の前を掃除していた門番のおじさんに声をかけると、快く話を取り次いでくれました。

 流石に今の状況でグレンスさんがお掃除してるわけはなさそうでしたので、そのまま立って待ってます。


 「おい、ヴルルスカ殿下ってぇと、まさかそっちと顔合わせるのか?」


 したら、流石に焦った様子のグランデアです。


 「はい?そりゃそーでしょう。一応昨日挨拶はしましたけど、ちゃんとお話はしてませんし、いらっしゃるのならお茶会に混ぜてもらうくらいは…あー、いえ別にそんなとこまで付き合う必要ありませんて。帰っちゃってもいいですよ」

 「いやそうは言ってもな」

 「それともお話してる間待っててくれますか?あなた、わたしの護衛なんでしょう?」

 「…いや、そうは言ってもな」


 ふふふ、なんかさっきからわたしばっかりあたふたしてましたので、ちょっと気味がいいです。

 といって意地悪するつもりもありませんので、好きなようにしてください、と言ったらほんっとーに仕方なさそうに、「わかった。任せる」だそうです。任せると言われましてもねー…まあ、わたしと一緒に最後のところ頑張ったんですから、殿下に紹介するのも筋違いじゃないですしね、と同行させることにしたのでした。


 「お待たせしました。お通しするように仰せつかりましたので、ご案内します。そちらも?」

 「はい。彼はわたしとマイネルと一緒に最後まで戦っておりましたので、どうか殿下からもお褒めの言葉を頂戴したく」

 「それはそれは。街の勇者の一人として殿下もお喜びになるでしょう」

 「そうですね。うふふ」


 勘弁してくれぇ、という呻き声を心地よく聞きながら、わたしたちはおじさんに先導されて教会の奥に入っていきました。




 教会の中は、まだケガをしたひとたちがいるためかいつもよりも人が多いようで、普段に無い賑やかな様子の中時折わたしに気付くひともおり、感謝の言葉をもらったりしてまあ、人見知りするわたしでもそれほど悪い気はしませんでした。

 グランデアの方も、街の衛兵のひとはもちろん見知った仲ですからアイサツを交わし、けれど戦死したひとのことに話が及ぶと悼む言葉のやりとりなどもあったものです。わたしはそんなとき、一歩下がって後ろの方で大人しく黙祷などをしていました。

 …やっぱり、何もかも嬉しさに満ちた結末を迎えられたってわけじゃないんですよね。概ねでは街は守れたのですけど、そんな中で犠牲になったひともいますし、なんだかアプロに対してワガママ言ってる自分がひどく大人げないようにも思えてしまいます。


 「こちらです。……お連れしました」


 かといってわたしの方から頭を下げに行くのも面白くないといーますか、本心では仲直りはしたいんですけどやっぱりアプロが悪いっ!…だってわたしがこんな面倒なことになってるっていうのに顔も見せに来てくれないのってどうなんですかっ…とか。うーん。


 「おい。中に入らねえのか?」

 「ひゃい?…あ、ああそうですね。お邪魔します」

 「どうぞ」


 訝しげな門番のおじさんとグランデアに促されて、わたしは先に立って応接間に入ります。

 中にいたのは…。


 「アコ。機嫌は直りましたか?」

 「よけーなお世話です。どうせわたしなんかお腹空いたら住み処から出てくる程度の存在なんですから」

 「ふふ、そう拗ねないでくださいな」


 面倒な客を迎えてる、みたいなことを言ってた割には朗らかな顔のマリスと。


 「疲れはとれたか。昨日など死にそうな顔をしていたものだがな」

 「いえ、あの時は…その、逆に寝過ぎてぶさいくになってただけといいますかー。それより殿下こそお疲れではないのですか?かなり無理をして救援に来て頂いたようですが」

 「なに、無駄になったのならそれはそれで結構なことだ。それに今は復興の手はいくらでもいるだろう。気兼ねせず我らにも手伝わせるがいい」


 王都の軍勢を引き抜くことが出来ずに、ご自身の所領の衛兵をまるごと引き連れて駆けつけてくださった殿下と、それから入れ違いにお茶を取りにいったグレンスさん。

 そして。


 「おお!あなたが針の英雄たるアコ・カナギ殿ですか!お初にお目にかかります…それがしは」

 「ブルーク・ダ・ビヨネルカ様、まずはわたくしにアコを紹介させてくださいませ」


 …マリスにぴしゃりと言われて立ち上がりかけた腰を下ろしたおじさん…?おじにいさん?

 年の頃は二十代後半、ってとこでしょうけど、マギナ・ラギさんと違ってひょろっとしてて細面。なんだか顔色もよくなくて、どことなく神経質な感じがします。

 マリスがわたしと相性が悪そう、って言った理由までは分かりませんけど、まず自分の話からしようとしてた辺り、わたしの話も聞かずに一方的に自分のイメージを押しつけてきそうなひとのように思えます。

 とはいえマギナ・ラギさんも最初はそういう感じでしたが、最後は割と気分良く別れられましたから、ファーストインプレッションで判断すべきじゃないんでしょうけど。


 「お、おお…これは失礼しました。何せ話に聞く異界からの救い手です。我がミネタ派の正しさを証明する機会がついに訪れたのかと場を弁えもせず、申し訳ない。ではマウロ・リリス・ブルーネル様、彼女を紹介して頂けますかな」

 「はい。彼女はアコ・カナギ。仰る通り異界からアプロニア様が招き、そして聖遺物、聖精石の針を駆使して世界の仇となっている魔獣の穴を塞ぐ力を振るう、わたくしの大切な友人です」


 ん?

 なんかまーた不穏とゆーか聞き逃せないというか聞かなかったことにしたい内容が聞こえたよーな…。


 「そしてその隣におりますのが、この街を守護する衛兵のひとりになります、グランデア・ルゥエンデ。この街の導師、ミアル・ネレクレティルスと共に最後にアコと行動を共にし、全ての穴を塞いできた戦士です。確か殿下も始めてなのでは?」

 「そうだな。昨日は何かと立て込んでいたからな。グランデア・ルゥエンデ。よくぞ我が国の至宝…いや、我が妹の愛する街を守ってくれた。感謝する」

 「いえ、全てアコ・カナギ様の御業によるものです。自分は側で見ていただけですから」


 ………アナタダレ?

 とかいう言葉を呑み込んでしげしげその顔を見つめてたわたしに、多少気まずそうな顔になるグランデアでした。なーんだ、こういうまともな応対もやろうと思えば出来るんじゃないですか。わたしには一切そーいう配慮無しってのがまたムカつきますが。


 「それで、アコ。こちらは権奥から派遣されて参りました、ブルーク・ダ・ビヨネルカ卿です」

 「よろしく。教義の正しき解釈のため、お話を聞かせていただきましょう」

 「は、はあ」


 ため息を悟られなかったでしょうか。

 またなんとも、クソ面倒…失礼、早くも回れ右して逃げ出してしまいたくなる展開に、わたしは内心で頭を抱えたのでした。

 なるほど確かに、わたしと相性悪そうでやんの。

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