第123話・言語道断のトライアングル その1

 「わたし悪くないです」

 「またそんな…子供のようなことを仰らないでください、アコ…」


 だって事実じゃないですか。

 あれだけ頑張って、ちゃんと成功させて、一緒に喜ぼうと思って帰ってきたらいきなり叩かれて「うそつき」呼ばわりですよ?何一つ悪いことやってないのにー。

 わたしはただ、みんなを守ってアプロに喜んでもらえればそれでいーんです。なのに、肝心要のアプロが…ってなことをうったえたら、マリスまでアプロの肩を持つようなことを言って。そりゃわたしだってベッドに潜り込んでふて腐れるってもんですよ。


 とはいえ、街が危機から救われたことに、街のひとたちは大喜びでわたしたちを迎えてくれました。

 釈然としない思いでいたわたしを除けば、グランデアは褒められて調子にのりまくり、マイネルはいかにも彼らしく困ったような顔で賞賛を受け入れていました。

 その日の夕方に到着したヴルルスカさんにも、呆れ顔ではありましたけど「よくやったな」と普通に喜んではもらえましたし。

 そして明けて翌日の今日は、後片付けに大わらわ。ただ、実際に戦った衛兵のみんなはゆっくり体を休め、ケガをしたひとたちも療養に専念しています。わたしもそのうちの一人、なのですけど…。


 「…アプロ、何してます?」

 「戦死した衛兵の家族への報告に回っています。結局、十五人もの犠牲が出てしまいましたし…」

 「そうですか…辛いですよね、アプロも」

 「…そう思うのでしたら、アコもアプロニアさまのもとに顔を出しては?」


 それとこれは話が別です。

 と、布団の中に潜り込むわたしです。アプロの方から謝ってくるまで、わたしのこと褒めてくれるまで、ぜってえ顔出してなんかやりません。


 「はぁ……困りましたね」


 わたしの部屋のテーブルに頬杖ついていたマリスはため息。連れもなくやって来たんですが、この子だって忙しいでしょうに、わたしになんかかまけてていいんですかね。


 「…実は、ヴルルスカ殿下と一緒に、アコにも関係のあるひとがやってきましたので、引き合わせようと思ったのですけど…どうもそんな気分ではなさそうですね」

 「え?」

 「いえ、そのままで構いません。どうせアコとは相性が悪そうなので。ただ、放っておくことも出来ないので、機嫌が直ったら教会の方に顔を出して頂けますか?」


 相性が悪い…うーん、マリスがそうハッキリと言う以上、わたしが喜んで会いに行くひとじゃないのでしょうけど。


 「それと、戦勝報告の集会が明日行われます。街をあげての集いですし、流石にこの会にアコが出ないというわけにはいきませんので、それまでには部屋を出てきてください」

 「………」

 「わたくしの用事はそれだけですから。明日の朝、迎えを寄越しますので」


 大したもてなしもできずにすみません、と布団の中でおざなりに返事するわたしに、多分苦笑しながらマリスは出て行きました。


 他のひとの気配が絶えた部屋のなかで、わたしは丸くなった姿勢のままため息をつきます。

 まー、分かってはいるんですよ。今の自分のやってることがただのわがままだってことくらいは。

 喜んでくれると思ってたアプロから、意に反して手厳しい反応をもらって面白くないからこうして引きこもってるのだし、アプロの顔なんか今は見たくないって思ってすらいるんですし。

 だからといっていつまでもこうしてるわけにもいかないんですけどね…マリスが言ってた、明日の戦勝報告会?というのがあるなら、喜ぶ街のひとの顔は見たいですし、それに…。


 ぐー。


 …お腹も空きましたしね。しばらく留守にしてたせいでこの部屋の中に食べるもの、なにも無いんですから。


 「屋台…はやってないだろーしなあ…何かお店ひらいてないですかね」


 何もなかったらファルルスおばさんかフルザンテさんのところで何かわけてもらお、くらいのつもりでベッドから這い出ました。我ながら他力本願なことですけど、わたしは畑持ってたり家畜の飼育してるわけじゃないんですから、仕方ねーんです。




 「よお」

 「……なんであなたがここにいるんですか」


 のそのそと着替えて部屋を出たら、お向かいさんの壁に背をもたれかけさせたグランデアがいました。昨日まで散々っぱら一緒にいたので、とっくに見飽きた顔なのですけど、向こうは何が楽しいのかえらい上機嫌です。


 「いや、アプロニア様の命令を実行中なだけだ」


 ぴく。


 今一番わたしの気になってる名前が出て、返しかけた踵が止まります。

 もしかしてアプロがわたしのことを何か言ってた…?


 「おめえを護衛するように言われてただろ。命令の取り消しだの変更だのはまだされてねえんだから、継続しろってことだろ」

 「ヘリクツこねてねーで、あなたもとっとと自分の持ち場に戻ったらどーですか。まったく、ケガもせずに済んで身動きのとれる衛兵なら他にやることいくらでもあるでしょうに」


 相手にしてられません、とわたしは部屋の鍵を閉めてさっさと歩き始めました。


 「いや、個人的な理由もあったしな。どこに行くんだ?」

 「あなたに関係ないでしょーが」


 つれねえなあ、とぼやきつつ、グランデアはわたしの後を付いてきます。

 ただ、見知らぬ顔ってわけでもないので、追い払うこともなく、といって構いもせずにわたしは近所のお店を覗いてまわるのでした。


 「腹でも減ってるのか?」


 ファルルスおばさんは不在、フルザンテさんのお店も閉まったまま。

 他に行き付けのお店を見ても声をかけるような雰囲気でもなく、肩を落としたわたしに、黙ってついてきてたグランデアが声をかけてきました。


 「…まあ、朝から何も食べてませんでしたし。何か食べるもの持ってないですか?あ、こないだの変な味のモノ以外で」

 「変な味とか言うなっての。あれはあれで遠征の時に世話になってんだからよ」

 「それはすみませんね。けどわたしこれでも食通のつもりなので、もーちょっと食べて満足するものが欲しいんです」


 言ったらなんですが、グランデアは食べることを楽しみにするよーなタイプには見えません。わたしは大して期待もしないで要求だけはしてみたのですけど。


 「お、だったらよ、ブラッガのおっさんとか衛兵の上の連中がよく使ってる食堂に行ってみるか?ま、味は保証するぜ」

 「体力勝負の商売のひとの保証する味、ですか…うーん」


 殊の外まともな提案が戻ってきたのでした。

 わたしは気の乗らない風を装って(だって飛びついたとか思われたら恥ですしぃ)首を捻りつつ検証してみますが…。


 「…他に良い案もねーですし、仕方ないですね。案内してください」

 「上等だ」


 空腹には勝てず、なんだかさっきから楽しそうなまんまのグランデアについていくのでした。



   ・・・・・



 「どうよ」

 「味は悪くないですね。ええ、味は」


 自信たっぷりのグランデアに連れて来られたのは、食堂という呼称がほんとーに相応しい、雑多なひとが出入りするお店でした。

 フルザンテさんの酒場がお酒を出す店にしては静かなのと対称的に、そこかしこで賑やかな会話が繰り広げられる、まあわたしにはちょっと喧しくは思えますけど、この街らしいお店だとは思います。

 出された食事も定食のようなもので、主食のパン以外に肉料理と魚料理がついて、この街では割と珍しいトマトジュースみたいなものもあったり、グルメなわたしでもケチをつけるよーなところは無く、なるほどグランデアがふくだけのことはあったと思います。今度ベルでも連れてきましょうかね、あ、でもベルのことだからとっくに常連になっててもおかしくないかも。


 「給料日なんかはオレらも来たりはするな。少し高いけどよ」

 「そうですか。ところであなたの奢りなんでしょーね」

 「おい。オレの財布の中身知っててそういうこと言うか?」

 「そんなもの知ったこっちゃないです。大体、落ち着いて食事も出来なかったじゃないですか、最初の内は。その代償くらい払ってください」

 「ケチなこと言うなよ。大体今の街じゃあ、おめえはどこ行ったってあんなもんだろ」


 わたしは他のテーブルに目を向けます。

 目が合ったひとたちが、顔ごと視線を逸らしてました。


 そうなんですよね…最初お店に入った時の騒ぎといったらもー、思い出すと腹が立ちます、って腹が立つ筋合いじゃあないんでしょうけど、「針の英雄だあ!」「さあ、こっちに来て俺たちの杯を受けてくれ!」「あんたのお陰で街が救われたんだ、英雄じゃない最早聖女だろっ?!」……とか次々に人の波が寄せてきたんではブチ切れても仕方ないじゃないですか、お腹空いてる時なんですから。

 で、メシの邪魔すんじゃねーっ…と、ひとしきりどっかーんと噴火したのち、腫れ物に触れるよーな扱いになったことで、ようやく静かにお腹を満たすことが出来るようになった、ということがありまして。


 「…喜んでくれたのは素直に嬉しいですよ。でも、皆が言うほどわたし大したことしたわけじゃないんですから、買い物いったときに少しおまけしてくれるくらいでじゅーぶんです」


 まあ、お腹いっぱいになってしまえば、わたしの態度にもなんだかなー、って部分はあったと思いますので、弁解するように聞こえがしにそう言っておきます。ごめんなさい、ちょっと八つ当たりしてしまいました。


 「わかんねえなあ。ちやほやされると気分いいもんじゃねえのか?オレなんざ昨日から友人の数が一桁増えたぞ?あとツケの催促しかしてこなかった酒場の女が、珍しく金以外の話してきたし」

 「あなたどれだけロクデナシなんですか。あと成功した時に増える友だちなんか信用出来ないんですから、適当に話だけ合わせてりゃいーんです」


 呆れてそう言うと、おめえも苦労してんだな、と同情されてしまいました。どーいう意味ですか。


 「別にそんなもん有り難がったりゃあしてねえよ。おめえと同じで本命以外に騒がれたって、どうってこたあねえ」

 「はあ、そうですか…って、わたしの本命ってどーいうことです」

 「どうって、そりゃあアプロニア様のこったろ?城門前で妙なことになってから、ヘンな空気になってるらしいじゃねえか。これは破局か?破局なのか?ってな」


 ………えーと。

 その。


 「……そんな話、どこで?」


 と、口を尖らせて凍り付いたままの顔で、別に面白そうもなくそう言った男に、問います。


 「いやどこでもなにも、あの場にいた連中の数、覚えてるか?そこそこ広がってるぞ。大体だな、開戦前にあンだけ騒ぎになったんだ。その後どうなったか興味持ってるヤツなんざ、数知れねえだろうがよ」


 ……………ア、アプ、アプアプアプアプ…アプロ~~~~~ッ!

 結局あの広場で、公衆の面前で、わたしにしっかと口づけかましてくれたせいじゃないですかぁっ!!


 と、怒鳴り出すわけにもいかず、辛うじて赤くなるのを抑えた顔で、テーブルに突っ伏すわたしでした。あれが回り巡ってこーなるとは、まさに人間万事塞翁が馬。ちょっと意味違いますけど。


 「ま、オレには悪い話じゃねえんだけどな。とにかく、どうせ口さがない街雀の噂話に過ぎねえんだしよ、あんま気にすんな」

 「…とてもそうとは思えないんですけどねぇぇぇぇぇ…。アプロの立場とか人気考えたら、そうそう収まるわけないんじゃないんですか」


 くっそぅ。

 日本の記憶では、わたしはそんなに有名人のゴシップだとか誰が誰と結婚しただの別れただのとか、それほど興味も無かったんですが…なんでそんなもの気にするんでしょうか、人類わ…。


 「…あれ?」


 …と、ゴシップがどーのこーの、で思い出しました。

 そういえば目の前の男、妙なこと言ってましたよね。


 「あん?どうしたよ」

 「いえ、あなた確か…」


 ………なるほど、なんとなく下世話な話で盛り上がるひとの気持ちが分かりました。

 多少見知った顔のことで、しかも自分に害が無い案件ならば、興味も沸くってもんですわ。はい。

 わたしはむくりと起き上がって、ドン引きされてもおかしくないよーな鬱陶しい笑顔で、グランデアの顔を見つめます。


 「さっき、うっかり口にしましたよね。わたしと一緒で、『本命』以外に騒がれたって面白くもない、って」

 「言ったけどな。それがどうした」


 ふふん、語るに落ちるとはこのことですねっ。口が滑ったことをしばらく後悔させてやりますから、覚悟するといいですっ。

 と、わたしは我ながらイヤらしー笑みを浮かべつつ、顔をグランデアの方に寄せていくのです。なんだか不安げなグランデアが、近寄ったのと同じ距離を離れていくのが、実に小気味よいのです。うふふふ。


 「…あなたの『本命』とやらは、どこのどなたなんです?もちろんわたしの知らないひとでしょうけど…ふふふ、わたしはこれでも顔が広いんです。少しはしおらしい態度を示してくれれば…その、本命さんとやらに顔を繋いでやったって、いいんですよ?」


 マイネルとマリスの時もそーなんですが…うん、知人の色恋って興味を持たずにはおれないものですねっ。マリスみたくかあいい子とか、マイネルみたいな一見れーせーちんちゃくなドジっ子とか…グランデアみたいな、遊び人風なのに実はマジメな男の子とか、です。

 わたしの周りには、実に弄り甲斐のある素材が多いのです。


 「………」


 グランデアは、困ったような焦ったような、そんな微妙な顔でわたしを見ています。

 うんうん、こいつ女の子には慣れてる…いえ実際慣れてはいるんでしょーけど、本命、なんて単語が出てくる辺り、わたしの読みが確かならその実、身持ちは堅いはず。あるいは、けっこー一途なのかも。うーわっ、一番おもしれーパターンじゃないですか。


 わたしはワクワクしながら、その返事を待ちます。

 そしたら。


 「……言っておくけどな、おめえが言ったことなんだから、後悔すんなよ?」


 なんてことを、今度はため息をつきつつ、言いました。なんとも不可解な態度です。この話でわたしが何を後悔するってんでしょーか。

 ですので、


 「何をです?」


 と、特に疑問も抱かず聞いたのですけど。

 したら、グランデアは。


 「…おまえだよ。オレの本命は」


 と。

 わたしの鼻先に指をつきつけ、そー言いました。


 はあ。

 なるほど。

 グランデアの本命は。

 わたし、と。




 …………………え。

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