第61話・わたしが居たい場所 その7

 「ま、ままままま…魔王に会ったってぇぇぇぇっ?!」


 うるさいですね。全く、マイネルは落ち着きのない男で困ります。少しはゴゥリンさんを見習ったどーですか。ほら、こんなに泰然自若と…


 「………(パクパク)」


 …してませんでした。

 喘ぐよーに口を開け閉めしてるゴゥリンさん、なんて図は滅多に見られるものじゃありませんが、出来れば見たくない姿ではありました。




 アプロと一緒に未世の間から出た後、そこに広がっていた光景のことは、あまり思い出したくありません。

 いえもちろん、電柱ミミズの死体だらけでわたし阿鼻叫喚、なんてこたーなかったのですけど…地図を書き換える必要のあるレベルで地形が変わってしまってたところを見ると、流石にその…。


 「…何やったんですか、あなたは…」

 「何って。こお、魔獣に襲われたから、最初のうちは斬って倒して斬って倒してしてたんだけどさー、キリが無いからもうその場で新しい呪言編んで、すぐに使ってみた。いやー、それほど派手さはないんだけど、効果及ぼす範囲をどこまでに設定すればいいか分かんなくてさー」

 「で、その結果がこれ、と…あーもー、なんか魔王よりアプロの方がアブナイ存在なんじゃないか、って気がしてきましたよ、わたしはー」

 「そこまで言わなくてもいーじゃんかー」


 だって、半径百メートルくらいの球状に地面が抉れてるんですよ?ミミズと土はどこやったんですか。ていうかこれ一雨きたら湖になりますよ。新しい名所の誕生ですよ。


 あははー、と気楽にアプロは笑ってましたけど、ほんとここまでやって体大丈夫なんですか?と聞いたら流石に疲れた顔でいましたので、心の底から労ってあげたわたしです。


 「…ところで、魔獣の穴ってどーなったんです?」

 「んー?何か知らないけど、消えた」

 「消えた…はあっ?!」


 いえまあ、よくよく聞いてみれば、わたしが穴塞ぎに携わる以前のように、力任せで魔獣を穴ごと押し戻した状態、ってことのよーなんですけど、見た中では最大サイズだったあの穴を一人で処理してしまったとか…ほんと、この子どこまで行くんでしょーか。

 もしかしてわたし要らないんじゃないですか?


 「そんなことないって。アコを助けに行かないといけない、って思ったから頑張っただけだし」

 「…ありがとうございます」


 にしし、とまた男の子のよーに笑うアプロを見て顔が赤くなったのがバレないよーにするのに、割と苦労しました。


 「で、最初にベルに連れ去られた時と同じみたいだったから、また飛んでってあの光の柱みたいなトコから押し入った、って話。なー、アコー?あそこで何があったんだー?」

 「それはマイネルたちと合流してから話しましょう。とりあえず戻りません?」

 「んー、なんか疲れたから休憩したい。アコ、膝枕してー」

 「えー…別に膝枕くらいしても構いませんけど、いつまでもこうしているわけにも…あの、もしかしてもう飛ぶのもだめなくらい疲れました?でしたらここで一晩越しても…」

 「そーじゃないよ、アコ」


 それくらいなら喜んでしてあげても、と膝枕の体勢になりかけたわたしを押し止めて、アプロは不満そーに言います。


 「なんか私にいーことしてくれたら、疲れなんか吹っ飛ぶよー、って言ってるの。具体的に言うと、ここんとこに口づけとかしてくれると、うれしーなー、って」


 と、左の頬をわたしに突き出し、指さしてのおねだりでした。

 照れとか何もなくそんな真似するアプロはかわいーですけど、正直疲れる…。


 「…まあいいですけど。それで二人のところに戻れるなら」

 「やった!なんか今日のアコは物わかりがいーな。ほらほら、早く、早く!」

 「はいはい」


 と、あぐらかいてわたしに横顔を突き出してるアプロに、わたしも顔を寄せて…。


 「ん…、と。はいおしまい。元気出ましたか?」

 「………あ、あ、あ…アコ?」

 「はい、なんです?一回じゃ足りなかったですか?」

 「そーじゃなくって!…あ、いやもう一回と言わず二回、三回くらい…それも違う!あのあの、アコ?今口づけしたのって私の…」

 「紛う方無きアプロの唇ですけど、なにか?」


 汗と埃でちょっと汚れてたアプロの頬じゃなく、ひょいっと正面にまわって乾いた唇に、しちゃったのでした。いぇい。




 「どうりでアプロが上の空なわけだよ…魔王に会った直後にそんなことしてるとか、アコも大概大物だよね」

 「………(ため息)」


 実際空飛んでる時はわたしも後悔しましたけどね。

 なんかアプロはぽや~っと酔っ払ったみたいで、スピードはアホみたいに速いくせにフラフラして、生きた心地しませんでしたもの。

 合流しても腑抜けたみたいになってて、結局事の次第の説明はわたしが全部やる羽目になりましたし。


 「おーい、アプロ?そろそろ目を覚ましてくれないかな」

 「…はっ?!」

 「お目覚めですね、お姫さま。王子さまの口づけは如何でしたか?」

 「………(汗)」


 もう暗くなってきてますし、夜営の準備をしないといけません。

 アプロにも目を覚ましてもらいませんとね。


 「アプロ、今までの話聞いてた?」

 「……あぅー…なんか余韻がまだ残っててそれどころじゃなーいー…」

 「そこまで感動してもらうと嬉しい以上にドン引きしますので、そろそろ目を覚ましてくださいって」

 「…ダメだね、これは。仕方ない、今回はアプロが一番大変だったっぽいし、今晩はのんびりしてていいよ。僕らで夜営の仕度はするからさ」

 「…アコには私の側にいてほしーなー…」

 「………(ゴスッ)」

 「あいたぁっ?!」


 ゴゥリンさん、容赦ないですね…。



   ・・・・・



 まあそういうわけで、わたしが魔王と会った、なんて話に一番慌てるのは、きっとマリスのお仕事の一部なのでしょう。


 「ええと…その、何と言ったらいいのか…。あの、グレンス?今のお話、どう報告すればいいと思います…?」


 どうやらマリスでも手に余る話らしーです。まあ知識とか地位はあっても、意外に経験無いとこありますもんね、マリスも。


 「そうですな………この場の話に止めておいた方が、よろしいのではないかと」

 「ええっ?!流石にそれはどうかと思うのですけど…」

 「この話を利用して上手に立ち回れば、教区長の立場も強化出来そうですしな」


 わたしとマイネルが、うわぁ…、って顔をするのも構わずグレンスさんは続けます。


 「それは冗談として、心配なのは王都の強硬派の方々です。陛下もこと魔王についてはいささか頑ななところがございますしな」

 「グレンス。まさかと思うけど、この話を教会で独占する、とか言わないだろうね」

 「アプロニア様が話の中心にいる以上、あり得ない話ですな。まあ個人的にはそんな真似はしたくないところですが。ただ、上に上げないでおいた方がいい、というのはその警戒も含めての話です。陛下のお耳に入れない以上、教会で知り置かぬ方がいい、という理屈で」


 マリスの執務室にいるのは、わたしとマリス、それにマイネルとグレンスさんです。

 アプロはお留守番、というか「難しい話はやだ」とかわけのわかんないこと言ってたので、今頃フェネルさんに見張られながら領主の仕事してると思いますけど。


 「それと、その、アコ殿のご友人…そろそろこちらからも接触した方が良さそうですな。ベルニーザ、と申されましたか」


 うええ…気が重い。

 そーなんですよね…魔王の存在が明白になった以上、その娘であるベルの存在も公になっても無理のないところですし。

 ただですねー…。


 「あのー、それに関してはわたしに一任していただけませんか?彼女、教会関係にはちょっと隔意持ってるみたいで、多分嫌がると思うんです」

 「そうは言いましてもな。ことここに至っては放置しておくわけにもいきますまい」

 「けど本人の意志を無下にするわけにもいかないと思うんです」

 「只人であればそれもかないましょう。ですが相手は魔王の娘と称し、それが事実であることも確認出来るのです。ご友人として大事にしたい気持ちは分かりますが、話が大きいこともご理解頂きたい」

 「でもですね…」

 「アコ」


 マリスの、常に無く厳しい声にわたしの抵抗が止められます。

 グレンスさんも口を閉ざして、この場で一番責任の重いひとの意見を待ちます。


 「…わたくしはそのベルニーザ、という女性に会ったことがありません。危険なひとではないのですか?」

 「人畜無害の無力な町娘、なんかじゃないですし、まだわたしにも持ってる力とか全部明かしてはいないと思います」


 何も口ごもることなく、正直に答えたのはマリスへのわたしの信頼からです。あるいは友人としての甘えかもしれませんけれど。


 「でも、わたしにとっては大切な子です。そして、しょっちゅうこの街にも遊びに来て、結構人気もあって、最近は屋台のおじさんたちもニコニコしながら…」

 「それは世界にとっての危険とは関わりありますまい」

 「でも!」

 「それくらいにしておきましょう」


 マリスの、やけに冷たい声でした。

 わたしは唇を噛みながら、その裁定を待ちます。


 「お兄さまはそのベルニーザに会ったことは無いのでしたか?」

 「無くはないけど、会話にはなってないね。そのうち紹介してもらいたいところだけど、どうも避けられてるみたいだ」

 「そうですか。ではわたくしの信じられるところに従って、決めるしかないのですね」


 ………。


 「アコ。あなたはわたくしたちにとって信頼すべきを、行動で示してくれました。わたくしはアコを信じます。そのアコが信じるというのであれば…アコの言葉に従いたいと思います。グレンス、構いませんね?」

 「教区長がそのように決められたのであれば」


 チラとグレンスさんの顔を見ましたが、その下にあるものは伺えません。ほんと、この人タヌキとゆーかなんとゆーか…。


 「それと、魔王の話については…ヴルルスカ殿下にお任せしたいと思います。陛下のお耳に入れるかどうかも含めて。ことによってはアコがまた召喚されるかもしれませんけれど」


 それは勘弁してほしーんですが、ベルのことでわたしのわがまま聞いてもらった以上、ぜったいイヤです!…とも言えませんね…なんか妙な借りを作ってしまったかも。


 「教会の権奥には…まあ、わたくしの伝手だけに留めておいた方が良さそうですね。ただ、伝える先の人選はよく考えないといけませんから…グレンス、そちらは任せても?」

 「承りました」


 うう、なんか焦臭いですねー…。もーちょっとこお、マリスのお餅みたいなほっぺをくにくにするよーな展開にならないものでしょーか…。




 ともかく、話の方針は定まりました。

 ベルについては今まで通り。魔王さんから聞かされた話については、然るべきひとが然るべき筋に徹しておく、ということで、わたしに出来ることはもうありません。

 今まで通り、言われた場所へ言ってでっかい布の繕いやって、お休みの日はアプロと部屋でゴロゴロして、時々ベルと遊ぶ日々が続いて欲しいものです、ってなんかコレだとわたしすんげーぐーたら娘みたいですけど。


 そして、今までと違うことがあるとしたら…。


 「アコ、どうかした?」


 早速ですよ、もー。


 「…なんでもありません。なんだかベルにはみっともないとこ見せたので、顔を合わせづらいだけです」

 「そんなことない。あの時のアコは可愛かった」


 …困った。にっこり笑ってそんなことを言われると、赤面が抑えられません。わたし、こーいうの顔に出にくい方だと思ってたんですけど。


 ベル。

 人類の敵とされる魔王の娘で、なんだかわたしに懐いてくるかわいー子です。


 それから、アプロにも…その場の勢いとゆーか流れとゆーか、自分から、その…してしまったのですし。


 妙なきっかけではありましたけど、そんな人間関係が育まれたこの街が、今のわたしの居場所なんだと改めて思うのでした。

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