第24話・はたらく聖女さま その4
「で、何をやってたんですか」
マリスの嵌まってた換気窓の下に転がってたハシゴをチラと見ながらわたしは聞きました。
察するところ、ハシゴを使ってあの窓から中に入ろうとしたところ、ハシゴが倒れてにっちもさっちも行かなくなっていた、というところでしょう。
言われる前にハシゴを立てかけて助けてあげたわたしにお礼のひとつくらい言っても良いんじゃないでしょうか、とは思いましたが自分から礼を催促するとか、いい大人のやることじゃありませんので、そこは突っこまないでおきます。
武士の情けともいいますが。
「うう…みっともないところをお見せしました…」
「マリス様にしてはお転婆が過ぎますけれど、たまに羽目を外すのも悪いものじゃないと思いますよ。大丈夫です、マイネルには黙っておきますから」
「アコはいじわるです!」
そんなつもりは無いんですけどねー。
でも顔を赤くして涙目でにらんでくるマリスは、むしろわたしにとってご褒美みたいなものです。
「まあ冗談はそれくらいにしまして。つまみ食いも程々にしておかないと、いくら成長期だからといっても立場というものがあるんですから」
「だから違います!もう、アコはわたくしをなんだと思ってるんですか!」
「うふふ、たまにこういう風にからかわれるのも悪くないんじゃないですか?」
「…まあそうですねえ。確かにわたくしの周りの方々は、わたくしを腫れ物に触れるように扱いますし…ところでアコはどうしてこんなところに?アプロニアさまとご一緒だったのでは?」
「あー、そうでしたそうでした。わたしもマリス様にお話があるんでした」
「お話?」
まあこの際マリスが何をしてたのかは後回しにしておきます。
「………えーと、友だちからちょっと聞いた話なんですけど」
「はあ」
我ながらベタな出だしです。けど他に言い回しも思いつきませんので、「このひと友だちなんかいるのかしら」みたいなマリスの疑わしい目付きはこの際無視しておきます。自覚があるだけに余計につらい…。
「というわけでして」
「はあ」
ベルの話をそのまんま、聞いた通りに伝えてみました。
だってぼかそうにも何処をぼかしたらいいのか見当つかないんですから。
ただ、わたしが話を聞いた相手については追求されそうにない様子なのは助かります。
「…にわかには信じがたい話なのですけれど、ともかく、魔獣の現れる穴とは別のものがある、という話はうなずけるところはありますね」
「そうなんですか?」
教会の勝手口で立ち話、という場所のせいか、なんとも秘密めいた響きのマリスの声です。何か心当たりがあるんでしょうか。
「いえ、昨夜アコにお話した通り、わたしの方もその疑いをもっていろいろ調べているところなんです。ただ、あまり大っぴらに出来る話でもないものですから、やっぱりここで報告を受けていたのでして」
「ああ、それでこっそり中に戻ろうとしてたと」
「…はい」
だったら勝手口から出入りすればいいと思うんですけどね。ほんと、この子なにやってたんでしょうか。
「わたくしの方に集まった話でも、魔獣の穴に関しては複数、二つ以上の種類があるというものです。そして、予言で指定される穴が、最近は今までに無かったものに偏っている、ということも」
えー…じゃあわたし害獣退治の方じゃなくて危ない方にばかり回されてたってことなんでしょうかー…。
というかですね。そもそも予言、って何なんでしょうか。
わたしやアプロたちは、その予言というものに従って街を出て、指定された場所に現れる穴を塞ぐことを日々行ってます。改めて言うと妙な真似してんなー、と思うわけなのですが、穴を放置したらどーなるの?とか、穴から出てくる魔獣って何者なの?とか、基本的なことを知らないんですよね、わたし。
…そしてそんな風にわたしの頭の上に「?」が飛び交う光景でも見えたのでしょうか、マリスは不意にこんな提案をしてくるのでした。
「あの、もしよろしければ明日、予言を届けてくれる執言者に会いに行ってみませんか?」
・・・・・
翌日の朝。
待ち合わせの場所に到着すると、クマのぬいぐるみが待っていました。
「………」
「………」
「………」
「………マリス様はまだみたいですね」
『わたくしです』
どこからか聞き覚えのある声。
周囲を見渡してみましたが、知り合いの姿はないようです。
自分から誘っておいて遅れてくるとは、なかなかマリスもいー度胸をしているものです。
『だから、ここにいますってばアコ!分かっててとぼけているのでしょう?!』
「いえいえ、まさかなー、と思っただけですってば」
街の中央の水場、という分かりやすい場所だけあって、わたしたちと同様に待ち合わせをしている人は少なくありません。
そんな中、おのぼりさん(ゆーてこの街も国の中では結構僻地のよーですが)のようなわたしと、クマの着ぐるみという組み合わせは、別に目立ってもいませんでした。どーなってるんですか、この街。
「それにしてもどうしたんですか、その格好は。正体知られたくないにしても、もう少しマシな格好なかったんですか」
『えと、それはその』
ああ、皆まで言わずとも分かります。着てみたかったんですね。ええ気持ちはよーっく分かりますとも。
『…なんだかアコの視線がすごく生ぬるく感じるのですけど』
「気のせいですよ。じゃあ行きましょうか。どこに行くのか分かりませんけど」
『どこに行くのか分からないのに、アコも動じないひとですね…』
そりゃあこの世界から見て異世界からやってくれば、大概のことには慣れっこになりますって。流石に教会の一番えらい人が幼女で、趣味が着ぐるみの中に入ること、ってのは格別ですけど。
『だから趣味じゃありませんってば!』
連れてこられてきたのは、わたしがあまり足を踏み入れることのない、励精石を加工するギルドの集中する一画でした。確かゴゥリンさんが住んでるんでしたっけ。
『こっちです』
…そろそろそれ脱ぎません?
と言う機会を逸したので、マリスは相変わらずの格好です。すれ違うひとの怪訝な視線は無くも無いのですけど、それほど気にしてる様子もないのは、待ち合わせした場所と同様なのです。ほんと、住民の動じない街です。
わたしは仕方なく黙って、マリスに手を引かれるまま、少し薄暗い通りを歩いています。
お昼前なのにそんな有様なのは、雨が降りそうな空模様なのもありますが、石の加工で生じる粉塵状のものが空気に含まれてるせいじゃないのでしょうか。煙い、とまではいきませんけど、日本でも町工場の密集してる場所の、油と金属のにおいの混じったような空気がただよってます。
『アコ、この先にいます』
物珍しく周囲をきょろきょろと見回しながら手を引かれてたわたしは、立ち止まったマリスに声をかけられると正面を見据えます。
ちょうど壁が途切れていて、のれんのようなものが垂れ下がっており、奥の方を除くことはできません。
ですが、そちらにひとがいる様子であるのは上機嫌な鼻歌が聞こえてくることからも分かります。
「…執言者、でしたっけ?そのひとがいるんですか?」
『です。入りましょう』
勝手知ったる、という様子でのれんをくぐるマリスです。手は繋いだままでしたので、わたしもいくらか気後れしつつも後に続きました。
「…来たね」
中に入ると、と言いたいところですが残念ながら屋内ではありません。
石焼きレンガの建物は両隣にありますが、木製のちいさなテーブルにリラックスチェアのような椅子に深々と腰掛けた男性がひかえる場には、屋根もありません。ただの広場みたいな感じで、日が射さないためかなんともうらぶれた感じです。
「予言は正しかった。異界から訪れし、世界を救う針の使い手を迎える栄誉に感謝しよう」
へー…随分えらいひとが来てるんですね、と他に誰かいるのか首を巡らして探すわたしでしたが、わたしとその男のひと、それからクマの着ぐるみ以外には誰もいません。ていうか、針の使い手、ってことはわたしですか。世界を救うとかそんなこと請け負った覚えはないんですけどー。
「…えーと、それもしかしてわたしのことですか?」
「もちろんだ」
男性は立ち上がり、大仰に両手を広げてわたしを歓迎する風です。
よく見れば長身に細マッチョ、浅黒い肌に整えられた金髪。顔もはっきりイケメンと言っていいでしょう。まあ普通に自信もっていい容姿なんじゃないでしょうか。
「降された予言、それはただしく君の到来を示していた。歓迎しよう、異世界の英雄よ」
両手を広げたままわたしに近づき、そして傅くようにわたしの前で跪くと、わたしの右手を(勝手に)押し頂いて手の甲にそっと口づけを…。
「キモいんでやめてもらえます?」
する前に引っ込めました。
いえわたし、この手のおナルのタイプがどーも苦手で。特に自分の美貌を自覚してそれを効果的に使おうとする手合いだと、鳥肌がたつくらいなのでして。
「ふふ、その強気なところにもまた魅せられる。ああ、美しき英雄は斯くの如く孤高を誇るもの。どうか天上の神々もご照覧あれ!」
わたし的に残念イケメンは、両手を胸にあててそう天を仰いだのでした。
か、帰りたい…。
『…ほんとーに相変わらずですね、モトレ。どうでもいいですけどわたくしの来ることは予言に無かったのですか?』
「ん?おお、そういえばまたかわいらしい従者がいるのだね。ようこそ、君も美しき英雄に付き従う者なれば、この私とまさしく同志だ。この出会いも感謝に値しよう」
『はあ。では同志らしく素顔で対面といきましょうか』
心底呆れた声のマリスは、そう言って着ぐるみの頭を脱いでみせるのでした。
そしてその下から出てきた顔をみて残念イケメン氏は…。
「ぶ────っ!!」
と、お美しいお顔を歪めて吹き出しておりました。やっぱりマリスの到来は予言とやらに無かったんですね。
本当に大丈夫なんでしょうか、このひと。
痛む頭を二度振って、わたしはこの場からどーやって逃げ出すかの算段を始めるのでした。
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