第84話・言なき盾に守られて その3

 「改めて自己紹介しよう。フィルスリエナのフラー学派に所属する、ルマギエナ・アシッド・カルシェリスク…」


 やっぱりかー…とうんざりしながら傍迷惑な闖入者の名乗りを全員で拝聴します。いえ、ぶっちゃけナントカ学派以降は全く頭に入りませんでしたけど。

 マリスもアプロも子供がお経聞いてるみたいな態度で、初めて主役をもらってはりきってる舞台役者じみた自己紹介を聞き流してました。途中で名乗りを止めるのは失礼と見えて、誰も止めようとしなかったのは大変残念なことです。


 「…である。教会の至宝、マゥロ・リリス・ブルーネル嬢にはお初にお目にかかりますな。どうかお見知りおきを」

 「ご丁寧な挨拶痛み入ります。とりあえずお掛けになられては?」


 わたしたちが五人で座るともう空きの無い席でこんなことを言う子です。いー度胸してますね。

 まあ流石に招かれざるなんとやらとはいえ、一応は仮にも客ですのでマイネルが立ち上がって席を譲り、何かもらってくるよ、と言って部屋を出て行ったのは体よく逃げ出しただけにしか見えません。ちっ、先を越されたか。


 「これは申し訳ない。ああ、そこの。私は茶を頼む。熱いやつでな」


 ただしずーずーしい要求を押しつけられたのはきっちり報いを受けたとゆーことで、心の中で合掌しておきました。マイネルは無表情で頷いてはいましたが、あれは相当ムカついてますね。


 「…マギナ・ラギさま。彼はわたくしの許嫁ですので、あまり無体な真似をなさらないでいただけますか?」

 「ほう?マゥロ・リリス殿の許嫁…おお、あの権奥でも学識深き新進気鋭の僧がいたと聞きますが、彼のことでしたか。いや、これは失敬失敬」

 「…嫌味言うんならもー少し包み隠して言えよ」


 ちなみに最後のアプロの愚痴は、隣のわたしにしか聞こえないよーな呟きです。アプロがこうまで言うのも珍しい。

 けどこのひと、多分嫌味じゃなくて素で言ってるんだと思いますよ?なんかこう、自信が溢れすぎて周りに目が行かないタイプのよーにお見受けしますし。


 「こほん。で、ご用の向きは?東方三派のお歴々とは長く交わりが途絶しておりまして、愚鈍の身ではご来意にとんと見当がつかないのですけれど」

 「はっはっは、『教義を知悉すること千年の奇跡に値する』と称されたマゥロ・リリス殿をして愚鈍とまで言わせるとは、また我が学派の不明なること汗顔の至りですな。精進するとしましょう」


 …ほら。マリスの嫌味もぜんっぜん通用してませんし。

 だからこーいうひとに駆け引きとかしても無駄だと思います。


 「で、つまらん探り合いは除けておきましてな。何をしにきたのか、そこのところを明らかにして頂きたいものですな」


 そしてグレンスさんも同じよーな感想なのか、極めて事務的な態度に徹することにしたようでした。


 「失礼な男が一人居るようですな。貴殿、何者かな?まだ名乗りを頂いておらぬが」

 「彼はグレンス・ルィルスと申しまして。わたくしのそばを任せております。彼の言葉はままわたくしの言葉ととって頂いて構いません」

 「ほお、マゥロ・リリス殿の言葉と同じくして構わないとは。結構。これからはそのように。で、私の用件と申しますのは…そうですな、アプロニア様には既にお伝えしてありますが…」


 そこの…と、視線だけわたしに向けて言います。

 うっわー、ヤな予感しかしねー…。


 「…近頃とみに名高い針の聖女のお力を借りたい、ということでしてな。今はアプロニア様お預かりと聞きましたので、取るものも取りあえず飛んできたという次第で」

 「左様ですか。で、アコ殿に何をさせるおつもりで?」

 「ははは、またそう簡単に申し上げるわけにもいきませんのでな。とにもかくにも…お越し頂いてからのお話で」

 「ほう、年端もいかぬ…いや失礼、少女を連れ去って何をしようと?どのような評判がそちらに流れているかは存じませぬが、アコ殿は確かにアプロニア様の庇護にあり、教会の都合によって身を動かせる立場ではありませんが」


 あのー、年端もいかぬ…で訂正して頂いたのはいーんですけど、わたしこれでも日本にいたら十九歳になってるはずで少女扱いはちょっとー…なんて無言のツッコミも、角突き合わせる二人のおじさまには通用しないようで、隣のアプロと向かいのマリスには「やめとけ」と目で言われてしまいました。


 「何を申される。聖遺物とも称される聖精石の針を手にしている以上、教会の指示と指導に従う義務がある。それを権奥と解放派に独占させてよいものではありますまい」

 「派閥争いの道具にしようという意図があからさまに見える仰りようですな、それは。何派だか知りませんが、魔獣の跋扈から民草を守る教会の在り方に真っ向から逆らう愚行と、ペイルトー大司教の故事を知らぬとは言わせませんぞ」

 「ほ、どのように我が指摘に抗弁するかと思えば、過去の偉人の名を借りるとは。己が言論に依らずして我が会派を論破しようなど烏滸がましにも程があるというもの。いいですか…」

 「聖精石の針はいまだ教会の管理の下にあります。アコは予言の降る度にそれを教会から借り受け、穴を塞ぐだけに過ぎません。彼女自身をどうにか出来る権利は教会にはありませんよ、マギナ・ラギ師」


 腰を浮かせかけ、いきり立つ大人二人に冷水を浴びせたのは、飲み物を持って戻ってきたマイネルでした。


 「…どういう意味ですかな」

 「どういうもなにも」


 そして慇懃無礼な物腰で、盆の上のカップをマギナさんの席の前に置くと、普段見せない柔和な笑みで、言いました。


 「己が事に依らずして学派の解釈を広めようなど、烏滸がましいにも程があると思いませんか?アコの事跡を手にしたところで、あなたの名誉が讃えられるわけではないでしょう。違いますか?」

 「………」


 わぁお。久々に見る黒いマイネルです。一見人当たりのいい笑顔で刺してくるのが本領ですからねー。おじさんたち、ドン引きしてます。特にマギナさん、顔をひくつかせてます。

 そりゃー自分の言い回しをそのままお返しされれば、言い返せませんしね。


 「…仰る意味が分かりませんがね」

 「ではアコを迎えようとする意図をお聞かせ願えますか。今のやり取りを拝聴した限り…あなた方に利を供せしめるためとしか思えません。釈明が無ければ我々としてはそのように解釈せざるを得ないでしょう」

 「それは……あ、ああそうだ、針の聖女の功績に鑑みて、東方三派の名でそれを讃えるべく、招聘に参った。ええ、そういうことなのですよ」

 「そうですか。であれば、アコの意志次第ですね。どう?」


 ちょっ…わたしに優しくしてくれるなら最後まで優しくしなさいってば!最後だけ丸投げしてどーするんですかっ?!

 お客さんの隣で立ち、こちらを先程のやさしげーな笑みで見つめてるマイネルを睨み上げるわたしでした。


 「んー、フィルスリエナなら隣だし私も一度行ってみてーな。アコ、どーする?」

 「いえあの、どーするもこーするも……」


 いきなり振られて混乱するわたしを、面々はおもろかしく興味深く見つめてます。

 てゆーかアプロも煽るようなこと言わないでくださいよぅ…わたしがどうしたいかなんて分かってるでしょうにっ。


 「…えーと、お招き頂いた件については前向きに善処する所存といーますか…」

 「おお!いらしてくださいますか!ならば話が早い、早速明日にでも出立の用意を…」

 「わぁっ?!あのあのそーじゃなくて前向けに善処というのは相手の面子潰さないでお断りする時の常套句といーますか…」

 「は?なんと?」


 ぐっ…まずいです、このまんまぼーっとしてたら押し切られてしまいますっ!

 こういう時はえとその…あ、そーだ。


 「…あ、ああそういえばマリスっ?!確か近いうちに穴がひとつ開くって言ってましたよねっ?!」

 「え?ええ、確かに話は来ておりますけれど。ですが今回は衛兵の皆さんの訓練のために…」

 「あ~~~っ、そういうことですっ!何か忙しいみたいなので今回はっ!今回は辞退させていただくとゆーことで万事解決っ!いいですねっ?!」


 ぜーはー。

 …まー我ながら力業に過ぎますが、教会の本業を盾にとってしまえば建前でも無理強いは出来ないでしょう。うん、わたし見事な策士っぷり。わたしは策の確かなことにかけても定評があるんで…


 「おお、ならば丁度よい!でしたら私もどうか同行をお許し頂きたい。是非、針の聖女の業をこの目で見届ける機会を頂戴したいものですな!」

 「………え?」


 あのその、ちょっと、それは…、とぼーぜんとしてるわたしを余所に、場の中で盛り上がってるひと約一名。もうわたしの手をとって喜ばんばかりです。

 そこまで喜ばれるとわたしとしても悪い気は…いえ、するにきまってるんですけど、他にどーしよーもなくて。


 「…アコー、話を余計にややこしくしてどーすんだよー…」


 そして、徒労感にまみれたアプロの呟きが、わたしの耳に虚しく響くのでした。

 …なんでやねん。

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