第149話・ここで見つけたもの その1

 「アコ先生、ありがとうございました」

 「また宜しくお願いします、先生」

 「はい。もう日が暮れるのも早くなってますからね。気をつけてお帰りなさい」

 「大丈夫です、家の者が迎えにきておりますので」

 「そうですか。じゃああまりお待たせしないよう、行きなさいな」

 「はいっ!」


 最後まで教室に残って、あれやこれやと質問をしてきてたマリスと同じ年頃の生徒さんを二人見送り、わたしは教室の鍵を閉めて、部屋を借りてるサルダーレ商会の番頭さんに返しにいきました。

 最近、受講の希望者が増えて教室も昼前と昼過ぎから夕方までの二回やるようにしたんですが、快く部屋を貸してくれる商会には感謝の一言です。まあもちろんそれなりの見返りは用意してるんですけどね。アウロ・ペルニカでの扱いがまだこれから、というサルダーレ商会の取扱い品を優先的に教室で使ったり、アプロというわたし最大のコネに顔繋いだり、あと…まあいろいろあって、マギナ・ラギさんとのやり取りが復活してしまったので、フィルスリエナの筋を紹介したりとか。


 …こないだの、ベルとの別れの一件以来、わたしは意識して身の回りのことに意を砕くようにしています。

 ベルのことを考えたくない、というのも少し違います、っていうのも我ながら欺まん的ではありますけどねー……ただ、なんだかこれ以上「削られたくない」って思ったのは確かだったので、結局これまでやってきたことをもっと大事にするようになったというか、その一環で教室を二部制にしたというのもあるわけで。もっとも午前の教室はもっと手軽な、午後のようなガチなのとは違って体験会的な緩いものですけど。初心者は大事しませんと。


 なんて、取り留めも無いことを考えながら部屋に向かっていたときのことでした。

 このまま部屋にもどろーか、それとも買い食いでもしよーか、あるいは…などと考えていると、


 「おねえさま!」


 …えー、自宅近くで聞くと思わず回れ右したくなるよーな声が聞こえた気がするんですけどぉ…。


 「どうして逃げるんですかっ!」


 ていうか、実際してました。

 だって自宅の場所知られたらヤバそーじゃないですか。わたしの貞操とかが。


 「…いえ、こお、体が勝手に」

 「余計にひどいじゃないですか!」


 まあ見つかってしまったのなら仕方ないですね。

 とてとてとこちらに向かって歩いてくるシャキュヤをため息交じりに迎えるわたしなのでした。

 というか。


 「で、なんであなたまでいるんです?」


 わたしに若干めーわくな好意を持ってる、という意味では共通するもう一人に向けて胡乱な目を向けるわたしです。


 「歓迎されねえのは分かるけどよ、コイツと一緒にするのだけは勘弁してくれねえもんかね」


 言わずと知れたグランデアでした。

 あまり歓迎してないのは事実ですけど、それよりもわたしとしては、なんでシャキュヤと連れ立っているのかの方が不思議ではありますけどね。


 「オレに聞くな。コイツがおめえのところに行くっつったらよ、ブラッガのおっさんが心配してオレについていけとか言いやがってよ。そんだけだ」


 なるほど。ブラッガさんなりに気を遣ってくれたよーです。ただまあそもそも、わたしのところに来るってのを止めて欲しかったのですけど。


 「…で、何しに来たんですか結局。わたしこれでも忙しい身なんですからね。ふざけたこと言うとただではおきませんよ」

 「おねえさまがつれない…愛を交わした二人がそれを確かめ合うことに理由なんか…いたたたたっ?!」

 「どの口でそーゆーこと言いますか。あなたとわたしがいったいいつ愛を交わしたというんですか世迷い言も大概にしないと貫通させますよ?ほらほら」

 「いたいいたいいたいっ!おねえさまの愛の鞭はあたしには少し厳しすぎますっ?!」

 「愛なんか無いです。これはただの鞭。早く前言撤回しないと出力上げますよー?」

 「わっ、分かりましたごめんなさいーっ!」


 中指を少々突き出した拳でシャキュヤのこめかみに梅干しを食らわせるわたし。

 見たことが無い技だったためか、グランデアが「おう、それ効きそうだな」と学習してたのが小気味よかったりします。

 そして一応は謝罪の言葉をもらえたので、涙目のシャキュヤを解放し、わたしは二人に向き直り言いました。


 「……ふう、こんなところで我が奥義を披露することになろーとは。で、結局遊びにきた、ってことでいいですか?そういうことなら歓迎しないこともないですけど」

 「うう…それでいいですぅ…」

 「妥当なとこだな。で、メシでも食いにいかねえか?今日は一日中訓練所で体力強化の鍛錬ばっかだったからよ、腹減ってしかたねえや」

 「グランデアがマジメに鍛錬とか珍しいこともあるんですね。ま、いーです。その勤勉さに免じて今日はわたしがおごってあげます」


 好きでやってたわけじゃねえよ、とぼやくグランデアに、おねえさまのおごりですっ?!ああやっぱり二人の愛は本物だったんですね、とボケまくるシャキュヤを引き連れ、不本意ながら決まった本日の夕餉を得にわたしは道を変えるのでした。



   ・・・・・



 「おめえが常連ヅラしてる割には賑やかな店だな」

 「どーいう意味ですか。わたしはこれでも人付き合いのいいことでも定評があるんですよ?」


 とてもそうは思えねえんだが…、と真剣に悩む失礼なグランデアと、何が珍しいのか店に入るなり周りをキョロキョロと見回すシャキュヤです。

 場所はいつものフルザンテさんのお店ですが、時間を考えると少しお客さんの入りはよくないようで、顔馴染みの給仕のおばさんに三人分の席を待つことも無く用意してもらえて、早速腰掛けるわたしたちでした。


 「とりあえずグランデアはお酒ですか?わたしは遠慮しますけど」

 「なんだよおめえも呑めよ。付き合いいいんだろ?」

 「いつわたしがそんなこと言いましたか。記憶のねつ造も甚だしいですね、あなたは」

 「おい」


 シャキュヤの前で酔っ払うとか身の危険しか感じないのですけど。

 まあ結局呑まざるを得なくはなりました。というのも、こっそりとシャキュヤがお酒を注文しており、届いた飲み物を確認して「あなたアプロより年下のはずでしょーが。お酒なんか呑むんじゃなりません」と取り上げてわたしの分のジュースと交換したからです。なんでこの世界の少女どもはこんなものを呑みたがるんだか、まったく。

 そしておざなりな乾杯のあと、わたしたちは最近の出来事について会話に花を咲かせる…って表現が出来る状況でもないんですよね、これが…。


 「…ヴルルスカ殿下の部下のひとたちは全員引き上げたんでしたっけ?」

 「だな。今朝最後の小隊が出発していった。気のせいか出入りする商隊も減ってる気がするし、一体何が起きてるんだ?」

 「雨期に入るからでは?いつものことだと思うんですけど」

 「でも雨期の祭りも中止になったって話じゃないですか。あたし、この街のお祭り初めてですし楽しみにしてたんですけど…」

 「そんなことわたしに言われても知りませんて。アプロにも考えがあるんじゃないですか。シャキュヤの楽しみにしてることなんかこうしてやる!…とか」

 「ひどいっ!アプロニア様に文句言いに行ってやりますっ!」

 「冗談を本気にとるんじゃありませんて、このあわてんぼ娘はもー」


 このよーに、いちいち大ボケかますシャキュヤに呆れたりツッコミいれてりするもんだから順調に話は進まないんですが、つまるところここ最近の街の、というか大陸全般における不穏な空気についての、とりとめのない話になるのです。

 具体的に何があるのか、ってことになると、予言だか神託だかの細かい内容なんか街の住民に知れ渡ることはないにしても、もともとひとの出入りの多い街ですから、噂が流れるのも早く、曰く「大陸全土にとんでもない病が流行ってる」とか「魔獣が押し寄せて既に滅ぼされた国がある」とか。

 病うんぬんはともかく、魔獣に関してはそういう歴史も実際にあるわけですし、それ以前についこないだこの街も危ない目に遭ったわけですから、街の人たちが敏感になるのも分かるんですよ。


 「…ここの教会のお歴々も王都に向けて出立した、ってことらしいがよ。どうなんだ?そこんとこ」


 そしてグランデアが深刻な顔して聞いてきた辺りで最初の料理が到着したので、わたしは努めて明るい声で「とりあえずおなかいっぱいにしましょう」と、空腹を満たすことに話を持っていくのです。まあお腹空いてると考えも自然と暗くなりますからね…。


 「ですね。あ、おねえさまとりわけしますね。そこのデクノボウは後回し」

 「なんだとコラ、おいテメエ先輩に対する礼儀ってもんをこの場で叩き込んでくれようかぁ?」

 「そういう物言いは一度でもあたしに勝ってからしてください。今日だって三戦して三戦ともあたしの勝ちだったじゃないですか」

 「おい、怪しげな術使っておいて勝ったとかそんなもん認めねえぞオレは」

 「全然勝負にならないから、三回目は剣だけで勝負してそれでも勝てなかった人が何か言ってますけどー」

 「ああ?ありゃ二戦目で食らった痛みがまだ残ってただけだってえの。その証拠におめーが勝ったっつっても僅かな差だったじゃねえか」

 「うるせーですよ、二人とも。仲が良いのは分かりましたから、ほら今どき貴重な肉料理が冷めたらどーするんですか。ったく」


 取り分け用の食器を持ったまま言い争いをしてるシャキュヤは一緒にされて不満たらたら…かと思いきや、素直に言い争いを止めて大人しくお肉の切り分けを再開してました。どーもグランデアと仲が良い、と思われたのが不本意に過ぎて反省したみたいです。いークスリですね。


 「オレの扱いがどんどん酷くなってねえか、おい」

 「悪気があってやってるわけじゃないですよ、少なくともわたしは。ほら、気の置けない友人との気易い会話みたいな?」

 「おめえそれ自分でも信じてねえだろ。で、肉料理が貴重かってえと案外そうでもねえぞ?」

 「え、そうなんですか。去年は雨期が始まる頃から割とお肉や野菜が値上がりしてたような気がするんですけど」

 「ああ、そりゃあなあ…屋台祭り用に仕入れた食材が余ったらしくてなあ…腐りやすいもんは割と投げ売り状態なんだな、今ンところよ」


 あら。こんな時間に接客する余裕あるんですか、フルザンテさん。

 と、二品目の料理を持ってきた店の主に場所を空けながら、わたしはそう言いました。


 「アコ坊が来るのも久しぶりだからよ。顔見せくらいしてやらにゃあ、店のこと自体忘れられそうでな…というのは口実で、実際客足が鈍くてよ、ちっと暇持て余し気味なんだわ。で、そっちのお二人さんは始めてだな。亭主のフルザンテってんだ、今後も贔屓にしてくんな」

 「おう、味と値段次第じゃあ通い詰めてやってもいいぜ。グランデアだ」

 「あたしはおねえさまがよく来るお店ならしょっちゅう来ますからねっ…あ、シャキュヤっていいます。どもどもー」


 屈託のない二人のあいさつにはフルザンテさんも気をよくしたようで、でもシャキュヤのおねえさま呼ばわりには流石にわたしを呆れた顔で見てましたが、ちがいますからね、と力説すると、納得したように笑いながら仕事に戻っていきました……ほんとーに分かったんでしょうね?


 「ま、話をもごすとだな」

 「あなたは食べるか喋るかどっちかにしないさってば。で、どこまで戻すんですか」

 「教会の連中がこぞって出かけたらしいじゃねえか。マイネルの野郎までもよ」

 「あー、そのことですか…」


 グランデアの言ったことは事実です。

 教区長のマリスに、こちらにやってきていたフィルクァベロさん。それにマイネルは無論のこと、こーいう場合は留守番でもしていそうなグレンスさんまで王都に行っちゃいましたからね…。さっきグランデアの言っていた、ヴルルスカさんの部下の衛兵さんたちのうち、割と最初に急いで帰還していった部隊と一緒に。


 「何があったってんだ?ブラッガのおっさんもアプロニア様もそれに関しちゃダンマリだしよ。まあオレらに聞かせるような話じゃねえ、ってのは分かるんだが…」

 「あ、それあたしも気になります。っていうか、訓練が急に厳しくなったのって、教会の連中が……えっと、ひとたちが出かけてからですし」


 「連中」呼ばわりでわたしがひと睨みすると、シャキュヤは言葉を改めてました。相変わらず教会には複雑なものがあるんでしょう。事情を知ってるだけにうるさく言うつもりはありませんが、友人を悪し様に言われて見逃すわけにもいきませんし。


 「と言われましてもね…わたしだって、しばらく留守にする、としか聞いていませんし。アプロがあなたたちに何も言わないのでしたら、その必要を認めてないだけじゃないんですか。衛兵の皆さんが出張る事態になったらきっと話はあると思いますけど」

 「…まあそうだな」

 「おねえさまがそうおっしゃるのでしたら…」


 とは言うものの、二人ともなんだか消化不良気味な顔です。

 そんな顔してご飯食べても美味しくないですよ、楽しい話でもしながら食べましょう、とのんびり言うことでようやく笑顔の会食になったのでしたけど、やっぱりわたしにはどこか後ろめたいものが付きまとう時間なのでした。




 二人にはそう言いはしましたが、マリスはわたしには一連の事情を言い残してはいきました。

 それによれば、大陸のあちこちで起きている、常ならぬ魔獣の出現、という事態が事実として教会関係者の間で囁かれている、と。

 しかも場所と数において過去のものと比べうるものではない、ということで、マリスが王都の権奥に召還される理由となり、フィルクァベロさんも急遽王都に戻ることになったのです。

 マリスの話では、実際にそんな風に数を増やした魔獣に街や街道が襲われた、ということはまだのようですけど、それも時間の問題だという判断は教会と、それから大陸各国の上層部では共通の認識のようです。

 厄介なのは、まだ国の指導層の間での話には留まってはいても、人の口に板は立てられない、ということでいずれは噂に、そして事実が流れるのも間違い無い、ということで、そうなる前に対策だのなんだのという話もしなければならない、と重苦しい顔でマリスは話していました。


 わたし個人として残念なのは、そういった騒ぎに紛れてマリスとマイネルの婚約発表、なんてイベントも流れてしまったことなんですけどねー…あと、雨期前の祭りが中止になった、というのもアプロにしては珍しい判断です。

 こんな時だからこそ、賑やかに楽しく騒いだ方がいい、とでも言うかと思ったんですけどね…やっぱり、ベルとのことが引っかかってはいるんでしょう。わたしとの間でそのことが話題になることはありませんでしたけど……。


 「ところで結局祭りが中止になった理由ってなんだったんです?」

 「あなたちゃんとアプロの話は覚えておきなさいって。大規模魔獣を退けはしたが、まだ街の傷も癒えない今、無駄に街の資材や食料を浪費はできない、ってことだったじゃないですか」

 「うーん…でも、アプロニア様らしくないっていうか、いつもだったら余計に賑やかにやって街を盛り上げようとするんじゃないかな、って…」


 う…。なんかアプロに対する認識が被ってしまってるのは、わたしと感性が近いのか、はたまたアプロのことを理解した上での正しい見方なのか。どっちにしても、わたしの独占欲がうずくシャキュヤの物言いなのです。


 「その代わり雨期開けの時は盛大な祭りをする、とも言ってたんだ、その時まで待ってりゃいいだろ。ったく、ガキじゃるめえし……あー、わりいわりい、ガキだったかそういえば」

 「なんですってぇ?!おねえさまにひっつく不逞な輩がふざけたこと言わないでくださいっ!あたしこれでも胸回りはおねえさまよりあるんですいたたたたっ?!」

 「…シャ~キュ~ヤ~?教えてあげますからね…この世には口にしたら戦争が始まる言葉、というものがあるってことを…」

 「お、おねえさま…いた、いたいですってばっ!それもうだめあたしこわれちゃいますっ?!……ひぃぃぃん……」


 まあ、その。

 マイネルがこの街にいない今、道化て深刻な雰囲気を振り払うのには、まこと役に立つコだなー、と、本日二度目の梅干しで悶絶するシャキュヤをちょっと見直したわたしなのでした。

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