第181話・反撃開始!! その3

 「聖精石が生み出されてガルベルグが魔王になった?どういう意味だよ」


 アプロの雑な端折り方だとわけが分かりませんてば。

 仕方ないですね、ここはわたしがまとめるしかありませんね。ふふふ、デキる嫁は女教師役でもあるので


 「落ち着けアプロニア。先走り誤った理解は物事を見る目を曇らせるものだ。まずは最後まで話を聞こうでないか…なんだ、カナギ・アコ。そう藪を睨むような目で見るな。何か不興でもあったのか?」

 「いえ、そーいうわけでは。べつに。はい」


 …そーでした。今この場には、アプロにものを教えることについてはわたしの先達たる殿下がいるのでした。

 仕方なしにわたしは、浮かしかけた腰を下ろし、やっぱり殿下にジトーっとした湿っぽい視線を向けるのです。


 「アコは道化者」


 なんだとこのやろー。

 こちらは呆れかえったようなベルの視線です。わたしの恨めしげなモノと違ってカラッと乾いた感じです。だからどうというわけじゃないですが。


 「それで話を進めてもらえるか」

 「はい。魔獣が生み出される理由、それは世界を回す力を生み出す石が循環する過程においてはどうしても発生するものだったから。けれど、ひとはそれを知らなかった、ガルベルグの降す神託によって斯くあるものとも知らされていたのだけれど、教会はそれを無視した」

 「…なんでまた?ばばぁ辺りだったら、そうですか、では魔獣ぶっ潰す、って言い出しそうなもんだけど」

 「アプロ、フィルクァベロさんのように考えられるひとばかりじゃないんですよ。あるがままを受け入れてそれに対応できるひとなんて、むしろ少数派なんですから」


 ていうか、フィルクァベロさんもとんだ武闘派ですね、その感じだと。


 「…まあ、そうかもな。ミネタ派の連中みたく現実の方を理念に沿わせようって奴らだっているもんな」

 「彼らを悪く言うのは構わんが、連中の前で口にはするな、アプロニア。少しは立場というものを考えてな」

 「あ、はい」


 殿下がいかにも為政者的な配慮を示します。まーアプロだって本来はそっち側の人間ですしね。


 「それでどうなったのだ」

 「ここから先はむしろひとの歴史だから、殿下もご存じのはず。ひとは、魔獣が常に居続ける、ひとがこの世界に在る限り対峙し続けなければいけないという現実に耐えられなかった。だから、魔王を生んだ。それを斃すことで世界が安寧になるという幻想を信じて、魔王を生んだ」

 「…事実と向き合ったのではなく、自身が穏やかでいられるようにしるべを求めた、というわけか。だがそれ自体は悪いことではないのではないか?それによって治まるものとて少なくはあるまい」

 「そう。ひとがそれで済むのであれば、問題はなかった。でも、ひとの間だけの問題では終わらなかった」

 「それが二つ目の問題、ってことなんですか?」


 わたしは指を二本立てた手を、隣に腰掛けるベルに向けて見せます。

 小さく頷いたベルは、微かに痛ましそうな顔になり、話を続けます。


 「…父は、ガルベルグは、魔獣に苦しめられた人類の願いに応じて生まれた存在。神意を降し、ひとに、魔獣に抗し得る手段を降し永く在った。だから、教会で言うところの『神』として祀り上げられた」

 「……なんだって?」

 「アプロ。ガルベルグはもともとは小さな魔獣として生まれた。魔獣には様々な力があるけれど、ガルベルグになる魔獣にはたった一つ、特異な力があった」

 「特異な、力?」


 斜め前のベルに向かって身を乗り出すアプロ。もちろんわたしも殿下も同じようにしています。


 「それは、ひとの願いというものを吸い上げる力。他に同じ特徴を持つ魔獣はおらず、ためにガルベルグはひとの願いを象る存在となり、やがて神意を得てひとの世界に干渉を始めた」

 「それが、神託や預言というものなんですか?」

 「そう。そして…魔獣在る世界に絶望した人類がこいねがった、魔王という存在をも吸い上げてしまった。そして、ガルベルグは神意を降し、人類に仇なす魔王となった」

 「………」

 「……」


 わたしたちは言葉もありませんでした。

 アプロも殿下も、それぞれに考えを致し、場は静かになります。それはわたしも例外ではなく、誰一人口も開かなくなった部屋の中、ベルは小さくため息をついて隣のわたしに声をかけました。


 「…ふう。アコ、のどかわいた」

 「あ、はいはい。お代わりいれますね。殿下、アプロ、いかがですか?」

 「いや、俺は構わん」

 「私も別にいーよ。ベルのだけ用意してやって」

 「分かりました」


 わたしは立ち上がって、ベルの前に置かれた器を手にしようとしたとき。


 「あっ!」

 「…アコ?」


 うっかり手が滑り、カップを手から取り落としてしまいました。

 それはテーブルの上に落ち、砕けこそしませんでしたがヒビが入ってしまって、カップとしてはもう使えない状態になってしまいます。


 「…やれやれ。それは結構高いものだったんだがな」

 「……あー、ごめんなさい」


 一目で高いものと分かる殿下の目利きには脱帽ですけど、わたしが謝ったのは顔も知らないこの部屋の持ち主に、です。いろいろ勝手に家捜しして食器まで壊してしまったのでは知らぬ顔も出来なくなってしまいましたよねぇ…。


 「しゃーないよ、アコ。弁償するんなら何か金目のもの置いておこ?」

 「ですね。ベル、代わりを用意しますから…」

 「構わない。話を続けよう、アコ」

 「?まあ、あなたがそう言うなら…」


 妙に真剣な顔になったベルを怪訝に思いましたが、話の先が知りたいのも間違い無いので、わたしは元の席に戻って先を促します。


 「…ひとに願われる救世の役割、討ち滅ぼされることで平穏をもたらす魔王、その二つの矛盾する願いはガルベルグを惑わせた。それでも最初は、どちらもひとの願いだとして受け止めていたのだと思う。けれど、永く強いられたその立場は、次第にガルベルグを狂わせていく。魔獣に苦しめられる人類の救済、魔王を滅ぼして救われたいという願いの達成。そのどちらも果たそうとして、ガルベルグは一つの結論を得た」

 「…それが、異世界の文物を得て魔王を滅ぼす、という事績の演出だと?」

 「そういうこと。アプロ、あなたはそのためにうってつけの人材だった。私という魔王、それから異世界からの導きをもたらすアコを用意し、アコをアプロに会わせた。勇者アプロニアは、異世界からやってきた英雄を得て、魔王を斃す。そして、アコが示した異世界の存在を知らしめ、そこからやってくる者共によって魔獣から人々を守らしめる。それで、ガルベルグの願いは果たされる」


 ………またなんとも無駄に壮大な計画を立てたものです。

 わたしとアプロの出会いがガルベルグの仕立てたもの、というのはなんだか面白くありませんが、まあそれはいいです。結果的に、ではありますけどわたしという個はアプロと出会って幸せになれたんですから。

 けれど、それでガルベルグはなろうとしたものを思うと…。


 「…ベル。ガルベルグは、狂ったと言いましたよね?」

 「うん」

 「あなたは何を見て、そうと思ったのです?今の話だけ聞くと、確かに合理的だとは思うんですが」


 きっと結果はろくでもないことになるでしょうけど、苦い顔で付け加えると、ベルはそれこそ我が意のままだ、とでも言わんばかりに、テーブルの上に置かれたわたしの手に、ベルのそれを重ねます。


 「…アコ、お願い。父を、ガルベルグを救って…いえ、もう救えることはない。だから、止めて」

 「え、ちょ…なんでそうなるんです?止めるのはやぶさかじゃありませんけど、なんでそれが救うとかそういう話に…」

 「カナギ・アコ。俺にはなんとなくヤツの気持ちは分かるぞ」

 「兄上…?」

 「…殿下?」

 

 沈痛な表情に改まった殿下の顔を、斜め向かいのわたしと、隣のアプロは不思議に思って眺めます。


 「…政を能く執る者は心得なければならない。民を思い、民の願いを受け止める者は、感謝だけではなく時に怨嗟を受くることもある。いや、むしろその方が多いやもしれぬな。善く有れかしと想い執り行った物事が、必ずしも全ての民に恩恵をもたらすわけではない。そして命や財産を失った恨み辛みを、我らのような立場の者に向けるしかない者とているのだ。我が身の栄達や理財をのみ追い求めて民を苦しめる痴れ者なれば当然の報いと言うべきだが、民を慈しみ、国を栄えさせ、それを目指してやってきたことを恨みに思われて心穏やかでいられるはずもない。真摯に取り組んできたならば尚のことだ」


 お前はそれを思い続けねばならぬ立場なのだぞ、と殿下はアプロに気遣わしげな顔を向けます。


 「…兄上の仰ることは分かります。ですが、だからといってガルベルグを救え、などと言われても、今ヤツがやろうとしていることを認めるわけには…」

 「分かっている。お前達が過ごしてきた時間の中で得たものを否定するつもりはない。だが、やり方が間違えていようとも、一度志したものまで無下にするな。それだけだ」

 「……」


 殿下の言葉には苦みがありました。

 あるいは殿下自身の体験によるものなのかもしれないと思うと、アプロがやり切れないという顔になるのも分からないでもないのです。

 アプロはそれほど王城での暮らしは長くはなかったはずですけれど、もしかして殿下や陛下のそんな姿を見ていたのかもしれません。

 だからといって、ガルベルグに手心を加えるわけにもいかないのですけど。


 ベルは魔王として滅ぼされるために生み出された。ガルベルグによって。

 わたしはこの世界にあるべからざる力を認めさせるために生み出された。ガルベルグによって。

 ベルは…その意味ではわたしの姉妹で、大事な友だちで、アプロはわたしの愛しい大切なひとです。

 そして、生み出され送り出された世界でわたしの見つけたものを、わたしは大事に思います。

 そんなものをめちゃくちゃにしてしまいかねない、ガルベルグの所業は止めなければいけません。わたしにはそれが一番なんです。


 だから。


 「ベル。教えてください。ガルベルグを止める方法を。彼の、誤った方法でわたしの大好きなひとたちが苦しまずに済む方法を探したいんです」

 「アコ…」

 「もう迷うことなんか無いんですよ、わたしたちには。ベルがわたしたちの前に戻ってきて、ガルベルグを退けることに力を貸してくれる。だから、あとはわたしの、わたしたちの出来ること全てやって、少しでも世界が良い方向に回っていくように、力を使いたいんです」


 わたしを呆けたように見つめるベル。

 殿下はもう何も言いません。

 そしてアプロは…。


 「…だな。おめーとわかり合って知ることが出来たよ。ガルベルグはひとの全てが討ち果たすべき悪なんかじゃねーけど、それでも止めないといけない時と者ってのはあるんだ。私はようやく、力を振るう為、ってものを見つけられたように思うよ。アコのため、ってだけじゃない。アコはもちろんだし…ベルも、兄上も陛下も、マリスやマイネル、アウロ・ペルニカの連中、それだけじゃない。同じ世界で生きてる奴らの必死さに報いるために、やりたいんだ」

 「………分かった。私も二人と同じ想いだから。やろう」


 …わたしと同じ生まれを持ち、わたしよりもずっと長くガルベルグを見てきたはずのベルが、静かに、力強く誓います。

 事態に応じて戦うしか出来なかったわたしたち。人類。

 けれど、今この時初めて、自分たちの意志と意図で立ち向かう準備が出来たのだと思えます。

 ……それから。


 「なに?アコ」


 わたしの視線に気付いたベルが、少しはにかんで微笑みます。

 そんな笑顔に向けてかける言葉なんて、今のわたしにはひとつしかありません。


 今度こそ。本当に。


 「…おかえり、ベル。一緒に、戦おう?」

 「…だな」

 「…うん。ありがとうアコ、アプロ」




 「…麗しくまとまったところで話を戻したいのだがな」


 …ちょっと殿下ー。珍しく本当にきれーにまとまったトコなんですから余計な茶々いれないでくださいません?…って、話を戻す?


 「うむ。俺がお前達を叱らないといけない理由なのだがな」


 あー、ありましたね。そーいうの。

 でも今さら怒られるようなことあるんですか?とアプロの顔を見ると、知らない知らない、とでもいうように首をブンブン振ってます。


 「…殿下。もうこの際何を言われても私たちは堪えない。だから、どうぞ」

 「いい覚悟だ、ベルニーザ。魔王の娘の名にし負うと言うべきだな。では言うが…」


 とはいえその緊張感に耐えられなくて思わず息を呑むわたし。


 「…この小屋なのだがな。俺の所有物なのだ。数少ない逃げ場とでも言うべきの、な。そこでさきほど見せられたような真似をされて、俺はどんな顔をしていればいいのだ?」


 ………えーと。

 この状況で逃げ場にやってくるのとかどーなんですか、とかツッコみたいところはまーあったのですけど。


 「「「ごめんなさいっ!!」」」


 わたしたち三人は、椅子から飛び退いて再び並んで土下座をする羽目になったのでした。

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