第95話・恋のあとしまつ

 「───顕、現……せ、よ─────ッ!!」


 今日も今日とてアプロの剣が煌めきます。

 最近気温も上昇気味ですので、爆風もこの際涼風ですねー…。


 「…あのさ、アコ。ひたってるとこ悪いんだけど、布…出たよ?」


 あいさー。お任せ、出番ですー。今日もわたしの針は、調・子・が・いいっ!


 「はい終わりー。この程度ならもうまち針要りませんね」

 「いや、この程度って…これ最初に失敗した時の倍近い長さあるんだけど…」


 あら、そうでしたっけ?

 まあいーじゃないですか、早く終わるに越したことないですって。


 「おー、アコの手際もすっかり神憑ってきたなー」

 「いえいえー、アプロの剣もますます磨きかかってますってー」

 「じゃー帰ってお茶にしよーかー」

 「アプロー、どんなに急いで帰ったって二日はかかりますよー?」

 「ん、じゃあさ、私とアコだけ飛んで帰るから。マイネルとゴゥリンは歩いてよろ…」

 「………(フンッ!)」

 「あいたっ?!」「いたぁいっ!」


 …二人揃ってゴゥリンさんにぶん殴られました。



   ・・・・・



 「だめです」

 「フェネル…おめー、誰にもの言ってるか分かってるのか?」

 「何と言われましても、だめなものは…だめです」

 「そこをなんとかっ!頼むフェネル!」


 立場とか役職とか、そーいうものを全て忘れてアプロがフェネルさんを両手拝みしてました。

 なんでそんなことになったかといいますとー…。


 「なんで私がここまで頼んでるのにダメなんだよっ?!」

 「…いえ、主の私生活ですし、私もお二人の関係に口を差し挟もうとは思いませんが…かといって、カナギ様を私室に住まわせるだの、そのために屋敷を改築して大きくしようだの、そんなことが許されると……お思いなのですか?」

 「う…」


 ですよねー。いくらなんでも無茶が過ぎる、ってものです。

 お屋敷の玄関で半泣きで固まってるアプロをわたしは、まあまあ、と慰めてやるのでした。


 「…カナギ様。お一人だけ常識人のように振る舞っておられますが、その、お足元の荷物は…なんですか?」

 「あ、はい。わたしが間違ってましたので。ええ、今すぐ片付けますね。はい、ぽーい、ぽーいっと!」


 わたしのは、お屋敷前の道に憐れ放逐されてしまったのでした。

 ちえっ。



   ・・・・・



 「…仲睦まじいことで結構ですわね」


 教会の応接間で、マリスがお茶をすすりつつ、無表情に言いました。


 「だろー?ほらマリスもどうだ?そろそろマイネルと…とか考えないか?」

 「わたくしだって出来るものならそうしたいですわよっ?!」


 そして一転、泣き出しそーな勢いで、アプロにくってかかります。


 「ちょー、落ち着けマリス。マイネルが引いてる」

 「あ、あら…わたくしとしたことが。お兄さま?わたくしはいつでも構いませんからね?」

 「正式に婚姻を結ぶまではそのつもりはないよ。それよりそろそろ落ち着いたかい?なら溜まってた問題の整理にとりかかろうか」


 マイネルがちょお不機嫌です。そんなにマリスと大っぴらにイチャつけないのが不満なんでしょうか?


 「アコの色ボケっぷりはこの際さておいて、だね。ヴィヴットルーシア家から正式に返答が来た。書き方は丁寧だけど、簡単に諦めるつもりもないみたいだね」

 「私からアコを奪おうなんていい度胸だ。やるなら連中の手勢全部連れてきやがれってんだ。まとめて相手してやる」

 「アプロ…すてきです」

 「えー?アコを守るためならこんなのなんてことないって」

 「それはもういーです。早く二人とも正気に戻ってください」


 えらい言われようです。


 わたしのところに来たお見合いの話でしたが、わたしとアプロが結ばれたその日のうちに、アプロの名前でお断りの手続きが正式にされました。

 何て言って断ったんです?と聞いたら…。


 『アコはわたしのものだから、誰にもやんねー、っつった』


 と事も無げに言ってわたしは天にも昇る心持ちだったりしましたけど、実際は、その時居合わせたフェネルさんが頭痛をこらえつつ言ったように、魔王に抗し得る力を振るうため、今はそのこと以外は考えられません、と穏便な内容になったようです。

 まあそのために、先方に余計なふくみを持たせてしまった、ってことみたいですけど…。


 「まあ実際にさ、アプロとアコで魔王を倒してしまったら名声においては今と比べるべくもなくなるわけだし。今から縁を繋いでおいて、もしそうなったら真っ先に取り込もう、って腹なんだとは思うよ」

 「ですわね。アコ、難しい立場であることは間違いないのですから、もう少し自重してくださいね」

 「じちょう…わたしの辞書にはない言葉ですね」

 「私のにもないなー。アコ、今晩どお?」

 「やーん、アプロ最近激しすぎますもん」

 「………いい加減にしろこのバカ共」


 ゴゥリンさんの声には、怒気よりも諦観の方が多分に含まれてるようでした。


 「ともかく、アプロとアコの今の状態は隠し通せるわけないんだし、ヴィヴットルーシア家も諦めないと思うよ。加えて、ヴルルスカ殿下からも何か言われるだろうね。覚悟しておくように、二人とも」

 「おー」

 「はぁい」

 「…大丈夫かな。あ、あとゴゥリンの方は…」

 「………構わんでいい」

 「なんだよー、お祝いくらさせてくれてもいいじゃんか。私たちみたいに幸せになれよー」

 「ですよねー。おめでたいことでしょう?」

 「めでたいのはお二人の頭の方ですわっ!!」


 マリスに容赦はありませんでした。

 でも今は何を言われても平気な、わたしたちです。



   ・・・・・



 …と、傍目にはバカップル全開してるわたしたちですけれど、他のひとには明かせない共通の懸念は、あったりします。


 「…で、どーします?」

 「どうって言われてもなー…あいつ、全然顔見せねーんだもん。話のしようがないって」


 そう、ベルのことでした。

 あれからもう二十日以上経っているのに、ベルはわたしたちの前に顔を出してません。屋台の方にも表れてないみたいで、むしろわたしの方が、ベルはどうしたのか、と心配される有様です。


 「ベルさんですか?そういえば最近見かけませんね。前は二日に一回は来てましたけど…」

 「そーですか…あ、タコヤキの方はどうです?」

 「ハイ、調子いいです!むしろこっちばかり売れて困るくらいです」

 「ふふ、こっちは同業者もなかなか手は出せないでしょうから、しっかり商ってくださいねー」

 「ありがとうございます!領主さまも!」

 「おー。がんばれよー」


 様子見がてら訪れたベクテくんの店でも目撃情報無し。

 心配、っていうかあの子の場合、立場が立場なのでたまに顔を見ないと、知らないところでよくないことが起きているんじゃないか、って気になるんですよね。

 なので、その他に顔見知りでベルがよく行くお店を二、三軒回ってみましたが、成果無し。


 「…しゃーない、今日は諦めよ?アコ」

 「ですね…。あ、アプロ?今日はもう少し時間あるんですよね?」

 「アコのためならいくらでも時間空けるぞ?」

 「ちっとは自覚保ちなさいってば、領主さま。で、もし暇ならわたしの部屋に寄っていきません?」

 「え~~~…」

 「…いやなんですか?」

 「別にイヤじゃないんだけど、アコの部屋って外に音洩れるからなー…」

 「あのですね」

 「アコは、私と気持ち良くなるの…いや?」

 「それは大好きですけど、わたしはアプロとお茶を飲みながらお菓子でもつまんで、なーんにもない時間を過ごすのも、大好きなんです」

 「…ま、それもそっか。いこ?」

 「ええ」


 でも、手は繋ぐんですけどね。うふふ。




 「あれ?」


 先に気がついたのは、アプロの方でした。


 「どしました?」

 「あれ。ベルじゃねーの?」

 「ベル?あ、ほんとですね…またわたしの部屋の前で…ベルー?」


 いつかと同じ…わたしにはちょっと胸を締め付けられる思い出の中のままに、ベルがわたしの家の前で佇んでいました。

 わたしはやっぱり呼びかけつつ小走りで駆け寄り、少しほっとした様子のベルの顔を見ると…。


 「なんだよ、来てるんならもっと早く顔を見せろよなー」

 「そうですよ。さっきからずっと探していたんですから」


 アプロと同じように、文句を言うのでした。素直じゃないですね、わたしたち。


 「…流石にちょっと…二人を見るのが辛かったから」

 「う…」

 「ええと、その……ごめんなさい」


 で、そんなアプロとわたしが一番困ることを言うベルでしたけど。


 「…だって、甘々な様子見てると胸焼けがする。この街の屋台食べ尽くすより厳しい」


 …まあ、それくらい言われても仕方ないですよね。

 マリスに言われても大して堪えないですけど(むしろアプロは煽ってましたしー)、ベルに言われてちーさくなってしまうのは、わたしもアプロも一緒。

 でも、あれだけ顔合わせるたびにいがみ合ってた二人が、冗談交じりに会話してるところ見ると…。


 「アコ?なんだか楽しそう」

 「まーねー。ベルとアプロが仲良くって、わたしは少し安心しました」

 「別に仲が良いわけじゃないと思うんだけどなあ」

 「うん。わたしはいつでも隙をうかがっている。寝取り寝取られは恋の駆け引き。問題無い」

 「大ありだっつーの!あーもー、アコやっぱりこいつ出入り禁止にしよー!」


 …あんまり変わってませんね。

 まあでも、それはそれで、以前から仲が良かった証しということで。


 「はいはい、それまで。ほら二人とも、入りますよ」


 いつまでもぎゃーぎゃーやってる二人をほっといて、わたしは先に部屋に入ったのでした。




 「それで、どうかした?私に話があったみたいだけど」


 ベルのお土産のお煎餅…って、なんでこんなものがあるんですかこの街は。

 ああいえ、とにかくお茶請けにそれをいただきつつ、なんだかこの部屋で三人集まるのは久しぶりなのです。


 「話っつーか。それより最近顔出してなかったみてーだけど。何かしてたか?」

 「何も。さっき言った通り、二人を見るのがアレだったから。それだけ」

 「ほんとーかなー…」


 ベルにまでアレ呼ばわりされてしまいました…。

 ただまあ、アプロには同感ですけれど、それよりも言っておかないといけないことがあるんじゃないですか。


 「だな。あのな、ベル。私とアコは…結婚した」

 「まだ早いです」

 「あいたっ?!」


 ツッコミの誘い受けとかアプロもなかなか高度な技を駆使するよーになりましたね。


 「誘ってない!…ていうか、まだ早い、ってんならいずれは…?」

 「話が進まないからそれは置いといてください。ええと、ベル。とにかくわたしとアプロは、そういうことになりました。ベルのお陰…っていうと気に障るかもしれませんけど、ベルに背中を押してもらわなければ、わたしは何も変われなかったと思います。改めて、ありがとうございました。…そして、出来ればこれからもお友だちとしてお付き合いいただけませんか?やっぱりベルのことは、好きでいられなくはなれませんよ」

 「アコー、私の前で浮気とか大胆すぎねー?」

 「今の会話のどこをどう聞けばそーなるんですか。浮気なんかしないから安心してください」

 「でもなー…アコって自覚してないだけで、老若男女にモテるもんなー」

 「アプロ以外にモテたってちっとも嬉しくはないですよ。そちらこそいー加減自信持ってください」

 「…うー……あ、そうだ。今度はこーいう設定でアコが自信喪失した私を慰める役で…」

 「人前で言うこっちゃないでしょーが。そういうのは二人の時に………あ、ごめんなさい」

 「ううん。楽しそうでよかった。二人とも相変わらずで嬉しい」


 ベル……。


 「な?アコは私とこーいう関係になっても、ちっとも甘やかしてくれない。ベルもさー、もうこんな女諦めて他にいいヤツ探せって。紹介ならいくらでもしてやるし」


 あの、少しくらいはしんみりした空気を維持しよーとか思いません?


 「それとこれとは話が別。私は諦めたわけじゃないけど、二人を別れさせるつもりもない」

 「……?意味がわかんねー」


 ですね。

 ていうか今気がついたんですが、アプロ…いつの間にかベルのことをベルニーザじゃなくて、ベルって呼んでますね。


 「………え?」

 「いや、え?じゃなくて。もしかして自分でも気付かずやってたんですか?」

 「あ、あー……その、あれだ、あれ。まあいわゆる、アコの呼び方がうつったっつーか……おい、笑うんじゃねーっ!」

 「だから言った。アプロはツンデレって」

 「…あー、はい。今なら納得できます。確かにアプロはツンデレ」

 「もー、なんなんだよその『つんでれ』ってのはー…」


 その後、ベルと一緒に「ツンデレ」とはどーいうものか事細かに説明してあげました。

 そして説明が終わった後のアプロは、テーブルに突っ伏して耳まで赤くなってました。アプロかわいー。


 「納得した?」

 「……うるせー」


 顔を伏せたまま、少しふて腐れ気味の声のアプロです。


 「ふふ、まあアプロもそう拗ねないでください。きっとベルだってアプロのことが好きで弄ってるだけなんですから」

 「弄るのが愛だなんて私は認めねー」

 「だったらわたしとアプロの間に愛は無いことになりますけど…」

 「違うって!」


 いきなり起き上がって、すごく焦った風。


 「だって、アコはさ!私のこと思って…その、いろいろ言ってくれるんだろっ?!私だってアコが大事だからいろいろとー………あう」

 「分かって言ってるんならいーじゃないですか。愛ですよ、愛」

 「…愛、かあ」


 そしてあっさり、蕩けた顔になるのでした。我が恋人ながらちょっとチョロ過ぎません?


 「…だったら私にもアプロへの愛はある。そういうこと」

 「え、まさかベル…おめー…」

 「ちょっ、ちょっと待ってくださいベルっ!あ、アプロは、アプロはわたしのものですからねっ?!」


 なんちゅーこと言うですかこの子はっ!まさかのところからライバル出現?!…ああ、わたし、ベルには勝てる気がしません…。


 「…アコも見てて充分退屈しない。でも誤解はしないで欲しい。私が愛するのは…そんな二人そのままの姿」

 「………え?」

 「はい?」

 「私は器と愛の大きさでも定評のある女。だから二人をまとめて愛すことだって…容易い」

 「………」

 「………」


 …あー、まあなんですか。

 ベルが冗談言ってるんでなくて、多分本気だということは分かりました。本気でこの子、わたしとアプロまとめて愛しんでくれようとしてるんです。

 ……ほんと、おっきな子です。


 「…ちぇっ、だったら今までと同じってことじゃねーか。ベルがたまーに来てアコと話してると私が妬いて、ベルと私がケンカして、アコが止めてお終い、って。おんなじじゃん…」


 アプロはなんかぶつくさ言ってましたけど、口の端が吊り上がってて、実に楽しそーなのでした。




 日暮れも近くなった頃、ベルは時間を思い出したように、帰ると言い出しました。


 「あれ?今日は久しぶりにアプロが来たので、ちゃんとしたご飯作ろうと思ったんですけど、食べていかないんですか?」

 「私は野暮を許さない女…」

 「今の今まで野暮しまくってたくせに、何を言ってんだか」


 呆れ顔のアプロでしたが、言葉の裏を返せば「今さら気にすることなんかねーだろー?おめーも食っていけばいーじゃん」てことなんですけど。ま、それを言うのもそれこそ野暮ですしね。


 「この部屋は野暮だらけ。じゃあ、また」

 「あ、気をつけてくださいね。あと、屋台のみんなが寂しがってましたから、また顔出してあげてください」

 「そうだね………そうだ、アコ」

 「はい?なんですか」


 扉の前で振り返り、何か思案顔のベル。

 その真剣な顔で何を言うのかと待ってると…。


 「…今度、私も混ぜてもらっていい?明日の夜なら空いてる」

 「………いーわきゃないでしょ。バカ言ってないでさっさと買い食いにでも行きなさいっ!」

 「アコはつれない女…」


 やかましいっ!


 …まったく。真面目な顔して何を言うかと思えば…赤面が止まらないじゃないですか。


 「なーアコ?混ぜてもらうって、なにが?」

 「何が、ってあーた。二人きりじゃなくてベルも一緒に…ってあなたも何を言わせるんですかっ!」

 「………あー、なるほど。そーいうことか」


 …ベッドの中では匠の技のアプロですけど、けっこーこういうところは鈍いんですよね…。


 「……わるくないなー。二人がかりでアコを………ふ、うふふ、うふふふふふ…」


 ………じょ、冗談…ですよね?

 流石にそれはどうなのかと、我が身を掻き抱くわたしなのでした。

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