第10話・復習の、お時間

 「今さらこーいうことを聞くのもなんですけど」

 「ん?」


 夜営の時はわたしの役目になる、夜露を集める聖精石をセットし、たき火の番をしていたアプロの側にやって来ました。

 炙った干し肉を黒パン(にわたしには見えます)に挟んだもので夕食を済ませ、今はマイネルとゴゥリンさんは天幕の中で一杯やってます。やけ酒とも言います。なんかもー、ゴメンナサイ。


 わたしはお酒は飲みませんので、その分お肉を余計にもらいました。干し肉といっても、長期間保存するためのもの、というよりは短期の旅行用に表面だけ乾燥させたものなので、火で炙ると油が浮いてきて、固いパンにそれが染みることで結構なお味になるのです。

 少し塩気が強いのが難点ですが、外に出ている時の食事ではわたしの一番のお気に入りなのでした。


 「どーした、アコ。もしかして肉が足りなかったか?」


 …だからといってお代わりを要求するほどじゃありませんてば。

 わたしはアプロのズレた指摘に不満を主張するように口を尖らせて、彼女の隣に腰掛けます。


 「味はともかく量に文句なんか言いませんよ。こんな状況ですしね」

 「味には文句言うのか…」

 「そりゃあそうです。不味い食事を山ほど食わされたら地獄でしょーが」


 わたしの当然の主張は、キョトンとしたアプロの顔で迎えられました。そんなおかしなことを言ったつもりはないんですけど。

 ただアプロも、意味を理解したのかそれともわたしらしいとでも思ったのか、解いた栗色の髪を震わせて、やがてころころと笑い始めました。


 「あははは…そりゃあ言えてるな。どうせ食べるなら美味い方がいいもんな」

 「でしょう?そーやって人類は、調理の技を磨いてきたのです。覚えておくといいです」


 少し気取って言ってやるわたしでした。

 隣のアプロは笑いながら足を投げ出し、腕で体を支え体を反らし、満天の星空を仰ぎ見ます。

 その横顔に目を向けると……。


 「ん?どしたー、アコ」

 「…いえ、なんでも。あ、それで聞きたいことなんですけどね」

 「うん、なんだ。何でも答えるぞー」


 『今どうして寂しそうな顔をしたんですか?』


 …とは聞きませんでした。なんだかそんな雰囲気でもありませんでしたし。

 わたしの気のせいならいいんですけど、と思いつつ、本来聞きたかったことを尋ねるのです。


 「昼間の塞ぎ損ねた穴って、あのままでいいんですか?」

 「ああ、あれなー…」


 一転して苦い顔になるアプロです。

 でも失敗はあなたのせいじゃないでしょうに。わたしがもっと手際良くやってれば、と言いかけて止めました。アプロならわたしがそんなことを言って喜ぶわけないですし、かえって困らせるだけのようにも思えるからです。

 代わりに、たき火の近くに置いて温めておいたお茶をアプロに渡します。

 この世界のお茶は、日本の緑茶に似たものを軽く発酵させたもの…ええと、ちょっと紅茶に近いものが高級とされていて、飲み物にうるさいアプロはこれだけは旅にも持ち込むんですよね。

 ちなみにこのお茶の煎れ方は、この世界にきて割とすぐにアプロのお墨付きをもらいました。日本人舐めんじゃねーですよ、ふふん。


 「…ま、大丈夫だろー。あの数であの魔獣なら、注意しておけば被害は出ないと思う」


 そしてその判断は正しかったみたいです。アプロ、わたしの手からカップを受け取ると間違い無く気を取り直した風で、手元にあった枝切れを一本、たき火の中に放りこみ、それからわたしの方を見てニコリと笑みながら言うのでした。うふふ、これが出来る女の気遣いというものですよ。


 「ただ街道筋に触れだけは出しておかないとなー。あまり近くに寄ると危ないだろうし」


 けど、続く一言にはほんのちょっぴり不安にさせられるわたしです。

 

 「どーいうことです?」

 「えーと、な。魔獣の穴ってのはさ、出てくる魔獣の強さ、数、それから歩き回れる距離には合計して制限があるんだ。具体的にどれくらい…というのを測ったわけじゃないけど、強いヤツがたくさん出てくれば、それほど遠くまでは行けない。逆に、それほど強くもない魔獣がそこそこの数出てきた場合は、穴から遠く離れて活動出来てしまう。大体そんな感じ」


 なるほど。簡単に言えば、消費出来るポイントが一定で、その範囲内で強さと数と遠出出来る距離を配分する、みたいなものですか。なんだかゲームみたいですねえ。


 「じゃあその合計というのは、やっぱり穴の大きさに関係があるんですか?」

 「んー、いいとこついてるけど、辛うじて及第点、ってところかな。穴の大きさ、っていうのは出現する魔獣の強さに一番関係あるんだ。穴が大きいほど強い魔獣が出てくる。もちろん、強い魔獣が出るなら数やどこまで行けるかには制限受けるけどさ。穴の大きさが大きいのと小さいのがあった場合、出てくる魔獣は大きい穴から出てくる方が強力。その上で、魔獣の数とか遠出出来る範囲が、それぞれで違ってくる、ってわけ。だから、穴の大きい方が脅威になるのは違い無いけど、全然違う大きさの穴から同じ魔獣が出てきて、同じ魔獣が大きい穴からはずっと多く出てくる、なんてことは普通は無いんだ」


 むう…ますますゲームじみてきましたね。

 魔王は、一定のルールで得られるポイントを消費して、魔獣の出る穴を配置する。多くポイントを消費するほど大きな穴を配置出来て、数を設定するとどこまで行けるかが決まる。

 そーいう穴をいくつも配置して、世界を占領していく…なんてね。


 まあ仕組みは分かりませんけども、大体そんなものだと思っておけば分かりやすいんじゃないでしょうか。


 あ、それと。わたしにとっては重大なこと、確認しておきませんと。


 「それで今日に限ってはやけいおっきな布が現れたのは、穴の大きさにやっぱり関係あるんですかね?」

 「さー?そっちの方はアコが頑張ってくれるようになってからの現象だから、なんとも言えないなあ」


 あんまり要領を得ない返事です……って、あれ?わたしが針仕事するよーになってからって…というと…。


 「あの、アプロ?わたしがお針子する前って、あの穴どーやって塞いでいたんです?」

 「え、あーそりゃ力任せに、魔獣を倒しまくって。一定の数以上倒すと自然に穴は消えてくからさ。だからアコがやってくれるようになってからもー楽で楽で。他の連中はやっぱり相変わらず、数と力に任せて押し潰してんだろうなあ」


 わぉ、わたし結構重要なポジションだったみたいです。そりゃあアプロも「助かってる」って心底ホッとして言うわけですって。

 そういえばわたしが一番最初にこのお仕事任された時、こんなことを言われたんですよね。


 『この針とその使い手、それが揃うことであの穴の憑依物が現れる!その時、この針を使って憑依物の形を換えれば、穴は塞がれるはずだ…多分』


 …あの時は、『多分とかそんな曖昧なことでひとを危険にさらすなっ!』と思ったものですが、今思うと世界で初めての事態だったんですから、そりゃあ「多分」なんて言い方にもなるわけですって。

 ま、だからといって救世主のごとく祭り上げられて、いつの間にか英雄さま、なんてのもご免こうむるわけですけど。そーいう派手なのはアプロの方が似合ってます。わたしはじみーに生きていくんだって、派手な人生を送る両親を手本に学んだんですからね。


 「さて、アコ。対策を考えよっか」

 「対策?といいますと…」

 「いや、結局今日は投げ出してきたけどさ。アレ、なんとかしないといけないだろ、最終的には」


 うーん。アプロ、真面目。

 まあこういうところが、放っておけなくさせられるんですけどね。きっとそれはわたしだけじゃなくって、マイネルもゴゥリンさんも、それからまだ会ったことはないですけど、アプロの部下とか家臣の人たちにしても同様なんでしょう、きっと。


 「いい話風にまとめてるけど。アコ、結局ヘマしたことには違い無いんだからな」


 はいはい。わたし一人じゃなくて、わたしたち四人全員の、失敗ですよね。分かってますって。

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