第156話・呪われた旅立ち 前編

 シャキュヤがブスでした。


 「誰がブスですか?!」


 失礼。ぶーたれてました。でもあんま変わりないですよ、わたしにとっては。


 というか。


 「…なんでこの子連れてきたんですかっ。こーなるの分かりきってるじゃないですかー」

 「んなこと言っても留守中の指示出す以上、ある程度より上には訓示しないといけなくてさ…コイツんとこにまで話が行ってしまうのも時間の問題なんだってば」

 「そうは言いましてもねー…もう少し時間稼げなかったんですか?せめてわたしたちが空飛んだ後ならどうにでもなるでしょうに」

 「アコ殿、申し訳ない。注意はしていたのですがいつの間にか嗅ぎ付けてしまいましてな…」


 わたしとアプロの乗った馬の手綱を持っていたブラッガさんが、こちらが申し訳なくなるくらいに恐縮してました。


 「ま、あんま気にすんなよ、おっさん。やっても無駄なことは気に病んでも仕方ねえだろ」

 「あなたはあなたで、なんでここにいるんですか…」


 ブラッガさんと、馬の首の反対側にいたグランデアがお気楽にそういいました。

 あなた自分がいて当然みたいな顔してますけどね、立場的にはシャキュヤと同じだってこと忘れてませんか。


 「かてえこと言うなっての。おめえとオレの仲だろ?」

 「はあ。あなたとそんな仲になった覚えは一切皆無なんですけど。アプロ、どう思います?」

 「領主の嫁に手を出すとはいい度胸だ。帰ってきたら覚えてろよ」

 「具体的に何をするか言わない辺りが余計に真剣味を覚えますな。これはよほど酷いことが起こりそうだ」

 「おっさん言うに事欠いて一番考えたくねえこと言うなっての…」


 わっはっはと豪快に笑い飛ばすブラッガさんの声に、口をもむもむしてたお馬さんが何事かとばかりにビクッとしておりました。




 何もかもを呑み込んで一応は決着をつけた気分になった翌朝。これから陽も昇ろうかという時間にわたしとアプロは街の門を潜りました。

 アプロは馬を連れてきてわたしを後ろに乗せ、わたしたちを見送ってからその馬に乗って帰るというブラッガさんが、馬の口をとって歩いています。

 飛んで行くんじゃなかったのか?という話ですけれど、途中まで見送らせて欲しいというブラッガさんたっての願い、ということでこうなった次第です。まあ街が見えなくなりそうな所から飛んでいくつもりみたいですね。


 ただ問題は、シャキュヤとグランデアのいつものコンビがどこからかわたしたちの旅立ちを聞きつけて、こーしてくっついてきてることでして。


 「いつもの、とかとんでもねえこと言うんじゃねえよ。仕事でなけりゃ顔合わせることすらねえっての」

 「その割にわたしの前に顔見せるときはいつも一緒ですよね」

 「誰かさんの心の安定のために貢献してる、ってえ発想にはならねえもんかね」

 「むしろグランデアの方がシャキュヤに懸想していっつもひっついてるよーにしか見えませんよ」

 「オレはこんなガキに興味はねえよ」

 「どーだか。自己申告の好みほどアテにならないものないですしねー」

 「…何が言いてえんだ」

 「さあ?ご自身の胸に手を置いて考えてみてはどーです?」


 馬上のわたしと、馬体の右側を歩いてるグランデアは互いに睨み合ったあと、不敵な視線を交わしてニヤリと笑いました。

 まー、いろいろすったもんだありましたけど、わたしはこのひととのこーいう気の置けないやりとりが、意外と好きだったのかもしれませんね。でもアプロが少し面白くなさそーにしてましたので、後ろからぎゅっとしがみついてご機嫌とっておくわたしなのでした。


 「………」

 「で、さっきからシャキュヤは黙り込んでどうしたってんですか」


 グランデアと反対側を歩いてる、街の門をくぐったときからずーっとぶすったれたまんまのシャキュヤを見下ろし、わたしは尋ねました。


 「………」

 「…ええと、本音を言えば別にあなたと気まずいまま別れても特にどーとも思わないんですけど、そうもふて腐れた顔してたらこの場の雰囲気が腐りますよ。ブラッガさんが折角お見送りして下さるんですから、もーちょっと空気読んでせめて無表情くらいに格上げしてくれませんか?」

 「………」


 やっぱり前を向いたまま黙りこくってます。いえまあわたしの言い方も大概でしたので、ここで愛想良く「おねえさまぁ」とかじゃれつかれるとも思えないんですが。

 にしても、わたしもこの子をどーしたもんだか、と思案を始めた時でした。


 「アコ殿、もう少し手加減してやってもらえますかな」

 「え?」


 精悍な初老の男性という普段の様相に似合わない、好々爺じみた人好きのする微笑を浮かべながら、ブラッガさんがこちらに振り返って言いました。


 「こやつも、昨日の夜にアプロニア様とアコ殿が街を離れるという話を聞き込んで怒鳴り込んできたものでしてな、自分も連れて行け、と。アプロニア様が根気よく説得されてどうにか引き下がり、見送りに加わることで納得したところで。姉のように慕った御方が急にいなくなるというのは、こやつにも堪えるものがあるのでしょう。どうかその心根の一端でも汲んでもらえれば」


 姉のように慕う、てのとは全然違う気がするんですがー、と思いましたがそれを口にするのも野暮ってもんです。

 ちらりとシャキュヤの顔を見下ろしたところ…相変わらずおもしろくねー、って顔ではありましたけど、ブラッガさんが庇うんならいいとこもあるんじゃないでしょうか、と我ながらツンデレっぽいことを思い、アプロの耳元に「アプロ、シャキュヤをなだめてくれて、ありがとうございますね」って囁いて慌てさせてそれでわたしは満足し、ま、しゃーないですねと同行を認めたのです。


 「ありがとうございます。そしてシャキュヤ、お前からも礼をいわんか」

 「………ありがとー、ございます」

 「……シャキュヤ、面白くないのは分かりますけど……えっと、そうですね。まあ、いろいろありますって」

 「「いろいろってなんだよ」」


 何を言ったらいいのか分からず、前方のアプロと右側のグランデアに一言一句違わないツッコミを許すという、前代未聞な真似をしてしまうわたしでした。


 そのままわたしたちは、どちらかというとアプロとブラッガさんの間での会話が主で、わたしとグランデアが時々ゴチャゴチャ言い合うくらいで、気にはしていたもののシャキュヤがそれに加わることは一切無く。


 「…さて、この辺でいーか」


 と、そろそろ街の影も遠くになった頃合いとなりました。


 「アコ、先降りて」

 「はい…よいしょ、と」


 馬に乗るのも随分久しぶりでしたけど、わたしもいい加減慣れたものです。

 アプロの手を借りることもなく、ブラッガさんをわずらわせることもなく、一人でさくっと地上のひとになりました。


 「…んじゃ、私らは行ってくるよ。ブラッガ、後を頼む」

 「心得ております」

 「グランデア、仕事はさぼっちゃダメですよ?」

 「オレがそんな真似するように見えるか?」


 見えるか見えないかで言えば見えますけどねえ。

 そして、シャキュヤですが…。


 「…シャキュヤ、おめーも頼りにしてっからな。しっかり留守を…」

 「……ぃですか」

 「ん?」


 ずぅっと下を向いていたシャキュヤに、アプロが苦笑しながら声をかけたときです。

 こちらを見ずに何事かを呟くかのような声は、その場にいた四人のうちには耳に届かなかった者もいたかもしれません。

 ですが、黙ったままついてきていた姿が、流石に気の毒に思えていたわたしには、彼女が何を言ったのかがはっきりと分かりました。

 わたしはこの子が何を言ったのかは分かったものの、何が言いたいのかは分からず、けれどその肩に立ち込める空気にただならぬものを覚えて、手を伸ばしたら。


 「はなしがっ!ちがうじゃないですかぁっ!!」


 不意に顔を上げ、殺気すら匂わせる眼差しでわたしを睨み上げて、こう叫んだのです。


 「おねえさま、話が違うじゃないですか!約束したじゃないですか!!あたしに、首巻きを贈ってくれるって!どうして約束破って行っちゃうんですかっ!あたしを裏切るんですかぁっ?!」


 …ああ。そうでしたね。わたしは深くは考えずに、きっとこの子に似合いそうな色とか材料を想像してなんだか悦に入ってたのですけど。

 必死になって、半分泣きそうになって、わたしに食ってかかるこの子にとっては、きっと途轍もなく重くて大事な約束だったのでしょうけど…。


 「…シャキュヤ、ごめんなさい。それは帰ってきてから作ってあげますから」


 今のわたしには、メリルダさんにすら交わすことのなかった「約束」というものが途轍もなく軽く思えてしまって、口先だけのことだと分かっていても、そう言うしかなかったのでした。


 「アプロ、行きましょう」

 「…いいのか?」


 いいも悪いもないでしょうに。今わたしたちがやらないといけないことって、何なんです?


 「そりゃそうだけど……シャキュヤ、わりーけど堪えてくれよ。アコも悪気があって言ったわけじゃないだろうしさ…」


 改めてそういう言われ方をすると、わたしとんでもない悪人みたいじゃないですか、と冗談めかして文句を言うと、アプロは困ったように後ろ頭を掻き、少し考えてからその手をシャキュヤの頭の上に乗せ、もう一度「留守番頼むぞ?」と優しく告げました。

 わたしはそんな光景に、なんだか自分のしでかした後始末をアプロに押しつけてるような気分になり、せめて自分の声でシャキュヤに謝っておかないと、とアプロと肩を並べると。


 「……あたしも連れてってください」


 困ったことを、言われました。あなたそれは自分で納得したんじゃなかったでしたっけ。


 「納得なんかしてませんっ!あたしはおねえさまと一緒にいるって決めたんですから!」

 「そんなこと言われましても…ね、シャキュヤ。わたしとアプロは大変なことをやりにいくんです。巻き込むわけにいきませんよ」

 「構いません」


 わたしが構うわ。

 …でも、そんな泣きそうな顔で言われるとわたしもこれ以上強くも言えないわけでして。

 アプロ?


 「しゃーねーなー。あのな、シャキュヤ。衛兵たちを置いていくのは急いでいるってのがあるんだけどさ、この街を守る必要があるから、ってのもあるんだ。おめーの力は間違い無く役に立つのが分かってるんだから、置いていくんだよ。それは何度も言っただろ?」

 「あたしはおねえさまのお役に立てないって言うんですかぁっ?!」

 「だから、この街をおめーらが守ってくれてる、ってのが今は一番助けに……あーもー、これ以上駄々こねるガキの相手してらんねー。アコ、もうほっといて行こ」


 …あー、きっと何度も何度も何度も同じ事言って聞かせたんでしょうね。アプロも流石にうんざりした顔でほっとくことにしたみたいでした。

 そうですね、時間が経てばほとぼりも冷めてこの子も納得してくれるでしょ。

 わたしは荷物を担ぎ直し、アプロが腰に手を回しやすいよう身支度を調えます。


 「アプロ、いーですよ」

 「ん。じゃあな、シャキュヤ。文句は帰ってきてから聞くよ。ブラッガ、面倒かけるけど頼む。グランデア……は、まあ適当にやってろ」

 「扱いひでえな」

 「勝手についてきておいてその言い草があるか、馬鹿者。アプロニア様、ご武運を」


 おー、と気負いもなくアプロが剣を抜いて呪言を唱え始めます。剣を持っていない方の腕はわたしの胴に。

 まだシャキュヤが何か言ってますけど、わたしもアプロももう聞く耳を持たず、そしてアプロが怒鳴るように「顕現せよ!」と呪言を締めると同時に、わたしたちの体は浮き上がって空を飛ぶ体制に移りました。

 最後にちらとシャキュヤの顔を見ると、ひどく絶望したような、気落ちしたような、でもそれだけではない激情をたたえた表情になっており、その烈しさにわたしは思わず息を呑みます。


 「行くよ、アコ」

 「え?あ、はいっ」


 でもそれも一瞬のこと。

 わたしのように後ろを振り向きもせず前を向いたまま、アプロは王都に向けて速度を上げ始めました。


 「おねえさまっ!!」

 「あ、こら待ちやがれ!」


 ん?、と、もうわたしの感覚では「地上」になってしまった場所から、何か騒ぎのような声が聞こえてそちらに目を向けると、わたしとアプロが乗ってきた馬をシャキュヤが奪って追いすがろうとしていて、それからグランデアがそれを止めようとしている様子が見えました。

 ブラッガさんの姿が見えなかったのは、馬に乗ったシャキュヤを追いかけたのはグランデアだけだったからなんでしょうけど…。


 「アプロ、シャキュヤが追いかけてきてますけど…」

 「え?…ああ、馬に乗れたのか、あいつ。ほっとけほっとけ。そのうち諦めて引き返すだろー」

 「まあそうでしょうね…」


 アプロは一瞥だけしてまた進行方向に顔を向け、わたしだけがどんどん小さくなっていく人馬を見つめている形になります。


 さよなら、シャキュヤ。約束守れそうにないのは悪いと思いますけど、あなたのことは忘れませんから。


 ほんの少しの間、一方的な思慕を示してわたしをひっかきまわした女の子はきっと泣き顔でいるのでしょう。

 そんな想像をしてわたしも少し、鼻の奥がツンとしたと思った時でした。


 「……?あれ、どこかで見たよう………アプロッ?!」

 「っ?!」


 わたしに腕を引っ張られてバランスを崩したため、数瞬後にはわたしたちがいたであろう空間を、見覚えのある暴虐的な光が音も無く通り過ぎました。


 「なんだアコこれっ!!」

 「………あの子…」


 思い出しました…シャキュヤの放った光を初めて見たとき、なんだか見覚えがあると思ったことを。

 あれは、今のようにアプロに抱きかかえられて空を飛んでいたとき、不意に襲いかかってわたしたちを未世の間に引きずり込んだときの、あの光……っ?!

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