第82話・言なき盾に守られて その1
「こんにちはー。アプロいますか?」
風邪も治り、元気になったわたしはアプロの元を訪れてみました。
まあ言うなれば快気祝いみたいなものです。差し入れ代わりに、フルザンテさんのお店で仕入れた十年ものの逸品を持参という、わたしにしては珍しい大盤振る舞いです。
ていうかアプロにお酒もってくなんて、わたしにしてみたら鬼の霍乱です。自分で言うな、って気もしますけど。
「…あ、カナギ様…その、主は…ええ、その…」
だというのに、玄関に取り次ぎに出てきたフェネルさん、珍しく歯切れが悪い。
あ、まさか……。
「あの、もしかしてわたしの風邪
「いえ、そういうわけでは。ただ、来客中でして」
「あ、そうなんですか…残念です。お仕事の邪魔しちゃ悪いですしね。これ、快気祝いなのでアプロにあげてください」
と、持ってきた箱入りのお酒をフェネルさんに渡します。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません…ああそうです、公の来客としてではなく、私の来客としてご案内しましょう」
「…いいんですか?」
「カナギ様を執務室にお通しするな、という御諚でしたので、私室にご案内する分には、問題ありません」
「あはは…フェネルさんでも詭弁を弄することあるんですね。じゃあ遠慮なくお邪魔します」
「どうぞ。応接間には今お通しできませんので、主の私室にご案内します」
なんともくだけたとゆーか物わかりのいいフェネルさんでした。今まではここに訪れると、魔王討伐の勇者に付き従う仲間、という接し方がわたしには多かったのですが、最近はアプロの友だちとして認識されてるようで、結構なことです。
そして案内されたのはアプロの私室…というか、仕事を持ち込まないアプロの個人的な部屋、というところです。執務室なんかと違って、アプロの私服とか本とかがとっちらかってる…こともない、まあちょっとお堅い女の子のお部屋、って感じですね。
「どうぞ中でお待ちください。私はこちらに入ることを許されておりませんので、申し訳ありませんがお茶はお持ちできません。お手数をおかけしますが、取りに来て頂けますか?」
「はい、構いません。後でうかがいますね」
「よろしくお願いします。では」
部屋の近くまで連れてきてもらい、フェネルさんは引き返していきました。
こーいう、主の公務とプライベートをきっちり分けてるところは、まったく有能な執事らしいお仕事です。執事…ってのとはちょっと違うみたいですけど。
わたしは…まあフェネルさんにオッケーはもらったとはいえ、アプロの留守中にお部屋に入るのもちょっと躊躇はしますので、その辺をぶらりしつつお台所へ向かいます。
料理の勉強で何度かお邪魔したので場所は分かってます。なのでちょいと遠回り。
この屋敷、内庭が広くて季節の変化を感じ取れる木々がいっぱい植えられてるんですよね。日本人としては四季の移ろいを目と肌で感じるいい機会なのです。草原のど真ん中にある街の中とは思えないのです。良い仕事してます。
…などと、我ながららしくねーこと考えつつ歩いていたら、どうやらお仕事エリアに入り込んでしまった模様。
まあ怒られるようなことはないと思いますが、アプロのお仕事の邪魔もしたくないので回れ右をしたわたしの背中から、初めて聞く声。
「……おお!そこにおられるはもしや噂に聞く、針の聖女におわしますか!」
…あー、またなんか騒がしいお客さんですかね。アプロも大変ですねー、毎度毎度賑やかで口さがない来客の来襲を受けて。
折角今日はよいお酒を持ってきたんですから、ちょびっと、深酒にならない程度にいー感じに酔って、気持ちのいい夜を過ごしてください。ぐんない、アプロ。
「…お待ちください!どうか一言…いえ、ひと目のお目通りを!針の聖女、アコ・カナギ様!!」
…あー、同姓同名とはややこしい話ですねーわたしと同じ名前のひとなんてそー滅多にいるもんじゃないですけどどんな顔してるんでしょうかいえ別に会いたいとは思いませんのでお構いなくはいわたし当分鏡とか見ないよーにしますのでっていうかわたしじゃないですはい針のナントカなんて知り合いいませんからいませんてばいませんって言ってるじゃないですくわっ!!
「…なんでいるんだよアコっ!……もー、折角押し止めてたのに無駄になったじゃんかー……」
…更に後ろからアプロの声が聞こえる段になり、さすがにわたしも無視出来る状況ではなくなったのでした。困った…。
「フィルスリエナのマギナ・ラギと申します。いや、今ほどはお見苦しいところをお見せしました」
「…えーと、アプロ?」
んな固有名詞を二つ並べられてどこの誰さんです、なんてわたしが認識出来るわけもなかったので、アプロに説明を求めます。
お馴染みのアプロの執務室(応接間にいたらしーのですが、場所変えしました)、その応接セットに腰掛けて、わたしはアプロの来客とやらにどーにも押しつけがましい自己紹介を受けてます。
「…あー、フィルスリエナというのは、ここと交易路で繋がった隣の国。そこの教会から時々使者がやってくるんだけど…アコに会わせたのは初めてだしな」
「へぇ…」
と、これはわたし素直に感心したのでした。
だって、隣の国からわざわざアプロを訊ねてくるだなんて、まったくこの子もワールドワイドになったものです。
「いや、アプロニア様にはしつこく求めておりましたが、この度ようやくお目通りが叶い至誠天に通ずと、まこと感謝の極み…」
「はあ。よく分かりませんけど遠いところよーこそ、です。あ、申し遅れました。わたし神梛吾子ともーしまして、この街でお針子やってる者です」
どーぞよろしくお見知りおきを、とは思いもしませんでした。だって見るからに厄介ごと背負ってるよーにしか見えないんですもの、このひと。
マギナ・ラギと名乗ったちょーしのいい男のひとは、年の頃三十、ってとこでしょうか。二十代後半より上の男の人ってあんまり見分けつかないので、実際どーかは分かりませんけど。
見た感じ、旅支度のまんまですので、この街に着くや否ややってきた、ってところなんでしょうけど、何をそんなに急いでいるのやら。というか、教会のひとならマリスのところに行った方がいいのでは?
「アコ、悪いけどあんまり細かい話してられないんだよ。顔合わせが済んだから席外してくれると…」
「いやいやいやお待ちを!我が願いがようやく叶ったというのに無体なことを仰る、アプロニア様は。どうか針の聖女よ、東方三派の力となって頂けるよう、お力添えを心より望むものです」
とーほーさんぱ?なんですそれ?
ワケが分からず首をひねりまくるわたしの隣で、アプロは苦り切った顔をしておりました。
うん。これ、めんどくせーこと確定です。
・・・・・
「………」
沈痛な表情で黙り込むマリスでした。ていうかこの子のこんな表情見るのはじめてな気がします。
ちなみに隣に立つマイネルも表情においては大差ありません。これだけ渋い顔してるのは、マクロットさんにお酒に誘われた時くらいのものです。いえ、あのおじーさん、酒癖悪くて。基本的には対男性に限るので、わたしに実害は無いんですが。まあそれはどーでもいいこととして。
「……わりー。来るの分かってたけど、アコを止められなかった」
そして珍しくアプロがマリスに頭を垂れてました。
あの、アプロがそこまでする程の事態…なんでしょうか?これ。
「アコ殿はそろそろご自分の影響力というものを自覚した方がよろしいと思うのですがな」
「いえあの、言っちゃなんですけどわたしの影響力とかそんなこと言われましても。自分で吹聴してるわけでもないんですし。ねえ?」
と、ここはなんだかわたしの自慢をしまくってることの多いアプロを横目で見つつ、グレンスさんにそう言います。
「~♪」
アプロはとぼけて口笛なんぞ吹いてましたけど。
「……経緯はともかく、アコが自覚無いというのが一番困りものなんです。アプロニア様がこのようなことにアコが巻き込まれないよう、これまで手配しておりましたけど、それと関わりなくアコの名声というものが高まっていて、特に先日の、教会の手配による魔獣撃退で殊の外話が大きくなってるんですよ」
「それこそわたしの知ったこっちゃない…って言いたいとこなんですが、そもそも教会って何なんです?よく考えたら、わたし知らされてませんでしたし、マリスやマイネルを見てるとけっこー呑気な組織に思えるんですけど」
教会の応接間でそう言ってのけたわたしに対し、一同は「うーん…」と唸って黙り込みました。なんかわたしに失礼な雰囲気ですね。
「…まあそれは、アコが気にすることじゃないよ。アコは自分の出来ることに専念してくれればそれでいい。僕らにはそれが一番助かるんだ」
その時最初に口を開いたのはマイネルです。
別に彼が言ったから、ってわけじゃねーですけど、その言い草にわたし、ムカッ。
「そーいう言い方はないんじゃないですか?わたしだって皆の役に立ちたいって思ってるんです。一人だけ仲間はずれとか、そーいうのは面白くないですよ」
「アコ、僕は別にそんなつもりじゃ…」
「分かってます。ただ、わたしだけ知らない子扱いされてふて腐れてるだけですから、理由があるなら知らないままでいます。その代わり、わたしの出来ることってそーいいうことでしかない、って思うしかなくなります」
…あー、なんかやってしまった…。こんな言い方したんでは、子供が駄々こねてるみたいに思われますよね…自覚無くも無いですし。
けどやっぱりですね。半人前扱いされてるみたいで、何度も言いますけど面白くはないんですよ。もしかしてこの場にゴゥリンさんがいたら、またわたしを叱ってくれるのかもしれませんけど、今日のところは姿も見えませんしね…。
「…わかりました。あまりアコの耳に入れたくはない話ですけれど、わたくしたちの背景というものを理解していただくいい機会かもしれません。アコ、わたくしの一存でお話はしますが…その受け取り方はアコ自身で判断してください。いいですね?」
「えと、なんだか不穏な話になりそーなんですけど。どういうことです?」
「わたくしたちは我が身の正しさにそれほど自信があるわけではない、ということです。あるいは間違っているのかもしれない、と常に自問しつつ判断はしていますから、アコはアコの判断に従ってください。それでわたくしたちと袂を分かつことがあっても、恨みはしませんから」
…またなんとも重たい話ですねー。
けどマリスは一つ勘違いしてます。わたしの判断って言ったって、そんなもの一つに決まってます。
わたしは、わたしの好きなひとのことを全力で応援するだけです。これがわたしの覚悟、ってやつなんですから。
「それはそれでありがたいお話ではありますけど…」
と、わたしの力強い宣言も、マリスの困惑を招いただけのようでした。
うーん…何て言えば分かってもらえるんでしょう。
「…ええと、とにかくですね。まず話を聞かせてください。それによってマリスやマイネルへの態度変えるなんてこと、ないですから。それだけは安心してください」
「アコ-、私には?」
「アプロにどう接するかなんて、今更変えようがないでしょーが。分かりきったこと聞かないでください」
口を挟んできた隣の席のアプロには、なにゆってんですかあなた、みたいな顔を向けときます。
なんだかそれで微妙な顔をしてましたけど…一体何なんですか今日は。
「…アコ殿がそこまで覚悟を決めておいでなら、
「………分かりました。ほんと、わたくしも今更に思えますが、お話しておきましょう」
この部屋には今更がいっぱいです。
そんな顔つきでわたしは、マリスの語る言葉に耳を傾けるのでした。
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