第81話・それはきっと彼女の決断だった
風邪をひきました。
またか、との声が聞こえてきそーですけど、今度は心当たり全然無いんですよね…まあ確かに今回も長旅の後で疲れてたというのはありますけど、前のこともあったので、そこんとこは注意して栄養も休養も充分とってたはずなんですけど。
「いろいろとアコもさ、考えこんだりしてたから知恵熱が出たんだろー。ほい、果物なら食べられるかー?」
「あい。すみませんねぇ、領主さま直々にお見舞いとかー…」
というか、
「フェネルなら出張に出てるからだいじょーぶ。今日は一日つきあうからさー。あ、邪魔なら外しとくけど?」
「邪魔ではないんですけどねー…でも
「ん、アコが言うならそーする。何かあったら呼んで」
「…あい。おやすみなさい…」
「おやすみ、アコ。いい夢見ろよー」
なんだかいつぞやのベルみたいなことを言って、アプロは隣の自分の部屋に行きました。
でも、すぐ近くに誰かいるというのはそれだけで安心出来ますし、ベルに助けてもらった時みたくヘンな夢は見ないで済みそうです。
薬は…と、実はわたしの体に合うかどーか分からないので、飲まないようにしてるんです。けど、なんだかもう今さらって気がしましたので、熱冷ましだけもらって、あとは寝るしかないかなーと。
外は雨です。風邪をひいたときの雨って、なんだか落ち着くー…うん、気分は悪くないですし、寝てしまいましょう。おやすみ、アプロ、ベル。次起きたらいー顔で会えるといいなー…。
・・・・・
…夢だと分かってみてられるのは安心していられるんですよね。
けど、真っ暗闇の中で一心不乱に何かを見て書き付けてる、ってのは何の暗示なんでしょうか。
いえ、わたしがやってるわけじゃなくて、誰かがそんなことをやっていると分かる、ってだけなんですが。
でも何か最近そんな話をしてたよーな、しなかったよーな…と思ううちに、どこかから声が聞こえます。
『それで最後だな』
…聞き覚えがあるよーな声でした。
いえまあ、わたしの夢なんですから聞き覚えがあって当たり前なんでしょうけど、それにしたって夢にしては妙にはっきりしてて、声の主を夢の中のわたしは捜してみるんですが、どこにも姿形は見えず。
『迎えが、来る。繋いでおけ』
はあ。迎えが。そうですか。
…誰が、誰を、迎えに来るんですか?
と思ううちに、書き付けをしていたひとは立ち上がり、声の主に向けてこう話しました。
『…わたしは、わたしになれるのですか?』
…こちらの声には聞き覚えありません。
ですけど妙に…嫌悪を覚える声です。なんか、自分のいやなところを見せつけられた時のような、消化出来ない嫌悪感に似たものです。
『これからはお前がお前だ。思うままに振る舞え。そしてそれが、
なんのこっちゃ。
ただの傍観者なわたしにはさっぱり理解出来ない会話はそれで終わり、立ち上がった誰かはただ立ちすくんでジッとしてます。
声だけのひとはもういないようで、暗闇の中はそのひとだけになります。
それでどれだけ経ったのかは分かりませんが、あ、来るな…とわたしが根拠無く思ったと同時に、「それ」は起きます。
暗闇に光が射し、それは一筋の線になり、やがて太くなって広がって、ひとが一人通れるくらいの幅になると。
その向こうから聞こえてきたのは…。
ぱちくり。
まさにそんな感じで目が覚めました。
「あ…」
そしてわたしの顔を覗き込んでいたのは。
「…ベル?何してるんですか?」
「………お見舞い?」
「なんで疑問形なんですか、もう…」
覗き込んでいたどころか、もう口づけまであと一秒、って距離で首を傾げると、ベルはいつも通りの、無表情の向こうに感情を見せる顔でわたしから顔を離していきました。
「アプロは?隣の部屋にいたと思うんですけど」
「起こさないようにそっと入ってきたから。多分寝てると思う」
「…まああの子も疲れてるでしょーしねー…そっとしといてください」
「わかってる」
わたしは体を起こして、上半身をぐりんぐりん動かしてみます。
うん、熱は下がってますし、あっちこっち痛かったのも治まってますね。治った…わけじゃないですけど、薬が効いたみたいです。
「アコ、今度は悪い夢を見なかったみたい」
「そーですね。ヘンな夢は見ましたけど、ベルに助けてもらうような夢じゃなかったみたいです」
「ヘンな夢?」
夢というものは起きた途端に忘れるもの…とか聞いた覚えがありますが、何故か鮮明に覚えていた、夢の中でみたものをベルに話して聞かせました。
「……そう」
「…ちょっと思わせぶりすぎません?その態度は」
「アコが何を言ってるのかわからない」
ベルは一見無表情ですけど、親しくなると考えてることはいろいろ表れるんですってば。だから努めて無表情になってる今は、何か隠し事をしてるってすぐ分かるんです。
「…もう私はアコに隠し事の出来ない身」
「別に追求したりしませんから無理に隠そうとしないでくださいって。ん、っと…お腹空いたので何か作りますけど、ベルも食べていきますか?」
「私はアコの誘いを断れない女…」
「ああはい、ベルもお腹空いてるんですね、分かりました」
病人にご飯作らせるのってどーなんだろ、と思わないでもないですが、そこまで具合が悪いわけじゃありません。
外も大分暗くなってきてましたし、いい匂いに釣られて起きてきたアプロがベルとケンカしてるのを横目に、夕食の仕度をするわたしなのでした。
「それ、こないだの話となんか関わってないか?」
「こないだの話とゆーと…ええと、手紙の話ですか?」
「………」
わたしの体調に合わせて夕食は消化の良いおかゆです。大麦の粥に滋養のつきそうなものを加えて、あとはてきとーにサラダみたいなものなので、アプロはともかくベルには物足りなそうでしたが、まあ流石にここで文句を言うよーな子じゃないので、静かに食べてます。
「そう。アコの手紙を誰かが翻訳してたんじゃないかー、って話と辻褄が合うよーな気がするんだけど」
「夢で見たひとが手紙を翻訳してた、ってことですか?…ちょっと強引すぎません?」
「だってさ、」
と、匙を振りつつアプロは続けます。お行儀悪いんですけど、お姫さま生活しててもこーいうとこ直らなかったんですかね、アプロは。
「まるで見てきたみたいにハッキリしてんだもん。実際アコが見た光景かもしれないじゃんか」
「それこそおかしい話ですよ。仮にそうだとしても、なんで日本にいたわたしがその光景を見れるんですか。それならむしろ、アプロとした話に触発されて、そんな夢を見てしまった、って方がまだ説明つきますよ」
「そーかなー…なぁんか引っかかるんだけど…」
「………」
ゆーてもですね、わたしにも間違いのない解釈なんか出来ないんですし、これ以上話しても仕方ない気がするんですけどねー。
「………」
「で、ベルニーザ。さっきから一言も話さないおめーの見解は?」
まあそいうことで。
わたしとアプロだけ喋っててベルがずっと黙ってるだなんて、何か知ってて黙ってます、って白状してるよーなものですし。
「………」
「…ま、いーけどな。またどうせ機会だのなんだのではぐらかすんだろーし」
ベル、匙を咥えたままアプロを睨んで…睨んでるんですよね?なんか目付きがキツイですし。いえまあ、アプロの言い方も大概挑発じみてはいるんですけど。
「………アコ。体調、問題無い?」
「え?ああ、大丈夫ですよ。薬は避けてましたけど、普通に効くみたいですから、あとは無理しないでゆっくりしてます。心配してくれてありがとうございますね」
「ん。でも気をつけて。体は大事」
「…だな。私の姉ちゃんも死ぬような病気はなかったけど、体弱くてよく寝込んでたし」
「アプロ、お姉さんいたの?」
「まーな。もう死んだけど」
「そう」
…静かになってしまいました。
まあそりゃそうですよね。
ただ、アプロもベルも、なんだか計算尽くでこういう空気にした感はあって、どーいうつもりなんだか。
「ん、ごちそうさま。私は帰るけど。アコ、病気なのに食事の仕度させて悪かった」
「まったくだ。そう思うんならおめーはもう少し来るのを控えろ」
「こら、そういう言い方がありますか。ベル?わたしは構いませんからいつでも来てくださいね」
きっとわたしが苦しんでいるだろうと思って来たのでしょうから、邪険にも出来ません。それ以前にベルなら大歓迎ではありますけどね。
ですけど…。
「…うん。二人に悪いから、しばらくは顔を見せないでおく。じゃあ」
「え?あの、ベル、別にわたしそーいうつもりは…」
「お、おお。なんか…まあその、私もおめーが嫌いで言ってるわけじゃねーから…」
弁解じみてはいますが、アプロも戸惑ったようにそう取り繕うと、
「ふふ。アプロはツンデレ。また」
と、ベルはいつか言ったようなことを微笑みながらまた言って、部屋を出て行きました。
わたしたちはぼけーっとそれを見送るしか出来ず、ようやくアプロが口にしたのは。
「……なあ、アコ。つんでれ、って…なに?」
とかいう、割とどーでもいいことでしたけど。
「……ちょっと説明が難しいです」
わたしはそんなことでも言葉に詰まり、アプロをすっきりさせることもかなわずに。
そしてしばしの間、アプロがくしゃみをするまで二人してぼーっとしてたのでした。
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