第26話・はたらく聖女さま その6

 「ふふふ、聖精石の糸を用いてあると申したではありませんか。わたくしの力を大きく増強して、これくらいのことが出来るように作られているのです、この衣装は」


 なるほどー、あれですか。なんか男の子向けのアニメで言うところのパワードスーツとかいう感じの、アレ……って、なんか本格的に何でもありな感じになってませんか、聖精石。


 「…そんなもの作れるなら大量生産して衛兵さんたちに着せた方がいいんじゃないですか。穴塞ぎももー少し捗ると思うんですけど」

 「アコも無理をいいます。この子ものすごくお金かかってるんですよ?わたくしの成長に合わせて大きさ変えるたびに教会の経理のひとが心労でたおれるくらいですのに」


 無茶苦茶しますね…。


 「あれ?ということは別にクマのぬいぐるみである必要ないのでは?マリス様を守るためならもっと厳つい形でも良さそうなんですが」

 「あの、そこはそれ、わたくしの意向もちょっとは反映させた結果といいますか…」


 白状しやがりましたよこの子。まあ本当にどこかの変身ヒーローみたいにして殺伐とするよりはいいんでしょうけど。


 「…まあいいです。で、この有様は一体どーいうことなんです?モトレさん、なんかいきなり狐憑きみたいになって襲いかかってくるのも織り込み済みだったってことですか?」

 「そうですねえ…このひと、こうして予言が降った直後、必ず自我を失ってよくぼーのままに行動するようになるんです。アコとわたくしの身の安全のために用意はしてましたけど、あらかじめ教えておくべきでしたね」


 まったくですよ、と文句の一つも言いたいところでしたが、着ぐるみの頭を抱えた格好で、ぺこりとごめんなさいをするマリスが愛らしいので、それに免じて勘弁してあげるわたしでした。


 ともかく今は、こーしたアホな騒ぎを起こしてまで手に入れた予言とやらの内容を吟味するべきでしょう。


 「む、私は一体何を」

 「起きたようですわね。モトレ、あなたいい加減予言の降ったあとに前後見境無くなるのなんとかしてください」

 「そう申されましても、マリス様にぶっ飛ばされるのはご褒美なわけですし」

 「毎回こんなことやってるんですか、マリス様は」

 「毎回ではありませんよ…ほんと、時々ですってば。わたくしがいないと予言降ろすのイヤだ、って駄々こねるんですからこのひと」


 そりゃまあ、力尽くで止められるなら衛兵のゴツイ男のひとたちより、着ぐるみのマリスの方がまだマシ、って気持ちは分からなくもないですけど。


 「しかしそうは仰いますがマリス様、私も特に報酬も無くこのようなことを続けているのはマリス様の拳に撃たれることこそ我が至福であるが故ですし!」

 「だから報酬はちゃんと提供するから普通にやってください、といつも言ってるじゃないですかぁ…」


 ただの変態だったようです。

 ていうかこの件これ以上触れてると話進まなそうですね。この場でただ一人の常識人として、わたしは先を促すことにします。


 「まーそういう込み入ったお話は二人きりの時にゆっくりやってください。えとモトレさん?今降ったとかいう予言について、教えてもらえます?」

 「イヤですよこのひとと二人きりになるとか?!」


 被り物を脱いだマリスが、髪を振り乱しながら本気で嫌そうに言いますが無視します。


 「ふむ、針の英雄にそう言われては是非もない。お話ししましょう」


 だからそれはやめい、っちゅーに。




 「二種類、ではなく三種類、ですか?」


 予言の内容、というのはいつも聞いていたような、いつにどこそこで穴が開く、みたいなものとは多少違いました。

 いえ、内容としては確かに次にこの街の近くで開く穴についてのことだったのですが、それ以外に、


 「その通りです。第二の穴はもとより、第三の穴がこれから増えていくので心せよ、という内容でした」


 という内容が、含まれていたのでした。


 「…二種類ある、というのはこれまでの経緯からして考えられることでしたけれど、三つ目の種類がある、というのはちょっと解せませんね」

 「わたしからするとむしろこれまで二種類観察されていた、という方が不思議なんですけど、どう違うんです?」

 「ああ、アコには知らされてなかったのですね。アプロニアさまもけっこー適当ですから…」


 まあそれは同感です。といってわたしたちのやることなんて、穴が一種類でも二種類でも一緒ですしね。


 「こないだアコに話した通り、教会の記録にもあった、魔獣の出現する穴というのは昔からありまして、どちらかと言えば人間に対しては必ずしも害意は感じられない、野生動物のようなものが出てくるものだったんです。ただ、極端に数が多かったり、害意は無くともやたらと力が強くて危険だったりはしたのですけど」


 ふむふむ、害獣がほいほい出てくるってヤツですね。


 「そして近年見られるようになってきたのが…人間に対して好戦的と一概には言えませんが、ひとの活動に対してちょっかいかけるような魔獣です。それも、出現の規模や位置、時期を考えると、どうも何かの意図を疑えるものばかりで」

 「意図?」

 「ひとの生活を脅かすような場所や時期を狙っているとしか思えないような、です。もっとはっきり言ってしまえば、嫌がらせをされてるんじゃないか、って思えるような、ですね」

 「左様」


 と、モトレさんがマリスの言葉を継いで言います。


 「予言、としてあらかじめそれらは知らされるものは悉く、マリス様の仰ったような穴ばかりです。嫌がらにしても、少々タチの悪いものですな」

 「はい。そしていつしか、そのような意図を持つ者をわたしたちは『魔王』と呼称するようになりました。嫌がらせとしか思えない穴の出現規模は年々大きくなり、それは魔王がひとの世界を侵略しているようにも思えるのです」


 なるほど。ベルの言っていた、ひとの世に存在を知らしめるべく活動している、のだとすれば分かる話ではあります。

 まあベルから聞いた話としてマリスには伝えて、ついでにもっとぼかしてモトレさんにも語っておいたんですけど。


 「それが第二の穴、というわけですか?」

 「そうですね。そして第三の穴、というのは…アコが『お友だち』から聞いた話を考えれば、魔獣とは関係のない穴、なのかもしれません」


 ちょっとトゲのある語り口でした。なんかベルの正体を薄々察してしまってるよーな…。


 けど、第三の穴、とやらが単にベルが出入りする穴、というだけのことであれば、あの子がしょっちゅう遊びにくるぞー、ってことのようですし、それほど心配することじゃない気もしますけど。


 「………」

 「………」


 …言えませんねー、そんなこと。やたらと深刻ぶってるこの二人にそんなこと言ったらすごい勢いで怒られそうです。


 「ま、針の英雄にとっては今のところ気にするものでもありますまい。その手にある…宝具とすら呼んでも差し支えない針は、嫌がらせであろうがなんであろうが、魔王の意図を挫くものですからな」


 まあその第二の穴、に関しては、ですけどね。

 けどわたし、いつまでこんなことしていないといけないんでしょうかね。そろそろ日本に帰りたいなー、と思わないでもないですし。


 「魔王」ですかー。

 ベルの父親、というと意外に気易いひとかもしれませんし、直接「あなたどーいうつもりなんですか」と問い詰めてみたくもありますが。


 「ともかく、今日降った予言については確かに承りました。アコ、いつもいつも済みませんが、またよろしくお願いしますね」

 「はあ。けどなんかこのキリの無い状態もなんとかしたいとこですよね…」

 「ふむ、流石は我が英雄。この世界に安寧をもたらすべく力を尽くそうとは」


 そんなこと言うてませんて。ただわたしは、日本に帰れないならなるべく平穏に過ごしたいだけです。

 ただそんな後ろ向きなことを主張する場面でもないよーですので、わたしはもう一つ気になったことをだけ、聞いておくことにします。


 「…ところでモトレさんに予言を伝えてくるのって、一体誰なんです?それにモトレさん以外にもその、予言が降る人っているんですか?」

 「ほう、我が事に興味を示して頂けるとは光栄の限り。いいでしょう、今こそ全てを詳らかに…」

 「いーから聞いたことにだけ答えてください。そろそろお腹も空いてきたので帰りたいんです」


 お昼も過ぎた頃合いですしね。アプロに差し入れ持っていって少しは機嫌をとっておきたいですし。


 「…針の英雄がつれない」

 「アコ、それについてはわたくしから説明します。ただ…わたくしもお腹は空いてきましたしね。帰りながらお話することにしましょう」


 なんだかモトレさんがぜつぼーてきな顔になってました。




 それにしても買い食いというものは、育ち盛りにとっては心躍るものです。


 「よふぇんをふはふぁえうもふぉはほはひふぉいふのへふへほ」

 「マリス様、お口のものを呑み込んでから喋ってください」


 信徒の人に幻滅されても知りませんよ、もう。


 「…ほうれふふぇ…………はい。ええと、予言を降される者は他にもいるのです。大体どこの街にも一人か二人くらいですけれど」


 ホットドッグのような、パンに焼いた羊の肉を挟んだものを呑み込んでから、マリスは話し始めました。

 相変わらずクマの着ぐるみの格好ですけど、素顔を出しているせいか、すれ違う人々の視線がやけに生暖かいです。


 「つまりこの街にはあのへんた…じゃなくて、変わった人しかいない、ということですか」

 「…残念なことに。まあそれはいいです。それぞれの街で降される予言に従って、穴を塞ぐ手を回しています。それも最近は追いつかなくなってきているようなのですが…」


 まあそうでしょうね…この街の場合、わたしのよーに効率よく穴を塞ぐ手立てもないみたいですし、アプロのとんでもない力もありますから。


 「そうです。アプロニアさまのお力は間違い無く、穴を世界に広げている魔王に対して抗し得る、強い力です。けれどそれだけに…アプロニアさまにかかる負担は増しているといえます。アコ。大変申し上げにくいことではありますが…最近はアプロニアさまのお力と、アコの持つ針の力、合わせて大陸全土に広がった穴を塞ぐ手立てとしようという動きがあります」

 「ええっ?!…あ、あの…それは大変洒落にならない話なんですけどー…」


 今のままでも大概な目に遭ってるわけなのに、これ以上引きずり回されてたまりますかっ!


 「分かっています。個人的な想いではありますけれど、アプロニアさまにそのような役割を押しつけるつもりはありません」


 もちろんアコにも、ですけど。

 と付け足しのよーに言われましたが、マリスの気遣いはうかがえたので、わたしはにこりと笑ってあげました。


 「…アプロニアさまは確かに、この状況に終止符を打つ力を持つ勇者として育てられています。穴を塞ぐ力を持つ針の使い手も得ました。ですが、それだけで全てを解決出来るはずもありません。それが分かっていない人が多すぎるのです…」


 まだ食べかけのホットドッグを両手で持ち、マリスは力なく項垂れました。


 「…アコ。お願いです。あなた自身の身の振り方もあるのでしょうけれど、アプロニアさまがご自身を保つために、その力を貸して頂きたいのです」

 「………」


 その格好で言われると若干深刻さには欠けますけど、普段の天真爛漫なマリスを思うとえらく重苦しい空気ではありました。

 まあでも、わたしの答えなんか決まっているんですけどね。


 「いやです」

 「…え?」


 マリスはわたしの顔を見上げて、わたしの言葉を信じられないとばかりに、目を見開いていました。

 だってですねー、やりたくないことをやれ、と言われて「はい」と言えるほどわたしいい子じゃないですもの。


 「…マリス様にお願いされてアプロの手伝いをするなんてまっぴらご免です。わたしはわたしの都合と意志で、アプロと一緒にいるんです。マリス様だけじゃなく、誰に言われてでもなくやりたいことをやるつもりでいるんです」


 ま、そーいうことです。

 ひねくれた思考回路してるなー、と我ながら思うのですけど、そういう性格なんだから、とここは自分も他人も納得させる他ありません。


 「アコ…さま……」

 「様付けはやめてください、って言ったじゃないですか。それともわたしもマリス様じゃなくて、マリス、って呼びましょうか?」

 「………ふふっ…それはむしろお願いしたいです、アコ。ではアコも、わたくしのことはマリスと呼び捨ててください」

 「いいですよ」


 そうですね。これはむしろ、願ったりかなったりかもしれません。

 どんな才能があるのか知りませんけど、こんなちっさい体でがんばってる女の子を、他のひとと同じように「マリス様」なんて呼ぶの、結構腹が立つじゃないですか。


 事情なんか人それぞれです。でもそれぞれの役割があって、自分でそれを果たそうと思っているのでしたら、わたしとしては力になってあげたいですからね。

 アプロも、マリスも。


 聖女だとか勇者だとか呼ばれて、一生懸命にはたらいている女の子。

 わたしの周りには、応援したい子がけっこういるんです。

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