女勇者さまと、わたし。

河藤十無

第1話・ガール・ミーツ・ボーイ?

 わたしには文通相手がいます。


 …ええと、高校三年生の趣味としては随分渋いとは言われますね。

 ですけれど、この相手の子がなんとも興味深くて…今風に言うと、何でしたっけ…チューニ病、というやつでしょうか?ごめんなさい、わたし、インターネットとか今どきの遊びを知らなくって、適切な表現じゃないのかもしれませんね。両親がずうっと海外で、おばあちゃんに育てられたものですから。

 その代わり、パッチワークとおはじきならお手のもの…話が思いっきり逸れましたね、はい。


 いえ、バカにしているわけじゃないんですよ。

 ただやっぱりなんといいますか、とても想像力の豊かな子でして、アプロニアと名乗っているくらいならまだしも、自分は魔王を討伐するために旅をしている途中だ、苦しい旅ではあるけれど心強い仲間と共に前に進んでいる、って感じの手紙だと流石にですね。

 でもですよ。その旅の内容というのがとても真に迫ってて、読んでいるだけでも情景が目に浮かぶようなんですよ。文章のうまい人って尊敬出来ますよね、わたし的には。


 それでですね。そんな手紙をもらってわたしも頑張ってくださいね、って感じのやりとりをしてるうちに、旅の成功を祈っていて欲しい、という感じのお願いをされちゃいまして。


 とても微笑ましくって、わたしってば思わず勇者さまの無事を願うお姫さまみたいな気分で、そんな感じのことを真面目に綴っちゃいましたよ、ほんと。

 手紙を出した日の夜は、お遊びとはいえすごーく恥ずかしいことを書いてしまったなあ、って枕を抱いて転がったくらいですから。やっぱり、あなたにひと目会いたい、とまで書いちゃったのは流石にまずかったかなあ、って思いますよ。直接来られて「すとーかー」になられたりすると困りますし。




 まあそんな感じで、大学の推薦もめでたくゲット出来たので、結構のんべんだらりと過ごしていた秋の終わりことでした。


 「アコ、今すぐ来てくれ!お前の力が必要なんだ!」

 「はい?」


 あ、申し遅れました。わたし、神梛吾子かなぎあこと申しまして。結構大それた名前のよーに思えるんですけれど、何の変哲も無いごく一般的なさらりーまん、の娘です。ちなみに一人娘です。あと、夫婦揃って一年の九割を海外に行っているのが一般的かどうかは別とします。よくそんな家庭環境で品行方正に育ったな、わたし。


 「ああ、時間がないのは分かってる!とにかく、来てくれるのであればこの手をとって欲しい!判断は…おまえに任せるが、可能であれば力を貸して欲しいのだ!」


 そんなわたしの目の前で、何ごとか仰ってくれやがるこのヒトは、なんなのでしょう。

 受験戦争からの待避に成功したのに勤勉に勉強していたわたしに対するあてつけとしては、少々手が込みすぎじゃないでしょうか。


 というかですね。

 この部屋、マンションの十五階なんですが。

 どーしてそんなところに、窓から入ってこられるのでしょうか。


 眉間に親指と人差し指をあててしばし考え込むわたしなのです。


 とはいえ。


 この、どこから入ったのか分かりませんが、こんなじょーきょーでさえなければ、そこそこ見目麗しい少年…ですかね?あんまり自信ないんですけど。

 とにかく薄い栗色の髪が印象的で、ちょっと褐色入った肌の色はエキゾチック…ってやつでしょうか。

 そして、お顔もとてもきりりとしながらわたしよりも年下に思えるあどけなさも感じられて、ほんの少しばかり見入ってしまったわけでして。

 まあ気になったことといえば、髪が長くて男の子なのか女の子なのか、分かりづらかったところなんですが、顔だけなら九十五点、ってところかなあ。


 …いやいや、そうじゃないでしょ、わたし。

 何がおかしいって、十五階のわたしの部屋の、開いてもいない窓から入ってきたこととかよりも、その格好、です。

 なんですか今どき鎧兜って。

 日本のものとは違うみたいですけれど、アーサー王で五月人形作ったらこんな感じになるのでは?みたいな姿です。


 そんな格好のひとに無断で部屋に入られて、わたしのやることなんてただ一つです。

 通報です。

 118番です。

 違いますそれは海上保安庁でした。

 110番です。


 わたしはすぐさま愛用のスマートフォン(高校入学のお祝いに買ってもらったものを使っているのです。わたしは物持ちがいいのです)を手にとって、110番を打とうとして…。



 「そうか!、我が手をとってくれるか!さあ、行こう!」


 …足を滑らせすっころんだ勢いで、片手を預けてしまったのです。

 その、わたしに手を差しのべていた、西洋五月人形さんの片手に。


 「少し目眩がするかもしれない。気分が悪かったら目をつむっていてくれ。行くぞ!」

 「あ、あの?」


 西洋五月人形さんは、わたしの腕を思いっきり引っ張って、窓の外に飛び出しました。


 ん?窓の外?

 っていうか、ココ十五階…っ?!

 待って待って待ってぇぇぇっ!!


 ひやぁぁぁぁぁ、とかいう情けないわたしの悲鳴は、誰か他の人に聞こえたのでしょうか。

 聞こえなかったことを祈ります。だって、最後の言葉がそんなんじゃ、あんまりにも情けないじゃないですか。

 恨み言ならもう少し、それらしいことを言い残したかった…そんなアホなことを考えていたら、わたしの意識は遠のいてしまいました。ぐっばい、マイ青春。一度でいいから値段を気にせずマカロンでお腹いっぱいにしたかった。

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