第2話・勇者さまご一行というより、あるいはどこかで見たような悪役三人衆
日曜の寝覚めはいつも安らかです。
ちょっと前までは土曜日も学校はお休みだったと聞きますが、そんな話を聞くとうらやましくなってしまいますね。出来ればその頃に学生やりたかったものです。
まあだからこそ、惰眠をむさぼれる日曜日に焦がれ恋をしてしまうほどなのですけれど。
「さっきから何をわけの分からないこと言っているんだ、アコ」
…えー、分かってますよ。これは現実逃避というやつですから。はい。
わたしは仕方なく起き上がり、天幕…というんですか?テントの親戚みたいな、布で出来た小屋の中で包まった毛布からもそもそと這い起きます。いつも出発前に干しているので、ことのほか臭くないのが救いです。
「アプロー、ご飯は?」
「たまには自分で作ってみないか?」
「ガスコンロも湯沸かし器もないのにわたしにどーせえと」
「…わがままな奴だなあ」
とりあえず朝ごはんはアプロの作るいつものやつになりそうです。
まあ嫌いではないのですが、同じものが続いているので、少しばかり食傷気味なわたしなのでした
さて、わたしを起こしてくれたこのコが、アプロニア。
わたしの文通相手、でした。
でした、というのはそのー…わたし、相手が小学生くらいの男の子だと思ってたんですよね。
だってそうじゃないですか。ぼくは勇者だ魔王を退治するんだ、とかおもろ…えーと、幼いことを自慢してくるとか、かわいーものだと思いますよ。ええ。
…なんですけどね。まーさーかー、一応わたしより年下とはいえ、女の子だとは思ってもいませんでしたよ。それも、男の子っぽい衣装のよく似合う、それでも、それでも…美少女といって差し支えない容貌の、です。
諸手を挙げて美少女、と断言できないのは、主にその言葉づかいです。何度聞いてもこまっしゃくれた男の子のもの、そのものです。
まあ似合ってはいるんで、いいとは思いますけど。
「うーん、今日は肉というより豆という気分かな。メソシア豆のヤツ、無かったっけ…」
何か聞いたことのない食材の名前が出てきました。わたしはちょっと不安になりつつ、お外に出ることにします。
天幕を出ると周りは見事なまでの草原。えーと、地球で言うとモンゴルとかいう感じでしょうか?草と土の匂いが芳しい、日本人にはあんまり馴染みのない環境なのです。
一方で文明の香りのないこの世界は、テラリア・アムソニアというそうです。国の名前なのか土地の名前なのか、あるいは世界そのものの名称なのかは分かりませんが、そこのところわたしにはどーでもいいといいんですけどね。
「おはよー、アコ。よく眠れたかい?」
元気にラジオ体操を始めたわたしにかけられる声がありました。
振り向くと、背だけは高いひょろっとした青年と呼べそうな男のひとがいます。ぶっちゃけ顔はナイスです。色白というより青白いお顔で、わたし基準では「美」の字を冠するには少し足りないのですけれど。
「おはよーございます、マイネル。よく眠れるのはいいんですけど、そろそろ空腹で目が覚める、っていうのは勘弁して欲しいですね」
「なんだい、そりゃあ」
よくお腹がすくのは健康の証し。
子供のころからおばあちゃんにずぅっとそう教わってきましたから胸はって言ったんですけれど、おかしなことをいうやつだなあ、みたいな目で見られてしまいました。失礼ですね。
こちらは、マイネル。いえ、本名はミアル・ネレクレティルス・イェブンチェカ・カイエル、……えーと、あと寿限無二回分くらいあったんですけれど、自己紹介の時に「そんな長い名前、聞いてるうちに日が暮れるわっ!」って逆ギレしたら、「じゃあマイネルでいいよ」ってあっさり言われたものでした。だったら最初っからそっちで名乗れや。まったく。
「マイネルは朝からお祈りですか?お金にもならないのに勤勉なことですね」
「お金になるならない、は信仰とは関わりがないよ。それともきみの世界ではそうなのかい?」
どうなんでしょう?
まあ確かに、いい戒名はたくさんお布施が要る、とか聞いたことはありますけど。…死んだ後のお名前に、いいもわるいもあるんですかね?よく分かりません。
「まあ、お坊さんもお腹ふくらませないと生きていけないですからね」
「それは間違いないけれど、必要以上の金銭は生きるのに必要はないものさ」
どーなんでしょうね。お金で買えない幸せはいっぱいあると思いますけれど、幸せを更に彩ることはできるんじゃないでしょうか。
身に余る財貨は人を不幸にする、なんて格言の真偽について一度マイネルと議論を交わしてみたいところですね。一度でいいから不幸になるくらいのお金が欲しい、が結論になりそうですが。わたし、俗物なので。
昇る朝日に向かって本当にお祈りを始めたマイネルをほっておき、わたしは夜露を集めた水場に行きます。顔を洗うため、なんですが…ふぁんたじぃ、って本当に便利なものですね。寝てる間にお風呂に入れるくらいお水を貯められるんですから。
「あ、ゴゥリンさん。おはよーございます」
「………」
先客の隣に立ってわたしも顔を洗い始めます。
セッケンなどという便利なものはない…こともないらしいのですが、旅の目的には不要とのことで、持ち歩いてはいないとか。
まあ仕方ないですね。そのうち中学生の頃に覚えたサバイバル術にあった作り方を駆使して、皆を驚かせてあげましょう。ふふふ。
「………」
「……あの、つっこみくらいして欲しいんですけれど」
お隣でバシャバシャと顔に水を叩き付けるよーにしているゴゥリンさんは、薄気味悪い含み笑いをするわたしを他所にずっと無口です。
というか、わたしこちらに来てからというもの一度も会話をしたことがありません。アプロに事情を尋ねてみても、「あいつ、無口だからなあ」としか言ってもらえませんでした。
喋れないわけではないらしいし、顔を見合わせれば表情らしきものはうっすらとうかがえるので、意思の疎通は出来ると思うのですが…問題は、わたし、ライオンさんと表情だけで会話したことなんかないということでして。
ゴゥリンさん。本名はこのまんまだそうです。マイネルと足して百で割るとちょうどいいんですが。
こちらは、アプロやマイネルと違って人間ではありません。いえ厳密に言えばそちらの二人も人間とはちょっと違うらしーのですけれど、ゴゥリンさんはも、見た目からして人間じゃなく、言うなればライオンが二本脚で立って歩いているようなものです。
なんでも獅子身族、とかいう少数民族だとかなんとか。でもお陰でここがふぁんたじぃな世界であることを常に意識出来て、わたし的にはちょっと楽しくもあったりして。
ゴゥリンさん、こー見えて結構気遣い出来る人ですしね。
以上、三人が、アプロニアと愉快な仲間たち、の一行なのでした。勇者だとかなんとかいうのもウソでもないとか。
…え、わたし?わたしは被害者ですよぅ。一緒にしないでくださいってば。
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