第163話・魔王、出来 その6
とまれ、その光景を目にしたわたしたちアプロニア組の反応はといいますと。
「…あいつ、何考えてんだ?」
「今魔王、って言ったよね?娘じゃなかったっけ」
「………ぎこちなく見えるな」
…などというよーに、ひどくノンビリしたものなのでした。
だってですね、ベルの格好とゆーと、始めてわたしたちの前に姿を現した時のような、体にピッチリしたローブ姿でもなく、わたしとアプロの見慣れた町娘の装いでもなくて、こぉ、基本的には黒のゾロッとしたあっちこっちが緩い、やっぱりローブがベースなんですけど、尖ったモノが肩とか肘とかから突き出て…あー、そうそうちょっと前のビジュアル系バンドでよくあった光り物を体のあっちこっちに付けた、ってなんでそんな知識あんですか、日本の神梛吾子。
とにかく、学芸会の演劇の中でラスボス感だそうとして盛りまくったために「やり過ぎた」感だけが無駄に募ってる衣装にしか見えないと言いますか。そりゃーそんな格好で出てきたんでは、こっちも緊張感なんて持ちようがありませんて。
「ベル、その格好似合ってませんよ?」
「……アコはうるさい」
なのでわたしも言ってやりましたら、ベルは大変恥ずかしそうに、顔を背けるのでした。かわいー……じゃなくてっ。
「魔王っ?!まさか…魔王が現れたというのかッ?!」
「退避ッ!!隊列を修正……姫殿下をまも…」
「おいまて逃げるな貴様らっ!!俺を置いて行くな馬鹿者!」
その一方、わたしたちを囲む一団からは、てんで勝手に落ち着きのない声が響き、むしろわたしたちがおかしーのではなかろうか、と深く悩む一幕があったとかなかったとか。
そんな感じでしばらく立ちすくんでおりますと、手出しを避けて衛兵隊・私兵団の方々は遠巻きにこちらを見守る体勢になり、いっそ逃げてくれればいろいろ楽なんだけどなー、というわたしの思惑などなんのその。あっちこっちから距離を置いた分強気になった声があっちゃこっちゃから届いてしまい、なんとも頭の痛いことです。
さて、ベルですが。
「…随分とにぎやか。アプロもアコも友だちは選んだ方がいい」
「ほっとけアホ。大体選ぼうにも選んだ友だちが姿消したんじゃ選ぶ甲斐もねーよ」
「………」
分かってるか?おめーのことだよ、と言わずとも自分のことを言われたと分かってるベルは、居心地が悪そうなのでした。
けど…なんだかそんな風に、今まで通りの会話が出来そうな気分です。
わたしは一歩前に出て、アプロのすぐ後ろに立ち、それから懐かしさすら覚えるベルの顔を見て……なんかまたベルの両目が赤くなってます。ですがだんだん分かってきました。あの瞳の色は、ベル自身の意に反して何かをしようとしてる時の徴。なんとなく、そう思えます。
だから、ベルから一方的に別れを告げられた時ほどに焦ることはなく、わたしは静かに語りかけようとしたのですけど。
「あれしきのことで我が身を滅することなど出来ないと…知るべきですね、石の剣の勇者」
…よーもまあ、邪魔しやがってくれるものです。
あなた今お呼びじゃないの分かってるんですか?ファーさんや。
「ファーさんとは誰のことですか。私に言わせればあなたこそ、あの忌々しい街で退場したと思っていたのですがね。さて…」
全身の白い、気品すらうかがえる美しい姿態のファーさんは、こんな時でなければ見とれてもいいくらいに優雅な、それだけに芝居がかった動作でベルに向かって恭しく頭を垂れます。
「魔王ベルニーザ。降臨のこの記念すべき時に、供物を献じるも吝かではありませんが。いかがですか、この場にいる人間の命など?」
そして、周りにいる人たちを、舌なめずりのしそうな視線で見回すと。
うぞぞぞぞ。
…と、わたしたちを囲む輪がまた遠くなりました。無理も無い。アプロがいればこそ安全と思ってたのに、また余計なものが表れて危険度上がったら更に遠巻きです。あなたたち、わたしとアプロのようなか弱い女子に危険押しつけて恥ずかしいと思わないんですか。
「針の英雄。あなたが、か弱い女子?さて、ほど遠いと思えるのですけれどね」
「それはどーも。あなたに言われたのでは、アウロ・ペルニカでの実績に鑑みて実感しか沸きませんて、ファー…何とかさん」
「ファウンビイリットーマ、です。針の英雄」
ファーさんは名前を正しく覚えてないわたしが気に食わなかったのか、しかめっ面(人狼のしかめっ面、ってのもよく分かりませんが)でした。
「えーとまあ、名前なんてどうでもいいじゃないですか。それより幾つか尋ねたいことがあるんですけど。いいでしょうか?」
「なんなりと、とは言い難いですね。今の私は主の命が無ければ指一つ動かすことも叶わぬ立場。いかが致しましょうか、魔王ベルニーザ」
「………」
いや、今の今まであなた勝手に口動かしてて、その口が災いしてアプロに消滅させられたじゃないですか。どーせ穴を塞がないと何度でも復活はするんでしょうけど。
とはいうものの、そこんとこはわたし的にそれほど重要じゃないのです。
さっきからアプロが静かでわたしだけがファーさんと話してた理由、てのはですね。
「ガタガタガタガタうっせえ犬だなッ!!」
「えっ?……アッ…」
アプロが斬りかかる隙を作るためにわたしがファーさんの気を引いていた、からなのでした。
そしてその甲斐あって、ファーさんの横合いから剣を大上段にひと薙ぎ、そして返す刀で横に二往復。
こちらから見ると真っ二つどころか六つになった白狼の魔獣の体は、さっきと同じようにキレイさっぱり消えてしまったのでした。
「…無駄なことをする」
まあどうせすぐ復活するんでしょうけど、時間くらいは稼げそうかな、って。だって、ね。
「ベル、魔王だなどと名乗って何をしたいんです?ほら、ファーさんいませんから本音言っていいんですよ?」
「アコはわけがわからない。私は魔王として君臨する。その為に姿を現した。もう話すことなんか無い」
「そういうのいいですから。ほんとーに分からない子ですね、あなたも。いーから何考えてわたしたちの前から姿消したのか教えなさいってば」
「分からないのはアコの方。いい?私は、魔王。魔王として人類を睥睨し、馬鹿な人間どもを滅ぼす。滅ぼして、世界を救う」
「そんなやけっぱちというか薄っぺらい動機で滅ぼされる方がたまったもんじゃありませんて。大体あなた魔王じゃなくて魔王の娘でしょーが」
「それはその……代替わり?」
「意味分かりません」
「それくらいにしておきなさい。我が主ベルニーザ、そのよく喋る自称英雄など…」
「よく喋るのはてめーの方だ。えい」
「うぎゃぁ」
…なんか視界の外で茶番が繰り広げられてますけどそれはさておき。
「…落ち着いてよーく考えてみたら、やっぱりおかしーんですよ。ガルベルグは人間をそこまで敵視していなかった。むしろ、見守ってきてた…というか、おっかなびっくり関わったり関わらなかったりしてきた。それがどうして今になって、滅ぼすだのなんだの言い出すんです?しかも、自分が前に出ないでベルを押し立てて。わたしじゃなくたって変だと思うに決まってるじゃないですか」
「………」
神託、予言。
形はまあ、妙なものでしたけど、人間世界全体に直接何かするでなし、聖精石という世界を緩慢に…最近は急ピッチかもですが…滅びに仕向ける存在にも、それをなんとかしようという心積もりはあった、らしい。
わたしという存在を生み出した意図はよくわかりませんし。それから、ベルや第三魔獣を生み出したのも同じくガルベルグ。ベルがアウロ・ペルニカに出入りした頃は、なんかお小遣いをもらったとか言ってましたし、何がしたいのか相変わらずよく分からない存在です。
個人的に含むところがあるとしたら、シャキュヤのことです。
強いられたものではあったにせよ、死を迎えたあの子に、なんだかわけの分からない囚われた生を押しつけて、わたしやアプロ、それからグランデアにも、思い入れたっぷり与えておきながら、わたしたちから奪った。それは恨まずにはいられないですけど。
でも、それくらいのものです。
ガルベルグが人間世界を痛めつける動機は確かにあります。世界を回す力を自分たちの利便性だとか利益のために使い消費し、結果的に世界の寿命を縮めている。
その見方は一つにあって、事実を示しているんでしょう。きっと。
それでも、です。
「……ベルっ!!わたし、見つけられそうなんですっ!…聖精石が、石が力を失ってそれでもなお、再生してまた世界を回す力を生み出す途を、みつかるかもしれないって今、思えるようになってるんですっ!」
「……」
「だから、だからもう少し、わたしたちに時間をくださいっ!…ガルベルグは絶望したのかもしれないですけど、石がわたしたちに託した時間、無駄にすることのないように、そう出来るんですっ!」
やれることがあるなら、やりきってしまいたい。
わたしの時間はきっと残り少ないとしても、それよりはひと全体の時間はもうすこしありそうだから。
託して残して、押しつけるようなことになっちゃうかもしれませんけど。
ベルにも、その行き着く先は見届けて欲しいから、魔王だとかなんだとか、そういう負わされた名乗りはさっさと捨てて、思うように振る舞って欲しい、って……負わされた?…そうですね、なんかおかしいですよやっぱり。ベルが、魔王?どうして?魔王たる存在はガルベルグなんじゃないですか?ガルベルグは今どうしているんですか?
わたしは、イヤな予感がします。
いえもともとそーいうヤマカンとゆーか根拠のないアレみたいなものは信じないタチですけど、それでもなんというか、今この場で、色々なものがきっと大詰めにを迎えているだろうに、その時にガルベルグがいない、ということにひどく不吉なモノを覚えるのです。
「…しつこい女ですね。魔王ベルニーザの所信を汚すなど許されることでは…」
「おめーの方がよっぽどしつこいっての。せいっ」
「あふんっ」
…きっ、緊張感に欠けるやりとりしてくれますねー。
「お、出た出た。アコー、狼女の穴出たから仕留めてやって」
「あーはいはい」
まあ、ね。
余計な耳があるとベルだって思うとこは述べられないでしょうに。
きっとガルベルグの意を汲んでベルを祭り上げようとしていただろうファーさんを、とりあえず穴を塞いで第三魔獣としては役に立たないよーにしておきます。
「はい、お終い」
布ではなく、第三魔獣を世界に繋ぎ止める働きをする穴を塞いでわたしは、改めてベルと向き合います。
周囲は、というと固唾を呑んで…には少し遠い空気。ファーさんとアプロのバトルがいまいちシビアさに欠けるとゆーのもあるでしょうけど、やっぱりベルが魔王とか言われても、みんな信じられないんですよ、きっと。わたしの、わたしとアプロの大好きなベルは、魔王なんか務まるような子じゃ、ないんで……す…か、ら…?
「……おい、ベル。何の真似だ」
「魔王たる力を振るおうとしている。それだけ」
林の中は、震撼しました。
木々とか、土とか、湿気とか、この場を構成するいろんなものが震え、響き、わたしたちを畏れさせています。
「………引かせた方がいい」
「みたいだね」
アプロとわたしに一切を任せていたゴゥリンさんにマイネルも、口を出さざるを得ない空気です。
二人は、周囲の衛兵隊、私兵団を下がらせ、わたしたちが無茶をしても構わないようにしてくれます。ありがたいことです。
「…ベル。いや、敢えて言うけどさ、ベルニーザ。魔王ってのは何なんだ?」
「魔王は魔王。未世の間に根ざす力を振るい、世界に仇なす人間を滅ぼす存在。今からお前達は…死ねばいい」
「ベルっ!」
まるでわたしの叫びが切っ掛けになったように、ベルは右手を高く掲げてその先に集った何かを、アプロに振り下ろしました。
「……に宿る力として降り、其の功しき御姿を覧ろうぜんことを、最後に願うッ!!顕現せよ!!」
既に斯くあるは予想していたアプロ。肉体強化の呪言を締め、ベルに飛びかかりました。
「無謀」
「へ、やってみなけりゃ分かんねえだろうが───ッ!!」
わたしにはアプロの狙いが分かりました。根拠はありませんが、ベルがもし本気でこの場の人間を殲滅するつもりであったのなら、他にやり方はいくらでもあったはず。
まだ、まだベルはわたしたちを違えてない。そう信じて、ベルだけを止めようとしたんです。
なら、わたしのやるべきことは。
「マイネル、ゴゥリンさんっ!もっと皆を遠ざけて…この林から出ていってっ!!」
「言われなくても大丈夫だよアコっ、何が始まるかは分からないけど…」
その力のぶつかり合いが次第に風となって、場を揺り動かしつつあります。
わたしは巻き上がる土埃から目を守りつつ、こちらに背中を見せてスタコラと逃げ出すいー歳した大人たちを見送ります。
助かるっちゃー助かりますけど、情けなくないのかなあ、ほんと…。
「アプロっ、何しても大丈夫だからっ!」
「助かるアコーっ、愛してるぅっ!」
臆面なさ過ぎでしょーが。まったく、我が愛しの君ながらちっとは照れとか持ちなさいっての。
「……ふっ」
そして。
もしかしたらこの二人が本気で斬り合うのなんかこれが始めてなんじゃないか、ってわたしの感慨は。
ギィィィンン─────………
「…え?」
この場に響いた、石とも金ともつかぬものが鳴った音でその意味を失わされ。
「……うっ、そ…だろ……?」
それは、ベルの振るった何かとアプロの剣が撃ち重ねられた音で。
「…他愛もない。これが勇者か」
振り切ったベルの得物の軌跡には、無残にも真っ二つにされた、アプロの相棒があって。
つまり、アプロの剣は。
「これで、人間の…いや、少なくともこの国の人間の希望は絶えた。石の剣の勇者、アプロニア。お前はもう、ただの人間。もう、止めてしまえば、いい」
真っ赤な双眸のベルが見下ろす中、アプロは震える両手に柄だけとなった剣を握って、その場に崩れ落ちて。
「…勇者なんかもう、止めてしまえばいい。アプロ」
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