第11話・しんきんぐ・なぅ

 「それについてはゴゥリンに意見があるらしいんだ」


 なんとなく前向きな空気になったところで、天幕の中からマイネルが出てきて言いました。

 続けてゴゥリンさんも出てきます。

 …っていうか、あの中で二人は会話をしていたのでしょうか?だとしたらズルい話です。わたしもゴゥリンさんと「会話」というものをしてみたかった。


 「…なんだよ、とっくに酔い潰れて寝てしまったのかと思ってた」


 だいぶ静かでしたものね。イビキの一つでも聞こえてくるかと思ってました。


 「アプロは僕らを何だと思ってるのさ。ちゃんと援けるために知恵を絞ってるよ」

 「せっかくアコといい雰囲気になってたんだけどなあ…」


 ちょ、いきなり何を言い出すんですか、ってそんな会話でしたっけ?…と思って、それはアプロの韜晦なのだと気付きます。本当にそんな雰囲気だったら、こんなこと言うわけありませんしね、アプロの性格からして。


 …っていうか、こないだの夜のことを聞くいい機会だったのに。なんだかんだ言ってわたしも、気後れはあるみたいです。

 これはもう少し時間を置くしかないんですかね…。


 「そりゃ悪かったよ。で…アコ?どうかしたかい?」

 「ひゃぁっ?!…あ、いえ、なんでもないですよ。で、マイネル。何か考えがあるんです?」


 唐突に名前を呼ばれて慌てました。我ながら締まりのないことで困ります。もーちょっとしっかりしないといけませんね。


 「あー、うん。アコの針のことなんだけどさ、結局あの大きさの裂け目に対してはさ、縫い合わせるのが間に合わないんだろう?」

 「まあ、そうですね。ミシンでもあれば話は別ですけど」

 「みしん?」

 「何だそりゃ」


 「鳩に」豆鉄砲を撃たれたような顔のアプロとマイネルです。


 「あー、ごめんなさい。無いものをねだっても仕方ないですよね。ちなみにミシンとは、すんげぇ高速で縫い仕事が出来る機械です」

 「キカイ…っていうと、からくりのことかい?」

 「あー、そういや城でからくりの時計を見たことがあるなあ。あれで穴を縫い合わせるとか、どうなってるんだアコの世界は」

 「どーなってるもこーなってるも…まあ確かに昔は機械と言えば時計のことだった時代もあったと聞きますが」

 「…なら城の時計をその、みしん、とやらに作り替えられないか?」

 「アプロ…からくりのことはよく知らないけどさ、僕だってそれがどれだけ無茶なことかくらい分かるよ」

 「そーだなあ…あんな高価なもの勝手にとってきたら、怒られるどころの話じゃないだろうし」

 「そういうことを言いたいんじゃないんだけどね」


 うーん、わたしが迂闊なことを言ったせいで話が脱線しまくりんぐです。


 「それは今どうでもいいですって。で、マイネルは何が言いたいんですか?」

 「ああ、そうそう。縫うのが間に合わないのなら、仮止めで塞いておくくらいは出来ないのかな、って。ゴゥリンが言うには、だけど」

 「仮止め…それはまあ、裁縫ならまち針で整えておくのは普通にやりますけど。でもそんなことしたって無理矢理穴の向こうから押し広げられるだけなのでは?」


 わたしは追加で煎れたお茶をマイネルとゴゥリンさんに手渡しながら、失敗したときのことを思い出します。

 縫い揃えていく先が、がばーっと広がってわたしの手元にまでそれが届き、ブチブチと音を立てながら糸が切れていったのでした。


 「ありがと。そこでゴゥリンが言ったことなんだけど。その、まち針ってのを聖精石の針でやったらどうなのかな、って」

 「そんなこと言ったって針はこれ一本しかないじゃないですか。しかもこの針、勝手に糸も出てくる特別なものだって、そう言ったのはマイネルの方ですよ。覚えてないんですか?」


 貴重な針だというのは散々念を押されてます。旅が終わるとわたしはマイネルにいつも針を返してますし、使う時だって、その時にならないと渡されないのですから、そーいう大事なもの、という認識はわたしにだってあります。


 「それは確かに穴を封じることの出来る糸は、その針からしか顕れないのだけどね。でも、単に裂け目が広がらないようにするだけなら、同じ聖精石で作られた針でも可能なんじゃないかな、って」

 「え。あの、もしかしてこの糸って、聖精石で出来てるんですか?」

 「そうだよ?だから毎回聖精石が尽きてしまわないよう、使った後に補充してるんじゃないか。もしかしてアコ、知らなかった?」

 「………」


 知りませんでした。てっきりわたしに預けておくと失くしそうだから、って理由かと思いました。


 「まあアコに預けといたら次の旅に忘れてきそう、ってのもあるんだけどさ」


 台無しです!マイネルをちょっと見直したのに全部台無しです!

 このロリコンやろーは、ほんっとにもー。


 「…あれ?でもさっきはもう糸を通したところも、バリバリって裂けちゃったんですけど。まち針を刺しておいただけじゃ意味ないんじゃあ…」

 「あー、それはな、アコ。呪言をちゃんと締めてないからさ」

 「締める?」


 わたしの当然の疑問に、今度はアプロが答えてくれます。


 「聖精石に働きかける呪言は、最後まで石に伝え終えないと意味を成さないんだ。やり方は聖精石の性質や呪言の内容によって違うんだけど、いつも私が『顕現せよ』って最後に言ってるだろ?あーいうヤツ」

 「…んー、でもわたしそんなの意識してないですよ?呪言、っていっても特に何も考えずに針を通してるだけですし」

 「やり方はいろいろある、って言っただろー?アコがいつも最後にやってる、あの仕草が多分締めになってるんだよ」


 最後にやってる…あー、裂け目を最後まで縫い終えて、歯で糸を切る時の。

 クセでやってるだけだったのに、まさかあれが大事だなんて思いませんでした。

 あ、でもそうなると…。


 「…じゃあ途中で一旦終えて、何度かに分けて縫い合わせるのはダメなんでしょうかね?」

 「どうなんだろうなあ…マイネル、どう思う?」

 「さあ…僕にもなんとも。けど、あの穴を針と糸で縫い合わせる、という形が大事なのだとしたら、やっぱり途中で止めて繰り返す、っていうのは難しいんじゃないかな」

 「え、どーしてです?」

 「聖精石が求めるのはだね、一連となった手続きなんだよ。一つコトをし終えるのには、それぞれひと連なりとなった手続きが要る。そういうものなんだ。だからアプロの大技は、途中で呪言を中断してまた再開する、なんて真似を許さない。聖精石は、始めたら最後までやり通せ、って要求してるんだ」


 難しいこと言うものですね、ただの石のくせしてー。

 わたしはそう思って、針の入っている、腰に下げた巾着袋を見下ろします。


 「悪いことばかりでもないぞ、アコ。その代わりに聖精石は、一つの手続きがちゃんと終えられるよう、力を貸してくれる。私がいつも呪言を始めると魔獣が襲ってこなくなるのは、そういう理由だからさ」

 「その割にわたしに邪魔が入った時にはなーんにも助けてくれませんでしたけどね」

 「そこは聖精石の持つ力の性質や大きさで、出来ることと出来ないことがあるってことだ。私の剣の力なら、大概の魔獣を抑えることは出来るし、アコの針じゃあ穴の向こうから押し寄せる強大な魔獣を押し止めることは出来ない。そーいうもんだよ」


 ちゃんと説明されると頷ける話ではあります。

 ありますけど…ねえ。


 「ん?まだなにか分からないことでもあるか?」

 「いえ、それはいいです。なんかファンタジー的な理不尽さに頭抱えてただけなので」

 「まーたアコは意味の分かんないことを…」


 こればっかりはアプロたちに説明したって、理解はしてもらえないでしょうねー。逆に彼女たちを地球に連れてったら今のわたしと同じ気分を味わわせられるのでしょーけど。


 「で、どう?アコ。その、仮止めをして落ち着いて縫い進めるやり方って」


 マイネルがわたしの判断を求めてきます。ていうかわたしにそんな難しいこと決めさせないで欲しいんですけど。

 まあ仕方ないんで、一応は思うところを述べるわたしです。


 「えーっと、疑問が二つあると思います」

 「言ってみて」

 「まず一つは、本当にまち針で裂け目をまとめておいたら魔獣の出現を抑えられるのか、ってことです。さっきの話の通りなら、ちゃんと手続きを締めないと効果を発揮しない、ってことじゃないですか。それが出来るって分からないうちは、怖くて出来ませんよさっきみたいな真似」


 うーん、と首をひねる一同。あろうことかゴゥリンさんまでアプロと一緒に胡座で腕組みしてます。


 「もう一つなんですが、聖精石の針なんかあるんですか?作るにしたって、貴重な材料使ってあの長さの裂け目にびっしり刺せるほどの針作るなんてことになったら、大変なことになるんじゃないかな、って思うんですけど」

 「ああ、そっちはなんとかなるだろう、っていうのがゴゥリンの提案なんだ」

 「…といいますと?」


 こんなところで最初の話に繋がりますか。また妙な展開になってきます。


 「あ、そっか。励精石の入手についてはゴゥリンの集落に頼めばアテがつくもんな」


 アプロ、わたしを尻目に勝手に納得しないてください。


 「悪い、アコ。説明するとさ、近場の励精石の採取場って、獅子身族の集落で管理してるんだよ。もちろんちゃんと取引しないと譲ってはくれないけど、市場で入手するよりは安いし確実だ」

 「…領主自らがそーいうことしていいんですかね?なんか経済とか物流とかに深刻な影響与えそうなんですが」

 「大量に集めて市場に流してしまえば問題になるだろーけど、アコに使わせる分を作るくらいなら問題は無いさ。商人たちだって、街道の安全を守るためだ、って言いくるめてやるよ」


 わー、珍しくアプロが悪い領主さまみたいなことを言ってます。まあ私腹を肥やすとか、そーいうことをするわけじゃないですし、ここはアプロの提案にのっておきますか。


 で、となると問題は最初の方になるんですけれど…。


 「一回小規模な穴で実験してみればいいかもしれないね。いつもなら力任せで潰してる穴を一つ使って、本当にそれで塞いでおけるかどうかやってみないかい?」

 「そーだな。針の一本作る分くらい、励精石の在庫もあるだろうし」

 「じゃ、一回撤収ですね」


 そういうことに、なりました。

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