第199話・そしてわたしの旅路の果てに その18

 「アコ飛び降りて。下で受け止める」

 「はいっ」


 一振りでケルベロスを斬り捨て消滅させたアプロは、わたしの登ってる木の下から見上げてそう言いました。

 もちろんわたしは、全幅の信頼を置くアプロの言うことですから微塵も疑わずに、言われたとおりひょいっと飛び降りました。


 「ほいっと。アコ、ちょっと重くなった?」

 「んな高さから降ってくる人ひとり受け止めてへーぜんとしてるあなたが規格外なんですってば。それより空で何があったんです?」

 「それは飛びながら話す。行こう、アコ」


 頷いたわたしを抱えて、アプロはまた空を飛ぶ呪言を唱え…もせずに、飛び立ちます。


 「幻想種だけど」

 「ええ」


 そして、軌道も安定するとすぐに話し始めました。


 「あいつら、とんだ見かけ倒しだ。呪言が全然効かねーからよっぽど強力なのかと思ったら、剣を当てただけで簡単に消えた」

 「…どゆことです?」

 「どういうもこういうも、さ」


 いつの間にか並行して飛んでいた、鳥を擬人化したような女性型の幻想種が襲いかかってきたのを、剣も使わず空中での回し蹴り一発で撃墜しておいて、アプロは言葉を続けます。ちなみにわたしは一瞬振り落とされかけましたがなんとかしがみついていられました。わたしは同じ間違いをしないことにかけても定評があると思いたい。


 「…こういうことだよ。ヘタすりゃ剣を当てる必要も無い。多分アコが一発ぶん殴っただけでもそれなりに効果あるんじゃないかな」

 「あー、そういえば…」


 と、ケルベロスに一発かました時のことを思い出して、そのことをアプロに教えます。

 あの時、わたしの必死の抵抗が偶然当たっただけだというのに、あの幻想種はだいぶ怯んだ様子を見せてました。

 もしかしてわたし一人でもなんとかなったとか?わたし史上初めての物理的大勝利目前だった?


 【アコはすぐちょうしにのる】


 「うるっさいですね!たまには自分の見事な勝利に酔いしれたっていーじゃないですか!」

 「……アコ、誰と話してんの?」


 思わず口に出てしまった抗議に、アプロがおかしなひとを見るよーな目でこちらを見てました。うう、アプロにそんな目で見られるのはしょーじきアレです。


 「あーいえ、根源の子が不粋なツッコミをしてくれてたもので。別にアプロに文句言ってたわけじゃないですよ?」

 「…なんかそいつとは気が合いそーだな」


 割とわたしに失礼なことを言うアプロでした。


 「それでこれからどーするんです?」

 「決まってる。幻想種が大して障害にならないってのが分かったなら、このまま吶喊して今日中にケリをつけるだけだっ!!」

 「……一度引き返してとかは?」

 「いくら一匹一匹は大した力無いといってもさ。アレを見てミウ・ミレナの連中も巻き込もうって気になる?」

 「…まあ、なりませんよねえ」


 行く手に見えるのは、雲霞の如き空飛ぶナニカの大群。

 空に浮かぶ粒のようにしか見えないそれらは、形はそれぞれですがわたしたちの進む方向をさえぎるように在り、いくらアプロでも呪言の効かないアレらをどーにかしてわたしたちの目的を完遂するのは容易なようには見えないのです。


 「どうします?」

 「アコ。多分、よほどのことでもない限り、アコが自分の身を守ることくらいは出来ると思う。だから、空にいられなくなったら地上に降りる。一歩ずつでもいいから、あれに近付こう。どうしようもなくなっても私はアコのことを守る。だから、今日、全てに決着をつけよう」

 「………しゃーないですね。やってやります」

 「うん。征こう、アコ」


 わたしはアプロのように剣を持ってたりはしません。どーせ持っていたってわたしじゃ使いこなせないんですから、という理由で。

 けれど、今まではそれで何とかなってはきても、今日の今からはそうも言ってはいられないのでしょう。棒切れでもなんでもいいから、わたしはリアルに自分の身を守らないといけない。それで、わたしたちのために道を切り開くアプロの邪魔をしないようにしなければならない。

 そう思うと、身震いもしようってものです。武者震いだ、なんて強がりを言う気にもなれず、わたしは心配そうにこちらを見ていたアプロを力付けようと、にっこり笑って「存分にやってください。わたしの勇者さま」と、固い声で告げたのでした。



   ・・・・・



 「…あとどれくらいありますかね」

 「さーなあ。なんせあのデカさだから、どれくらい距離があるのかも見当つかねーし」


 とはいえ、お腹の具合からするとお昼を過ぎた頃です。なんとか夕方までにはたどり着けると思いたいのですが。


 「アプロ、歩きながらでいいですからお昼にしませんか?」

 「そーだな。アコ、荷物落としたりしてない?」

 「わたしが食べ物を落っことしたりすると思います?」

 「…そういうとこ頼もしーんだけど、ベルがもう一人いるみたいで私としてはちょっと微妙な気分」


 こと食べ物のことに感してはわたしよりもずっと上行きますけどね、ベルなら。

 ともかく、鞄の中からパンに干し肉を挟んだものを取り出してアプロに渡します。水筒は自前のものをそれぞれに持ってますから、「…もしかして間接キス?…あわわ」なんて意識し始めた頃のよーなことは起こらないのです……考えてみたら、あの頃のわたしってなんとゆーか。


 「ごちそーさん」

 「…いくらなんでも早すぎません?わたしまだ一口しか食べてないんですが」

 「なんなら座って食べててもいーよ。少し休んだ方がいいかもしれない」

 「それもそーですね」


 空に群れなす幻想種の大群は、いくらそれぞれは弱いからといって全滅させるよーなことは出来ませんでした。

 アプロの呪言は強力なんですけれど、基本的には直接当てることでダメージ与えることに特化したものが多いですからね…結局、盛大に目くらましをして向こうが右往左往してる間に地上に降り、このまま虹の柱に歩いていこうということにしているわたしたちです。


 「…けど、こっから先は木も無くなって空から丸見えになるしな。どうせなら夜まで待つ?」


 まだ口をもぐもぐさせてるわたしと違い、アプロはお腹も落ち着いて辺りを警戒してましたが、目標の方角を見てそうぼやいてます。

 確かに、ここまではそれほど高くはないとはいえ木々が姿を隠してくれてましたけれど、向かう先を見ると森は途切れて明るい地面が広がっていそうです。


 「夜に移動するのもそれはそれで危ないですし。気をつけながら進むしかないんじゃないですか……ん、ごちそうさまでした」

 「まあそれしかないか。アコ、大丈夫?」

 「こー見えても体は無茶できるよーになってるんです。アプロやベルほどじゃないですけど」

 「そういや最近は熱出して倒れることもないもんな。じゃあ行こうか」

 「ええ」


 そうして、立ち上がって先に歩くアプロの背中を追うわたし、という並びで黙ってあるくうち、木々は途切れ、目の前には光指す大地が姿を表した……のですけれど。


 「……冗談だろ?」

 「………」


 そこに見えた光景に、わたしとアプロは一様に絶句します。

 ここから虹の柱までは…その根元の部分までだけを見れば、多分数キロってとこなのでしょう。ですが、そこに至る途には、至る所に幻想種の姿。

 人型の巨人みたいなもの、六本足の動物じみたもの、巨大なムカデのようなものにはわたしも卒倒しかけましたが、魔獣に比べれば大したものじゃないとおも…。


 「アコ。幻想種だけじゃない。魔獣もいるみたいだ」

 「え……ええ?」


 ほら、とアプロが指さしたところを見ます。確かに魔獣の穴らしき黒い影。地に満ち溢れる幻想種に比べればさしたる数ではないのでしょうけど、それでもいるとなれば脅威になります。増して、対処方法が正反対の幻想種と魔獣が混在しているのでは、こちらの対応だって簡単じゃありません。


 「気付かれたな。空にいるのが大した数じゃないっぽいのが救いだけど……」

 「…やるしかねーですね」

 「だな。アコ、急がないけどはぐれたらまずい。私から絶対離れるなよ」

 「言われるまでもねーです。アプロ、これを最後の戦いにしましょう」

 「……ああ」


 一歩を踏み出し、もう戻れないのだと覚悟を決めて進み始めるわたしたち。

 明確な敵意、とは違いますが明らかにこちらを認識している幻想種と魔獣の混在した群れは、残念なことに道を空けてくれるつもりは無さそうです。

 わたしは、邪魔になってしまうと分かってながらもアプロの手を握り、反対側の手にさっき森の中で見つけた頑丈な木の棒を持ち、ゆっくりと、ゆっくりと前に進んでいきます。




 …歩みは止めませんでした。

 もうどれくらい時間が経ったのかも分からなくなっていて、それでも歩きながらアプロは剣を振るい襲いかかる幻想種を薙ぎ倒していきます。

 群れの中に埋没しているわたしたちでしたから、襲いかかってくるのは前方からとは限りません。横からも、後ろからも。


 「アプロ!」

 「分かってる!!すぐ行くからなんとかしてて」

 「長くは保ちませんよっ?!」


 最初のうちこそ手を繋いだまま進んでいましたけれど、すぐにそんな余裕は失せてしまいます。

 こちらに突進してきそうな勢いの幻想種を見ればアプロは先んじて攻めかかりますし、わたしはその足についていけるとは限らないですから二人の間には次第に空間が広がっていきます。

 そこにナニかが入り込んでしまえばわたしとアプロはあっという間に引き離されてしまいますから、それだけは絶対に避けないと、とわたしにも襲いかかってくる幻想種を必死に退けます。

 でもわたしにとって幸いだったのは、襲ってくる幻想種を根源が教えてくれることでした。


 【アコ、うしろからみっつ】


 「ええい、さっきからますます数が増えてきてないですかっ?!」


 そりゃあ群れの中に押し入ってるんですから当然でしょうけどっ、と怒鳴った時、前方に見えたアプロの咆吼が聞こえました。


 「顕現せよ───ッ!」


 一際大きな光と共に、魔獣と思しき影が消失していました。

 そして、畳一枚分くらいのサイズの布が降ってきます。いつもなら針を使ってそこに空いた穴を縫いとめるところなんですが…。


 「アコ!空の連中の影が減ったから飛んで距離を詰める!こっち来て!!」

 「りょーかいです!」


 そんなことやってる暇なんかこれっぽちもないのです。この際第三魔獣がいなさそうなのが救いってものなのです。


 「アプロ、来ましたよ!」

 「アコ愛してるっ!」

 「こんなときにそんなこと言わないでください!これでもう最期みたいじゃないですかぁっ!!」


 事態がどんどん悪化していることを自覚せずにはおれず、わたしは泣き言みたいなことを言ってしまいました。本当は、こんなときでもわたしを想ってくれていることを隠そうともしないアプロのことが、泣きたいくらいに大切になっているっていうのに。


 「これが終わったら一晩中愛してやるよ!だから…」

 「ええいもう、本当に楽しみにしてますからねっ!!」

 「征くぞ!」


 わたしを抱える間もあればこそ、と手を握っただけで空に飛び立ちます。気が急いてかいつものように垂直にではなく、飛行機が離陸するときのように水平から段々と高度を上げていくような飛び方です。

 それがために、一匹の幻想種の爪牙がアプロにぶら下がったわたしの足に引っかかってしまいます。


 「きゃあっ!」

 「アコ!…こんちくしょーっ!!」


 離れてしまった手と手。アプロはすぐさまとって返してきて、わたしを引きずり降ろした巨大なネコ科の動物みたいな幻想種の頭をたたき割り、わたしを抱えて今度は真上に上昇します。


 「だいじょうぶ?!」

 「え、ええ。ありがとうございますね…ごめんなさい、足を引っ張ってばかりです、わたし」

 「いいよ。アコは本当の最後にわたしたちにいなくてはならない切り札なんだから」

 「アプロ…」


 我が身の情けなさとアプロの優しさに、とうとう涙がこぼれてしまいます。気付かれないように、アプロの鎧に顔を埋めてそれを拭いました。きっと一度濡れたわたしの顔には、これまでの戦いのホコリとかがついて、きっととんでもないことになっているのでしょう。


 「…よし、前は空いてる!このまま……」


 そんなことに気付くこともなく前を向き歯を食いしばったアプロの声は。


 【アコ!】

 「っ?!アプロ止まって!!」


 「あぐっ…うああっ?!」


 根源のあげた声に気付いたわたしの制止によって、悲鳴に転じます。

 一瞬の衝撃、そして振り解かれたわたしと、意識を失ったかのようにぐるぐると体を回転させながらのアプロは、共に大地に転がり落ちました。


 「あい……たた…、アプ、アプロぉ……?」


 まだ上昇しきる前だったのが幸いして大した高さでもなかったため、辛うじてとれた受け身のお陰でケガもなく済んだわたしは慌てて起き上がり、同じく墜落したアプロのもとに駆け寄ってゆきますが…。


 「アプロっ?!」

 「アコ……ごめ……」

 「そんなのいいですから、肩貸してください!すぐここを離れないと…」


 何が起こったのかなんて今はどうでもいい。ただ、鎧の脇腹の辺りが砕かれていたアプロは、しかし酷いケガをした様子もなくて、そのことを誰かに一瞬感謝だけして、わたしはアプロの体を引きずるように走り…いえ、崩れ落ちそうになる体を叱咤して、どうにか歩きだそうとするのです。


 「ブザマナコトダナ」


 え?


 そんなわたしの必死さを嘲笑う調子の濃い声。

 遠くでもなく、といってすぐ傍とも言えない場所から響いた不吉な音に、わたしは右の肩に担いだアプロの存在を一瞬忘れて目を向けると、幻想種だか魔獣だかわけのわからない、わたしたちを取り囲んでいた獣の群れがサッと割れて現れた、もの。


 「ユウシャトイイ、エイユウトイウガ。セカイヲカエルキガイナド、ソノミヲマモルタメノチカラニスラ、ナラナイトイウモノダ」

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