第133話・街が言祝ぐ日々 その4

 落ち着く場所、ということで、街が解放されてからここしばらく昼営業もやってるフルザンテさんのお店にやってきました。

 ヴルス・カルマイネの衛兵さんたちが確か二百人ほど駐留している他に、足止めされていた商隊のひとたちがどっと入ってきたので、急に街の人口が増えているそうで、なかなかフルザンテさんも商売上手ですよね。


 「………」

 「んー、うめー!昼から呑む酒ってどうしてこんなに美味いんだろーなー」


 アプロがダメ人間みたいなことを言っていて、さて麗しの恋人としてはどう止めたものやら。あなたわたしより年下の少女でしょーが。


 「まあこれ一杯にしとくよ。アコは?」

 「要りません。真っ昼間からお酒嗜む趣味ありませんし。それよりゴゥリンさん、だいぶ久しぶりですよね。今何やってるんですか?」


 聖精石の加工の組合で相変わらず寝泊まりしてるようですけど、ここ最近姿も見かけなかったので何処かに行ってるのかと思いました、と言うと、なんだか妙に落ち着かない様子…。


 「あー、こいつな。街が落ち着いてからは集落に戻ってたらしーぞ」

 「………っ?!」


 え?

 わたしとしてはアプロの言葉で慌てるゴゥリンさん、とゆー滅多に見られない眺めにも興味津々ではありますけど、それよりも集落って獅子身族の、ですよね…?ってことはー…。


 「だからさ、子どものところに入り浸って……あいたっ?!なんだよぶつことねーだろっ!ほほえましー話じゃねーかっ!」

 「………やかましい」


 ……ほわぁぁぁぁぁ…あのゴゥリンさんが……割と子煩悩だとは思ってましたけど、ライオンのお顔でもそれと分かるくらい赤面してるところを見ると、本当なんですねぇぇぇぇぇ……。

 そして感心してるわたしの肘をつついて、アプロがわるーい顔になって耳打ちしてきました。


 「しかもな、アコ。いつまでもこんなとこに居座ってないで街の役に立ってこいってベゥマシュカに尻蹴飛ばされて……いてっ、いてーってば!おめー爪立てると洒落にならねーんだから、おいこらやめろってのっ!」

 「………誰に聞いた」

 「誰ってそりゃグラセバから。女たちのところに居座られてると女どもが騒いで困るっつー文句が来てたから…だからなんで私に八つ当たりすんだよー」


 と、ますます顔を赤くしてアプロに食ってかかるゴゥリンさんでした。

 アプロの方もケタケタ笑いながらゴゥリンさんの攻撃をいなしていましたから、じゃれあいみたいなものなんでしょーね……ゴゥリンさんが相手ではとてもじゃれ合いにはならないので、わたしはそんな二人を生温かく見つめるだけに留めましたけど。


 そんな感じに、ひとしきり主にアプロがゴゥリンさんをいじったあと、注文した食事を頂きながら、話はここ最近何をしていたか、になります。


 「子供だけじゃなくて嫁も可愛がってやれよー」

 「………それはもういい」


 そもそも獅子身族って人間とは夫婦の関係って大分違ってませんでしたっけ?


 「そうだよ?だからグラセバが文句言う…あいてっ。……いやま冗談はともかくとしてさ、今日もその教会のおっさんとやり合ってきたところなんだよー」

 「………大変だな」

 「ですよう。けど色々と気になることもありまして、ですね」

 「あのおっさんの髪の薄さか?」


 あ、アプロも気付いてたんだ。…じゃなくて。


 「そんなもんゴゥリンさん交えてご飯食べながらする話題じゃありませんて。えっとですね、確かマギナ・ラギさんが来たときも似たようなこと言ってたなー、って思って。ほら、確か魔獣が異世界から来るとかなんとか、そんな感じのこと。ブルークさんてマギナ・ラギさんとは違う派閥みたいなんですけど、そーいうのってどうなってるのかな、って思いまして」

 「それもメシ食べながらする話じゃねーけどな。……もともとな、魔獣の生まれる場所が異界だって話はかなり昔からあって、でも教義にある原典が出所の怪しい部分でさ、権奥内部でもその考え方は異端扱いだったんだ。私も詳しいことは知んないけど、それを主張した連中が分かれてあっちこっち散らばったとかなんとか」

 「じゃあもともとブルークさんとマギナ・ラギさんて同じ思想ってことなんです?」

 「…だと思うんだけど」


 自信無さそうにアプロが掻い摘まんだ話をしてくれます。

 興味深い話ではありますけど、これマリスとかに聞いた方がいいんでしょうか、と思ったら、ゴゥリンさんがアプロと同じお酒の入ったカップを飲み干して言いました。


 「………源流はそのブルークという男の所属するミネタ派だ。過激な思想を持つ集団にはありがちだが、内部でまた意見が分かれ、抗争の末に大陸東方に追いやられた一派がさらに分かれたのが東方三派になる。ミネタ派から分かれた理由となると、異世界から救世主が現れることが予言にあるか無いか、ということらしい。救世主の具現を待望したミネタ派の方が、外から見ればより過激な思想ではあるだろうが」

 「……へー、ゴゥリン意外と詳しいんだな」

 「ですね。どこでそんな話聞いたんです?」

 「………長く旅をしていると、いろいろだな」


 わたしとアプロは揃って「へぇー…」と思わず感嘆のため息をもらします。


 「………彼らが意見を異にする相手に対して穏当で無い手段をとりがちなのも、長い抗争の歴史故だ。アコ、お前はミネタ派の言う救世主に祀り上げられる可能性がある以上、その汚い手段の手にかかる心配もしなければなるまい。気をつけろ」


 常に無い長広舌の末に出たわたしへの気遣いは、ちょっと内容的に物騒に過ぎて思わず首をすくめてしまうのでした。


 「…あー、でもさ、アコが連中の言うところの救世主だってんなら、アコに何をさせようってんだ?文字通り魔獣が出てくることのないように働かせようってのか?」


 もちろんアコは私が守るけど、とあっけらかんと惚気てくれたアプロの言葉に照れつつも、わたしはブルークさんのやってることの意味を考えます。


 ミネタ派のひとたちの目的が何なのかが分からないまま思考を進めるのも危険な気はしますけど、救世主って言い方からはひとの世界に対する救済をもたらすもの、と捉えているようには思います。

 それがわたしだってゆーのならまた迷惑な話です。

 ただ…ガルベルグが魔獣の跋扈する世界をなんとかしようと思って、そしてそのためにわたしを遣わしたというのであれば、あるいはガルベルグとミネタ派のひとたちの求めるところは一致するのかもしれません。だって、教会の教義の意義が魔獣の跋扈する世界からひとびとを守ろうというところから始まってる限り、そうなるのが普通じゃないですか……って、思ったところで気がつきました。


 ブルークさんの行動に影響をもたらした神託っていうのが、だったとしたら…?


 「アコ?」

 「……はい?」


 気がついたらアプロがわたしの肩をつかんで揺さぶっていました。

 隣から覗き込むようにわたしの顔を見ている様子はえらく心配そうではありますけど、そんなに長い時間ぼーっとしてましたかね?


 「いや、少し顔色悪かったみてーだし。もしかしてまた体の具合悪くなったか?」

 「ああいえ、そっちは大丈夫ですよ。少なくとも寝込むようなことはないと思います」

 「そか。でも心配事があるなら私にも言えよー?全部一人で抱え込むんじゃないぞ?」


 はい、ありがとうございますね、とやっぱり気遣わしげなアプロにわたしはにっこり笑って礼を述べました。


 「………心配事か?」

 「ん?あー、まあゴゥリンは話した時にはいなかったんだっけ。ま、アコもいろいろ難しい立場だってこと」

 「………そうか」


 いや、そうか。で話済まされましても。

 でもマリスたちに話したことをまた繰り返しするのもなんだかなー、って。それにゴゥリンさんなら、いつの間にか伝わっていそーですからね。


 「はいよ、食後の一杯だ。領主さんは酒の方がよかったか?」


 そんな感じに静かになったタイミングで、フルザンテさんが三人分のお茶を持ってきました。

 お給仕さんじゃなくて店主自らって、えらい気易いですね。まあ知った顔だからかもしれませんけど。


 「出来ればそーしたいんだけどさ、ほら、嫁がうるさくて」

 「嫁てなんですか、嫁て。悪い響きじゃないですけど、もー少し恋人の蜜月でいたいんですよ、わたしは」

 「あんまり変わんねえんじゃねえかな、それは。ゴゥリンの旦那も茶でいいのか?」

 「………おう」


 お盆からお茶の入ったカップを三つ、テーブルに置いてフルザンテさんは立ち去る…かと思いきや、やおら顔を寄せ声を潜めて言います。


 「さっきから難しい顔してたけどよ、何か問題か?力になれることがあったら力になるぞ?」

 「まあ問題っちゃー問題なんだけど…」

 「そうですねー…今わたしを悩ましている街への訪問者がおりましてですねー…」

 「なんだい、えらい深刻そうじゃねえか。アコ坊を悩ますってんなら他人事じゃねえ。話してみてくれるか」


 と、四人がけのテーブルの残る一席にフルザンテさんも腰掛け、本格的に話に混ざる態勢です。いえまあ別に構いませんけどお店の方はいいんですか?


 「昼の客はあらかた片付いたよ。あとは店じまいの仕度だけだし構うこたあねえって」


 さいですか、それならば、とわたしはブルークさんの一件をざっくりと話してみるのでした。


 「ああ、あの坊さんのことならそんなに心配するこたぁねえぞ?」


 …で、一通り聞き終えたフルザンテさんの物言いは、なあんだ、ってな感じで拍子抜けするわたしたち。


 「そうは言ってもさ、アコがあんまり妙な持ち上げ方されると立場とかいろいろあってさー…」

 「いや、そういうことじゃねえよ、領主さん。あんたら実際にあの坊さんの説法するところ見たことあるか?」


 …そういえばありませんね。そーいう真似してるとしか聞いてませんし、でも子どもが影響受けてるのは充分心配することなんでは…。


 「まあガキには菓子配って耳触りじゃねえ話してるみてえだからな、それは無理もねえやな。けど大人相手にゃ通用しねえよ、あの説教じゃ」

 「どういうことです…?」

 「普段のアコ坊知ってる人間にゃあ噴飯もの、ってことさ。ま、見世物としちゃあ悪くはねえから行って実際に見てみるこったな」


 じゃあな、とカラカラ笑ってフルザンテさんは仕事に戻っていきました。

 残されたわたしたち三人は、わけもわからず首を捻ってましたが、アプロの「…とりあえず行ってみっか」という言葉に促されるようにして、店を後にしました。

 ちなみに会計はゴゥリンさんの奢りでした。散々からかわれた割に気前のいーことです。ごちそうさまでした。

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