第92話・ふたりの払暁 その2

 引き続き、わたしお困りちゅー。

 マリスは多分、何となく察してわたしをアプロのところに送り出したんでしょうけど…大体ですね、アプロだってあれから何も言ってきてないのに、わたしどのツラ下げて会いに行けばいいってんですか。

 アレですよ、アレ。ほら、なんかこう、アレです。


 「あ、そうだ。手ぶらで入るのも何ですし、何か差し入れ買ってきた方がいーですね。そゆことで」

 「………どうした」

 「あ」


 と、踵を返したらゴゥリンさんとばったり。

 てゆーか、アプロの屋敷の前で会うというのもわざとらしいような気もしますが、そういえば里帰りしてたんじゃなかったでしたっけ?


 「………子が産まれた。正式に、族長の座を辞してきた」


 ………は?

 えと、それは…ゴゥリンさん、おとーさんになったってこと…ですか?

 めでたいじゃないですかっ!!


 「………義務を果たしただけだ」


 いやいやいや。一般的にとてもめでたいことですよそれは。

 子作りの現場に居合わせた者として祝福しますっ!


 「………」

 「…すいません、失言でした」


 びっみょーに気まずい空気の中ですが、ゴゥリンさんは少し照れくさそうに毛むくじゃらの頬を指で掻いてました。そんな様子にホッとするわたしです。

 それで気が緩んだわけでもないでしょうが、ふとわたしは誰かに相談してみたくなり、それならばゴゥリンさんに、と思いました。


 「ところでー…あの、お時間とれません?ちょっと相談したいことがありまして」

 「………(くいっ)」

 「え?」


 それなりにわたしも真剣に切り出したつもりでしたが、ゴゥリンさんはそれには答えず、アプロのお屋敷を指さし、


 「………報告しなければならない」


 と、もっともなことを言い出したのでした。


 「…あ、そーですね……じゃあ、また今度。お祝いしましょう?」

 「………ありがとう」

 「いえ。お邪魔したら悪いですし、わたしはこれで…え?」


 仕方ないかー、と肩を落とすわたしの頭に、ゴゥリンさんが手をのせて、言います。


 「………相談なら、すべき相手がいるだろう?」

 「え?……えーと、あの」

 「………」


 それだけを言うと、なんとも優しげな笑顔でわたしを見て、それからアプロの屋敷に入ってくゴゥリンさんでした。

 相談すべき相手?はて、誰のことか…。

 ゴゥリンさんの背中を見送りつつ首をひねるわたしです。

 まあどちらにしても、今中に入るわけにはいかないです。わたしは差し入れを買うことも忘れてひとまず自分の部屋に帰ることにしました。

 なんだか忘れ物があるのは分かってるのに、それが何か分からないような、もやもやした気分でした。




 「あれ?」


 表通りから路地に入り、自分の家が見えると、その前に人影がありました。

 来客は別に驚くほど珍しいわけではありませんが、それが誰か分かるとわたしはドキリとせずにはいれません。


 「ベル?どーしたんですか、いったい」


 わたしは急ぎ足で家の前に駆け寄ると、つい焦った声をかけてしまいます。


 「ん。近くまで来たので寄ってみた。はい、おみやげ」

 「あ、ありがとうございます…ええと、とりあえず入ってください」

 「…いいの?」

 「いいですよ。ベルなら大歓迎です」


 ベルのくれたのは、やっぱり屋台で買ってきたと思われる、ナチョスみたいなお菓子です。上にかかっているのがキャラメルソースによく似たものなので、おやつになりますね、これは。この街の屋台料理の生き字引みたいなベルですから、お味は保証付きでしょう。

 わたしは聖精石の鍵に声をかけて鍵を開けると、さあどうぞ、とベルを招き入れました。


 「ちょっと、久しぶりですね」

 「うん」


 そんなことを言いながら先に立って部屋の中に入ります。

 ベルは、少し遠慮がちにも思える足取りで、「…おじゃまします」などと殊勝なことを言ってました。


 「ベルー?今さらあなたがお邪魔しますもなにもないですよ。わたしが寝ている間にだって入ってきてたじゃないですか」

 「そのときとは事情が違う。けどアコの気持ちはうれしい」

 「ベルはわたしの大事なお友だちです。それにこんなことで遠慮するなんて、全然ベルらしくないですよ」

 「そうかな…」


 そうです、とそこは力強く請け合うわたしでした。

 したら、私は図々しさと遠慮の無さで右に出る者のない女…とか、誇ってるんだかいじけてるんだかよく分からないことを言ってましたけど。


 部屋に入ると、ついさっきまでマイネルを迎えてて片付けもせずに出かけたので、来客のあった痕跡は当然あります。


 「…誰かいたの?」

 「マイネル…ええと、教会のひとですよ…そういえばベルって教会苦手なんですよね」

 「うん」


 やっぱり魔獣に対抗する組織だからですか?…とは無神経に過ぎて聞けませんでしたけど、今ならそういうことか、と納得は出来るのです。

 席に座らせたベルは、少し神妙な顔。

 マイネルの名前でちょっと気後れさせてしまったかな、とお詫び代わりに少し奮発してあげる決心をするわたし。


 「お茶にしますか?ベルのくれたお菓子にものによく合いそうな茶葉があるんですよ」


 発酵が強くて、ちょうど渋みの少し強い紅茶に似た風合いのお茶が手に入ったので、振る舞ってみようかと。ふふふ、これはまだお茶好きなアプロにだって出してない逸品なんですよー、と恩に着せたらものすごい勢いでまた遠慮されました。今日のベルは、どこか変。

 仕方ないのでいつも飲んでるのを少し丁寧に煎れて出してあげました。いい香り、と言ってましたので気に入ってはくれたと思います。

 ただ、アプロにまだ出してないお茶だからって、別に遠慮する必要なんか無いと思うんですけどね。


 「…アコはもう少し、自分の気持ちとそれが他者に与える影響を考えた方がいいと思う」

 「なんか最近そーいうことを言われること多くて。でも、少しは自覚するよーにはしてますから。ベルから見て、それはおかしい、と思うようでしたら指摘してくださいね」

 「…アコ、なんだか変わった?」

 「そうなんですかね…自分ではよく分からないんですけど」

 「ううん。でもそれはとてもいいこと。私も嬉しい」

 「そ、ですか」


 ふふっ、と微笑みながらカップを傾ける様子は…まー、なんていうか絵になる子ですよね。


 「…それで最近顔を見せなかったのは、何かあったんです?」

 「とくになにも?そういう気分の時もある」

 「でもこの街には来てたんですよね。いつもの屋台で見かけたって話は聞きましたし」


 何かと容姿に言動が目立つベルのことですから、目撃情報には事欠かないのです。

 わたしにツケとく真似もすっかり影を潜め、普通に各屋台で名物娘になってますし。ていうか、ベルが執心する屋台は間違いなく美味い店だ、って評判になっていたりします。変われば変わるものですね。


 「…なに?」

 「…えーと、ベルのお土産美味しいなー、って」

 「ふふ、最近では一番のお気に入り」


 と、このよーにお土産にも一家言が含まれるようでした。


 そんな風に、普通に仲のいい友達どうしてお茶をして、顔を合わせない間何をやってたのか、なんて話をします。いや、ベルがわたしの知らないところで何をしてるのかー、なんて真面目に聞くのは怖すぎますけど。

 けど、時々この街にやってきて見聞きしたことを聞いてると、時にはわたしも知らないことがあったりしまして、それはそれは楽しい時間なのです。

 …でも、それだけでは済まないことでもあるのか、ベルは話が途切れた折に、こんなことを言いました。


 「…アコ、私に何か言いたいこと、ある?」

 「…まあ、分かってしまいますよね」


 そうなんですよね…ゴゥリンさんに見透かされた通り、わたしはわたしとしてベルに聞いておかないと…ああいや、言っておかないといけないこと、あるみたいなんです。

 だから、仕方なく…いえ、ほんとーに仕方なく、話をします。こんな話よりも、あそこのお店が美味しかったー、とか、穴塞ぎの旅の途中で見聞きしたものとか、そういう話、したいんですけど。


 「………えっと、ベル。聞きたいのはですねー………ローイルって魔獣、知ってます?」

 「ろーいる…?」


 …ヘタレかわたし!!

 いやそーじゃないでしょ、そーじゃ。確かにこれも聞いておきたいことではるけど、ベルに聞くよーなことじゃ…


 「知ってる。このあいだ、会った」


 …あれ?


 「…あの、ベル。他の…ああいう、人語を解する魔獣って、交流あるんですか?」

 「ある。向こうはそれほど友好的ではないけど」


 ああ、そういえばバギスカリもなんだかベルのこと知ってる風ではありましたよね。


 「ちょっとその辺、ベル的に差し支えない範囲でいいですから、聞かせてもらえませんか?」

 「それは構わないけど、私が知っていることなんてそれほど多くない」

 「ベルが話したくない、ってことでなく?」

 「…うーん」


 腕組みして思案顔のベルです。

 そりゃまあ、魔王の娘…って立場からすると何かと難しいところはあるでしょうし、まあなんていうか…ベルの知り合いだと思うと、こっちもやりにくくなるよーな、ならないよーな…。


 「アコ」


 などと、勇者の仲間としてはその葛藤、どーなのよ?なことを考えていますと、何やらベルも意を決した顔。


 「はい、なんでしょう?」

 「私の顔、何かおかしいところ無い?」

 「ベルの顔?…いえ、いつもどーりのキレイな顔ですけど」

 「……アコはひとがわるい」


 いえそんな。照れながら怒られましても。


 「とにかく、何もないなら一つだけ教えてあげる。魔獣の穴は、石が再生する時に生まれる。ローイルは穴を核として、再生する過程の石が象られた魔獣が形を成したもの。だから核の穴を塞ごうとするなら、魔獣を相手取るのではなく、石と対話して核となっている穴を顕わにする方が正しいやり方」

 「え?」


 いえあの、わたしぼーっと聞いてましたけど、なんか重要なことさらりと言いませんでした?


 「全部は説明出来ない。もう一度だけ言うから、アコなりに考えてみて」

 「は、はあ…」


 多分、一言一句同じことを言ってくれたと思います。わたしはそれでようやくベルの言ったことを覚えられて、書き留めることもしました。

 そしてそれはどういうことなのかと訊ねてもみましたが、流石にそれを教えてくれようとはしない、ベルでした。ですけど、今までそーいう話をしようとしなかったベルですが、どういう風の吹き回しなのでしょうか。


 「…分からない。アコに課せられた役割のためには、知っていてはいけないこと。でも、ルールを推し量るところからがゲームだと押しつけるのは公平じゃないと思う。私は、アコがルールを知って、それでどうするのかを見てみたいのかもしれない」


 …。

 ……。

 ………本っっっ格的に意味がわっかんねーっ!!

 いえ、ね?ベルが何か無茶苦茶重要なこと言ってるだろーってのは見当つきますよ?

 けどそんなこと、こっちの考える材料の乏しい中言われましたって、ねー…。

 仕方ないので、重要そうなキーワードだけ覚えておきましょう。ええと、わたしが課せられた役割…って、なんでしたっけ?

 ベルの口から出たのなら、多分…ガルベルグの言ったことで、確か、穴を塞ぐことはどんどんやれ、って言ってましたから、きっとそのことなんでしょう。

 …って言ってもそれだけ、とも思えませんし。うーん。


 「アコ?」

 「あ、はい。ごめんなさい、ちょっと考え込んでしまいました」

 「構わない。言ったのはこっち。でも、アコのしたい話って、そういうことなの?」

 「え?あ、ああ…どーなんでしょう?久しぶりですからお話したいことは結構あるとは思いますけど」

 「…じゃあ言い方を変える。アコが私に話さないといけないことって、ある?」

 「それは、まあ…あるんだと思いますけれど」


 わたしの中でぼんやりと形を成しつつあったものが、急速に手で触れられるものとなっていきます。

 それはベルに促されてそうなったとも言えますし、わたしがそうあらなければならない、と思ったからともいえますし。


 「アコが決めたことならどんなことでも受け入れるよ。だから、話してみよう?」

 「…そう、ですね。ベル、わたしは」


 語り始めるわたしに顔を見つめるベルの手は、微かに震えているようでした。

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