第196話・そしてわたしの旅路の果てに その15

 わたしがガルベルグに呑み込まれたあとのことは、正直言って「もーしわけない」の一言に尽きます。

 死んだと思ったわたしが生き返り、で、また何を思ったかひとりでドラゴンにてくてくと近付いて(アプロ曰く「目にも止まらない速さだった…」だそーですが)、何かごちゃごちゃ言ってたかと思ったら、パクリとやられた。

 そりゃーもう、アプロやベルだけでなく、他のみんなまで大騒ぎ、ってなもんですよ。


 「………どれほど心配したと思ってる」

 「あいたっ」


 ゴゥリンさんにはまたそう叱られましたけども、それくらいで済んでよかった、ってことですよね。


 「…もうこのやり取りも慣れたものですわね。で、アコ?何があったのですか」

 「ガルベルグは説得しました。もう脅威ではありません。いじょ」

 「…そうなのですか。ではひとの世にようやく安寧が訪れたというわけなのですね?わたくしたち教会が必要とされない世界になったというのですね?」

 「………なったと思います?」

 「………思いませんわね」


 はあ、と向かい合わせで深い、ふかぁいため息をつくわたしとマリスでした。


 わたしが蘇ったというかガルベルグとの決着をつけてまた肉体に戻ってきた時、日も傾いて空は紫に染まりつつあった頃でした。

 疲れもしましたし、いくら人数も多いとはいえ移動が推奨される時間帯でもなかったため、峡谷から少し外れた街道近くで、揃って夜営をすることになりました。

 といっても、上流の堰の破壊にあたった衛兵隊、駐留隊の皆さんは別行動ですし、ここにいるのはいつものメンツにマリスを加え、ヴルルスカ殿下とその護衛にあたる極少数の衛兵の方だけです、ってよく考えたらどうしてマリスがこの場にいるんでしょうか?

 わたしが復活したときに裸だったのは、ドラゴンにパクッとされたときに服ごと呑み込まれてしまったからで、体だけ再構成されたみたいです。根源が一緒にいたことで肉体的には復活が出来た、ってことらしく、あとでそこの辺の事情を聞いて背筋が凍ったものですけど。

 ちなみに今は…まあ借り物の衣類でなんとかしのいではいます。うう、アプロとベル以外に肌を晒してしまうとは、まったく乙女の不覚でした。

 それにしても、いくら他に無いとはいえこのだぶだぶの服はなんとかならなかったんでしょうか。


 「だってしゃーないじゃん。女ものの着替えなんか誰も用意してなかったんだし」

 「とはいいましてもね。よりにもよってマイネルの法衣の替えとかもーちょっとマシなもん無かったんですか」

 「僕だって一張羅をアコに貸したくなんかないんだけど」

 「あの、アコ…?もしよろしければわたくしのと交換…」


 というか、マイネルもなんでこーいう時に着替えなんか持ち歩いているのか。

 なんだか鼻息荒くわたしに迫るマリスをあしらいながら、焚き火をかこんでキャンプ気分です。


 「くんくん」

 「僕の法衣の匂いなんかかがないでくれるかな」

 「マイネルこそ、返した後に匂い嗅がないでくださいね」


 なにせ下着もつけず、ズボンに上着という出で立ちですので。

 わたしよりも背の高いマイネルから借りたので、袖やら裾やらが余り気味。そんな緊張感のない夜、わたしたちはそこそこ難しい顔をして善後策を協議します。

 考えることはいくらでもあるんです。魔王が倒されて世界は平和になりました。よかったよかった、で済まされないのが現実っちゅーものなのです。


 「…結局、ガルベルグが消失したとしても、今現在わたくしたちを悩ませる魔獣の穴と…異界と繋がる穴の問題は解決しておりませんわね」


 具体的にはそーいうことですよね。


 「ですねえ…せっかく上手いこと言いくるめてガルベルグ追っ払ったってのに、結局やることに違いはないといーますか…な、何です?」


 ぼやいていたら、一同にじーっと見られてました。わたしそんなに変なこと言いましたかね?


 「いや、変なことというか…ガルベルグを適当にあしらったー、みたいな言い方するからさ」

 「完全無欠の事実じゃないですか。わたしの口上も達者なものだと再認識しましたよ」

 「アコがそんなに弁舌上手なわけがない。間違い無く父に本心で語りかけて納得させたのだと思う」

 「…あのですね、アプロ、ベル。わたし腹黒いことでも定評があるんですよ?そんなわたしが真心込めて魔王を説き伏せましたー、なんて真似するわけないじゃないですか」

 「腹黒いという定評は事実だと思うけど、アコはそういうところ器用ではないよね。まあ想像だけで言うけど、さぞかしいい雰囲気で話出来たんじゃなのかな」

 「言うに事欠いてなんちゅー失礼なこというですか、この腹黒本家」

 「アコ?お兄さまはやむにやまれぬ事情で腹黒くなったのです。生まれついてのような言い方をされてはわたくしが不本意ですわ。第一、夜のお兄さまはそれはもうわたくしに優しく、お兄さまの本質をわたくしが独占出来るかと思うと…」

 「マリスは僕の体面ってものをもう少し考えようねっ?!」

 「………ふっ」


 …何て言うか、もういつも通り過ぎてわたしも調子を崩す暇もないのでした。


 「…しかしな、現在我らの前に横たわる問題についてはどう対処するつもりなのだ、カナギ・アコ」


 と、これは部下の方に指示を出してからやってきたヴルルスカさん。

 堰を打ち壊した隊にむけて指示を出す伝令の手配をしてたようですが、そちらが済んだのでしょう、お酒の入った水筒片手にやってまいりました…って、アプロがそれを狙ってるみたいな目で見てるんですが。


 「ん?なんだアプロニア。これが欲しいのか?」

 「いっ、いえそのようなことは…」


 気取られてパタパタ両手を振るアプロです。さすがにお姫様で妹にそんなもの渡すはずも…と思ったら、苦笑しながらでしたが「一人で呑むなよ」と水筒を手渡すのでした。相変わらず甘々なおにいちゃんですね。

 で、アプロは嬉々として水筒の中身を口にして目を白黒させてたりもしますが。そりゃあこんなトコに持ち込むお酒なんですから、気付けだとか傷口を洗うのに使うきっついヤツに決まってるでしょーが。


 「…ガルベルグ消失の後、大規模に出現していた魔獣の穴についてはどうなったかまだ分からん。一応はカルマイネに走らせた者には、情報を得て戻ってくるようには伝えたが、国内の状況が我らに知れるとしても、我ら自身が戻ってからのことであろうな。だが…」


 と、ここで殿下はゴゥリンさんの方を見て言います。


 「不思議とだが、魔獣が多く表れている時のようなにおいがせぬ。せぬ、というよりも昨日までよりも薄れたように思える。どうだ、ゴゥリン」


 舌を出してひーひー言ってたアプロから受け取った水筒を傾けてたゴゥリンさんは、一口呑んだお酒の強さに顔をしかめてましたが、殿下の言葉にしばし考えたのち、いつもやるように鼻をヒクヒクさせて、答えました。


 「………確かに圧のようなものは消えておりますな」

 「そうか。ゴゥリンが言うのでは間違いなかろう」

 「あの、ではもう魔獣が出現することもまくなったのでしょうか…?」


 と、これはマリスです。

 気持ちは分からないでもないですけど、それはちょっと、ね。


 「魔獣は世界を回す力を生み出す石が、未世の間で力を取り戻す時に生じる。だからこの世界の仕組みがまるごと変わるのでも無い限りは魔獣とは付き合い続けなくてはならない。これはもう、この世界がある限り逃れられない宿命」

 「そう、ですか…」


 アプロでもわたしでもなく、ここはベルがマリスをたしなめるように言いました。

 普段よりもちょっと、子供っぽい願望のようなことを言ってしまったマリス、しょんぼり。

 といって答えたベルの方も、マリスの楽観を叱るのではなく、むしろその願いのかなわないことを申し訳なく思うようでしたから、マリスの方も「ではわたくしの務めもまだ無駄になるわけではないのですね」と気丈に振る舞うのでした。うう、ええ子や…。


 「そうだな。マリス殿の言う通りであれば、もう少し安寧な世界も築けようが…ま、いずれにせよ明日からのことであるな。俺としては、魔獣との末永い戦いはさておくとしても、ここしばらく世界中を悩ましてきた魔獣どもについては全部消えてなくなっていた、ということになっていて欲しいが」


 そして殿下の、場を取りまとめるような述懐は、わたしたちはそれぞれに表情こそ異なってはおりましたが、概ね同意出来るものだったのです。


 ただまあ…その期待は満たされはしたものの、お釣りがマイナスに過ぎてむしろ借金をこさえてしまったような有様になってしまったのですけど。



   ・・・・・



 翌日、わたしたちはヴルス・カルマイネに帰投しましたが、特に新しい情報などは届いていなかったため、殿下も交えて王都に戻りました。

 途中、第二魔獣の穴の出現に出くわしたものの、マリスによれば通常の出現だったようで、異変を感じさせるものではなく、いつも通りの手順でわたしが穴を縫い合わせてお終いだった、というなんとも拍子抜けの状況。

 ですが、アレニア・ポルトマに近付くにつれて早馬の往き来が激しくなり、そのひとりを殿下がつかまえて話を聞き出したところ、第三魔獣とも思えない、けれど動物でもない存在がいくつも発見され、その対応に追われている、とのことです。

 そしてそれが起きたのが、ちょうどガルベルグが消失した時分に合致するため、どう考えてもその影響としか思えず、わたしたちは帰路を急ぎアレニア・ポルトマに到着すると、早速聖王堂教会に戻ってきたのです。


 「おう、ご無事でしたか、殿下。それに皆も見事魔王討伐を成し遂げたと聞く。見事だった」

 「クローネル伯、何ごとが起きているのですか」


 そこにいたのは、マクロットさんにフィルクァベロさん。わたしたちが戻ることを早馬に伝言を頼んだので、待っていたようです。


 「…まずは落ち着かれよ。魔獣どものような脅威とはなってはいないが、迂闊に手を出して事が起こるのも巧くないという判断でしてな」


 教会の入り口で出迎えてくれたマクロットさんに連れられて、まずわたしたちは応接間に集まり話をうかがいます。

 ですがそれは長くはなりませんでした。

 一通り、いえ話の途中でわたしは饗されていたお茶のカップを置き、こう言います。


 「…幻想種」

 「幻想種?…おお、話には聞いたことはあるが見たことは無いが…此度のように頻繁に姿を見せるものなのか?」

 「ええ。間違い無いと思います。神梛吾子の記憶にある、地球世界のおとぎ話や物語に出てくる怪物や空想上の動物によく似てますし」

 「アコ。ガルベルグを倒したことと関係ある…のか?」

 「そこまでは。ただ、異界と繋がる穴の影響が増していることだけは確かだと思います」


 不安そうなアプロの声。そうですね、せっかく魔王を討滅したというのに、それがために世界が不穏になってしまったのでは、勇者とその一行としては名折れもいいとこですし。


 「別にそういうことを言いたいんじゃないけどさ…アコが責任感じてしまわないか、それが心配で」

 「ありがとうございますね。ですけど、これはこれからやらなければならないことが、今すぐやらなければならないことになっただけだと思います」

 「…どういうことですの?」

 「どうもこうも、」


 幻想種とは、地球世界と繋がっている穴から流れ込んでくる、様々な想像が形を得て現出したものなんです。

 経典に記載が無いということは、ガルベルグも伝える要を認めなかった、ということなので、彼の意図したものではないのかもしれません。他に企みがあったという可能性も否定は出来ませんけれども、今となっては確かめる術も無いですしね。

 ただ、今になって数が増してきたということは、流れ込む幻想の数も種類も増えている、そして遠からずそういったものだけではなく、人や文物の行き交う量も増えてくることだって考えられる…ガルベルグはそういうつもりでしたのでしょうし。


 「ふむ。ならばその穴を見つけて塞いでしまうしかない、と言うのだな」

 「そういうことです。ですけど、それ自体はやらなければならないことだったんです。ガルベルグの企んでいたこと、地球世界から持ち込まれるものによってこの世界でひとを苦しめる様々なものからひとを守る、というのはもう、ガルベルグがいなくなった今では、制御しきれない不安定要素にしかなっていないんです。わたしたちは、それを防がなければならない。この世界のひとの力でやっていけるということを、わたしたちが討滅した魔王に対して、そして、世界を回す力を生み出す石たちに対して示さなければならない。そのためには、異界と繋がる穴を塞ぐことが、その第一歩だと言えるんです」


 …うわ我ながら似合わない熱弁を振るってしまったなー、って思って、つい隣のアプロを見てしまうわたしです。


 「…だな」


 でも、アプロはわたしの言葉を聞き、応えてくれます。


 「力を得て、力を預けられ、私は魔王討伐のために起った。けど、魔王を倒した後のことなんか何も考えてなかった。魔王を倒せば皆が幸せになれる、ってそれだけしか考えてなかった。けど、それは違うんだよな。魔王が生まれた理由と意味を考えて、その後のことを考えるのも、きっと私のやらないといけねーことなんだ。力を振るうだけの、ただの勇者でいてはいけないんだよ。アコは、それを教えてくれたんだ」


 ……いえその、持ち上げてくれるのはうれしーですけど、わたしそんな大層なことしてま


 「その意味で言うならな、アプロニア。力を振るえる者としてお前を迎え入れたこの国に、その責任がないとは言えん。お前に全てを押しつけることで、魔王の脅威なるものへの、真に考えねばならぬことから逃げていたのだ、我々は」

 「兄上!……それは違います、わたしは陛下や兄上、それに…姉上にこの身をひとのために役立てる手立てを教えて頂いたのです。それは…マクロットの爺ぃやフィルカばーちゃんにも同様です。そしてそれにより、マリスやマイネル、ゴゥリンという同志も得た。あなたが私に与えてくださったもので、こんなにも沢山のものを、私は手に入れることが出来たのです。ですから、私は兄上には感謝してもしきれません」

 「……すまん、そういってもらえることが、贖罪と思えてしまえる此の身の不甲斐なさを責めてくれ、アプロニア」

 「メイルン…よく言ってくれました」

 「…ふん、そうよの」


 殿下にマクロットさん、フィルクァベロさんもまた、アプロを慈しむように見つめてます。きっとこのひとたちの間でしか通じ得ないものがあるのだろうと思うと…ま、ちょっとばかり妬けてしまいますよね。


 「…それで、アコはどうするつもり?」


 もしかしてベルにしても、同じような想いだったのかもしれません。少しばかりせき立てるように、アプロの反対側の隣でそんなことを言います。

 でもまあ、その問いにはもう答えは出てますよね。


 「決まってるじゃないですか。幻想種を生み出すのが、異界と繋がる穴なのだとしたら…その生まれてくる場所に、わたしたちが塞ぐべき穴がある。そういうことでしょう?ベル」


 そうだね、としれっとベルは言います。ていうか、あなたあの穴の向こうに比較的自由に往き来出来る身でしょーが。

 だったら今何処にそれがあるのかくらい言いなさいっての。


 「…アコ、ごめん。今の私にはそれは無理」

 「無理?どゆことですか」

 「無理、というか…場所は分かるよ。でも、幻想種はその穴から生じているのだから、近付けば近付くほど幻想種の数は増える」

 「でも第二魔獣と違ってひとに仇なすわけではないのでしょう?」

 「必ずしも、というだけ。数が増えればそれなりに危険なものも増えてくるのは理の当然。むしろ幻想種に関してなら、アコの方が詳しいはず」


 両手でお茶の入ったカップを持ち、お澄まし顔。つーかそんな顔してる場合じゃないでしょうに。

 ただ、ベルの言うことはもっともです。

 地球世界の想像や願いを形にしたというのなら、神梛吾子の記憶を持つわたしに見覚えや聞き覚えのあるものは少なくないでしょうけど…。


 「あのですね、ベル。地球にどれほどの人間がいると思ってるんですか。文化や神話だってそれ相応の数があるんです。その全てを知っているわけないじゃないですか」

 「だろうね。だったら…」


 文句を言うわたしを一瞥して、立ち上がります。


 「こんなところで話をしてる時じゃないと思う。今からでも向かった方がいい」

 「おいベル。場所は分かると言ったな。どこだ?私たちが塞がないといけない穴ってのは、どこにある?」

 「…急いだ方がいい。だって、今も数多の幻想種を生み出しているその穴は…」


 僅かに痛ましげな顔になるベル。

 そしてその口から発せられた地名は、この場にいる全員の顔を曇らせるに充分でした。


 「ミウ・ミレナ。みんなは行ったことがあるよね」


 ……アウロ・ペルニカから、アレニア・ポルトマに向かう時、まず最初に立ち寄る街。つまり。


 「………アウロ・ペルニカのすぐ近く、ってわけか」


 フェネルさんやグランデア、そして慣れ親しんだ、街の皆の顔が、わたしの頭に浮かんでいたのでした。

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