第18話・黒金の少女 その3

 アプロがへばっていました。


 あの、何があってもへーきな顔で駆け回るアプロが。

 わたしの部屋で下着姿でごろごろするのがとってもかわいいアプロが。

 どんな時でもご飯だけはたっぷり食べる、あの、あのアプロがっ!!


 「ちょっとまて!最後のご飯だけはたっぷりうんぬんはアコのことだろー!」


 えー、まあそうなんですけどね。この際ですからわたしへの風評もアプロに押しつけてしまえないかと思っただけなので。


 「…この疲れてるのに、もーアコは…」

 「疲れてるのは自分のせいでしょーが。普段なら四日も五日もかかる仕事一日で片付けたりするんですから、当然です」

 「…だって、アコと一緒にいた方がたのしいし」

 「そー言っておけばわたしが甘やかしてくれるって、最近思ってません?」


 なんですかねー。最近アプロの扱い方のコツを覚えたというか、要するにこの子妹気質なんです。

 わたし一人っ子なので実感はあんまり沸きませんけど、分かってて甘えてくる妹、って思うとなんだかすごくしっくり来ることに気がついたんですよね。

 だからまあ、こうやってかわすことだって安心して出来るといいますか。


 「でも、あの追い込みには参りました、ってフェイヤが言ってたんだから大したものだと思うけどね」

 「マイネルー?あんまりアプロを調子にのせないでください。ちゃんと普段からやってればこんな無意味な実力発揮しなくて済むんです」

 「なんだよアコ、前と言ってることが全然違うじゃないか。こないだは、『死ぬ気でやれば出来るのが分かったなら、それまではたっぷり遊べるじゃないですか』って言ってたくせに」

 「うっ…」

 「アコ…」


 …その、なんですか。追い込まれないと本気出さないアプロを本気にさせるための方便のつもりで言ったんですが、なんか別の解釈されてたよーな…。

 不満顔のアプロ、ジト目でこちらを見るマイネル。そしてゴゥリンさんは、おっきな体を揺するようにして笑っていました。




 準備万端整ったところで、わたしたち四人は再び、一度撤退したあの穴を塞ぎに向かっています。

 今回は珍しく馬に乗っての移動です。普段からそーすればいいのにな…と思ってアプロにそう言ったところ、


 「あのなあ、アコ。大まかな場所しか分からないところに馬なんか連れてったら、あらわれた魔獣の餌食だぞ?高いんだからな、馬って」


 …だそうです。意外に現実的な理由です。

 でも今回はもう出現してる穴のところに向かうので、近くまで来たら馬から下りて接近すればいい、ってことなのでした。


 「…(くんくん)」

 「そろそろ近いみたいだね。みんな、下りて」

 「おー」

 「はあい」


 ゴゥリンさんが鼻をひくつかせて、魔獣出没の気配を嗅ぎ取ったようです。

 草原の真ん中で街道から外れるような真似は本来してはいけないのですけれど(迷子になりますから)、わたしたちはそうも言ってられません。

 三頭の馬を街道の標識代わりに植えられている木に繋ぎ、ここからは徒歩となります。徒歩というか気が急いて小走りになってたわけですけど。

 そうして地球時間にして三十分ばかり経った頃でしょうか。ああでも最近時間の感覚が地球離れしてる気もするんですよねー。三十分て言われて「こんくらい」ってパッと想像するのが難しくなってきたといいますか。わたし、日本に帰れたら結構なリハビリが必要かもしれませんねえ。

 え、この世界の時間がどうなってるだって?つまんないこと聞かないでもらえます?今それどころじゃないので。


 …いえ、そんなことはどうでもいいです。草原といっても見渡す限りの大平原、ってわけじゃありません。凸も凹もあるのです。

 だから先頭に立っていたゴゥリンさんが皆を手で制して伏せた先にあったのは、忌々しい思い出のある広い窪地なのでした。


 「…ゴゥリン、いるのか?」


 すぐ後にアプロが続きます。同じように這って匍匐前進の要領です。

 わたしはそんな真似ごめんこうむりますので、二人からちょっと離れたところに腰を下ろしてましたけど。


 「数は…六体か。こないだより一体増えてるな」

 「それが出現数の上限、てことだろうね」


 マイネルも這ったままアプロの側に行って話してます。けっこーきれい好きでお洒落にもそこそこ気を遣うよーなところのある割りには、こういうの平気なんですね。やっぱり男の子、ってことなんでしょうか。


 「どうする?アプロ」

 「任せろ、新しい呪言編んできたんだ。マイネルとゴゥリンの出番は失くしてやるさ」

 「………」


 なんだかゴゥリンさんも不安を覚えてるようです。珍しいこともあるもんだ、と変な感心をするわたしです。

 まあそれでも二人とも一応は任せる気になったようで、少し下がって呪言を唱え始めたアプロに代わって、穴と例の筋肉カンガルーの監視をしてました。

 今回は追いまくられる状況でもないので、わたしもアプロにひっついていることもなく、仕方なしにですが這いながらマイネルとゴゥリンさんの元へ寄っていくのでした。


 「アプロ、何を始めるつもりなんです?」

 「さあ。でもなんだか嫌な予感がしないでもないね」

 「………」


 不安を隠せないマイネルです。ゴゥリンさんも同感なのか、なんとも形容のしがたい表情を見せてます。

 穴まではだいぶ距離があったため、わたしはそちらの方に目を向けてみました。あの時は冷静には見られませんでしたけど、なるほどあのカンガルーの身長と比べてみても、穴自体が大きい。高さ五メートル、ってとこでしょうか。

 魔獣の出てくる穴のサイズと、わたしが裂け目を縫い合わせる布の大きさは必ずしも比例してるわけじゃありませんけれど、今後こんなアホみたいなサイズの穴が現れるとなると、もっと縫うスピードあげないといけないかもしれませんね、と今回の切り札の入った巾着の位置を確かめながら、わたしは思うのでした。


 そうしてしばし待つうちに。

 魔獣も呑気なことにこちらに気付いた様子もなく、わたしの方も準備をしていた方がいいかな、と後ずさろうとした時に。


 「…アコ!」

 「え?」


 静かながらも鋭いマイネルの声。けど、気付いた時は手遅れでした。

 わたしの腕があたった石が一つ、窪みの坂を転げ落ちていきます。そして運の悪いことに小石は途中で更に大きい、もうすこしで岩、みたいな大きめの石に当たり、それをも巻き込んで坂を転がっていきました。


 「やば、気付かれた…アプロ急いで!ゴゥリン、迎え撃つぞ!」


 あわわわ…わたし、やってしまいました?!

 立ち上がって自分の杖に呪言を込め始めるマイネル。前回のことからして足止めにしかならないでしょうけど、ともかくこちらに向かって来始めた筋肉カンガルーたちに向けて、いつもの光矢を放ちます。

 ゴゥリンさんは斧槍を振るって坂を駆け下りようとしてましたが、その背中に向けてアプロの声が響きます。


 「待てゴゥリン行くな!巻き込んでしまうから少し待て!」


 え。巻き込むとかなんかえらい物騒な単語が聞こえたような…。

 見るとアプロは、両手で中段に剣を構えたまま、こちらに近づいてきます。そりゃあなたその最中は襲われないとはいえ、少し大胆すぎません?!


 「……滅びの唄を我、ろうぜん────顕現せよ!」


 そして、アプロからも穴の位置が見えそうな所にまで至った瞬間、呪言が完成しました。

 何が起こるのか…アプロの高く掲げられた剣を見つめるわたし。ですが、何も起こりません。もしかして失敗?

 …と思っていたら、いきなり頭を上から押さえつけられます。あ、この感触はゴゥリンさんの手の…と思った瞬間、視界が真っ白に染まります。「その位置」を見ていなかったわたしの目も眩むほど、なのですから、実際にはどれだけの暴力的な光だったのでしょう。


 「ひゃぁっ…なに?なになになにーっ?!」


 ゴゥリンさんの手のしたで慌てふためくわたしの耳に、次の瞬間それは届きました。


 轟音、いえ爆音です。生まれてこの方聞いたこともないような、途轍もない大きな爆発音。

 鼓膜が破れそうなその音に、反射的に耳を塞ぎますが、続いてやってきたそれはわたしのそんな真似を一切無駄にしてくれました。


 「え?え?えええええっ?!」


 気配を察して身を固くしたことなんか、全っ然無意味でした。

 爆風にあおられ、飛ばされたそうだったわたしの体をかろうじて地上に留めてくれたのは、ゴゥリンさんの太い腕だったのです。ぶっちゃけ死にかけたよーなものです。全身が上下左右にシェイクされまくりんぐです。ゴゥリンさんが掴んでくれてたわたしの腕が、肩から抜けると思いました。


 そして、それらの一切が去ってようやく生きてる実感を取り戻したわたしの目に映ったのは……。


 「なにこれ…」


 でっけぇクレーターなのでした。




 しばしぼーぜんとし、ようやく我に返ったわたし。

 こちらに襲いかかろうとしてた筋肉カンガルーの姿なんか影も形もなく、でも穴は残っているところをみると、まだ活動はしてるみたいです。あの一発でもまだ消し飛ばないとかどんだけですか。


 「…そういえばみんなは……っ?!」


 いやまあ、わたしが(なんとか)無事なんですから、あの三人に何かあるとも思えませんけど、とにかく最初に見つけたマイネルは、わたしと同様に今体を起こしたとこらしく、少し離れた場所でこちらを見て苦笑していました。

 わたしはホッとして残りの二人を探します。ぶっちゃけあの三人の中で一番ヤワそーなマイネルが平気だったんですから、心配は必要ないだろーなー、と…見つけました。マイネルの向こうにいました。

 そしてアプロは、ゴゥリンさんに頭をドヤされてました。

 うずくまって頭を抱えてるアプロと、その傍らで腕組みをしてるゴゥリンさん。なんとも珍しい光景ですが、それが当然に思えるくらいには、めちゃくちゃな真似をしたものだと思います。

 それでも一言くらいはー、って気がして、なんとかその二人のもとへ歩いて行って、言いました。


 「アプロー…流石に今回のは無茶ですって…わたしまで吹き飛ばされるところだったんですからー…」

 「……あー、ごめん。今ゴゥリンにも怒られてたとこだから、かんべんして…」

 「いいですよ、ゴゥリンさんに怒られるなんてめったにあるわけじゃないでしょうし、それに免じて今回は許してあげます」


 まあわたし的にはそれどころじゃないんですけどね。これからが、本来やらないといけないことですし、と不意に陰ったことで、その到来を察知します。


 「じゃ、ここから先はわたしの出番、ということで。…よいしょっ、と」


 地面に届く前に、現れた布に手を伸ばします。二回目ですが、やっぱり大きくて、舞台のカーテンとかこんな感じなのかな、と思いました。


 「細工は隆々、仕上げをご覧じろ…ってとこですかねー」


 おばあちゃんの口癖を思い出し、ふと口にしてみました。わたし、なんだか気力充実。皆の役に立ててる、って初めて実感してます。


 腰の巾着をひらいて、手製の針山を取り出しました。そこにびっしり刺さっているのは、精精石の針。いろいろ苦労して皆で材料から集めて作ったものです。

 これだけのことをしてもらっておいて、わたしが失敗するわけにはいきません。


 「…いきます」


 静かに宣言。そして、針山から精精石の針を抜き、次々と裂け目を仮止めしていきます。小走りくらいのペースで端から端まで、針が通りました。魔獣なんか再出現する気配もありません。

 そしていつもの通り、針から糸を繰り出して縫い始めます。

 お休みの間中、お裁縫をしていたのが幸いしていたのでしょうか、これまでにないくらいの手際の良さを感じました。もしかして今なら、最初の時でも間に合うペースだったかもしれません…ってのは流石に言い過ぎでしょうけど、一心不乱に縫い進め、最後のひと縫いから糸をまとめ、歯でそれを切るところまで、一気呵成。


 「終わりっ!アプロ、穴はっ?!」


 いつの間にか額に浮いていた汗をぬぐって、聞きます。答えは…ま、アプロのあの笑顔なら問題ないんでしょうね。

 わたしも確認しようと、宙に浮いた穴の場所、というよりアプロの剣が作ったクレーターの爆心地を目を向けました。


 「………きれー」


 思わずため息のもれる光景でした。

 物騒な魔獣が幾度も現れていた空間の裂け目は、その痕跡を失う最後の瞬間、虹のような何色もの色をはらんだ光を、天空に向けてすぅっと伸ばし。


 「だなぁ…こんなのは初めてだけど」


 という、アプロの呟きの後、散るようにかき消えていったのでした。


 「終わったかい?」


 消えた光景の余韻のようなものが漂う中、なんとも重い足取りのマイネルも、こちらにやってきました。


 「…なんかいろいろありましたけど。でも、今のを見たら、なんかやり遂げた、って感じですねー」

 「はは、アコにしては珍しいことを言うものだね」

 「どーいう意味ですか。まるでわたしが不粋の極みみたいな言い方じゃないですか、それだと」

 「不粋かどーかは知らないけどさ、何かと即物的なアコにしては珍しいだろー」

 「アプロまでそーいうこと言いますか、もう」


 もちろん冗談だって分かってます。けどマイネルだけならまだしも、アプロにまでそんなことを言われるのは心外ですから、もうあとは残ったゴゥリンさんを味方につけようと…。


 「…ゴゥリンさん?あの、どうかしました?」


 したのですけど、当のご本人は、一切の緊張を解かない構えで、ついさっきまで穴のあった場所を睨み付けています。


 「ゴゥリン、どうした?」


 アプロもそんな様子に警戒を戻したようで、構えこそしませんが、抜いた剣を片手に同じようにその場所に視線を向けました。


 「アコ…」

 「…なんかヤな感じですね」


 そうなるとわたしやマイネルも穏やかではいられません。揃って前の二人の横に並び、目を向けたその先には…。


 「え…わたし、何か失敗し…まし……た、っけ…?」


 絶句。

 ただそれだけ。


 だって。


 消えたと思った裂け目は、同じ場所にまだあって。

 それは見る見るうちに高く、高く伸びていき。

 目も届かない高さにまで達したかと思うと…一番下の裂け目が音もなく広がって。


 …中から人影が、あらわれたんですから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る