第184話・そしてわたしの旅路の果てに その3
危険はないのか、と散々念を押されましたけれど、そんなもんわたしにも分かるわけがありません。
でも一つだけはっきり言えるとしたら、今やらなければならないことを今やらないのなら、わたしがこの世界にいる意味なんか何も無い、ということです。
「…アコ、あなたを失うことは…世界だけではなくわたくし個人にとっても、後悔してもしきれない喪失になるのですから、くれぐれも気をつけてください」
泣きそうな顔でそう言われてしまうと、さすがに多少は、決心も揺らぐのですけれど。
でもそこは大人として、心配しないで、と力強く請け合うわたしなのでした。
三人で出した結論を翌日聖王堂教会でマリスたちに披露すると、真っ先に心配されたのはわたしがどうなるのか、という点でした。
「アプロ、覚えてます?その…アウロ・ペルニカを旅立つときシャキュヤに襲われて、わたしあの時ほんの短い間ですけど未世の間でシャキュヤの亡骸とわたしの根源に会っていたんですよ。そのとき、わたしどうなってました?」
「あれはほとんど一瞬のことだったもんなー…私の腕を振り解いたアコを追っかけるのに必死でそんなこと気にしてられなかったし」
「そうですか…」
未世の間を訪れてる間、わたしの体がどうなっているのか、ってことはかなり重要なんですけどね。時間がどれくらいかかることなのか、とか。
「アウロ・ペルニカでのことを言うならさ、僕とグランデアとアコの三人だった時のこともあるよね」
「あ、そういえばそうでしたね」
アプロが渋い顔をしてます。
そうですね、アプロをほっといて三人でアウロ・ペルニカの外にあった穴を塞いでた時のことですから、アプロが面白くないのも無理はないのですし。
「…そーじゃなくてさ、一番いいトコをマイネルとやってた、ってのが面白くねーんだよ」
「それ何か違うんですか?わたしには同じことのように思えますけど」
「だからさ…」
「アコ」
なんだかアプロらしくもなく言い倦ねるものがある様子を見て、マイネルが苦笑していました。
「アプロはさ、僕にヤキモチ妬いてるんだよ」
「マイネルに?なんでまた」
「それは一番アコに近い場所でアコを守ることが出来たから…痛いよ?!」
「うるせぇえ!サイコーに美味しいトコ持っていきやがったんだから今から取り立ててやるっ!」
「今更過ぎないっ?!」
取り立てるって…アプロあなたマイネルの髪の毛引っ掴んで何を取り立てよーってんですか。マイネルはともかく、マリスがかわいそうだからそれだけはやめておきなさいってば、と、マイネルの上半身にしがみつくアプロを引きずり下ろします。
「…くっそー、マイネルだけじゃ気が済まねー。そのうちグランデアにも一発かましてやる!」
「あー、はいはい。それはいいですから話戻しましょ?グランデアにはわたしの分も見舞ってあげていーですから」
「………うん」
わたしの顔をしばし見やると、アプロはのろのろとマイネルの肩から降りました。
ここでアプロがしおらしくなったのには理由がありまして。
昨夜、なんやかんやの前にわたしは、ずぅっと考えていたことをアプロとベルに告げたのです。
きっともう、わたしがアウロ・ペルニカに帰れることはない、って。
ガルベルグを倒し、地球とテラリア・アムソニア…この世界を繋いでしまいかねない穴を塞ぐことに全力を投じてしまえば、きっとわたしは永くは生きられないだろうな、って。
そう聞いた時の二人の顔は…分かってたことを言葉にされてしまって、やっぱり消化するのに時間がかかる、って感じでしたね。
まあその分、なんか夜は三人ともお互いを求め合ってとんでもねーことになったのですけど。お陰で今も腰がちょっと痛かったり……ちょっと品がありませんでした。失敬。
「それで実際どーだったんです?気がついたらわたし、グランデアに背負われて逃げ回ってたのでよく覚えてないんですが」
「時間そのものはそれほど長かったわけじゃないよ。アプロが言ったような一瞬ってほどでもないけど。でも正直言うと、それって重要なことなのかい?」
どうなんでしょうね?実際のところ、わたしが未世の間に意識飛ばしてる間、体がどーなっているのかなんてそれほど重要じゃない気がしますけどね。
「そりゃまたどーしてだよ」
「だって少なくとも、この国では最強のアプロが万全の状態で守ってくれているんですから。心配することなんて何一つ無いと思いますけど?」
あっけらかんと言ってのけたわたしの一言に、当のアプロは一瞬ポカンとして、それからわたしが惚れなおすよーな頼もしい笑みを浮かべて言いました。
「なるほど。そりゃー確かにそーだよな。でもって私は…アウロ・ペルニカで食べ損なったいーところを、今度こそ独り占めできる、ってわけだ」
独り占めしちゃダメでしょ、ベルやゴゥリンさんとマイネルにも分けてくださいってば、とアプロを小突くと、彼女はくすぐったそうに笑い、わたしはこの笑顔が大好きなんだなあ、と改めて思うのです。
「…ま、そーいうわけだからさ。どうなるかなんて分かんねーけど、あまり心配しすぎることもねーと思うよ?マリス、待ってるだけってのもそれはそれでしんどいだろうから、おめーを泣かせないように頑張る。だから、留守番たのむよ」
そうして、全てを悟ったようなさっぱりしたアプロの物言いにマリスは、涙を堪えるようにして、わたしに惜別の言葉を述べたのです。
…と言いましてもねー。わたし別に長生きしたくないわけじゃないんですから、やれるだけのことはやりますよ。あなたを泣かせたくはないですからね。
・・・・・
「…ん、遅かった」
「わりー。なんか今日に限ってじじぃもばばぁも揃っててさ。なんかいろいろ言い含められて遅くなった」
アレニア・ポルトマを出て最初の街道塚で合流すると、そこで待っててベルは口を尖らせて文句を言ってきました。
アレニア・ポルトマの中で大手を振って歩けないベルは、朝わたしたちと一緒にアプロの別宅を出ると、こうして先に待ち合わせ場所にいるのですけど。
「今日はあまり気配が良くない気がする。気をつけて」
「こっち来てからいー感じだった日なんか一日もない気がするけどな。まあ魔獣の性質で、夜は落ち着いていられるのだけが助けか。よーし、じゃあ今日も…」
「アプロ」
「ん?」
打ち合わせもそこそこに、今日も王都の周辺を、と歩き出そうとしたとき、ベルがアプロを呼び止めます。なんだか心配そうな顔をしていました。
「んだよ。立ち話してるよーな時間ねーだろ?」
「別に歩きながらでもいいけど。『いろいろ』って、なに?」
「……」
アプロは黙ってしまいました。
もちろん察しのいいアプロのことですから、ベルの聞いてきた「いろいろ」が今し方アプロの言った、フィルクァベロさんとマクロットさんに言われたことだとは見当ついているでしょうけど。
「…おめーが何のことを言ってるのか分かんねーよ。ほら、さっさと行くぞ」
「……ああ、なるほど。僕にも意味が分かったよ。あのさ、お二人にアプロが言われたのは」
「言わせねーぞ!」
なんかつい先ほど見たよーな光景がまた繰り広げられます。ベルの聞きたいことをマイネルが答える、というのも…また珍しい光景だなー、と思うのですけど、アプロがベルに聞かせたがらないというのも変ですよね。
「ベル」
「ん?なに、アコ」
「えとですね、出かける時にフィルクァベロさんとマクロットさんがアプロに言ってたことですけど…」
「うん、うん」
「あっ!アコ裏切るのかっ?!」
いや、裏切るて。とてもいい話だったじゃないですか。
わたしはアプロを無視してベルに蕩々と語り始めます。マイネルだけでは抑えきれないと思ったか、ゴゥリンさんも一緒になって「………まあ落ち着け」とか言ってアプロを羽交い締めにしてます。なんだかとても楽しそうでしたので、わたしはアプロを二人に任せて話を続けました。
「お二人が、わたしたちが出かける間際にアプロに言ったんですよ。『もうそろそろメイルンなどとは呼べないな』って。アプロの幼名…っていうか、王家入りする前の本名なんですけどね、今まで半人前扱いしてたアプロをお二人はそう呼んでいたんですよ」
「うん」
「でも、この戦いを通じてアプロを認めるところがあったんでしょうね。『アプロニア、と呼ぶことにしましょうか?』とフィルクァベロさんが言って、マクロットさんも同意したとき、アプロが言ったんです」
「なんて?」
「それはですねー…」
「アコ!こらーっ!!…むぐぅっ?!」
あ、ゴゥリンさんの手に口を塞がれてる…ちょっと羨ましー。
ベルも同感なのか、そちらをチラリと見ましたけれど、わたしの話への興味が上回ったのか、「それで?」と先を促します。なんか目が輝いてますねー。ふふ。
「…『私がガキだった時を知ってるのはフィルカばーちゃんとマク爺だけなんだから、今までと一緒でいい』って。あはは、アプロがマクロットさんのことをマク爺って呼んでたなんて、かわいーじゃないですか」
「へぇ…」
向こうでまだぎゃーぎゃー喚いてるアプロを余所に、わたしの話でベルは感心したように微笑んでます。
そうですよね。わたしにとってはとても嬉しい話だったのですけど、同じように喜んでくれるひとが他にもいるのは、それに輪をかけて嬉しい話なんです。
「んーっ!んーっ!!」
ベルに教えてしまってもまだアプロは暴れてます。
もう観念しなさいって。ベルはアプロをからかうネタが出来たー、みたいな怪しい笑みになってますけれど、そう思われたってあなたはイヤじゃないでしょう?
「うがーっ!!」
「うわぁっ?!」
「……ぐっ!」
とうとう二人の縛めを解いたのか、ひときわおっきな怒鳴り声が聞こえると、こちらに駆け寄って真っ赤な顔で、アプロは弁解します。
「ちげーよ!アコのは全くのデタラメだからなっ?!」
「でたらめ?」
「そう!…その、メイルンと呼ばれるのがいいんじゃなくてー…その、なんだ、じじぃたちに認められたのが嬉しかったっつーかー……うぐぅ…」
「それ同じことじゃないですか」
「…アプロはかわいい」
ですね。
思うに、アプロが抵抗したのはベルに思うところがある…というか、見栄を張りたいところがあったからなんじゃないかって。自分でも自分の幼さを痛感してしまう話を知られて平気じゃいられない、って。
それはきっと、相手を対等の友だちだと認めているからこそ思うことなんでしょう。
「…ん、なに?アコ」
「いえ。ベルがアプロの友だちになってくれて良かったな、って思いました」
「…アコは苦労性」
そーいう言い方がありますか、こら。
微かに眉をひそめて隣のベルに肩をぶつけると、なんだかとても気持ちの良さそうな顔になりました。
それを見てアプロがまた不満のありそーな目でわたしを見ましたけれど、ゴゥリンさんが一喝するよーに時間が無いのだろう、と言うと、渋々それに従い、先頭に立って歩き始めました。
それはまだ憤慨が収まらない、みたいな足取りで、わたしとベルにはそれがなんとなく照れ隠しのようにも思えて、顔を見合わせてにっこりと笑い合ったのでした。
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