第185話・そしてわたしの旅路の果てに その4
「アコって本当に考え無しだよね…」
うるせーですね!思慮深いことでも定評のあるこのわたしをつかまえてなんてこと言うんですか、この男は!
…という意を込めて、少し離れたところにいるマイネルを見やったのですけど。
「…今回ばっかりはマイネルの言う通りだなー」
アプロにまでダメ出しされるに至り、アウロ・ペルニカいちの甲斐性無しを睨む目も半分涙目のわたしでは、ただの負け惜しみにしかならないのでした。
場所は、というと方針のある程度定まったわたしたちは、今日からは好き勝手にやらせてもらうことになりましたため、なんか大っきな穴の空いてるところがいーかなー、ということで、三日前に出現したという、この辺では一番の大物のところにやってきています。
いえ、この時点で既に考え無しじゃないか、と誰かさんが言いそうなのですけど、そう言い出したのはアプロなんです。わたしはそれに従っただけなんですからっ!
「アコは主体性がない」
やかましーですね。ほっといてください。
…こほん。
ともかく、ベルにまでいわれ無きひぼーちゅーしょーを浴びさせられたのです。わたしとしては弁明の機会を求める所存なのです。
「………時間の無駄ではないのか?」
ゴ、ゴゥリンさんまで…っ。
…ええい、いーから聞きなさいっ!!
まず、ですね。
ベルとの合流を済ませてひとまず動き始めると、どこに向かうか、って話になったんです。その時点で我ながら主体性的なものが皆無だったなー、とは思いますが実際どこに行けば未世の間に接触できるかなんか分かんないじゃないですか。それにアプロが先頭に立って歩き出したのですから、わたしたちとしてはついていく他ないですよね?
で、いつも通りに、一応は聞いていた一番おっきな穴のとこに辿り着きました。
そして、いつも通りに現れていた魔獣を討滅しました。
やっぱりいつも通りに、わたしが布の穴を繕って、魔獣の穴も消しました。
未世の間?なんかありましたっけ?
おしまい。
「………だから時間の無駄と言っただろうに」
「ちょ、いくらゴゥリンさんでもその暴言は見過ごせませんよっ?!この後同じ事二回やったんですから!」
「それをいれても余計に時間の無駄じゃないのかな…」
フルボッコですか、わたし。
流石にこの傷心は慰めてもらわないと、とアプロにベルのまいらばーずに助けを求めますと。
「………」
「………」
…なんか目を逸らされました。
最初に先導してたアプロが気まずそうなのは分かりますけれど、ベルまで落ち着きがないのは一体なぜに?と思ったのですけれど、目ざといわたしはその時、見つけました。ベルのお口がもぐもぐ動いて、のどのトコがごっくんと動くのを。つまり。
「……ベル?」
「な、なに…?」
つかつかと、ベルの側に寄ってゆき、にっこりとわたしサイコーの笑顔を向け、言います。
「なに食べてるんですか、あなた」
「…お、おなかすいたから」
んなこたー分かってますよ。わたしだってさっきからお腹の虫がくぅくぅ鳴いてますよ。朝もはよから三件穴塞ぎこなして魔獣相手にけっこーいい運動もさせてもらいましたよほとんどアプロがひとりで片付けちゃいましたけどねっ。
「…それでわたしの危機にぼーかん者決め込むってのはあまりにも薄情過ぎじゃないですか、あなた」
「…だってアコがあまりにも考えなしだったから」
まだ言いますか。
ていうか、未世の間に行くって言ったってどーいうタイミングで何をすればいいのか分からないんですから、考えたって無駄じゃないですか。
「アコ、語るに落ちるっていうのはそういうところなんだってば。考え無しでやってたって自分で白状してるじゃないか」
「むー……そうはいいますけどね、マイネル。よくよく考えたら、わたしが未世の間に意識飛ばせるのって、相当に切羽詰まった時なんですよ。あなただって知ってるでしょーに。けど現状アプロひとりでも充分な戦力ですし、よっぽど強力な第三魔獣でも出てこない限り、そんなことになりっこないんですよ」
そしてそこらの第三魔獣が相手なら、わたしの力で押し切れちゃうわけですし。
「だからといってなー、わざと手を抜くわけにもいかねーだろ?それこそアコを危険にさらすことになるんだし」
「…もう、私が未世の間に赴いた方がいい?みんな連れて」
「それが出来るんならそうしたとこなんだけどなあ…」
結局、わたしがガルベルグと対面するには、わたしの意志であそこに行かないといけないんです。ベルが主導するとそこのとこが確かじゃないので試してみてませんでしたけど、もうそれしかないかなあ、って気もしますよね…。
「そこまで難儀しているようなら、力添えをしましょうか?」
んー、難儀はしてますんで、この際頼れるものなら何にでも頼ってしまおうかという気はしてきましたね…。
「要は針を扱う娘が危難に陥れば済むのでしょう。我らがおれば造作も無いことと存じますがな」
また「針を扱う娘」って久々に新しい呼ばれ方が増えましたね、わたし。というか最近その針のなんちゃらって呼ばれ方してなかったので懐かしくさえあります………誰?
思わず首を巡らして、全員揃ってるか確認してしまいます。
いち、に、さん、し、ご。うん、ちゃんと五人いますよね。わたし除いて。
…わたし除いて?
「…くっ!」
気がついたらベルの隣にいたアプロが抜剣して、声の主に斬りかかっていました。
「アプロ!」
「ベル!みんなを頼む!」
ちょっ、いきなり何なんですか!…と事態の把握をする間も無く、ベルに腕を引っ張られてゴゥリンさんたちのところに連れて行かれるわたし。
離れてく背中の向こうからはアプロの呪言が炸裂する気配。顕現せよ、という締めも無しに撃っているということは、かなり切羽詰まった状況…?
「アコ!私はアプロの応援に行くから二人に守ってもらって!」
「………心得た」
「何なんだよいきなり!」
「え?ちょっ…」
そしてわたしをゴゥリンさんとマイネルに任せると、ベルはドコから出したのか、いつか見た大鎌を振るってアプロのもとに駆けます。
その先に繰り広げられた光景は、剣を振ると同時に顕されるアプロの攻撃と、それを掻い潜ってアプロに接近しようとする…おっきなトカゲ?
「ゴゥリン!力押しじゃ拙そうだ!」
「………うむ。行ってこい」
「アコを頼むよ!」
ベルも加わりアプロもひと息つけそう、という様子にしかしマイネルは焦りの色の濃い顔を見せ、ゴゥリンさんと何やら通じた風なやりとりの後に杖を横に構えて三人の戦いに加わりました。
「鋲牙閃!」
見慣れたマイネルの呪言が大トカゲを襲います。声に反応したアプロは咄嗟に身を引き躱すと、アプロのいた空間を薙いだ光弾が奔り、トカゲに中りました。
「あのその、でも全然効いてないよーな…」
「………牽制にはなるだろうが…アコ、第三魔獣相手だ。手立てを頼む」
やっぱりそーいうことですか。
でも所詮一体しかいない魔獣相手にそこまで焦る必要なんか、と呑気に針を手にしたわたしの耳に届く、耳触りな音。
キシキシ、ギシギシ、とかいう感じの気持ち悪い音色は、理屈とかじゃなくて生理的…いいえ、本能的な危機感をわたしにもたらして、背筋のゾクリとする悪寒からか、わたしの手は止まって周囲を見回し、そして。
「………爬虫類の群れはイヤ────っ?!」
「……アコ!!」
…ええ、わたしミミズが大の苦手ではあるんですが、それに負けず劣らず「群れなす」ウロコがもうイヤでイヤで…っ!ああ、ローイルのウネウネした髪の悪夢が蘇るぅ…。
つまり。
いつの間にかわたしたちは。
突如姿をあらわした、二足歩行のトカゲの群れに囲まれて。
「…う~ん」
で、あっさりとわたしは気を失ったのです……。
・・・・・
【…アコ、ばか?】
「うう…我ながら不甲斐なくてすまんことです…」
だからこーして最初の目的を果たしたのはいーんですが、もう少しカッコイイ展開でなんとかならなかったものでしょうか…。
気がつくとわたしは、お馴染みの場所でいつものわたしの根源との再会を果たしておりました。
って、いやそれどころじゃなくて。アプロたちが今どうなっているのかは気になりますけれど、こうなったら幸い今はわたしのやるべきことをやらねば。
「というわけなので、ガルベルグのところに連れてってください」
【………】
「…いやまあ、気配だけで呆れた空気醸し出せるその技、どーやるのか今度教えて欲しいんですがそれはともかくですね。あなたもう分かってるんでしょう?ここで引きこもってるガルベルグ引きずり出してみんなでいて込ましてやらないと、もうどうにもならないって。そりゃあわたしの生みの親…?ではありますけど子は親離れするものなのです。こっちはこっちで大事なもの見つけたのですから、それを取り上げてしまおーって親には逆らって当然なのです。反抗期なのです」
おーけー?と、右手の人差し指と小首を傾げて小粋に主張しました。
したら。
【かんがえなし?】
「ちょ、なんであなたにまで言われないといけないんですか!それついさっき散々に言われてわたしヘコみまくったんですから勘弁してくださいっ!ていうかあなたわたしの根源でしょーが、ブーメランて言葉知ってます?!それとも鏡持ってきて見せたらいーですかっ?!」
いえまあ、ガルベルグとご対面したらどーすんのか、って点については出たとこ勝負しかないので、考えなし言われてもやむを得ないんですけど、それにしたって自分自身に言われて「はいそうですね」ってうなずけるほど人間出来てませんよぅ、わたし。
「…とにかく、ガルベルグに会えるなら案内してください。アプロにベル、マイネルやゴゥリンさんまで揃ってるんですから、表でそうそう後れをとるとは思いませんけど、時間が無いのは確かなんですから」
【それはわかった。でも、ぼくがあんないするひつようもない。もう、いる】
え、どゆことです?
と、辺りを見回すと。
「………」
見慣れぬ老人が、腰掛けていました。
両足を開き気味に、膝の上に両手を乗せ、肩を落とし俯いたままでした。
見えるものしか象られることのない、黒のペンキを塗りたくったような未世の間で、疲れ果てたように肩を落とした姿の、ただの老人でした。
「…?あの」
根源が促したように思ったので、わたしは躊躇いつつも近付いて声をかけます。
話の流れからすればこの男性がガルベルグ…のはずなんですが。
何度か見た彼の姿は確か、壮年の男性で、苦悶の徴のごとく眉間に皺を寄せてこそいましたが、明確な意志と何かを企んでいるに違いないという強い疑いを持って相対しないと呑み込まれてしまいそうな、そんな手強い存在だったのに。
でも、今わたしの目の前にいる草臥れた痩身の老人は、何もかもを奪われて打ち捨てられて、全てに絶望しあとは滅びるのを待つだけのような、そんな危うい姿でいました。
「…ガルベルグ……ですか?」
老人の肩がピクリと僅かに揺らいだようでした。
わたしの声は聞こえているのだろう、ってそんなつまらないことに安堵しないといけないくらいに、今にも消えてしまいそうな姿なのです。
「わたしのこと、覚えていますか?異世界の…日本の、あなたが繋いでしまおうとしている世界の少女を模して、あなたが世界に放った存在です。アコ…カナギ・アコです。正直会いたくはなかったですけど、あなたに会わないと世界は変われないって思って、会いに来ました」
腰を屈め、その耳に声が届くようにして話を始めます。
きっとこれが、わたしのしてきた旅の最後の、ひとつ手前なのだと。
そう確信して。
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