第191話・そしてわたしの旅路の果てに その10

 出来ればゆっくりと旅行で来たかったですよね。

 風光明媚で近くの湖で採れる魚料理も有名。しかも近くには温泉もあって国内有数の観光地らしーじゃないですか。まったく、ヴルルスカ殿下もけっこーなお住まいをお持ちなものです。


 「あのなー、アコ。遊びに来たんじゃねーんだから」


 日が昇り、空からガルベルグの探索中のわたしたちです。

 で、アプロの言うことは尤もなんですが。


 「でも新婚旅行に来たいと思いません?こう、三人仲良く温泉に浸かってぇ、おいしいもの食べてぇ、景色のいいとこ行っておべんとにしてぇ、夜は宴会してぇ、って」

 「食べてばっかじゃん」


 うっさいですね。朝食のおかわりお願いしてたわたしを引きずって出発された恨みは忘れませんからね。


 「でも『新婚旅行』という響きには惹かれるものがある。アプロは乗り気じゃないみたいだから、アコ?私と一緒に遊びに来よ?」

 「いーですねー。アプロなんかほっといて二人でいちゃいちゃしましょーか」

 「アコ、手を離していーか?」

 「ごめんなさい調子に乗りました。全部ベルが悪いんです」

 「アコがひどい裏切りを…」


 空の上で漫才を繰り広げるわたしたちです。

 残念ながら観客もツッコミもいないのですが。早くマイネル来ないかなあ。


 「そんな用事で呼ばないでくれるかなっ?!って言いそうだなマイネルだと。さて、真面目にやろーか」

 「ですね」

 「うん」


 到着早々に決めた通り、今日のところはわたしたち三人でガルベルグの足止めです。

 アプロの言うには、足止めだけでなくこちらの狙う場所に誘い込むこともやっておきたいそーですが、最終的にどうするのかまでは教えてもらえませんでした。

 まあひとの手でどうにかすることに意味がある、とかいう話でそれは同感でしたから反対する理由も無いんですけど。


 「…んー、いねーな。ベル、そっちは?」


 で、雨期に特有のどんよりした空の下、湿っぽい空気を顔で感じながらの探索行です。


 「何も感じない。アコは?」

 「まあいつぞやみたく地上から狙い撃ちされることも覚悟してましたけど…今のとこそーいう気配もありませんね」

 「だなあ…何なんだ?アコにやりこめられてブチ切れたってんなら、姿見せると思ってたんだけど」

 「ちょっ、わたしを囮にするつもりだったんですかっ?!」

 「囮とか人聞きが悪いなー。アコに惹かれてのこのこ出てくるの待ってるだけだって」

 「言い方変えたってやってるこたー同じじゃないですかっ」


 ほんっと、時々わたしに無茶振りしますよね、アプロ…。


 「ま、それだけアコのこと信頼してる、ってことで」

 「…褒めときゃわたしが黙るわけじゃない、ってことは覚えておくといいです」


 とはいうものの、油断してられるほど呑気な状況でもないので、空きっ腹を抱えて地上を穴が空くくらいにじ──────っと見てる他ありません。ホントに穴が空いたらいろいろ便利なんですけど。




 そんな感じで、しばらく経ちました。

 雲の間から日の光も差し込むようになり、そろそろ雨期の終わりも感じられる天候です。


 「…お腹空いた」

 「あなたあれだけ食べといてわたしより先にお腹空くとかどーいうことですか。まったく」


 アプロの左後方を飛行してるベルが愚痴ります。

 まあベルの場合、アプロにしがみついてるわたしと違って自力で飛んでいるので、別に先にお腹空いたからって文句言う筋合いじゃないのかもしれませんが、食べ物の恨みを忘れるわけにはいかないのです。


 「…ん、もう一回りしたら一度帰ってメシにするか?」

 「ですね。賛成です。ていうか今すぐ引き返してもいいくらいです」

 「ベルみてーなことを言うなー、アコも」


 言うても実際お腹空いてますし。

 そういえば、いつかアプロに、どれくらいの間空を飛んでられるか聞いたら、お腹が空くまで、とかわいーこと言ってましたね。今まさにそんな気分。


 「気をつけて。そういうことを言うと何かが起こるのがお約束」

 「だな。なんだっけ?確かアコが前に言ってた、死亡…ナントカ?」


 死亡フラグのことですか。言うても今回に限ればむしろ起きて欲しいんですけど。こっちは体勢万全にして待ち構えてるわけですし。


 「万全ってほどじゃない。アコ、油断しないで」

 「りょーかい、です」


 ベルにしては真面目な声色でしたので、わたしもおちゃらけはやめて地上の見張りに戻ります。


 「少し離れた方がいーかもな。ベル、ちょっと分かれよう。えーと、太陽を左に見るように進んでくれ。こっちは右に見えるように飛ぶから。時間はそーだな…次に腹が鳴ったら逆に太陽を右に見るように反転してくれ。こっちもアコの腹で同じことをする」

 「わかった」


 あんまりといえばあんまりな提案ですが、ベルは笑ってアプロの言う通りに飛んでいきます。気をつけて、というわたしの声には、後ろ手を軽く掲げて応えていました。


 「それにしても、ベルはともかくわたしの腹時計をアテにはしない方がいーんじゃないですか?わたし一応、自在にお腹鳴らせる特技持ってるんですけど」

 「だったらさっさと鳴らせばいーよ。その分早く帰れるし」

 「んな無責任な真似出来ますか。ちゃんと見張りはしますってば」

 「アコのそーいうとこ大好きだぞ」

 「どーも。わたしもアプロのそういう臆面のないとこ、嫌いになれませんよ」


 あはは、と二人して笑います。

 そしてその間も油断せず目を地上に走らせるわたしでしたが…。


 「?…アプロ、あれ!」


 その甲斐はあったようです。


 「え、どこ……いやがったか」


 アプロもわたしの指さした方角を見、すぐに同じものを見つけました。

 ガルベルグそのもの、なのかはわたしには断言出来ませんけれど、彼の力の象徴そのものと言ってもいい、巨大な体躯が地上に姿を現しています。

 落ち着いて、という言い方も少し変ですけど、前回はその力に圧倒され、逃げるのに必死だったのでよく観察も出来ませんでしたけど、おっきなヘビのような昔ながらの日本や中国の龍というよりは、なんだかゲームとかマンガによく出ていた、肉食恐竜の首が長くて背中に羽が生えてる姿です。

 それが地上をのっしのっし歩いてる…方角からすると、ヴルス・カルマイネに向かってるようには見えませんね。何やってんでしょう。


 「アプロ、あれどこに向かってると思います?」

 「さーな。ヴルス・カルマイネに行くんでなけりゃとりあえず焦る必要はねーと思うけ…ど、っと」


 こちらが向こうに気付いた気配で察したか、どうも向こうもこっちを見つけたみたいです。アプロは警戒するように直線で進んでいた軌道を変え、こまめに加減速を繰り返します。もっともそのためにこっちは酔いそーなんですが。あとむしろ下から見ると目立ったりしませんか?


 「…気付いたかな」

 「かもですね。でもすぐに攻撃してくる気配は…あ、あの、もーちょっと速度落とすか穏やかに飛んでもらえますと…はい」

 「あ、わりーアコ」


 気のせい程度にスピードを緩めてくれるアプロです。まあお陰で、右にいったり左にいったりした時の揺さぶられる感じは大分軽減されましたけど。

 ですので、またわたしはドラゴンをじっくり見下ろします。でっかいトカゲ、とゆー呼称がこちらでも定着したよーな雰囲気ですが、確かに見てるとそのとーりとしか言いようが無いですね。

 体表の色はいかにも「とかげっ!」って感じの、主にわたしの生理的にちょっとアレな、黄金色っぽい緑色。

 大きさは…まあ距離感も定かじゃない空から見ているのでははっきり分かりませんが、トラック二台分くらいでしょうか。この世界でトラックって言っても通じませんけど。あ、そういえばこないだ日本に行ったときに、アプロに説明したよーな気が…。


 「アコ」

 「はい、なんです?」


 とか、とりとめのないことを考えてましたら、少しばかり焦りも感じさせるアプロの声。

 なんでしょうか。


 「アレ、空飛べると思う?」

 「空?あー、確かに翼みたいなのついてますけど。どうなんでしょう?現れてからそーいう素振り一度も見せてませんしね」


 つか、あの図体で空まで飛んで呪言ぶちかますとか悪夢でしかないんですが。

 しかもこっちの防御の切り札、ベルは今別行動で、しかもアプロときたら空を飛びながら呪言放てない、というけっこー致命的な弱点が…。


 「アコ歯食いしばれっ!!」

 「ひきゅっ?!」


 などと呑気に考えてる場合じゃありませんでした。

 不意を突かれなかった、という意味では助かりましたが、対応したことでかえって身体の方が危機に陥る羽目になったのです。


 「あぷ、アプロぉ…ちょっ……」

 「……くっ…この───ッ!!チッ、チッ、チッ……ッ!!」


 わたしを左手で支え、右手の剣の力で必死に「何か」を躱す様子のアプロは問いかけに答えるような余裕は全くありません。

 わたしは、といえば目を開いて今の状況を確認しようにも、視界が真っ暗になったり真っ赤になったりを繰り返し、気が遠くなるのを必死に堪えてどうにかアプロにしがみついているという有様。いわゆるひとつの、重力加速度でブラックなんとかとかレッドなんとかってヤツなのでしょう。神梛吾子の記憶にある、読んだことのある本にそんなことが書いてあったよーなそんな感じ。

 そしてどこか遠くで大きな音が響いているような気配はするものの、その正体を確かめることすら出来ず、ただ振り落とされないよう、気絶してしまわないよう必死に耐えるしか出来ませんでした。


 それでも、ドラゴンの攻撃?を避けるしかなかったところから直線的な動きに移って目を開く余裕がようやく生まれ、よくまあ気を失わなかったものですと自分で自分を褒めながら周囲の様子を見たならば…。


 「な、なんでこんなことに…」

 「……くそ、これヴルス・カルマイネの兵たち連れてたらとんでもねーことになってたぞ……」


 隕石の雨で降り注いだのか、ってくらいに、そこかしこが窪み、窪み、凹みに窪み。あと大穴。


 「…あのやろー、いきなり飛び上がってこっちの上を取ったら、遠慮なしに次から次へとドカドカ撃ちやがって…」


 クレーターはもう二桁どころか三桁に届くんじゃないか、とゆー数です。

 ここから見たら地平線の向こうまで続いてるんじゃないか…とは言い過ぎですが、地形が変わるどころの話じゃないですよこれ…。


 「どーするつもりなんですか」

 「どーもこーも…わぁっ?!」


 上を取られてからずっと攻撃されていた、ということでしたが今はほぼ追いかけっこのカタチ。

 そして背中を取った敵がすることといったら、点になってるこちらを狙い撃ちすることだけです。

 こちらとしては的を絞らせないよう、細かく動いて距離を取るしか出来ません。


 「…あーくそ、単純に速度だけなら勝てそうだけど、勝てるのはそれだけだ。攻撃力、攻撃範囲は相手になんねー。おまけにこっちの攻撃は一切効果無し、とくる」

 「…ねーアプロ。このまま逃げ切って、世界のどこかで二人きりで終わりを迎えませんか?」

 「それはむちゃくちゃ魅力的な提案だなー。けどそれには二つ問題がある」

 「ベルのことですか?」

 「それは問題になんねーだろ…っとぉっ?!……げー、今回のはちっとヤバかった。よけ方がちっと単純過ぎたかな……ああ、ベルのヤツならどーせこの世界のどこにいたって嗅ぎ付けておいかけてくるだろーしな」


 あは、アプロも分かってるじゃないですか。もうベルがわたしたちを逃がすはずがないって。


 「…問題ってのは、私らがヤツの目の前から姿を消したら、きっとこの世界を無茶苦茶にしてしまう。アコ、さっきから感じねーか?」

 「何をです?」

 「……ガルベルグの殺気を、だよ…ひゅッ?!……まーたさっきより狙いが定まってきてやがんなー、くそ。とにかくだな、あいつが恨みを持つ私たちが姿を消したら…どーすると思う?」

 「考えたくもありませんね」

 「同感だよっ!!」


 アプロの顔から大分余裕が消え失せてきてます。いえ、余裕なんて最初っからありませんでしたけど、ここを凌げばなんとかなる、って「先」くらいは見えていたものが、今はそんないいことを考えられそうにもないんです。

 今、わたしたちを後ろから追いかけてきてるアレをなんとかしないことには、この世界のひとたちが滅ぼされてしまう…なんだかそれくらいの勢いです。


 「そうですね、恨まれる覚え、ってのは確かに…ありますけど、正直それが殺意になって襲ってこられると…うん、アプロが一緒でよかったです」


 きっとひとりだったらちびってたでしょーしね、と品の無いことを言ってアプロに額をコツンとぶつけられます。ツッコミをいれるにしても今はそれくらいのことしか、出来ないのです。


 「…で、もう一つの問題って?」

 「そろそろ私も腹が減ったっ!!」


 結局それですか。わたしもベルもアプロも、個人差はあってもそーいう自分のよくぼーに忠実なところは共通してますよね。特に夜中、お布団の上だと実感…あわわ。


 「……ふひゅっ!!…うへぇ、動きで誤魔化すのもそろそろ限界だな。こっちの動きの先を読むようになってきやがんの」


 手を伸ばせば届くよーな距離をかすめていった光弾に、アプロが首を竦めながら言います。

 余裕なんてものはとっくに無いし、打つ手も無い。

 お腹が空いたのでこのまま飛び回ってる、ってわけにもいかないし、かといって身を隠すわけにいかない。隠したらこの辺り一帯が…まあ、考えるのは止めましょう。怖すぎますって。

 よーするに、二進も三進もいかないお手上げもーお終い。

 そんな中でもアプロが飛び続けていた理由って。


 「…アプロ、そろそろじゃないですか?」

 「だな。なんとか間に合いそーだ」


 わたしたちの前方からかっ飛んできたのは。


 「…ったくおい!おめーいつもより腹鳴るのおせーんじゃねーのかっ?!」

 「……余計なお世話っ」


 わたしたちとすれ違いざま、ちょうどアプロのつま先に届きそうだった光弾を打ち返し、きっとわたしとアプロにしか分からない程度のびみょーなドヤ顔を追いすがるドラゴンに向けていたことでしょう。


 「…さーて、役者も揃ったことだし」

 「ですねー」


 速度を落とし、アプロは反転します。

 そしてドラゴンの鼻先で急ターンかましたベルと軌道を並べ、互いに不敵な笑みを交わし言いました。


 「背中は任せるからなっ!」

 「…いいけど、アコはどうするの?」

 「……どっちの方がマシなんでしょうね、この場合」


 さて、わたしの選択はどうなったかといいますと?

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