第192話・そしてわたしの旅路の果てに その11

 ボロボロです。わたし、ボロボロです。

 顔は煤けてお気に入りのコートもどっか飛んで行きました。

 ベルに捕まって空を飛んでたら、ガルベルグの呪言の直撃くらってこんなんです。


 「アコはいい判断をする」

 「これのどこが良い判断だってんですかもうベルのばかっ!!」


 はい、ベルの方を選んだらこの有様です。

 攻撃担当のアプロより、防御担当のベルの方が安全かなー、って思ってそちらに乗り換えたら、まずガルベルグの攻撃にさらされるの防御担当の方じゃないですか、って考えたら当たり前のことなのに。わたしのアホー。


 「まあほら、アコも私からベルに乗り換えた報いを受けたってことで」

 「あなただって知っててそのままにさせといたんでしょーに。なにしれっとした顔してんですか」


 いいのか?ホントにベルの方でいいのか?って何度も念押ししてた理由が分かりましたよ…それもにやにやしながらっ。

 ほんっとにもう、そーいうときのアプロの真意くらいちゃんと読み取りなさいってばわたしのアホー。ぱーとつー。


 「…それよりこっちを見失ったみたいだけど。どうする?」

 「さーてなぁ…どうする?アコ」

 「どうするもこうするも…理想的な展開を言えば、このままわたしたちを探してうろうろしてる間に夜になって、んで今日はお引き取りいただく、ってとこなんでしょうけど…」


 そんな上手くいくわけあるか、と四本の視線がわたしにツッコみます。いえそりゃわたしだってそんな都合のいい話があるわけねーって思ってますけど。


 ベルと合流し、しばしド派手なドンパチやらかしたあと、爆炎だか爆風だかに紛れてこちらは地上におりて、山ほどこさえられた穴ぼこの一つに身を潜めてます。


 「…アコ、お腹空いた」


 狭い場所にこもってるので、ほとんど身を寄せ合うばかりのわたしたち。

 そして、わたしと肩が密着してるベルがそんなことを言いますけど。

 …あなた今日はそればっかじゃないですか。少しは我慢してください、って言いたいとこですが、実際時間的にはもう日が傾く頃なんですよね…いえもうホント、夜明け前に食事しただけの身でよくもまあこんな時間まで活動してたものです。

 ていうか、食事はともかく喉が渇いたのくらいはなんとかしたいです。水筒は持ってきてましたけど、だいぶ前に既に空になってますし。


 「……見つかったかな?」


 一人空を見上げてたアプロが、物騒なことを言います。


 「見つかるものなんですか?」

 「さあてなー。最初に遭遇したときもこっちが先に見つけたわけだし、図体の差を考えればそう簡単にこっちが見つかるとも思えねーけど」

 「…いや」


 並んでたベルが、同じように空を見上げながら言葉を継ぎます。


 「見つかった。ガルベルグはかなりの執念でアコを追いかけてる」

 「ちょっ!じょーだんこかないでくださいってばアレに追っかけられるとかかよわいわたしの身でどーしろって…」

 「バカ、アコ!」

 「…あ」


 思わず立ち上がってしまったわたしをアプロが引きずり降ろそうとしましたが、その甲斐無く空の天辺から降り注ぐ視線的なナニカを感じたわたしは空を見上げてしまい。


 「………」


 「……目、合っちゃいました…」

 「逃げるぞっ!」

 「……アコ、貸しにしとく」


 バカなこと言わないでください今の一連の流れのどこにわたしの過失があるってんですかええそうですねわたしが一番ヘイト買ってて見つかったのもわたしのせいですねええそうですよもうどちくしょ──────っっっ!!


 ……そろそろアウロ・ペルニカに帰りたい。



   ・・・・・



 ヘトヘトになってヴルス・カルマイネに戻ったわたしたちは、ヴルススカ殿下を始めとするお歴々に出迎えられました。


 「…ひどく疲れた顔をしているが」

 「お察し下さい、てなもんです。もー…」


 歩くのも勘弁してもらいたい、って足取りのまま、殿下の前を横切って、駐留隊の本部の屋敷に入ります。


 「兄上、わざわざ来て頂きありがとうございます」

 「アプロニア、使われに来てやったぞ。存分にこの身を使役するがいい」

 「はい、頼りにしております」


 その後ろで兄妹が割とぶっそーな会話をしてますが、疲れを忘れたよーな声色ですから、けっこーなお兄ちゃん大好きっ子ですよね、アプロも。


 「アコ、お疲れさまでした」

 「おかえり。無事でよかったよ」

 「………難儀した、という顔だな」


 何故マリスがいるのかはよく分かりませんが、それでもいつもの面子に会って、わたしもなんとなく空元気くらいなら沸いてきます。


 「どーも。とりあえずわたしもベルもお腹がペコちゃんなので、何か食事させてくださいよ」

 「………もう、ダメ…」


 食事、の一言でとーとー限界を迎えたのか、ベルがわたしの背中にしなだれかかっておりました。




 そりゃ確かにアレニア・ポルトマからは飛ばせば一日で到着する距離、ってんですから不思議はありませんけれど、フィルクァベロさんにマクロットさんまでやってきますかね、フツー。


 「事と次第によってはこの地が最終決戦の場所になりかねませんからね。野次馬根性の旺盛な爺婆としては顔を見せずにはおれませんよ」

 「そういうことだ」


 元夫婦のお二人が豪快に笑ってます。なんで離婚したのやら、ほんと。


 「……ぐぅ」


 一方、お腹いっぱいになるなり寝転けるとかもう、ほんと自分の欲望に忠実ですよね、ベルも。まあ今日は大活躍させてしまったので、そのまま肩を貸しておくくらいはしておきましょう。起きたら昼間の貸しとチャラにするつもりですけど。


 「それで、明日はどうするつもりなのだ」


 てな感じに、ほどよく休憩も済んだところで作戦会議、です。

 ヴルス・カルマイネの迎賓館…的な例のお屋敷にて、ヴルルスカ殿下を筆頭に、わたしたち五人にマリスとフィルクァベロさん、マクロットさんのおしどり夫婦。グレンスさん。それと、殿下の部下の、部隊長的なひとが二人ほど。聞くと衛兵隊と駐留隊のそれぞれの隊長さんだそうで。


 「アプロニア。指揮はお前に任せる。我らには何を目的に動けばいいか指示しろ。細かいことはこちらで考えよう」

 「はい、ありがとうございます。では、明日はガルベルグたる、幻想種の魔獣撃滅を果たします」

 「………その前に、今日のお前達がどう行動したかを聞かせろ。失敗したのだろう?」

 「ゴゥリン、お前なー…」


 アプロと殿下の間のやりとりに口を挟むとはゴゥリンさんもなかなか大胆なことです。

 ですがまあ、今日一日でわたしたちが見聞きしたことを明らかにするのは、明日の行動の計画を立てるにあたってムダなことではありませんでしたので、殿下に無様なところを知られたくないアプロと、すっかりお眠のベルを差し置いて、わたしがあーだこーだと一通り語ったのでした。


 「…呪言が効かぬ、空は飛ぶ、それで向こうは地形を変えてしまうほどの力を有する。これを一体どうするというのだ?」


 そして、わたしが話し終えてすっっっかり静まりかえってしまった一座の中、マクロットさんが早くも万策尽きた、みたいな声をあげます。なんか普段から自信たっぷりにガハガハ笑ってる豪傑にしては、また心細いことです。それだけ事態に対する責任感がある、ってことなのでしょうけど。


 「じじぃ、その点だけどな……ええと、クローネル伯、それについては自分に考えがあります」


 隣の殿下に軽く頭を小突かれて、アプロは言い直しました。まあそこでちょっと嬉しそうな顔をするとこがアプロのかわいいとこです。少し妬けますけど。


 「ほう。聞かせてもらおうか、メイルン」

 「…はい。まず、呪言が効かないという点ですが、効力のある攻撃が一切出来ない、という意味ではありません」

 「ふむ」


 ここでアプロが説明したのは、最初にガルベルグと遭遇した時に起こった事象です。

 アプロは全力の呪言を撃ち込みはしましたが、それでは全くダメージを与えられなかった。けれど、直撃させずに地面を抉った呪言が弾き飛ばした巨岩は、確実にガルベルグの姿勢を崩していた。そういうことです。


 「つまり、直に呪言の威力を当てるのでは効果は無いが、岩なり大水なりといった、聖精石の力に依らないものを当てれば、効力はある、というのか?」

 「はい、兄上」


 掻い摘まんでそう述べた殿下のお顔は、拍子抜けとはこのことだ、とでも言わんばかりです。

 でも…。


 「ですがアプロニアさま。聖精石の力であればこそ、力を当てることが出来るのです。どのようにすればガルベルグに岩ですとか大水ですとか、そういったものを押し当てることが出来るのですか?」

 「それこそ人間の知恵、というものが要ると思うんだよ、マリス」

 「…お兄さま?」


 疑義を呈するマリスの問いを引き取ったのは、意外なことにマイネルでした。


 「この世界の苦しみや悩みは、世界の成り立ちに根ざす魔獣の存在に多くを求められる。僕たちは昔から、そして今も、あるいはこれからも魔獣の脅威と付き合っていかなければならない。そのためにはアコの言った、世界を回す力を削って得られる聖精石だけに解決の手立てを求めていてはいけない。確かに、ガルベルグのもたらした聖精石の力は有効だよ。魔獣に対してのみならず、この世界で僕ら人間を苛む様々な災厄から身を守るのに、有効だ。けれど…」

 「…それは、歪な形でもたらされていた救いであり、わたくしたち教会の人間は尚のこと、世界の有り様に寄り添う形で、乗り越えていく術を示してゆかなければならない、ということなのですね」

 「……そういうことだよ。さすがは僕のマリスだ」

 「そんな…お兄さまがいてこそのわたくしですもの。これくらい当然のことです」

 「ふふ、嬉しいよマリス」

 「お兄さま……」


 そして、人目も憚らずバカップルが互いを褒めそやしてイチャつき始めるのでした。


 「…で、具体的には何をするつもりなのですか、メイルン」


 まー流石にこの状況でツッコむ者もおらず、フィルクァベロさんが居心地わるそーにアプロを促すくらいがいいところ。

 しかし、あのフィルクァベロさんを困らせるとは…知らぬ間にアプロにも出来なかった偉業を達成してしまってるんですが、自覚あるんですかね?


 「マリス…」

 「…お兄さま」


 話を聞いてもいなさそーですね。「いい加減になさってください、教区長」とグレンスさんにどやされなければいつまでもそのままでいたでしょうね。


 「ま、具体的に、って実務の話になると兄上や地元の領分になるよ。そうだな…例えば両側が崖になってて、ガルベルグを上手いこと追い込んで、あとは崖の上から埋めてしまえるよーな場所でもあれば最高なんだけど」

 「そんな都合のいい場所があるものか、メイルン」

 「無いなら探す。あるいは作る…そーだな、山崩れでも起こして埋めてしまうとか、そうでもなければ隧道を掘ってそこに追い込むか?」

 「無茶苦茶言いますね。大体、そんなところが都合良くあったからって、どーやってガルベルグをそこに追い込むんですか」

 「どーやって、だって?そりゃーもちろん…」

 「………だね」

 「………ですわね」

 「………だな」

 「………心せよ、アコ・カナギ」


 …あのそのちょっと、皆さん?なんでそーやってわたしに不穏な視線を集中させるんですか?イヤな予感しかしない…。


 「アコ。大丈夫、私とアプロが守ってあげるから」


 「やっぱりそーいうことかよちくしょ──────っ!!」


 …囮、という言葉の意味を痛切に思い知らされるわたしでした。

 いやまあ、適任なのは認めますけど、もーちょっとわたしに優しくしてください、皆さん…。




 まあそういうことになり、具体的にどーするのかはアプロとベルと殿下と、殿下の部下の方たちにお任せしまして、わたしとマリスは引っ込んでお休みします。いえもう、ほんっと今日は疲れた…。


 「…大変でしたわね、アコ。ではわたくしはこの辺で…むきゅ」

 「どこにいこーってんですか。マイネルの寝所になら行かせませんよ?明日は大一番なんですから、よけーなことして体力使わせるつもりはありませんからね」

 「いえあの、アコ…?後生ですからこの襟を掴んでいる手を離してくださると…」


 もーね、マイネルからふんわりとマリスの乳臭い…もとい、においがしてくるんですよ最近。こいつら一体毎晩何してんですかってんです。


 「べ、べつになにもしておりませんわっ?!ただ、その…」

 「ただ?」

 「……いっしょに寝てくださっているだけです。わたくしはいつでもこの身を幸して頂いても構いませんのに、お兄さまったら『それだけはマズいから』って……ああ、でもそうわたくしに告げる時のお兄さまのお顔もまた…ああっ、ああっっ、結ばれるべき二人が強い意志でそれを耐えるというのもまた強固な愛の形…これこそ真実の、愛っっっ……ですわっ!!…あの、アコ?」


 バカバカしくて聞いてられません。

 わたしは一人で盛ってるマリスを余所に、用意された女子部屋の一番上等なベッドにもぐりこんで、とっとと寝にかかるのでした。

 ぐんない、世界。明日からはもーちょっとマシな世の中にしてやりますからねっ。

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