第175話・魔王と勇者と英雄と その8

 魔王にして、友。

 その存在と激突し、そして彼の身と心を我が手元に取り戻さんとする、勇者。

 世界の行く末をも決する死闘の繰り広げられる中。


 「…えーと、なんかまたあっちで爆発音…あーっ、あーっ、警察の音がー……ちょっとは手加減とか考えてくださいってのっ!…こっちは身を隠しながら追いかけないといけないってのにもー…」


 …わたしは単なる役立たずでした。


 いやだって当たり前でしょーが。

 跳んだり跳ねたり光線をばーっと光らせたり、人外大決戦やってるところに、ただの人間…人間?のわたしがついていけるわけないです。

 おかげで二人から取り合いもされてたヒロイン様も出番なし、ってもんです。あ、パトカー近付いてきた。警察に話しかけられると面倒なのでこそこそと…って、それやってるお陰で二人になかなか追いつけないんですよ、もう。




 クソ猫、という懐かしいフレーズでベルを罵ったアプロは、わたしが止める間も無くつっかかっていきました。

 一撃目で公園の噴水を木っ端微塵にし、吹き出した水にわたしが慌ててるうちに、二人はどこへともなく…でもなくて、なんかアプロの怒鳴り声と剣の呪言が力を発揮する時の音、それから…まー、あんまり考えたくはないんですが、なんかそっちの方角から石とかが崩れるような音、木でも倒れるような音がしまくって、いえ確かにそれだと音を追いかけていれば二人のところに追いつけるハズ、なんですが、いくらなんでも東京のど真ん中でそんな真似してれば、出張るものが出張ってくるわけでして。


 ほんと、日本のお巡りさんは優秀です。

 騒ぎが起こってから五分くらいで、けたたましいサイレンの音と供に官憲のご到着です。

 わたしはこんな格好ですから、彼らに見つかるわけにもいかず、夜なのをいいことにあっちに潜み、こっちをコソコソと移動し、なんとか二人を探しているのですけど。

 ときどき航空隊がどーのとかマスコミのヘリがこーのとか、次第に大事になってくようにしか思えず、こりゃやべー、としか思えません。いえホント、早く止めないとっ。


 「と言っても…空を見ても仕方ないというか…きゃあっ?!」


 最後の破壊音が聞こえてから少し経ち、多少は近づけたかなと思って空を見上げていたら、人影が降ってきました。

 そして、茂みに身を潜めていたわたしに目の前に落下。まさか巻き込まれたひとがっ?!と慌てて駆け寄ってみたならば。


 「アプロっ?!」

 「う…いててて……くそー、あんにゃろ流石に本気出すわけにもいかねーからって遠慮なしに無茶苦茶しやがる…」


 頭を振りながら身を起こすアプロでした。


 「本気出さないでいられる冷静さはこの際頼もしいですけどね、ベルはどうしたんですか!」

 「私をぶっ飛ばしてどっか行った…くそー、アコ、あいつの行きそうなとことか分かんないか?」

 「すいませんね、神梛吾子の記憶でもこの辺の地理なんか疎くって。でもベルの方だってやる気満々みたいでしたし、そのうち向こうの方から…」

 「そこに誰かいますか!ケガはしてませんか?!」

 「あ」


 電灯を向けられて目のくらんだわたしとアプロに、気遣うような言葉を油断のならない口振りでかけてくる人影。


 「…そこを動かないで!今そちらに行きま…」

 「アプロっ!」

 「分かってる!」


 わたしを抱えて飛び立つアプロ。

 言葉は分からなくても何かヤバいことは察したのでしょう。警官が止めようとするのを振り切って、わたしたちはビルの谷間の狭い空に身を投じます。


 「アコ、地上から狙われたらマズい!下注意してて!」

 「分かってます!」


 夜のことですから、下から見てわたしたちの姿を追うのは簡単じゃないはず。

 障害物の多いところを飛び回るのはアプロに任せ、わたしは地上にベルがいないかどうか探しますが、そう簡単にいくハズも無くて。


 「…アプロっ!力使っていいですかっ?!」

 「任せる!」


 一応許可を得てから、わたしは針を取りだし糸を繰ります。これでベルをどうにかしよう、というのではなく、ベルを探すつもりでしたけれど、狙い違わずその存在を見つけるのに成功しました。


 「アプロ、ベルはあっち!」

 「りょーかいっ、アコ流石だな愛してるっ!」


 こんな時に何言ってんですか、とぼやきながらも顔がにやけるのを抑えきれないわたしです。あーもー、わたしだって大好きですよっ、アプロ。


 わたしの指さした方角に向けて高度を落とすアプロ。

 またなんかデッカいビルの足下の、広場めいた場所に植えられた木にいます。登ってこちらをうかがっていたと思しきベルの顔が驚愕に染まるのを見逃しません。


 「いやがったなネコ!」


 その姿をアプロも見つけ、空を飛ぶ推力を生んでいた剣を振りかざして襲いかかります。

 まさか真っ二つにしよーなんて思ってはいないでしょうけど、わたしは思わず目をつむってしまい、雄叫びをあげながら襲いかかるアプロの体にしがみつきました。


 「…っ!アプロっ、アコを巻き込まないでっ!!」

 「うるせー、アコだって…」


 激突する瞬間、二人は何かをぶつけ合うように言葉を交わします。

 そして。


 「おめーのことが心配なんだよっ!!」

 「くっ?!」


 受け流したのか避けたのか、どちらかは分かりませんがアプロの一撃はベルに届かなかったようです。


 「追うぞアコ!」

 「任せます、わたしのことは気にしないでくださいっ!」


 こんな時ですけど、わたしを抱えるアプロの顔がニコリとしたようです。

 気にするに決まってるだろ、と言葉にしない想いが伝わってきます。

 ベルが逃げ、アプロは…まあ周囲に被害を与えないように、時に剣を振るってその背中に光線だとか光る刃みたいなのだかを狙い撃ちしていました。

 ベルもそれを巧みに避け、時に当たりもしましたが大した威力はないのか少しばかり速度を落としはするものの、わたしたちから距離をとろうと飛び回るのですが。


 「アプロ、狭いから気をつけて!」

 「この際それが幸いしてるけどなっ」


 ビルを飛び越えるほどの高度がとれないために、急旋回を繰り返すうちにベルの背中が大きくなります。こちらを振り返って確認するたび、焦りの色が濃くなっていくベルの様子が分かるくらいに。

 一方、わたしたちがこんなところで飛び回っているのに地上も気がついたのか、段々人が集まってきてるようでした。それはそれで非常にまっずい。まさかいきなり拳銃とかで撃たれたりはしないでしょうけど、もーちょい穏便というか目立たないように追いかけっこした方がいいんじゃ…と、思ったときでした。


 「…!あぶっ……」

 「え?」


 下の方を見ていたわたしはアプロが慌てて制動をかけるのに反応が遅れ、アプロにしがみついていた腕が振り解かれてしまいました。


 「アコ!」


 アプロもしっかりわたしを抱きしめながら飛んでいたはずですが、それだってわたしも同じように、アプロにしがみついていればこそ、の話です。


 「え、ちょっ…あのっ、……きゃぁぁぁぁぁぁぁっ?!」


 一瞬、宙で止まっていた気がしたのは何だったんでしょうか。あれはマンガの演出だと思ってたんですけど、実際そーいう立場になってみると。

 …うん、時間が止まったよーな気がするんですね。よく分かりました…って言ってる場合ですかわたしっ?!


 「アコっ!」

 「…アコっ?!」


 重なる二人の声に名を呼ばれながら、落ちて行くわたし。

 高いところから落ちるといえば、アプロに初めて会ったときもそんなことがあったような…あれって結局、わたしの記憶としては、未世の間でアプロが訪れるのを待ってて、迎えにきたアプロに引かれていくトコの直前から前は、改ざんされてたわけですよね。

 うん、そうだったそうだった。でも記憶としてはいまだに、日本での自宅で勉強してた時に急にアプロがあらわれて、間違って手をとってしまって引っ張ってこられた、ってことになってますけど。


 …はて?

 なんか引っかかりますね。

 今のわたしにはソレが改ざんされた記憶だって分かります。それは、いい。

 いつか未世の間で見たのは、ガルベルグに何かを指示されてアプロの迎えを待つわたし自身の姿。根源の石の見たわたしの姿なんですから、それは間違いない。

 だから、アプロがわたしを迎えにきたのは未世の間に、であって日本の神梛吾子のもとへ、ではない。

 てことは、ですよ?神梛吾子を彼女の部屋に迎えに来た…というか掠いに来たのはガルベルグの手のものか本人であって、アプロじゃない。

 そーして引っ張ってこられた彼女は未世の間でわたしというコピーを取られた。

 …で、彼女は日本に還されて、わたしはアプロが迎えにくるまで、文通の真似事をやらされたり、言葉を覚えさせられたりした、と。

 誰に?ってそりゃガルベルグですよね。

 そういえば、人間を象った魔獣、という意味でなら、わたしだけじゃなくてシャキュヤもそうでした。

 ガルベルグは、人間をコピーした魔獣を作る。


 …何のために?

 あーいえ、わたしに関してはまー分かります。あのやろーの目的のために働かせようって魂胆があるんですよね。はい。

 けど、なんかもっと…こぉ、根本的な理由というか…そのためなら別に、自我を持ったわたしみたいな半端な道具を生む理由には弱いような…上手く言えませんけど、シャキュヤだってわざわざ実在した人間をコピーする必要無いんじゃないか、っていうか。そして、未世の間にああしてシャキュヤの亡骸を置き続ける意味も分からない。

 彼女が、死後にあの姿になったのはガルベルグの仕業じゃ無いとしても、そのままにしておく理由はないんですよ。もちろん、壊したり消したりする積極的な理由も無いんですけど。


 ただ、それで言うのなら、一度さらってきた「神梛吾子」をまた元の世界に戻す理由も、無いんです。

 異世界から来たと呼べる存在が欲しいのであれば、神梛吾子を洗脳するなりすればいいのだし、道具として魔獣で複製したものが欲しいのであれば、オリジナルの神梛吾子なんか用が済めば捨ててしまえばいい。物騒な話ですが。


 でも、そうはしなかった。

 …しまったなー、本人に会ったんだから、その辺訊いておけばよかったですね。二年くらい前に、記憶が曖昧になる感じに行方不明とかにならなかったか?って。そーすればガルベルグの思惑を推測する材料くらいは手に入れられたっていうのに。

 …なんて考えていられたのは、実は割と一瞬でした。


 「アコ!」

 「助かりましたっ…ベル」


 アプロを出し抜いたのか、わたしを先に拾い上げたのはベルで、わたしは今度は彼女にしがみつくことになりました。ちょーどいいかも。


 「なにが?」

 「いえ、ベルに訊かないといけないことがあるんですよ」

 「…それはあとで。いまはアプロからに逃げないと。アコ、人質になってもらう」

 「ひゃぁっ?!」


 地面激突にはまだちょっと余裕ある高度でわたしをかっ攫ったベルでしたが、そのまま地面スレスレまで降下して、今度は超低空飛行に転じます。つーか鼻先が地面です。何か地面に突起でもあったら簡単に死ねそうです。

 そんな想像にゾッとして、


 「ベ、ベル…?もちょっとその、高く飛んで欲しーかなー…って…」


 などと訴えてでみたものの、わたしを無視して…いえ、わたしの胴にまわした腕に力を込めて、かえってスピードを増しただけでした。


 「待てこのクソ猫!アコを返しやがれーっ!」


 そして今度はわたしを追いかける立場になったアプロ。

 先程までとは違って飛び道具ぶっ放すわけにもいかず、代わりに罵りの言葉を放ちながら距離を詰めてきます。ええ、わたしを抱えてる分、速度はさっきよりも遅いのですが、代わりにベルは巧みに進路を操り障害物を避けつつ、地面を撫でるような航跡でアプロの追撃を退けようとします。


 「…けっ、速度がダンチなんだよアホ猫!」


 が、絶対的なスピードの違いは如何ともしがたく、とうとう並んで飛ぶ形となって、アプロがこちらに手を伸ばしてきました。


 「手を伸ばして掴んでアコ!」

 「え、あ、はいっ!…っていうかベルが離してくれな……あ、アプアプ、前、前ぇっ!!」

 「へ?」


 わたしが悲鳴を上げる間も無いタイミングでベルは上昇に転じ、そのまま垂直なビルの壁面に添って飛行を続けます。

 一方アプロの方は…。


 「わひゃぁっ?!」


 …とかいう素っ頓狂な悲鳴と共に、ビルの入り口に突っ込んでました。

 わたしに気を取られて前方不注意だったのが原因なんでしょうけど。


 「ベ、ベルベル止めて下ろしてアプロが心配…」

 「大丈夫。あれくらいでケガするアプロじゃない」

 「いやそりゃわたしだって、アプロならあれくらいではかすり傷一つ負ってないだろーなーって思いますけど、わたしがそれ言ったらあまりにも薄情じゃないですか。せめて心配するフリくらいしてあげないと」

 「…アコも大概だと思う」


 そうなんでしょうか?アプロなら結構笑って「しょーがないなー、アコはもー…」くらいで済ませてくれそうな気もしますけど。


 「今私と一緒にいるのでなければ、その通りだとは思うけど」

 「え?どゆこと…です?」


 そろそろビルの屋上が見えてくるかなー、という辺りでベルが呆れたよーに言いました。

 ちょっとちょっと。自慢じゃないですけどアプロのことならベルよりもわたしの方が心得てるんですからねっ、と我ながらちーさな胸を張って(抱えられて空を飛びながら、我ながら器用なことです)みました。

 って、いやいやいや。それはともかくアプロの方がどうなったのかって、恋人としては一応心配してはおかないと、とビルの窓越しに中を見たらちょうどその時。


 「…だろうね」


 同じものを見たベルが、どこか嬉しそうに笑んでました。

 即ち、誰も居ないビルの真ん中を、コンクリートやらプラスチックやらガラスやら、あるいはそれらで作られた高価な機械を軒並み破壊しながら、光線がビルを貫きわたしたちよりも先に屋上に達し、光の槍のようにそびえ立つと。


 「こんのぉぉぉぉぉ…どろぼー猫がぁぁぁぁっ!!」


 光線が破壊して空いた穴を飛び上がってきたアプロが、わたしたちと全く同時に、ビルの屋上に顔を出したのでした。

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