第23話・はたらく聖女さま その3
「…結局マリスは何が言いたかったんだー?」
「あなたほんっとうに、自分の興味ない話は聞こうとしませんね…」
あのあとマリスもおねむタイムに入ってしまったようで、確かに説明を最後まで聞くのに難儀はしましたけれど。
かいつまんでしまえば、最近予言される魔獣の現れる穴に、これまでのもの、千二百年という教会の記録にあったものとはいささか異なる傾向のものが現れてきている、と…そして、その差違について今教会の権奥にいる協力者と調査しているところ…だそうで。
どちらにしてもそれ以上の詳しいことは聞かせてもらえませんでしたので(確実ではないことで、アプロたちを煩わせたくない、だそーで)。
ただ、やっぱりですね…その、「教会の権奥」ってやつが不穏な響きでですねー…こういうパターンってアメリカの映画とかでありそーじゃないですか。実は組織の上層部が…ってヤツ。「お約束」を心配したわけじゃないでしょうけど、マイネルも気がかりではありそうでしたし。
「大丈夫なんじゃないの。マリスのやつ、マイネルやアコが心配するほどヤワじゃねーっつうか、相当にしたたかだぞ、あれは」
仕方ないので、わたしがそうやって説明した後のアプロの言葉は、なんとも頼りないものでした。
「そういうのって分かるものなんですか?」
「仕事柄なー。どうしても教会相手だと、裏をとったり出端を挫いたり出し抜いたり、そーいう真似もしないといけない場面あるから」
「ふうん。アプロもなかなか苦労してるんですね」
わたしとアプロは、夜も遅いからと教会に泊めていただくことになり、来客用のちょっと豪華なお部屋で二人一緒です。
まあ問題は、ベッドが一つしかないことでして…もしかしてわたし、貞操の危機。
え、いつもわたしの部屋にとまってるじゃないか、ですか?いえそりゃ流石にベッドは別ですよう。というかアプロが寝る専用の部屋ありますもの。わたしのベッドのある部屋はちゃんと鍵掛かりますしね、って女の子相手にする心配じゃないなあ、っていま気付きました。まったくもう。
「私がしてる苦労じゃないけどなー。ま、この話についてマリスの心配はいらないだろ。アコは今まで通り、私たちに守られながら穴の繕いしてればいーってこと」
…その言い方は言い方で何か面白くはないです。アプロたちに守られてないと何も出来ないみたいじゃないですか、って事実には違い無いんですけどねー…。
「…とりあえず今日はちゃんと一仕事済ませたんだからさ、明日は休みにしよー?一日くらい休んだって文句いわれないって」
「そりゃわたしは文句言われないでしょうけど。アプロは…まあいいです。あんまりお屋敷の人たちに迷惑かけるんじゃないですよ」
「わかってるわかってるー。で、アコ。ほら、こっちこっち」
先にベッドに横になったアプロが、自分の隣をぽむぽむ叩いてわたしを誘います。
いえ別にどーせ寝る時には横になるんですけどね。最近アプロのわたしを見る目付きがですねー。
「…ヘンなことしないでしょうね?」
「ヘンなこととはー?」
…本気でよく分かんない、という顔でわたしを見るアプロなのでした。
つまるところ、過激にお姉ちゃんに甘える妹、という線に落ち着いてきたようなので、まあそれはいいとして、甘え方の過激度が上がってきたよーな気がするのが、ですね。
まあ別に女の子同士なんですから、あんまりひどいことになるこたーないでしょうけど、と自分に言い聞かせるようにして、布団に潜り込むわたしでした。あ、さすが教会の客間の布団。すっごく、いい。
「アコー、灯りけすぞー」
「はいはーい。じゃあお休みなさーい」
体を伸ばしてアプロが、ランプのオイルを絞って火を消しました。この世界のランプって、火の光が地球のものよりも遠くまで届くみたいで、いろいろややこしい構造を経て小さな光なのに随分と広く明るく照らすんですよね。まあ60ワットの白熱電球くらいはあるでしょうか。
なので、灯りを消すとえらく暗く感じます。ベッドに潜り込むアプロの気配に、思わず息を呑むくらいには。
まさかなー、まさかねー、って思いながら息を殺すわたしですが、アプロは自分のポジションに大人しく収まると…。
「…んじゃぁおやすみぃ」
と、早くも眠気に半分降参したみたいな声で、とっとと寝息を立て始めるのでした。
「……ふう」
それを聞くと、なんとなく緊張の解けるわたしです。
体を動かしてない分、アプロよりも眠くなるのが遅いのでしょうか、目を閉じてもまだ眠れそうにありません。
なので、今日のマリスの話のことを整理しようとしたところ、穴に関してはわたし達よりも詳しそうな一人の知人のことを思い出しました。
そーですねえ…マイネルに声をかける、というわけにはいかないでしょうし、増してマリスに…ってわけにはいきませんけど。
わたしの方で話を聞いてみるくらいはいいんじゃないでしょうか。
・・・・・
翌朝、ふと思いついたので、予定を変えてアプロをお屋敷に送り届けました。日頃アプロに迷惑をかけられてるフェイヤさん(執事のようなひとです)に引き渡すと、かつてないくらいの感謝の視線と、うらぎりものー、という悲痛な叫びを背に、わたしはそこを立ち去ったのでした。
だってまだ安心してアプロと彼女を引き合わせられるとも思えませんでしたし。
ともあれわたしは、さっさと部屋に荷物を置いて、商業区をうろつき始めました。
そしてそれから気付いたのですが、彼女、教会に何か含むよーなところがありましたねー…。このまま探し当てたとして、マリスのお仕事に力を貸すような真似をさせてもいいものかなあ、と思うのでしたけれど。
「…んー、まあ探す手間が省けたのはほんっとーに助かりますが、もう少しわたしの懐に負担の無い遊び方出来ないのですか、あなたは」
「文句を言う割に必ず助けてくれるのだから、アコもひとがいい」
「知らない顔じゃあないですからね…見かけておいてハイサヨウナラっていうのも味気ないじゃないですか」
毎度お馴染みの、商館の居並ぶ通りの屋台で買い食い転じて食い逃げになろーとしていたベルと遭遇した段階で、そんなわたしの気遣いっぽいものは霧散しました。だってわたしに支払いさせてるんですから、それくらい言うこと聞いてもらってもいいはずじゃないですかね。
「けどいつもいつも、ベルもどうやってこの街に入り込んでいるんです?」
「どうやっても何も…近くに穴を開けて、普通に門から」
「この街の警備体制とかどーなっているんでしょうねえ…」
アプロの管理能力とやらが疑わしくなって頭を抱えるわたしです。あんなバカみたいにでっかい裂け目が出来て、誰も気付かないのでしょうか?
「…アコ、何か誤解をしているようだけど。私がこの世界にやってくるだけであるならば、そこまで大きな穴は必要ない」
「へ?」
今日はお肉ではなく、焼きトウモロコシのような、なんとも形容のしがたい大型の野菜を抱えています。こちらの世界は意外に発酵食品が発達しているようで、突き詰めたレベルでなく日常レベルで言えば、ぶっちゃけ日本の醤油味噌に似たようなものを手に入れることさえ不可能ではありません。
なので、焼きトウモロコシも醤油のよーな調味料をつけて炭火で焼いたりすると…言葉は必要ありませんね。
ベルもお気に入りのようで複数本買い込み、惜しみながらではありましたけどわたしに一本差し出し、「食べる?」と聞いてきたのでありがたく一本頂戴したのでした、ってお金払ったのわたしなんですが。
まあそれはともかく。
ベルがこちらにやってくるときに、それほど大きな穴は必ずしも必要では無い、というのは興味深い話です。
「穴の大きさは、通る者の力の大きさに関係する。穴の先で強い力を振るうつもりがないのであれば、そんなに大きな穴は必要ない」
「…なるほど」
実に分かりやすい説明でした。いつぞや、魔獣が出てくる穴というものは、穴のサイズによって魔獣の強さが変わってくる、という話でしたので、なるほどと頷けるものでしょう。
でも、ていうことは。
「じゃあベルが初めてわたしの前に姿を現した時…あの、この街で買い食いしてた時と、次に現れた時って、力の強さは全然違っていたと?」
「そうだ。最初の時は、黙っていればわたしのことなど分からないだろうしな」
まあそこを別に人間をあなどるよーにでも言わない辺りがこの子のいいとこです。自分の力の強さを誇示するくらい、子供でもやるじゃないですか。ねえ?
「そして二度目。アコを迎えに来た時は、私の全力を見せれば、アコは私に夢中になるだろうと思ったからな」
…まあだからこそ、ほほえましく見守る姉の視線にならざるを得ないんですけどね、この子。
「残念でした。わたし、力がおっきいからって惚れるよーな簡単な女じゃありませんので。で、わたしを嫁にするとかいうのは、もう諦めたんでしょうね?」
「いや、全然。アプロというまず倒すべき敵が現れたことで、さらにアコに夢中になっている」
「…そりゃどーも。アプロが聞いたら喜ぶでしょーね…」
モテるのはいいんですけど、なんでこうもつよーい女の子にばかりもモテるんでしょうか、わたし。
「それでアコはどうした。どうも今度はアコの方から私に会いたがっていたようだが」
「まあそうなんですけど、ベルに借りを作ったらどうなるかと思うと迂闊に尋ねごとも出来なくって」
「アコ。それは少し失礼でないか。お前の力になれるのであれば、私は父を捨てるくらい一向に構わないのだぞ」
…本当にこの子の父親が魔王だってんなら、わたし一人の犠牲で世界は救われるかもですね。結婚してあげるから魔王を退治してきて下さい、とか言ったら本当にやってきそうで。もちろんしませんけど。
ともかく冗談にしても少し際どい話題でしたので、人気のない場所を選んでベルを観光案内しながら、少しばかり聞きたいことを尋ねたのでした。
「未世の間に拓かれる穴のことか。確かに私たちから人の世界に向かう時は必ず通るが」
「そういう名前でしたね、そういえば。具体的にどんなことをする場所なんですか?」
「知らない。ただ、アコたちが言うところの『魔獣』というものは未世の間で見られるものではないぞ」
「え?あの、魔獣の穴ってあそこと通じているんじゃないんですか?」
「違う。あれは父が、私たちを人の世界と通じせしめるべく拓いた間だ」
うーん。ベルとの会話って、前提にしてる内容がわたし側の常識と一致しないので、込み入った話をした時にかみ合わないんですよね。ベルの父親の魔王ってひとが、何をしようとしてるのか、未だに分かりませんし。
でも、なんとなくですが、穴に関しては教会で言われてるようなこととは何か違うような、そんな気はします。
「私の知っていることを全て教えた方がいいか?」
「んー、まあベルは聞いたら教えてくれそうですけれど、ベルにも守らないといけない義理とかあるでしょうし、無理しなくてもいいですよ」
「そうか」
ほんのちょっと残念そうな、ホッとしたような顔です。相変わらず表情に乏しい子ですけど、何度か会って話をするうちに、なんとなく理解出来るようにはなりました。
アプロと張り合うようなことを言う、気の強い子かと思ってたんですけど、意外に繊細なところもありますよね。お父さんの教育がいいのでしょう…なんて。
「…アコはとても良いな。とても、良い」
「なんですか唐突に」
そんなベルの横顔を覗き見ながら歩いていたら、こちらを向いてヘンなことを言い出します。
「わたしベルに気に入られるようなこと、言った覚えもした覚えも無いんですけどね」
「迷惑か?」
「まさか。ベルのようなかわいい子に好意を持たれて、いやな気分になんかなったりしませんよ」
「………」
ベル、照れてます。
うん、こーいうところもとてもかわいいですよね。
「とにかく、今聞いた話はベルがうまくわたしにだまくらかされて話したことにしておいてくださいね。お父さん?に対してもベルの立場とかあるでしょうし」
「それは別に構わないと言ってる」
「ベルが構わなくても、です。もし怒られたら悪い女に騙された、ということにでもしておくといーです」
「アコは悪い女なのか?」
「うふふ、どうでしょうね?」
せいぜい芝居がかった悪女の笑みを浮かべるわたしです。ベルは目を白黒させてました。
「じゃあ、また。アコ」
「はい。今度は食べ物に手を出す前に声をかけてくださいね」
「それは無理」
「…少しは努力しましょうよ」
ベルも何が気に入ったのやら、屋台の買い食いがすっかり板についてしまってます。実際に払ってるのはわたしなんですが。
まあでも、あんまり顔を出せる立場でもなさそうなところを、わたしに会いたいとかいういじらしい理由でやってくるんですから、多少はおもてなししても構いませんけどね。あくまでも、多少、ですが。
「…さて」
商業区と街の外を隔てる門でベルを見送ると(この街は通行税とかは無いそうです。流石に指名手配なんかとの面相チェックはしてますが)、わたしは来た道を引き返します。
なんだかんだ言いながら結構長い時間遊んでいましたので、もう夕方も近くなっていました。
地面にのびる、自分自身の長い影法師を追いかけるように歩いていると、今朝方辞去したばかりの教会に辿り着きます。
「マリスの慧眼を避けながら、どこまで話を伝えられるか。それが問題ですねー…」
我ながら気の重い話です。
ベルのことは、アプロとわたしの間だけのことにしています。あの時同行していたマイネルとゴゥリンさんにも明かしてません。ずっと気絶してたのをいいことに、ですが、ベルが教会をなんだか忌避してたようでしたので、知らせない方がいいとわたしが強硬に主張したのです。
アプロは…まあ、あんまりいい顔をしてはいませんでしたけど、ベルが魔王の娘と知られてしまえばきっと、教会勢力の討伐の対象になるだろうことを嫌って、秘密にしておくことに同意してはくれました。
『勘違いするなよ!あいつが魔王の娘なのだとしたら、討伐を行ったとしても返り討ちになるだろうからな!それが嫌なだけだ!』
まーいい感じにツンデレってますねー。
そう言ったら、意味が分からずキョトンとしてましたけど。
ともあれそういう状況なので、マリスに対してもベルの正体を明かさないようにしつつ、今聞いた話を伝えないといけないわけです。ああ面倒くさい。
そんな心理が働いて教会の聖堂のある正面口を無意識に避けてたのでしょうか。
お勝手口…教会にそんなものがあるのかは知りませんけど…のような裏口のような、ともかく中の人しか出切りしないような裏口に、わたしは回り込んでおりました。
「……?」
そしてそこで見かけたものは。
わたしが「かぼちゃぱんつ」と称するドロワーズよりももっと幼い…そう、あの伝説の「ちょうちんブルマー」状のパンツ。
それが、教会の台所の、換気窓と思われる高いところに設置された穴から、はみ出ている場面でした。
いやパンツがはみ出てるわけじゃなくて、中身もいっしょに必死に震えてはいましたけど。かわいい二本のあんよが。
でもパンツのインパクトが強くて、そちらにまで注意が及びませんでしたもので、ためにわたしはなんの警戒心を抱くこともなく、その換気窓の下にまで近付くのでした。
「………あの、何をなさってるんですか?マリス様」
「え、ええっ…?!……あっ、あのあのあの…ま、まりすなんてひとはここにはいませんよ…?」
「いやめっちゃいるじゃないですか。ていうかここの主じゃないですか。その下着に見覚えありますから間違いないですって」
「ええっ?!し、下着って…したしたたたしたぎっ?!」
上半身が換気口の向こう側なもので、声もはっきりとは聞こえませんけれど、あの普段冷静沈着なマリスの慌てる様だとゆーことは、なんだかバカになっていくよーな気分の中でも、なんとか分かるのでした。
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