第20話・黒金の少女 その5
「こんんんの……浮気者──────っっっ!!」
えええっ?!
わたし浮気どころか誰かとのステディな関係とか現在持ち合わせていないのにーっ!!
…なんて言い訳を一切聞く耳もたない形相で、その子はいました。
言わずとしれたアプロです。最近わたしのかわいい妹分の、アプロです。というか、いつの間に。
「…あの、アプロ?どーやって来たの、というかそれ以前にここが何処か分かるの?!」
わたしのその疑問は当然のものだったと言えましょう。なんかベルにとんでもないことされてIQが一桁になってたわたしの頭は多分、アプロの乱入によってリセットされたに違いありません。そーいう意味ではアプロに感謝です。
「ああ。なんかそいつに、」
と、ベルに剣を突き付けて、言いました。
「アコが連れ去られてった。裂け目の奥に。だから私は…」
そしてその剣をそのまま、上から下に振り下ろし。
「無理矢理こじ開けて、やってきたというわけだ」
…相っ変わらず無茶する子です。てゆーか、マイネルもゴゥリンさんも止めなかったんですか、と思ったところで気がつきました。その二人がいません。
つまり、止めようとした二人を黙らせて、一人でやってきたのでしょう、きっと。そーゆー子ですから。
「…で、アコ。これはどういうことだ」
「どういうも何も、わたしにも何がなんだか」
「何がなんだか分からない相手にお前は唇を許すのかっ?!」
「許した覚えありませんよっ!ヘンなこと言わないで下さいっ!」
「じゃっ、じゃあ…その、してたのは…何なのだ?」
「何なの、って…何なんです?」
と、ここはベルに水を向けます。いや、実際この子どういうつもりでわたしにそんなことしたのか分かりませんし。
「私はアコを
「大ありですっ!勝手にそんなこと決めないで下さいっていうかそれ以前にあなた女の子でしょーがっ!」
「ええーっ?!アコは女の子が相手はダメなのかっ?!」
「アプロまで壊れないでくださいっ!!」
…もー、この人の話を聞かない人たち、誰か何とかして下さい。
とにかく落ち着いて話をしましょう、ということになりました。
なんかアプロだけ、やたらとベルに敵愾心だか警戒心持って憤激してはいますが。
「…で、まず聞きたいのはですね。ベルって何者なんですか?」
顔姿が分かればいい、とは言われましたが、それじゃ落ち着かないので灯り?らしきものを出してもらっています。
ただそれで周囲の様子が分かるようになったかというと、そんなことは全くなく、暗闇の中にわたしとアプロとベルの三人の姿が見えて、なんかオイルのランプみたいな光が五つくらいわたし達の周りに浮いてるとかいう、余計にわけの分からない状態です。
まあそれでも、灯火と認識出来れば人間落ち着くものですね。どーにか手の届かない距離を保って、三人車座になっています。
「アコ。あの時言ったじゃないか、こいつは裂け目から出てきたんだから、魔獣だ」
「アプロはちょっと黙ってましょう」
「むー…」
「気持ちは分かりますし、わたしを助けに来てくれたことも感謝してはいますけど、話をするべき時だってあるんですよ。あとでゆっくりお礼はしますから、今はベルの話を聞きましょう。ね?」
言い聞かせる姉モードで説得するわたしです。ていうか一人っ子のわたしにそんなスキルを会得させるアプロの
「…わかった。でもそいつがアコにとって危険なことに違いはないからな」
「心外だな。アコは我が伴侶と定めた者だ。それに対して危害など与えるわけがないだろう」
「あーはいはい、ベルも煽らないで。別にわたしはベルを嫌ってなんかいませんから。けど伴侶とか言われても承諾したわけじゃないですからね」
なんかわたしを取り合って三角関係みたくなってますけども、困ったことに三人とも女の子なんですよね…こちらの誤解もなるべく早く解きたいとこです。
「で、ベル。あなた何者なんですか?」
「私は私だ。ベルニーザ。それ以外の何者でもない」
「…えっと、それじゃちょっと質問変えますね。ベル、あなた何度か父親のこと言ってましたけど、その、お父さんは何をしているんですか?」
「父か?父は…人間に興味を持っている。そして、強く関わりを求めているのだ」
「…もーちょっと具体的に」
「注文が多いな、アコは…まあいい。この、
…もしかして、と思ってはいましたけど。
「…魔王」
ポツリともらした、アプロの呟きがわたしの答えを如実に示しています。
ベルニーザ。この子、魔王の娘です。
「魔王?ああそうか、人の世界では父はそう呼び慣わされているらしいな。力ある者として誇らしい、と笑っていたぞ」
「アプロ!!」
「…っ」
危ないところでした。
いわゆる鯉口を切る、ってやつでしょうか。腰に帯びた剣の鞘に、アプロの左手がかかって聖精石の刀身が覗いています。
右手はちょうど柄にのびるところにありましたから、本当にぎりぎりのところで止められたのだと思います。
「…アプロ、といったか。お前、私を斬りたいのか?」
「別に。お前に恨みなんかないし、斬ったらきっとアコが怒る」
ふて腐れたよーに言います。含むところのある顔でいますし、そもそも魔王と戦うように育てられた様子のあるアプロが、そうそう魔王の関係者と馴れ合えるわけもなさそうです。
でもわたしは、ふと思いついたことがあって、それを口にしてみます。
「アプロ。えーと、ベルのことを呼んであげてくれませんか?」
「?」
何を言ってるか分からない、って顔ですねこれは。まあ無理も無いと思いますけど。
「ベルの名前。ベルニーザっていうんですけど、ベルと呼べって本人言ってますからね。いい響きの名前だと思うんです」
「…アコ、お前なに言ってるか分かってるのか?こいつは魔王の娘なんだぞ?!」
「ええ、そうですね。でも、悪い子じゃなさそうだと思いません?」
「思わないよ!アコは、アコはさあ………」
…なんだか泣き出しそうなアプロです。
わたしは、アプロがどうしてこうも、魔王の侵略とされている魔獣の出てくる穴を潰すことに一生懸命なのか、よく分かりません。今までそんな話したこともありませんでしたし、わたしなんかが触れていいことかどうかも分かりません。
でも、もしかしたら仲良くなれそうな子たちが斬っただの殺すだのなんてところ、見たくないじゃないですか。
わたしに好意を示してくれる(もーちょっと示し方というものを考えて欲しいとは思いますけど)女の子同士が、そんなことになるの、イヤじゃないですか。
なのでこれは、わたしのわがままです。
「アコはぁっ!私がどんな気持ちで戦っているか、考えてくれているのかっ?!」
…アプロの、こんな叫びにだって無理を言ってしまう、ただのわがままなんです。
「ごめんなさい」
「謝るなよう…謝るくらいなら……」
「そうですね。謝ってしまうのは、ちょっと卑怯でした。だから、お願いします。アプロ、お願い」
「それはもっとずるい!私がアコにお願いとかされて、断れると思っているの…?」
今は多分、断れないんだろうな、って思います。
だから、今だけです。今のうちにアプロとベル、この二人を互いに認めさせてあげたいと思ってます。
それであとで恨まれてしまったとしたら…まあ、その時はその時ですね。きっとわたしのことですから、結構泣いて、それで済ませてしまうんじゃないかなあ、って。人情薄いですからね、わたし。
「アプロ」
「…なんだ」
むしろベルの方が、わたしが何をしたいのか汲んでくれてるみたいです。
アプロより先に、手を差しのべて…
「アコは、渡さない。私のものだからな」
…ませんでした。むしろケンカ売ってました。今までのシリアスどこいった。ていうかわたしの意志って一体。
「…面白い。お前にアコの何が分かるというんだ、ベルニーザ」
あれ。アプロも普通にベルのこと呼んでます。
「……フ」
それに気付いたか気付いてないか、ベルの方も唇の端を持ち上げる笑みを見せます。
余裕しゃくしゃく、って感じで、ぶっちゃけアプロ、不利です。
「…ふん」
でもそこで強がってみせるのもまた、アプロらしーのですけどね。
ま、思ってたのとはちょっと違いますが、わたしが泣きたくなるような事態にはならずに済みそうだと思いました。これでいいんじゃないですか。今の所は。
・・・・・
「けどあいつ、よく私たちを帰す気になったなー」
「ですねー」
わたしが引きずり込まれ、アプロが押し入ったという例の穴は、私たちが外に出てくると音もなく閉ざされて、その場は何事もなかったかのようにおおむね元通りになりました。
相変わらず健在のクレーターが微妙に元通りでない感を醸し出してますけど、それは今回の結果として残るものですから、仕方ないですね。
「…ところでマイネルとゴゥリンさんはどうしました?」
当然気にしなければならないことだとは思いますが、アプロのなんともくだけた感じで、わたしとしても深刻になる気にはなれません。
「あいつらなら…ああ、あそこでまだ伸びてるや。いやさー、私がアコを助けにいこうとしたら止めやがるから、もう黙らせておいた」
「でしょうねー…」
やっぱりアプロはアプロなのでした。
「じゃあ、二人を起こして帰りましょうか…え、アプロ?」
もういい加減疲れたので、と歩き始めたわたしの腕をつかんで、アプロは振り返ったわたしを見上げてます。
「…アコ。せっかく無茶して助けに行ったんだからさ、ご褒美がいると思わないか?」
あ、無茶した自覚はあるんですね。まあそれもわたしのためだったと思うと…そーですね、嬉しさを覚えるのは否定はしませんよ。
なので、アプロがご褒美をせがんだって、拒む理由はありません。お礼もしなくちゃいけませんからね。
「いいですよ。下着一式作ってあげましょうか?それともわたしの部屋にいるときの部屋着でも作りましょうか?」
「そういうのはまた今度でいい。今はさ、ほら」
ほら、って目をつむってこっちを見て、何をしたいんですかあなたはー…って、まさか…。
「ベルニーザとはしてたじゃないか。だから、私にも。ほら」
……なんかアレをアプロに見られてたと思うと、急に恥ずかしさの沸いてくるわたしです。
ていうかそれでわたしを浮気者、ですか。別にアプロに浮気者呼ばわりされるいわれは無いと思うんですけど。
まあでも、それもアプロのやきもちだと思えばかわいいものです。そうですね。女の子相手のキスなんて、一度でも二度でも一緒です。一緒。構うこたーありませんて。
「………ん」
…目をつむって唇を突き出すアプロを見ると、簡単にそんなことしてもいいのかな、って。うーん。
「…はーやーくー」
ああもう、そんなにかわいく言わないでくださいって。妹を愛でる気分じゃなくなるじゃないですか………あ、そっか。
わたしは一つ思いついて、アプロの右の肩に左手をのせます。それでビクッと緊張するアプロが、愛おしくもなります。
「……じゃあ、いきますよ?」
「ん」
待ち構えているアプロのその顔に、わたしも顔を寄せて……額を覆う前髪をかきあげ、そこにわたしは唇で触れました。
「…はい、おしまい。気が済みましたか?」
「え?」
離れたわたしの顔を、目を見開いて見つめるアプロです。きょとんとした顔が、しだいにぶんむくれになっていきます。かわいいですね、こーゆーとこ。
「アコ…唇じゃないのかっ?!」
「ベルとはわたしからしたんじゃなくて、あの子の方からされたんです。だから、わたしからしてあげるならこれでバランスとれて良いんじゃないですか。公平に、ですよ。公平」
「そんなの知るもんか!アコはベルニーザと口づけしてたんだから、わたしともしないといけないんだぞ!」
「はいはい、機会がありましたらね。ほら、二人を起こして帰りましょう?」
「アコー…」
なんとも情けない声を上げて、わたしの憐憫の情を誘う、ずるいアプロでした。
・・・・・
まあそんなことがあって、街に帰ってきた翌日です。
結構大変な出来事でしたので、本日は自発的にお休み。というかこの街にいる間、わたしのお仕事なんてないんですけどね。
とくに目的もあてもなく街を歩いていると、いつの間にか商業区画に入り込んでいました。住宅街とは特に境目があるわけじゃないので、こういうこと結構あるんですよね。
でも今日は、この間と違って商隊が街に入っているせいか、荷運びのひとや忙しそうな商人さんが行き交う姿が多くみられます。活気があって悪くない感じです。
そんな中、お腹が空いたので屋台で買い食いでもしようかな、と立ち並ぶいくつかのお店を眺めていた時でした。
「…だからあ、困るんだよー…食べたらちゃんとお金払ってくれないと…」
はい回れ右ー。っていうかあの子またこんなところで…。
「あ、そこのあんた!ちょっと助けてく…」
あーあーきこえなーい。
わたしは耳を塞いでその場を後にしようと…。
「アコ」
…思ったら捕まりました。これじゃまるで、わたしが食い逃げしてるみたいじゃないですか、もー。
「…何してるんですか、ベル」
「アコに会いに来た」
振り返ると、初対面の時と同様に黒ローブと金の飾り。ただし今度は、ローブといっても重堅苦しい長いもの、というより少しお洒落にも気を配ったよーな、上下に分かれたもの。下半身もどちらかというとタイトスカートのような、ぴっちりしたものです。
金の飾りも装飾過多ではなく、ちょっと太めのネックレスかな、って感じです。悪くないですね。似合ってます。
「…じゃなくて。あなた何をしに…って、私に会いに来たんですね。けどあなた…の娘でしょーに。こんなところうろついてていいんですか?というかどーやって来たんですか。またいつぞやのアホみたいにおっきな穴開けたんじゃ…」
「アコ。聞きたいことが多いのは分かるが、いろいろ苦労して来てはいるのだから、あまり邪険にしないで欲しい」
「あのー、支払いをだね…」
「ああもう分かりました!これでいいですかっ?!」
なけなしの手持ちをほとんど財布ごと店主のおじさんに渡します。
「お、おお…毎度ありー…じゃなくて全然足りないよ、これじゃ!」
「ツケにしといてくださいっ!アプロのところのカナギアコって言えば分かりますっ!」
「アコ?…おい」
ベルの腕をとってその場を後にします。なんていうかもー、扱いの面倒な妹がもう一人増えたよーな、それでも悪い気のしない休日になることだけは、間違いなさそうなのでした。
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