第131話・街が言祝ぐ日々 その2
教会に駆け込むと、久しぶりにグレンスさんが門前の掃除をしていました。
あー、グレンスさんがお掃除してると、平和が戻ったんだなあー、って実感しますよね……じゃなくて!
「おや、アコ殿。随分慌てたご様子ですが、何事ですかな」
「なにごとも何もないですってば!マリスいますかっ?!」
「教区長でしたら今日はヴルス・カルマイネのナジェンダ殿のところにおられますが」
ちぃっ、逃げられたかっ!……ってのは我ながらうがち過ぎだとは思いますが。
ちなみにナジェンダ殿、というのはヴルルスカさんの所領、ヴルス・カルマイネからやってきてる衛兵さんたちの隊長です。ヴルルスカ殿下が街の復興のために置いていってくれた応援部隊をとりまとめています。
「じゃあマイネルでいーです。いますか?」
「ああ、マイネル殿なら先ほど戻ってきたとこですので。ご案内しましょう」
よし。どーせ問い詰めるのが主な目的ならあのアンポンタンだけの方が都合がいーです。
「いえ、自分で向かいますから。自室ですか?」
「ええ。あとでお飲み物などお持ちしましょう」
「ありがとーございますね。じゃっ」
しゅたっ、と片手を掲げてさっさと中に入ると、振り返りもせずマイネルの部屋に吶喊します。
あの男、生意気にも寝泊まりするだけの部屋じゃなく仕事部屋まで教会の中に持ってるのです。以前、あんまり甘やかさない方がいーですよ、マリスの部屋の隅にでもちっさな机与えておけばいーじゃないですか、ってマリスに言ったら、照れたよーに顔を赤くして、仕事の最中にお兄さまが同じ部屋にいたら、わたくしが仕事にならなくなりますので…とか惚気てくれました。ごちそーさまでした。
…とかあほなことを思い出してるうちに目的地に到着。
もちろん、鍵を掛けることなど許しておりませんので、わたしは我が部屋のようにドアを開け放って、上がり込みました。
「どーいうことですかっ!!」
「……ええっ?!」
したら、なんだか山のよーな書類…ですかね?まあとにかくそんな感じのものを両手で抱えてたマイネルがおりまして。
決して狭いとはいえない部屋の中は、その手に持ったものと同じようなものが、足の踏み場もないくらいに、そこかしこに置かれてて。
「………夜逃げの準備ですか?」
わたしはその光景の意味不明っぷりに、ただ思ったことをそのまま口にしたのでした。
「なんで僕が夜逃げしないといけないのさ。溜まっていた書類を整理してるところだよ」
「なんでと言われると理由なんか一つしか無いじゃないですか。マリスとの婚約発表近いんでしょう?そんなことになったら街に居場所がなくなるんじゃないかと」
「また微妙に無くもなさそうなことを言うね、アコは…。ここしばらく忙しかったからね、それだけだよ」
「はあ。まあそれはともかく、暇してるならちょっと聞きたい話がありまして」
「これが暇に見えるっていうならアコの図々しさももう街一番と言ってもいいよね。で、何ごと?」
「あのひと今何処で何やってんですかいーから今すぐこの場に連れてきてわたしに迷惑な説法やめさせなさいっっっ!!」
マイネル、わたしの突然の剣幕に慌てて持ってた書類を取り落とし、挙げ句「うわぁっ?!」とか声を上げてすっ転びます。何やってんですか、あなた。
「何やってんですか、じゃないってば!いきなり大声でわけの分かんないこと言わないでくれるかなっ?!」
「わけが分かんないのはこっちの方ですよ…ほら、手伝ってやりますから早く起き上がりなさいって」
「あ、ああ。ありがと…じゃなくて、アコのせいでしょ」
いつまでもうるさい男ですね。
でもまあビックリさせてしまったのは間違いないよーなので、片付けの手は貸してやるやさしーわたしです。
ついでに溜まってた書類とやらの整理も少し手伝い、ようやく来客を迎えるのに失礼のないくらいにはなった辺りで、グレンスさん直々にお茶を運んできます。
わたしは、ちょうどいいからとグレンスさんも巻き込…もとい、引きずり込んで、わたしの頭痛の種に対する訴えを開始したのでした。
「ブルーク卿が街の広場で説法を?それで、アコが世界を救うために異界からやってきたって話を広めてる?また盛りまくりだね」
「全くの虚言というわけでもありませんな。実際、アプロニア様としてはそのおつもりだったわけですし」
大きくないテーブルを囲んで額を突き合わせるよーな会話です。一応冷えたお茶があって談話の態は整っていましたけど。
「…ていうか、あのひとまだこの街にいるんですか。てっきり殿下と一緒に帰ったと思ってたんですが」
「もともとアコの背景を聴取するために派遣されてきた、って名目だしね。殿下とは関係ないはずなんだけど…」
「だったらわたしの話を聞きに来るのが筋ってもんじゃないですか。初対面のあと一度も会ってませんよ、わたし。あと教会のひとだってんなら、あの迷惑な説教やめさせてもらえません?」
「それが、権奥の発行した説法免状を持っておりましてな。教区長のマリス殿でも止める権限が無いのですよ」
「まためんどーくせー話ですねー…」
お墨付きもらえればどこで誰に迷惑かけても構わない、ってわけですか。一度その権奥とやらにナシつける必要がありそうですね。
「今のアコがやろうと思えば本当に出来るから、そういう物騒なことは言わないでおこうね」
そうですか、やろうと思えばやれるんですね。
……覚えとこ。
「しかし、アコ殿の仰ることももっともですな。魔王との邂逅、未世の間と称する場の存在、魔獣の発生する仕組みなど、教義に新しく付け加える必要のある話ばかりであるのに、一切無視とは解せないにも程があります」
「といってわたしのとこに入り浸られても困るんですけどね…それで迷惑な説法止められるなら多少のガマンはしますけど」
でも、わたしが異世界から来た、なんて話広めてあの人にどんな得があるってんですか。
「得って言うかね、ブルーク卿の所属するミネタ派っていう派閥は、魔獣の発生源がどこかまだ認知されていない異なる世界にある、って解釈を昔からずっとしてて、異世界の存在を証明するアコの身柄は彼らにとっても重要な意味を持つんだ……だから僕を睨んだって別に事態は好転しないんだってば」
「…ゆーてもですね、だったらますますわたしに話を聞きに来るべきでしょーが。それとももうわたしの話とかはどーでもよくって、自分とこの派閥の話だけ広められればそれで充分だってんですか?」
「ま、当たらずといえども遠からず、といったところでしょうな。それをこの街でする必要があるのかどうかは、また別の話でしょうが」
「だね…」
「むーん……」
結局、ここで当人抜きに話を続けていたって何の解決にもならない、って結論となり、明日ブルークさんを引き留めておいてわたしが直接問い詰める、という段取りになり、わたしは片付けを再開したマイネルを置いて教会を後にしたのでした。
マリスの意見とかも聞いてみたかったところですけど、あの子はあの子で立場ってものがありますからねー。
・・・・・
「ブルーク・ダ・ビヨネルカ…?あいつなら毎日こっちにも来てるけど」
その晩、お食事の招待を受けて訪れたアプロのお屋敷で、また異な事を聞かされるわたしでした。
「何しに来てるんです?」
「私には直接何もないけどなー。屋敷の連中にアコがどんだけ素晴らしい存在なのかひとしきり語ってすぐ出てく」
「…なにがしたいんですか、あのひとわ……」
「あはは。アコがどんだけいーやつかなんてもう皆知ってるからさ、テキトーに聞き流しとけって言ってあるから大丈夫だって」
「それは助かりますね」
まったく。アプロだけじゃなくって、このお屋敷のひとはわたしにとても優しくてありがたい限りです。
「明日教会で直談判してみますから。どうにもならなかったらアプロからも一喝してもらえると助かりますけど」
「あんま立場を笠に着た真似したくはないけど、ま、アコのためだから後は任せとけって」
「ありがとうございますね。お礼は体で払ってあげます」
「しばらくそんな機会も無さそうなのがちょっとなあ…」
デザートの焼き菓子にクリームをたっぷりかけたものを頬張りながら、アプロがそうぼやきます。
アプロは最近とても忙しいため、お休みをとってわたしの部屋に遊びにくることも出来ないので、こうしてわたしが食事を一緒にするくらいでしか、会えないんですよね…。
「で、アコの方はどう?裁縫の教室は楽しいか?」
「今日は散々でしたよ…あのブルークってひとのせいで、折角の教室が中止になってしまいましたし」
「そりゃー大変だ。明日は裁縫教室の仇討ちだなー」
「意味が分かりませんて。まあでも、生徒さんたちはみんな熱心ですし、わたしとしても教え甲斐があっていーですよ」
「……アコが楽しそうで何よりだよ」
「……ども」
アプロが少ししんみりしたのにはわけがあります。
戦勝報告会の次の朝、わたしがアプロにいろいろとわたしの事情を告げたあと、ゆっくりと、でもしっかり考えてから、
『アコはさ、これからいろいろやりたいことやった方がいいんじゃないかな』
って言ってくれて。
それならわたしの出来ることを街のひとに伝えたい、って答えたら、裁縫の教室をやったらどうか、って。
なるほど、わたしの技の確かなことは街中のひとたちが知ってますし、わたしの知識がこの世界に刺激を与えることも間違いないわけです。
ひとに教えることが得意とは言えないわたしでしたけど、近所のひとたちに裁縫の教室をやりますよー、って宣伝したところ、思ったよりもひとが集まり、なんだか大げさだなー、とは思いつつも三日に一度くらいのペースで最近は裁縫の先生をしているのでした。
「あとはですね、ペンネットさんと正式に契約を結びました。この街にもこれからはいろんな材料仕入れてくれるって話ですし、テラリア・アムソニアの服飾の流行はきっとこの街から始まるよーになりますよ。ふふふ、魔獣退治の英雄として名が知られるよりもずっと楽しいです。アプロ、ちゃんと街の名を高めてあげますから、アプロは領主さまとしてしっかり治めてくださいね」
「……うん。アコ、私も頑張るよ。だからさ、アコも……まあ、がんばってこ?」
「……ええ。はい」
出来ること、やりたいことは、出来るうちにやってしまいたいですからね。
こうしてこの日の夜は、穏やかに、でも歓喜のうちに過ぎていったのでした。
…いや、結局そーなってるじゃないか、とか言うない。わたしたちだって若いんだからっ。
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