第142話・ベルの翻心 その1
平和なのは、いいことです。
裁縫教室に加えて王都から届いた新しい材料をいじったり、いろいろ調味料や食材を送ってもらっているので料理の研究したりと、充実した日々を送っている、わたしです。
更に、雨期前のお祭りで屋台を一つ出すことになったので新しい屋台料理の開発にも着手しました。売り子をベルに任せようと思っているんですが、探しても最近見当たらないので、ベルに着せるエプロンドレスだけ先に作り始めたりもしてます。ふふふ、デザインも材料の凝り具合もわたし一流の出来ですよ…最初売り子をお願いしたら、アホを見る目で断ってくれたアプロを見返してやりますっ。
…って、そんなことはともかくとしてですね。
「…大規模な魔獣の出現後はしばらく魔獣の穴も出現しない、んじゃなかったでしたっけ?」
「出現するものは仕方ないじゃないですか。予言の信憑性に疑念があるのかもしれませんけれど」
それは無いんじゃないですか。あのダメ人間、予言のことに関してウソはつかないでしょうし。過剰な思い込みで曲解したり誇張したりはしますけど。
と、呼びだされてやってきたマリスの執務室で、そんなことを言うわたしです。
「なんだかモトレ・モルトへのアコの評価も、辛辣を通り越して信仰に近いよね。まるで人類の敵みたいな扱いだ」
「そんなことないですよ。わたしはこの街ではあのひとの一番の理解者のつもりですよ?」
あのひとはあのひとなりに真摯を貫いているだけ、だと思ってますからね。多少…いえ、かなり気持ち悪い方向に、ですが。
「モトレ・モルトには昨日会いましたが、不誠実さは見て取れませんでしたがね。悪人ではないのでしょう」
と、これはフィルクァベロさんの言。てゆーか、フィルクァベロさんの前で悪党を貫けるひとがそうそういるとも思えませんけど。
「…ですわね。バルバネラ師にかかって本性を現さずにおれる悪人は…な、なんですかフィルカおばあちゃんっ!お仕事の話の時くらいこう呼ばせてくださいっ!」
「普段から好きに呼んでねーからそうなんだよ。私みてーにいついかなる時もばばぁ、って呼んでれば…いててっ!」
「あなたはこういう時くらい多少の敬意を払いなさい。それに先日アコと並んでガクガク震えてた時のことは…」
「マリスやマイネルの前で言うことねーだろ、くそばばー!!…いたっ、いたいってばーちゃん!」
わたしは、並んだマイネルの「そうなのかい?」という視線を受けて、曖昧に笑って肩をすくめるしか出来ないのでした。
この通り、呼びだされて何の話なのやら、と思ったら、久しぶりの魔獣の穴に関する予言が降ったというお話なのです。
珍しくゴゥリンさんも参加して、当然かもしれませんがフィルクァベロさんも、マリスの執務室に集合です。
まあでも、あまりに久しぶり過ぎてどーいうやり方すればいいのか忘れそうなので、ちょうどいい機会かもですね。
「………無理をしようとは思うな」
「無理って何のことですか?」
「………馬鹿者」
「…え?あいたっ?!」
うう…すっとぼけたらゴゥリンさんに叱られました…おかしーですね、あの穴塞ぎのからくり、アプロとフィルクァベロさんにしか言ってないのに。
「とりあえず今度のは大規模ではないとしても、弱いものでもないみたいだ。僕たちで充分だとは思うけど、ブラッガとも相談して衛兵の訓練も兼ねて何人か連れて行くことにした。手に負えなければアプロやアコの出番があるかもしれないけど、基本的には手出ししないで、衛兵隊だけでなんとかするつもりでいて」
「…自分で許可出しておいてなんだけどさ、穴を塞ぐのが第一の目的なんだから、私たちが前に出てやった方が効率いいんじゃねーの?」
「効率だけの問題じゃないよ、アプロ。衛兵隊にも何人か新人が入ったんだし訓練は必要だよ。それに彼らもそろそろ疲れが取れた頃だろう?」
「上に立つ者として時には自分で手出ししないことも必要ですよ、メイルン」
「アプロニアさまもケガをなさったんですから、今度くらい落ち着いていては如何ですか?」
「………子供ではあるまいし、いつまでも自分が自分が、ではあるまい」
「……うー、わあったよ、分かった!なんだよ全員してひとを出しゃばりみてーに…」
アプロ、フルボッコでした。
そしてこーいう時意外と打たれ弱いアプロのことですから、拗ねてそっぽを向いたところでわたし、すかさずフォロー。
「アプロは街の皆がケガしたりするのがイヤなだけなんですよ。あまりそーいじめないであげて下さい。いざとなったらわたしたちがついてるんですから、今回は譲りましょ?」
ふふふ、デキる嫁、内助の功。アウロ・ペルニカの山内一豊の妻とはわたしのことです。
「…アコが言っても説得力ってものがなー」
「だね…付き合わされる方の身にもなって欲しいよ」
あれ?
「言いたくはありませんが、アコが一番何をしでかすのか心配なんですわ…」
「………街の者の出番を一番奪った者が言うことでもあるまい」
ちょっとー。なんでわたしに矛先が向かうんですかっ。わたしちゃんと一歩引いて控え目に言ったじゃないですかー。
…と、フィルクァベロさんに救いを求めると。
「事情はよく分かりませんが、アコがどのように見られているかは理解しました。メイルン共々しっかり見張っておくことにしましょう」
……もーちょっとわたしに優しくしてくださいませんか、みなさん。
項垂れたわたしを、あろうことかアプロまで放置してくれるのでした。うらぎりものー。
「あ、そーいえばゴゥリンさんてフィルクァベロさんとは面識あったんですね」
出発を翌日に決め、今日は早々に解散して休んでおくように、というマリスのえっらそーな指示を受けて教会を辞去したわたしは、一緒に退出したゴゥリンさんに気になってたことを聞いてみました。
「それは私も気になるなー。つーかじじぃをえらい苦手にしてたよな、ゴゥリン」
そしてわたしのいるところアプロもいます…っていうのは大げさですけど、特に用事もなかったらしいので、一緒でした。
「………二人が子供だったころから知っている」
「へえ。どんなんだったんだ?」
あらま。意外に長いお付き合いのようで。
でもお会いした当初からご老人の方の幼少の様子って気にはなりますね。
ゴゥリンさんを真ん中に、わたしとアプロがその左右、という横並びで教会から商業区を歩きます。屋台で買い食いが目的です。お腹空いた。
「………マクロットはクローネル家の次男だった。昔から好き勝手やる男だったな」
「今以上に好き勝手だったとしたらどんな無軌道なガキだったんだろーなー、じじぃも」
「アプロがマクロットさんを無軌道呼ばわり出来るとは思えませんけど…」
まあこーいう風にアプロがボケてわたしがツッコむいつも通りの会話でしたから、すいすい話が進んだわけじゃなかったですけれど、マクロットさんとフィルクァベロさんの馴れ初めみたいなものまで教えてもらえたり、マクロットさんがどんどん強くなってゴゥリンさんでも敵わなくなった頃の話で、今でもゴゥリンさんがマクロットさんを苦手にしてる理由が分かったりと、普段口数の多いとはいえないゴゥリンさんをわたしとアプロで盛り立てて話が弾み、楽しい時間を過ごせました。
「明日どーする?」
で、屋台で賑やかにお腹を満たすと、明日の予定の話になります。
ゆーてもですね、いつも通りに門の前に集合でいいんじゃないですか?
「衛兵隊と同行だろ、アコ。いつもと違うじゃん」
「あ、そういえばそーですね…でもわたしは門の前で待ってますよ。ゴゥリンさんだってそうでしょう?」
「………だな」
「んー、まあそれでも構わないけど…アコ、ちょっと顔合わせさせときたいヤツがいるからさ、朝に衛兵の宿舎まで来てくれない?」
「顔合わせ?またえらい勿体ぶりますね。誰です?」
「こないだ新規に契約した新人が何人か。そのうちの一人がちょっとクセあって、あとアコと…んー、まあ会ってみりゃ分かるよ」
「また曖昧な話ですねえ…」
衛兵の皆さんとは接触あったりなかったりで、親しいひとが多いわけじゃないですけど、アウロ・ペルニカで衛兵隊と一緒に普段の穴塞ぎってやったことなかったので、まあ構いませんよ、と応じました。
「ん、じゃあ明日の朝に。私は仕事片さないといけないから今日は帰るよ」
「ですね。わたしも新作の続きしないといけませんし」
「新作?」
「…えと、アプロにはちょっと言いづらいですけど、ベルの衣装をちょこっと……なんでむくれるんですか。屋台の売り子の話断ったからベルに頼んだんですよぅ」
「だからって衣装まで作るのはやり過ぎじゃねー?」
「何言ってんですか。わたしだってやるからにはトップ目指しますよ。やれることは全部やって、今年は優勝かっさらってやりますから。実行委員長なんかずぇったいやりませんからねっ!」
「だったら私にも衣装作って!」
「売り子やってくれるんなら作ってあげますよ」
「アコの浮気ものーっ!」
「なんでそうなるんですかっ?!」
呆れてか、黙って先に帰ったゴゥリンさんにも気付かず、わたしたちは通りすがりのひとの注目を集めてはた迷惑な痴話喧嘩を繰り広げるのでした。
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