第30話・わんことにゃんこのワンダフルデイズ その4
「アコの料理は美味いな」
「褒めていただいてなんですけど、それ近所の惣菜屋で買ってきたものですよ?」
「…アコが選んだ料理は美味いな」
仕入れすぎて余ったから、って安くしてもらったものですけどね。
…とまではさすがに言いませんでした。わたしが上機嫌、ってわけじゃないのを察していくらか気を遣ってるよーですし、あまりキツく言ったらいじめてるみたいじゃないですか。
「…で、どーやってこの部屋に入ったんです?それ以前にあなたに部屋教えた覚えありませんし、そもそも何しに来たんですか。来るのは構いませんけど、あんまりアプロを煽るよーな真似はしないでくださいよ。あ、そっちの焼いた羊肉はこっちの薬味つけると美味しいですよ」
「アコ、一度に聞きすぎ。でも肉はもらう。ありがとう」
わたしの部屋でテーブルをはさんで、買い込んできた料理を二人でつつきます。今日はひとりご飯かー、と思ってたので、不意の来客とはいえ楽しまないわけじゃないですけどね。
お土産のつもりなのか、ベルは屋台から買ってきたと思われる卵の燻製を持ち込んでいます。これがなかなか悪くないお味で、ってそれじゃ結局わたしの払いじゃないですか、とツッコんだら、どうも今回は自腹だったとのこと。お父様から小遣いをもらってきたということで、なかなか天晴れな心がけです。勇者の仲間が魔王のお財布でおごられるというのも随分シュールですが、まあそれは今は言いっこなしでしょう。
それはともかく。
「そうは言いますけどね、見過ごすわけにもいかないんです」
別に怒ってはいないのですけど、面白くない声色になるのは否定できません。そりゃ留守中に勝手に上がり込まれて楽しむはずもないので。
「………悪いと思ったから。これ」
顔を伏せて、自分の持ち込んだ品をベルは差し出してきます。
そんな様子はとてもいじらしく思えます。わたしも甘いですね。
「…大丈夫ですって。でも今度からは、来るのならあらかじめ言ってください」
「……うん」
だから、ちょっとしょげてしまったベルを前にして、つい優しく声をかけてしまいました。
…なんていうかですね。けっこー子供なんですよね。
尋ねていけばわたしが喜んで迎えてくれると思って、けど気も遣ってお土産も持ってきて。
魔王の娘とかなんとかは別にして、良い子なんだと思います。
「ベルがわたしに会いに来てくれるのは嬉しいですから。だからわたしが嬉しくなくなるようなことはやめてくださいね。言いたいことはそれだけです」
「うん。ごめん。それからアコ、ありがとう」
「どういたしまして」
何のありがとうか、なんて聞くまでもありませんね。
さて、それで済ませるわけにもいかないことですが。
「それで、わたしの訊きたいことには答えてくれるんでしょーね」
鍵をどうやって開けたのか。場合によっては対策をしないといけませんし。
「…鍵は、その…石が応えてくれたから、開いた」
「応えてくれた?」
なのですが、ベルの返答はなんとも斜め上っぽい感じでした。
石が応える…なんのこっちゃ。
「アコに会いたいと思ってここに来た。石が閉ざしていたので問いかけてみたら、私は入っても大丈夫だと言う。中で待っていても構わないか、と聞いたら…」
「ちょーっと待って、ベル。あの、聖精石って話とか…出来るんですか?」
「出来るわけないだろう。アコもおかしなことを言う」
おかしなことを言ってるのはあなたの方でしょーが。
いくら得体の知れない力(わたしから見て、ですけど)を持っているからといって、「アーコちゃーん、いますかー」「いませんよー」「中にはいってもいいー?」「いいですよー」…って、アホですかわたしは。
思わず眉根をつまんで考え込むわたしです。
「…じゃあ話が出来ないのに聖精石が応えたとかなんとか。どゆことです?」
「聖精石というのは、石のことなのか?」
「そりゃそーでしょう。他に何があるっていうんです」
言葉の問題なのでしょうけど、どーもベルの言うニュアンスからすると、わたし達が考えるほどに聖精石というのを貴重なものと思っている感じがしません。
「アコもおかしなことをいう」
またそれですか。
いえ、わたしからすればあなたの方がおかしなことを言ってるんですけどね。無機物と会話とかってどんだけですか…ああいえ、ベルは話が出来るとは言ってないのですし…うーん。
「…とにかく、石は開けてくれたから中で待ってた。それだけ」
「なんかいろいろ納得いかない点は多々ありますけど、とりあえず置いときましょう。それで、この部屋はどうやって調べたんです。そこまでしてわたしに会いに来る理由ってのも分かりませんし」
「場所は、アコのにおいで。あと嫁に会いに来るのに理由は必要ないと思う」
「もうどこからツッコんだらいいのやら…」
においで捜すとか、犬ですかあなたは。といか属性を考えればベルは犬というより猫ですよね。何考えてるのかよく分かんないとことか、そのくせ気の向いた時にはこっちが困るくらい懐いてくるとことか。
あ、アプロはむしろ犬属性っぽいので正反対ですね。そりゃ仲が悪いわけです。
「アコのにおいっていうか、石の気配?」
「ツッコミどころがむしろ増えてるんですが。わたし聖精石持ってませんよ?」
針はまとめてマイネルに預けてしまってますし。いつも通り。
「持ってなくてもにおいはする。ほら」
「いえ、ほらって言われましてもね…」
体を伸ばし、テーブル越しにわたしの胸のあたりをクンクンするベルなのでした。流石にこれはちょっと、はずかしい…。
「…あとアプロのにおいもする」
「そりゃそれはするでしょーねえ…四日ほどずっと一緒でしたし。って、そんなことまで分かるとかどーいう嗅覚してるんですか、ベルは」
「…むー」
拗ねました。というか、もしかしてわたしがアプロと一緒にいるのが面白くなくて、あの現場に顔を出したんでしょうか。
「アコ」
「はい?」
勝手に納得してたわたしですが、ベルが立ち上がってこちらに向かってくるのを見るとなんとなく身構えてしまいます。
ええと、特に不穏な気配はしないんですが、とても…怒った、とは違いますが、なんかとても強引な感
「わひゃっ?!…あのベル…苦しいんですけど」
…抵抗する間も無くハグされました。顔がまるごとベルの顔に埋まってるので息苦しいです。ていうか、アプロほどじゃないにしても、ベルもけっこーありますね…ぐぬぬ。
「アプロのにおいつけててくやしい。だからアコにはわたしのにおいもつける」
「マーキングとかますます動物じみてきましたねえ…」
「…いやか?」
「いやだったらすぐ逃げてますよ」
「…よかった」
よかないです。ちっとも。
わたしが逃げないのをいいことに、よけいに力を込めるものですから、息が出来なくて苦しいせいか、それ以外の何かの理由なのか、だんだん頭がぼーっとしてきました。
「…アコ。アコはわたしの…じゃなくて、わたしはアコの…なんなんだ?」
こんな状態ですから、そんな難しいこと聞かれても分かりません。
なんなんだと言われましてもね…お互い立場のびみょーなお友だち、だと思うんですけどね。ベルの納得するよーな答えかどうかは分かんないですが。
「わたしは、アコが欲しい。アコは…わたしが欲しくないか?」
「…んな物みたいに欲しいの欲しくないのなんて思いませんよ。わたしはベルのことはけっこー好きですよ?ベルはわたしが嫌いですか?」
「ううん。すごく、好き」
「……なら、それでいーじゃないですか。まあ、どーしてわたしのことが好きなのか、とかわたしの何が気に入ってるのか、とか聞きたいことはありますけど…」
「あるけど…?」
「…いっぺんに全部聞いたり答えたりしたら、つまんないですよ、わたしは。もっとゆっくりいろいろと、知ったり知ってもらったりしていく方が、わたしはいいです」
「………」
伝わったかなー。伝わんないだろーなー。
ま、わたしだってよく分かってないんですから、おあいこってものです。
「…じゃ、ベル?そろそろ片付けしたいので離してもらえますか?」
「いやだ」
「ちょっとー」
片付けの心配もありますけど、頭に酸素回ってないっぽいんです。なんか呼吸を阻害するよーいんが、時間と供に増してる感アリアリです。ちなみに物理的なものか精神的なものかは分かりません。
だからまあ、こんなことを聞かれても、逃れるために受諾するのもやむを得ないんですからね。いいですか?ってわたしは誰に向かって言っているのやら。
「…アコが、今日は私と一緒に寝てくれるなら、離してやる」
「………んもー、しょうがないですねぇ…今日だけですよ…?」
「ん…アコ、大好き」
…大概アホになっていたわたしの頭は、なんかすっごく重要なことを、この時忘れていやがったのです。まったく、もう。
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