第50話・勇者さまと英雄さまのとある一日 その1
「アコー、来たぞー…って、アコが死んでるぅぅぅぅぅっ?!」
部屋に入るなりとんでも発言ですね、アプロ…。
「死んでません。生きてますぅ」
と言いつつわたしはゾンビのよーな動作でベッドから起き上がります。
あー、昨夜遅くまで弄ってた布が散乱してるんですね…そりゃ死んでると思われても仕方ありませんね…動機は世を儚んで、とかそんな感じで。
「…何があったんだ?この散らかし具合は。そりゃアコは布とか糸のことになると見境無くなるけど、整理だけはしてたと思ったんだけど」
「あー、聞いてくれますか~~~~?」
「な、なんか聞くのが怖くなるけど、まあ、いいよ。それよりアコ、お腹空いた」
「朝ごはんくらい食べてきたらどーですか…」
とはいえアプロだって昨日は一日大変だったでしょーから、労いの意味も込めてちょっといいもの作ってあげますか。
ぐー。
「アコ……」
ま、わたしだってお腹空いてることですしね。
「にせものばっかだった?」
「偽物、ってわけじゃないんですよ。モノはいいんですけど、謳い文句に偽りが多かっただけで」
簡単に作ったものを二人で食べて、食後のお茶の最中です。
わたしは昨日一日、アレニア・ポルトマで買い込んできたものを広げてたんですが、冷静になってみるとちょーっと違和感を覚えるものがいくつかあったので、ペンネットさんの商会に持ち込んで検分してもらったのです。あいにくペンネットさんはまだ王都でしたので、留守番のひとでしたけど。
そしたらまあ、例のお店のおばあさんから買ったものが、結構な割合で聞いた話と内容が違うものが含まれてましてですねー。
ペンネットさんの紹介だったので、どーいうことですか、と文句を言ったところ、
「初手の取引から相手の言うことを鵜呑みにする方がおかしいんですよ。普通は何度か少額の取引を重ねて信用を築いてから、大きな取引をするものです」
と諭されてしまいまして。
言われてみれば、そりゃそうですね…ここは日本じゃないんですから。
まあ全部が全部ウソ八百というわけでもありませんでしたし、わたしが自分の目と手で選んだものばかりでしたので、大損こいたー、ってわけじゃないにしても、なんかモヤモヤしたものは残ったのでした。
「ふーん。まあそりゃもっともだよな。モノによるけどさ、十年以上信用を築き上げてからようやく取引が始まる、なんて場合だってあるんだぞ」
「十年て…なんの取引なんです?そんなに慎重になるものって」
「美術品とかかな」
「ああ、なるほど…」
地球でだって偽物やいわく含みのものが多いですからね。
「…あのおばあさん、綿花渡して職人の手配お願いしてるんですけど、大丈夫なんでしょうかね…」
ただ、そうなると別の懸念は生じるのでして。
「ペンネットを間に挟んだんだろ?なら大丈夫さ。一見のアコをないがしろには出来ても取引のあるペンネットを裏切るよーな真似は出来ないから」
「そーいうものですか」
そこはアコの良い判断だったな、と褒めてはもらいましたけど、アプロってわたしより若いくせして、どこでそーいう知識とか常識学んだんでしょうか。
「…じじいに城に連れてこられてから必死で勉強した。剣だけの才能じゃああそこでは認めてもらえないからなー」
…時々思いますけど、ほんとアプロって歳に似合わない努力とか苦労重ねてますよね。この部屋でダラダラしてる姿見ると想像つきませんけど。
「ふふん、すげーだろ。惚れ直したか?」
「……直す前にまだ惚れてませんて」
「またアコはそういうことを言うー。どうすりゃアコは私のものになってくれるんだ?」
「いろいろ壁とかが多いでしょーに、あなたとわたしの間には」
いえ、まあ、ちょっとアブナイかなー、とは近頃自分でも思いますけど。
こないだの旅でずっと一緒で、アプロのいろんな面見せられましたからね。
ただ…。
「…けど、アプロはわたしのどこがそんなに気に入ったんです?あなた出自はともかくお姫さまなんですし、誰が見ても目を見張る美少女なんですから、相手なんか選り取り見取りでしょーに」
そこんとこがですねー。
ベルもですけど、わたし別にどーってとこのないただの女子高生ですよ?いえ、もう「元」が付きますけど。
あー、そういえば王都でいっぱいラブレターとかももらいましたしね…まあ内容はそこまで切羽詰まったものというよりは、一度親しくお話したい、みたいなものばかりでしたけど。
悪い印象は抱かなかったので、お付き合いとかは別として、それぞれゆっくり話はしてみたいとこですけどね。
ああいえ、そーいうことは置いといて、そこんとこどーなんです、アプロ?
「どー、と言われてもなー…手紙のやりとりして、あ、なんかこのひと好きだなー、って。で、私の力になってくれるっていうから、もしかして一緒にいられるのかも、と思って来てもらって。そんな感じだし」
「じゃあ実際会ったら幻滅したんじゃないですか?こんな性格の悪い女だとは思わなかったでしょう?」
「ううん、そんなことはない」
力強く首を振ってアプロは、わたしの手をとり言います。
「実際会ったら、もっとすげー、好きになった。アコのこと、誰よりも好きだと思ってる」
「……やっぱり分かんないですよ。わたし、アプロにそうまで言われたって、自分に何があるのか分かりませんもん」
なんでか知りませんけど、わたし泣きそうになってますね…。
アプロの前では絶対泣かないって誓って、実際昨日一人でいた時にちょっと泣きましたけど、それでアプロに対する気持ちが変わった、なんてこともないですし。
「いーよ、別に。アコのいいとこはさ、私だけが知ってれば、いい。アコのいいとこみんなが知ったらきっとさ、みんながアコのこと好きになってしまうから」
「えと…その、ありがとう、ございます。お礼しか言えませんけど、今はそーいうことにしておきますね」
「うん。それでいいよ」
にっこり笑って、もとの席に戻るアプロでした。
わたしの作った朝食をすっかり平らげて空になっていたお皿が目に入り、そういえば今日はどうしようか、と思います。
「…アプロは今日はお休みなんですか?」
「あー、そのために昨日一日でフェネルを黙らせる量の仕事したから、問題無い。どっか行くか?この部屋で一日横になっててもいーけど」
「そーですね…ちょっとお土産配りに行きたいので、付き合ってもらえますか?」
「いーぞ。そういや街歩きも最近してなかったしな」
「ふふ、そうですね。ベルと追いかけっこした後始末の時以来、でしたね」
「そういうこと言うアコはキライだ…」
わたしにからかわれて頬をふくらませるアプロが、今日はひどく愛しく感じられるのでした。
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