第51話・勇者さまと英雄さまのとある一日 その2

 「おう、アコ坊じゃねえか。帰ってきてたそうだな」

 「こんにちは、昼間から済みません。お土産持ってきたのでどうぞ」

 「ア、アコ…坊?」


 まずはいつもお世話になってる酒場のフルザンテさんから。


 「えーと、川魚はメニューにあるので海の魚の干物です。この辺りでは手に入りませんよね?」

 「ほお、確かにうちみてえなシケた酒場で仕入れるにゃ手が出ねえやな。けどこの量じゃ客には出せねえぞ?」

 「別にこれで商売してください、なんて言いませんて。晩酌の肴にでもしてくださいよ」

 「がはは、そりゃそうだな。ありがたく頂くとするよ。女房も喜ぶわ。で、領主さんはどうすんだ?いつもみてえに一杯やってくか?」

 「さ、さあ?何のことだ?こんなところで呑んだことないしー?」

 「…アープーロー?」

 「ひきっ?!」


 …問い詰めたら、わたしの部屋からの帰りに一杯ひっかけて帰ることが割とあるようでした。

 まったく、こんな歳からおじさんみたいな真似しなくてもいーでしょうに。




 「あら、アコちゃん。領主さまも一緒かい?」

 「こんにちはー。しばらく王都行ってて留守にしてたんですけど、いろいろ買ってきたのでお裾分けです」

 「おやおや、これは嬉しいねぇ。なんだい?」

 「いつも葉野菜切るのに難儀してたみたいなので、包丁です」

 「あらぁ…高くなかったかい?」

 「それが意外と安いんですよ。見習いの職人さんが練習で作ったものを安く売ってる場所がありまして。見てくれはよくないですけど、ちゃんと手入れすれば切れ味はいいって評判ですよ」

 「ありがたいねぇ…大事に使わせてもらうよ。領主さんはお休みかい?アコちゃんを困らせたりしてないかい?」

 「あのなー、アコがいないと何も出来ないみたいに言わないで欲しいんだけど」


 近所の八百屋のファルルスおばさんは、アプロによく差し入れだかを持っていってます。なんでもアプロがこの街に来たときにいろいろ世話してたとかなんとかで。




 「針の娘さんじゃないか。ここしばらくはツケもたまってないよ?」

 「そもそも営業してないでしょーに、って珍しくお仕事中ですか?」

 「ああ、雨期だけど珍しく荷物が入ってきててね。稼ぎ時だってんで、目端の利く奴は店開いてるよ」

 「あー、ちょうど良かった。誰に差し上げようかと思ってたんですが、おじさんに上げます。王都で買ってきました」

 「なんだいこりゃ?」

 「穀物を発酵させて作った調味料です。この辺りでは出回ってないので、珍しいんじゃないですかね。もし気に入ったらこちらにも手配してもらえるみたいですから、試してみてください」

 「ほお…悪くない香りだね。ありがとう、やってみるよ。あれ、領主さまもご一緒でしたか。屋台祭りの折は残念でしたな。マリス様の人気があそこまでとは…」

 「その話はアコの前では勘弁してくれるかなー」


 ベルと初めてこの街で会ったきっかけの屋台のおじさんは、お肉を焼くのがとても上手です。味噌とお肉の組み合わせは定番ですからね。上手くいけばまたこの街の名物が増えることでしょう。




 「アコってさー、いつの間にか顔広くなってんのな」


 お土産の礼、ということでおじさんにもらった串焼きをかじりながら、晴れた街を歩きます。

 アプロも屋台への妙な拘りを見せず、手渡された串を嬉しそうに受け取っていたのになんともほっこりしたわたしでした。


 「別に広いってことはないと思いますけど。アプロのおまけみたいなものですし、わたし」

 「そんなことないだろ。みんなアコを見てから私に気付いてたし」


 と、訪れたところを指折り数えながら、アプロは言います。

 酒場、出入りの布屋さん、お肉屋さんに、八百屋さん。あまり顔は出しませんけど酒屋さんまでわたしを歓迎してくれてたのは、確かに意外でした。


 「まあそうだとしても、です。切っ掛けはアプロの存在ですからね。アプロ、街のひとたちに愛されてますよ。誇っていいです。わたしが保証します」

 「それは嬉しいけど。でもアコが街に溶け込んでるのも、私は嬉しい」

 「じゃあ嬉しい揃いでなお嬉しいですね。いいことです」

 「なんだよー、そりゃ」


 最後の肉をかじって残った串を指先でくるくる回すアプロと、そんな会話をしています。


 「アコ、お土産配るのとかは、もう終わった?」

 「んー、そーですね。行っておきたいところは一通り済みましたけど。どこか行きたいところとか、あります?」

 「いやー、マリスのとこは行かなくていーのかな、と思って。それとも昨日行ったとか?」

 「…昨日はカンクーロ商会行って力尽きました」


 ていうか持ち込んだ布に出されるダメ出しの度に足が重くなってましたからねー…自分の目が間違ってなかったことを確かめられたことでは、たいして相殺も出来ませんでしたし。


 「そこまで落ち込まなくてもいいと思うんだけどなあ…まあアコが落ち込む理由って、多分アコの思ってるのとは違うんだろーけど」

 「どーゆー意味です?」


 串を咥えて歩くアプロに、危ないからやめなさい、と注意しつつ聞きます。


 「アコはそういうとこうるさいよなあ…えーとな、アコはきっと騙されたというか、信用して買い物したのに裏切られた、と思っているんじゃないのかー、って」

 「そりゃそうですよ。別にこの世界のひとをバカにするわけじゃないですけど、わたしの中では、ものを売ったり買ったりする時って、ウソを言ったりしないのが商売するひとの仁義?っていうか、守るべき約束だってことになってるんですから」

 「でもさ、」


 と、やっと口から串を外して、アプロは続けます。


 「アコは、自分の世界とは商売の習慣が違う、ってことはもう納得したんだろ?」

 「…まあ、そーですね。自分のいた場所の決めごとを押しつけても仕方ないですし。わたしの方がよそ者なんですから」

 「ならもう怒る理由なんかないじゃん。納得してるんだから」

 「……それもそうですね。あれ?じゃあ、なんでわたし落ち込んでるんですかね」


 それとも逆に、わたしがまだ怒ってるのだとしたら、納得いってないってこと…ではないですね。あのおばあさんに腹立ててるわけじゃないんですから。


 「だから、アコは自分のしてきた裁縫とかでさ、ちょっとはものを見る目がついてきた、って自負してて、でもお店の売り文句にごまかされて布の本当のトコを見抜けなかったと思ってるから、まだ落ち込んでるんじゃないかなー、ってさ」


 ……なるほど。

 わたしが面白くないのは、鼻をへし折られたから、とゆーわけですか。そりゃあ落ち込みもするってものですね。


 「よく分かりました。人間、増長するとろくなことにならない、ってことですね。身を戒める教訓にさせてもらいます」

 「…だからなんでそー極端に走るかなあ、アコはー。別にアコに落ち込む理由なんかない、って私は言ってるんだけど」

 「それはまたどーしてですか?」

 「だって、買ってきた布は悪い物じゃなかった、ってさっき言ってたじゃん。ちゃんと自分の目と手で選んだから、品質には問題無い、って」

 「まあ、言いましたけど」

 「だったら、売り文句にごまかされないで、ちゃんとアコは自分でいーものだけ選んで買った、ってことだろ?自信失う理由なんか、どこにも無いって」


 …またなんともアプロはわたしを持ち上げてくれるものです。

 けれど確かにアプロの言うとおり、おばあさんの売り文句は一通り聞きましたけど、もの自体がどうかなー、って思った布は買いませんでしたしね。ていうか、まともにおばあさんの口上聞いてたら、あのお店の在庫全部買ってますって。

 そういう意味ではほんとーに、売り口上の達者なおばあさんでした。まこと、天晴れな商売人というべきなのでしょう。


 あーいえ、今感心すべきはそこじゃないですね。


 「アプロ、ありがとうございます。なんだかちょっと元気出てきました」

 「それはよかった」


 にこー、って気持ちのいい笑顔でわたしを見るアプロです。


 「…えと、でもなんでアプロはそんなにわたしのこと、わたしよりも分かってしまうんですか?」

 「そりゃ決まってる。アコのことが好きだから。よく見てるから、よく分かる。すげーだろ?」

 「すげーのはその臆面のなさですってば…そんなに正面切って口説かれて、どーしたらいいか分からないじゃないですか」

 「私に身も心も任せたらいいんじゃないかな。どうだい?今晩」

 「ちょーしにのるんじゃありません」

 「あいて」


 アプロの後ろ頭を小突いてはみましたが、わたし、けっこーどきどきしてますよね…顔に出ない性格と体質なので気付かれてはいないでしょうけど。


 「まあでも、励ましてくれたことには感謝します。お礼に夕ご飯は奮発してあげますからね」

 「いいねー、それ。陛下からお小遣いいっぱいもらっただろ?」

 「まるでおじいちゃんみたいな扱いですね…」


 さて、話もまとまったことですし。


 「…教会、行ってみません?」

 「いいよー。どうせそのつもりだったし」


 言葉に違わず、わたしたちは商業区の外れにある教会に向かって、既に歩き始めていたのでした。

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