第138話・確たる絆 その3

 次の日、屋敷に行ったらアプロもフィルクァベロさんもこちらに居ます、と言われてやってきた、衛兵さんたちの宿舎兼訓練所に着いたら。


 「……あの、これ何やってんです?」


 魔獣の押し寄せたあの戦いを乗り越えた、屈強な男たちが揃って地面に転がってました。その数、十五人ほど。

 訓練する場所、ということで小学校の校庭くらいのスペースが、宿舎の中庭みたいな場所にあるんですけれど、わたしはその中に見知った顔を見つけたので、のんびりと歩み寄って声をかけます。


 「…なんか知らねえ婆さんがアプロニア様と一緒にやってきて、オレたちをまとめてブチ転がしてくれやがった…」


 まあ所詮グランデアなので、大したケガが無いことを確認したら、ふーん、とだけ言ってさっさと離れたんですが。


 「おいコラ。いくらなんでも素っ気なさ過ぎるだろうがよ」

 「だって身動きとれないわけでもないですし、わたしが心配するのももったいないじゃないですか。ところでアプロどこです?」

 「くそっ、惚れた方の負けってわけかい」


 と、ガバッと起き上がり、でも立ち上がる元気は無いのか胡座になってそうぼやくグランデアでした。

 まあわたしもそこまで邪険にするのも悪いかなー、と思ったので、あくまでも知り合いに対する程度の気安さで、やっぱりアプロはどこですか?と聞きました。


 「…結局おめえはそれかい。ま、いいけどよ。ほれ、アプロニア様ならあっちだ」

 「あっち?」


 グランデアの指さした方角には、レンガ造りの宿舎の建物にの側に生えた大木がありました。


 「あれ、何してるんです?」

 「何って、見りゃ分かるだろ?」


 その木の枝が作る木陰の下、確かにアプロの姿は見えます。

 鎧こそ着込んではいませんが、旅の間によく見る革のベストを着用してましたから、訓練をぼけーっと見てたってわけじゃないようです。でも。


 「…あれ、ヤバくないんですか?」


 いえ、剣を持ったアプロが緊張感を漂わせた背中を見せつつ、もう一つの人影と対峙してればこれから何が起こるか自明なわけですし。

 ただわたしが「ヤバない?」と思った理由というのが…。


 「ばばぁ!今日こそ決着つけてやるから覚悟しろよっ!!」


 …って、叫ぶアプロの前にいるのが、フィルクァベロさんだったりするからです。

 あのー、昨日からずぅっとばばぁ呼ばわりしてますけど、真剣で斬りかかるとか流石にわたしでもドン引きですよ。

 しかたないなー、と止めに入ろうとした時でした。


 「…フッ!」


 気合い一閃して飛びかかったアプロを迎え撃つフィルクァベロさん、得物は杖の一本だったのですけど、わたしの目には残像みたいにしか見えないアプロの直線的な動きを体捌きだけで躱すと、慌ててバランスを崩したアプロが振り返る間も無く、持ってた杖をアプロの足下に絡め、それだけで転ばせてしまったのでした。


 「くそっ?!…だわぁっ!!」


 そして追い撃ちを避けようとして自ら転がり、そして距離を取ったと思ってか立ち上がりかけたアプロの額を杖で突くと、意図を挫かれアプロはまたもや後ろにすっ転んでしまったのでした。


 「…なんですか、アレ。フィルクァベロさんの圧勝じゃないですか」

 「だろ?あの婆さん、オレらを最大で五人まとめてあの調子だ。何度突っ掛かっても一撃も当てられやしなかったんだよ。何モンなんだ?」

 「さあ、わたしにも何がなにやら……あ、でもアプロって実際剣の腕ってどうなんです?呪言抜きで戦って」


 いつもの剣を使っての戦いがはんぱないのはよーく理解していますけど、剣だけだとどうなのか、そこんとこわたしにはよく分かんないんですよね。マクロットさんに鍛えられた、って話でしたから結構なものではあるんでしょうけど。


 「ありゃ天稟てんぴんってやつが備わってるな。本人の努力もあるだろうけどよ、まあ一対一じゃあ国内で敵うヤツはそういねえんじゃねえのか?」

 「そんなものですかね…」


 魔獣相手じゃあ結構おくれを取ることもありましたし、旅の間ゴゥリンさんと手合わせしてる時の様子見ると五分五分って感じなんですけどねえ。


 「…アプロニア様の悪いクセですよ。むらっ気が多いといいますか、本気になれば誰よりも優れた剣士となれますのに」

 「あら、フィングリィさん」

 「アコ殿、お疲れさまです。珍しいですね、こちらに来られるとは」

 「ええ、アプロとフィルクァベロさんに会いに来たら、こちらと聞いたので。で、フィルクァベロさん、何してたんです?」


 衛兵隊の副隊長であるフィングリィさんがわたしとグランデアのところにやってきて声をかけてきました。

 グランデアよりは落ち着いた話も出来るかな、と思ってあの子何やってんの、と訊ねてはみたものの、フィングリィさんがフィルクァベロさんのことを知ってるわけが…


 「バルバネラ卿でしたら、アプロニア様と朝一で見えまして。我々を叩き起こしてひと運動されたところですよ。最近訓練もサボりがちでしたので、ちょうど良い機会でした」


 …ないこともない?どゆことでしょうか。


 「おい、フィン。別に好きで訓練してなかったわけでもねえのに、遊んでたみてえに言うんじゃねえよ」

 「訓練してなかったのは事実だろう。それに貴様は体に頼って普段からきちんとした鍛錬をしないのだから、これくらいで丁度良い」

 「ケッ、てめえの方こそオレがアコと話してるのが面白くねえから口挟んできただけだろ?」

 「…つまらない勘繰りもそこまでにしておくんだな。ご婦人の動向にかまけて鍛錬が疎かになるとは全くお前らしい」

 「語るに落ちたなこの野郎。上司の情婦に色目使ってる場合じゃねえだろ?」

 「それは貴様のことだろう?先日の醜態はつとに伝わって…」

 「あーはいはい、二人ともそれくらいでー。っていうか、フィングリィさん、フィルクァベロさんのことご存じなので?」


 グランデアとフィングリィさんが仲悪いのはちょっと意外でしたけど、今はそんなことどーでもよく、とりあえず気になったことだけ訊く要領の良いわたしです。


 「私は元々王都の出身ですからね、クローネル伯とバルバネラ卿のことはいろいろと。ちなみにバルバネラ卿は若き頃より希有の才能を持つ槍使いとして有名でしたよ。長物を扱わせれば御夫君より…ああいえ、離縁される前の話ですが、強かったというのはこれもよく知られた話です」


 へぇぇぇぇぇ……なんだかお歳の割には足腰の達者な方だなー、とは思ってましたけど、若い頃からの修練の賜物なんですね。いくらやる気なしモードのアプロとはいえ、ああも簡単にあしらわれるんですから大したものです。


 そんな風にわたしとグランデアとフィングリィさん三人で話していたら、更に二度ほど転がされたアプロがこちらに気付いたようで、フィルクァベロさんに何やら文句言ってから、こちらに小走りでやってきました。


 「アコー、みっともないとこ見るなよー…」

 「あはは…でも楽しそうだったじゃないですか。それとおはようございます、アプロ。朝からお疲れさまですね」

 「ったく、冗談じゃねーって。明るくなる頃にばばぁに起こされて朝飯も食わずに引きずって来られてこれだもんな。悪いなフィングリィ、おめーらも迷惑だったろ」

 「いえ、寝込みを襲われたという態の訓練としては最適でした。こいつらにも良い薬になりましたし」


 と、まだ座り込んでるグランデアの頭を一発小突いてフィングリィさん、ため息。やっぱり疲れたんでしょうね。


 「そか。グランデアも朝からわるかったな。ま、私たちはこれで引き上げるから、寝直すなり朝飯にするなり好きにしてくれ」

 「お、おう」


 多分、年下だろうフィングリィさんに雑に扱われて面白くなさそうだったグランデアを上手い具合にフォローして、アプロはわたしと連れだって、宿舎の建物の方に向かいます。


 「あ、そうだ。おーいばばぁ!私とアコはメシ食ってくるから、どっかそこいらで…」

 「年寄りを屋外に放っておいて自分は食事とは、随分偉くなったものですね、メイルン」

 「わぁっ?!」


 てっきりフィルクァベロさんはまだ遠くにいると思ってか、さっきまで自分のいた木下に向けて声を張り上げたアプロでしたが、振り返ると目の前にいたフィルクァベロさんにまたビックリしていました。




 「くそー、せっかくアコと二人きりで朝食に出来ると思ったのに…」


 屋敷に戻るのも面倒になり、わたしとアプロは宿舎の寮母さんみたいなひとに、宿舎の会議室で朝ご飯を用意して頂いています。といって、衛兵の皆と同じようなものに、ちょっと豪華にジュースがついたくらいのものでしたが、突然やってきてメシ寄越せ、じゃ無理も無いですよね。


 「臆面もなく惚気るのは結構ですがね、メイルン。少しは食事の時の作法は身についたのですか?」

 「出るとこ出りゃちゃんとやってるよ…こんな普段食いのメシのときにまでやってられっか」

 「普段が大事なのですよ、普段が。ほら、そこでどうして左手が膝の上にあるんですか」

 「あーもー、うっせえよばあぁ…アコだって同じに出来てないんだからそっち見てやれってば」

 「アコは確かに型は違いますが、心根としてはきちんと彼女なりの作法を守っています。秩序というものが全く感じられないメイルンを直す方が先です」

 「もう勘弁してくれー……」

 「あ、あははは……」


 別に普段からお行儀が悪い、ってわけじゃないんですけどね。なんだかわざと悪ぶっておばあちゃんに構ってもらってるみたいで、アプロもかわいいことです。


 そんな風に、わたしにとっては和やかな空気の中で朝食はすすみます。

 昨日はばたばたした雰囲気でしたので、落ち着いてフィルクァベロさんとお話も出来なかったですけれど、今日は…。


 「あなたはその気まぐれなところを直さない限り一人前の剣士としては認められません。勇者だのとおだてられていい気になっている場合ではないと餞別代わりに教えたでしょうに」

 「餞別っていうんならもーちょい気分の良くなる言葉くれりゃよかったのになー。大体ばばぁに認めてもらわなくたってさ、私はちゃんと領主の務めは果たしてるんだからな!アコだってそう思うだろ?」


 …ま、あんまり変わってませんね。この二人に関しては。

 でもきっと、アプロがメイルンだった時からずうっとこうだったんだろうな、って思うと、わたしも、なんだか。


 「…アコ?どーかしたか?」

 「いえ、なんでもありません。二人とも仲がいんだなー、って少し嫉妬してました」

 「なんだよアコらしくもねー。私が一番好きなのはアコだって、誰よりもアコが知ってるはずだろ?」


 そうですね。アプロがフィルクァベロさんのことが大好きだっていうことも分かっちゃいますよ、その言い方だと。


 「……アコはなかなか苦労しているようですね。ただ、メイルンと懇ろになった娘と聞いて心配でしたが、しっかりしているようで安心しましたよ」


 ひとりお茶を口にしてたフィルクァベロさんが、なんだか固い空気になったのを察してか、助け船を出してくれました。

 いえまー、なんとゆーか、アプロとわたしの関係ってどこまで知られてるのかしらと少し冷や汗出ましたけど。


 「どーいう意味だよ、ばばぁ。アコが私と一緒にいて苦労なんかするわけないだろ。私もアコも幸せにやっていくさ。きっと」

 「…そう願いますよ、メイルン」

 「……うまくいくよ、ぜってー」

 「………アプロ」


 …あー、なんかダメですね。最近アプロのこういう真剣で寂しそうな顔見ると、際限なく甘やかしてあげたくなります。わたしが悪いから、ってこともあるんですけど、わたしやっぱりアプロのこと、大好きなんだなあ、って泣きたくなってきますよ。


 「甘やかしたいと思うのは結構ですが、婆の見てる前でするのはどうかと思うのですけれどね、アコ」

 「え?あ、あらわたし実際にやっちゃってました…?」

 「アコ……そーいうのは二人きりのときにしてほしーなー…」


 気がついたら隣に座ってたアプロの頭を抱いてなでなでしてました。うーん、意識せずに体が動いてしまうとは、わたしとしたことが。


 それからは、朝食をとりながら、ということですから込み入った話になんかなりようがなく、それからはわたしがいろいろ疑問に思ったことを尋ねたり、アプロがアウロ・ペルニカでどういう暮らしをしているかを主にわたしが話したりしていました。

 興味深い話だったのは、フィングリィさんがアプロの家来ではなくて、ちょっと立場が違うってことでしたね。さっきグランデアとなんやかんやありそうだったことを話した時にアプロが教えてくれたんですけど。


 『フィン以外の、ブラッガ以下衛兵の皆はもともとこの街の出身だよ。わたしが街を領有していることで私の家臣扱いだけどさ。フィンは、私がアウロ・ペルニカに出向く時に国軍からつけられた副官なんだ。けどどーも部隊指揮の方が向いてるっぽかったから、兄上の許可を得て副隊長にした。ブラッガの下なら指揮官としても育つだろーしな』


 だから、グランデアみてーな衛兵の中の跳ねっ返りと仲が悪いのは当然だろ、と事も無げに言ってたのにはフィングリィさんに同情してしまったのですけど。

 でもアプロも双方をしっかりフォローしてましたし、そんなところを見たわたしとしては、惚れ直さざるを得ないのですけどね。えへん、流石わたしのアプロです。




 けれどそんなことをしているうちに。

 あるいはわたしもその時が来るのを遠ざけようとしてて、でもその手立ても尽きたかのような沈黙が、部屋の中を覆いました。

 今の今までフィルクァベロさんは怒るでもなく、かといってなんでもかんでも許すのでもなく、わたしとアプロのことをじっと見守ってくれていました。


 わたしに、聞きたいことがある。


 そしてその意志と意図の重みは時間と共に増してゆき、そしてとうとうその圧にわたしより先に耐えきれなくなったアプロが、もうご免だとばかりに勢い良く立ち上がり、悔しそうに、本当に悔しそうに、フィルクァベロさんの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるんじゃないかと心配するくらいの烈しさで、言いました。


 「……ほんとう、何しに来たんだよばばぁ……私と、私のアコが、何したってんだよぅ……」


 わたしと、わたしのアプロが、二人でしあわせになりたくて足掻けば足掻くほど、そこからは遠ざかっていく。

 あの日から、朗らかな暮らしをしているつもりでも、わたしたちはどこかでそんな焦りに追い立てられていました。

 だから今、その危うい日常を暴くフィルクァベロさんの一言から、全てが動き出したといっていいのかもしれません。


 「私はあなたに会うために、遙々はるばる王都からやってきたのですよ。初めまして、第三魔獣、カナギ・アコ」

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