第34話・針の英雄の、いい女講座

 アプロとベルの大体いつも通りのケンカから数日経ったある日のこと、わたしはお裁縫の材料を見繕いに、商業区の仲買人さんの店にお邪魔してました。

 最近はわたしの趣味もけっこー知れ渡っているみたいで(なんかアプロがいろいろ吹聴してるみたいです…困ったものだ)、本当なら商人さんの間でしか取引しないところを、見本品みたいなものなのですがわたしにも小売りしてくれるところを見つけまして。

 小さな金具やゴムの代用品なんかもそういうお店で見繕っているわけです。もちろん先方も好意だけでそんなことをしてくれるわけじゃないでしょうから、いずれ見返りは差し上げないといけないのでしょうけど。


 まあそんな具合で、良い感じの布を手に入れてホクホクしてたわたしでしたが、帰り道でマリスとマイネルが連れ立っているところをに出くわしました。


 「あら、珍しいですね。教会の外で二人で歩いているというのは」

 「ああ、アコ…ちょうど良かったよ、君からも言ってやって欲しいんだ」


 わたし、回れ右。


 「ちょっ、なんで引き返すんだい?!」

 「…だって野暮はしたくありませんしぃ」


 …とは言いましたが、実のところマリスがお冠と言いますかなんとも機嫌が悪そうでしたので、関わり合いにはならずそっと遠くから眺めた方が楽しそう…と思ったからで。


 「野暮って…あのね、僕は困っているところなんだから、助けてくれないかな…」

 「んー、でもマリスも普段忙しい身でしょうし、たまのお休みくらいご機嫌とりしてた方が良いんじゃないですか?」

 「そうは言ってもさ…僕だとなかなかマリスの喜びそうな場所も知らないし、何かいいところ知らないかな…?」

 「よそ者どころかこの世界の人間ですらないわたしに何聞いてるんですか、地元民。女の子を喜ばせるのは男の甲斐性なんですから、いいとこ見せて惚れ直させてあげなさい。それじゃ」

 「アコー…」


 なんとも情けない声をあげるマイネルです。

 割と肝心なところでずっこけることもありますが、普段は飄々とした好青年なんですけどね。マリスには頭が上がらないのは相変わらずのよーでした。

 わたしは去り際に目のあったマリスに目礼をして、早速これでベルの下着の試作を…と思ったところで、袖口を引っ張られます。


 「…あの、マリス?どうかしました?」


 わたしを引き留めたのはマリスの方でした。


 「お兄さまは分かっていません。ですので、アコに付き合ってもらいます!」

 「えええ…あのさ、マリス?僕の何が悪かったのか、教えてもらわないと本当に分からないんだから…」

 「自分で考えてください!行きましょう、アコ」

 「あ、あのー…」


 マイネルをほっといてわたしを引っ張っていくマリスでした。

 痴話げんかをする相手もいないわたしに対してこの所業。うわー、やってらんねぇ。




 …とは思うのですが、何せ相手はわたしよりずぅっとちっさい女の子ですしねー。仕方なく引っ張られていくうちに、商業区から住宅街に入ります。ぶっちゃけわたしの部屋への帰り道です。

 最初の頃こそ憤懣遣る方無い、という勢いでわたしを引っ張っていたマリスでしたが、マイネルの姿も見えなくなってしばらくすると(追っかけてこないとか何考えてんでしょーね、あの野暮天は)、歩く速度も緩めて気落ちした様子になるのでした。

 というか、この空気って。


 「…マリス?わたし、当て馬にされるのはごめんですからね」


 黙ったまま、に耐えかねて抗議したわたしの言葉に、前を歩いていたマリスの肩がビクッと震えます。ビンゴのよーです。


 「まあ見たところ、マリスはマイネルと一緒にいるだけでも充分なのに、マイネルの方が接待の気分が抜けなくて面白くない、ってところでしょうけど、それなら一緒にどこに行こうかとか考えれば良いんですよ」


 案外マリスもお姫さま気質が染みついてますしね。こーいうところは年齢相応で可愛いトコだと思うのですけど。


 「…アコにはどうしてそう簡単に見抜かれてしまうのでしょう?」

 「ある程度長生きすれば、誰だって分かるようになりますよ、こんなこと。人情の機微、ってやつです」

 「アコだって大して違わないじゃないですか」

 「まあそうなんですけど、子供の頃の一年や二年は、大人よりもずっと中身が濃いものですしねー。で、どうします?マイネルのところに戻りませんか?」

 「………」


 あ、考え込んでる。

 でも何だか悪いことを考えてる顔ですね、これは。ちょっといつもの調子が戻ってきたみたいです。


 「…せっかくですから、今日はお兄さまをかき回してあげようと思います」


 そんなことを満面の笑みでのたまうマリスなのでした。

 悪女だなー。なんていうか本当に、小悪魔だなー。

 だがそれが良い。


 まあそういうわけで、荷物を置くついでにわたしの部屋で一休みすると、マリスには馴染みの薄い住宅街を案内して回ることにしたのでした。

 教会は商業区にありますし、マリスも身分が身分です。ごく親しいひとと勝手に歩き回るような真似は普段しないようですから、わたしにとっては馴染んだ景色でも結構楽しめたようです。

 小売りのお店はこちらの方が多いですし、子供の姿は商業区ではあまり見かけませんから、遊びに誘われて目を丸くしてたところなんかは、本当にかわいい、年齢相応の女の子の姿なのでした。

 ま、時折「お兄さまが今のわたくしを見たらどう思われるかしら」とかマイネルのことを気にしてた辺り、お察し下さいって感じですけど。




 「…マリスとマイネルって、いつもああなんですか?」

 「ああ、とはどういう…?」


 わたしがおやつをよく買う水飴売りのおじさんからオマケでもらった飴玉を舐めながら、マリスに聞いてみます。


 「ええと、マイネルがマリスのご機嫌をとるというか、なんかかしずくというか」


 我ながら酷い物言いだとは思いますけど、許婚って関係からするとどこか不自然に見えるのですから仕方ないです。

 でもマリスにも思い当たる節があるのか、少し考え込むようにしてからこう答えます。


 「…わたくしがもっと子供の頃、初めてお会いした時はああじゃなかったのですけれど。ちゃんと頼り甲斐のあるお兄さまでした。でも、わたくしが教区長になって、お兄さまも一緒にこの街に赴任してからは、ああいう感じになってしまって…」

 「許婚、って関係になったのはいつ頃なんです?」

 「そうなさい、と言われたのと初めてお会いしたのが同時です」


 わあ、ひでー話。

 というか、それでマリスは納得したんでしょうかね。


 「納得もなにも。わたくしは言われるがままに育ってきましたから。産まれながらに教義の全てを知っていた、なんて囁かれていますけど、わたくしが望んでそうなったわけじゃないのですし、それならばそうなっても仕方が無いのかな、って今はそう思っています」

 「………うーん」


 だいぶ重症ですね、これは。

 マリスは望んだわけでもない才を持ち、それをいいように扱おうと…いえ、逆ですね。扱いかねた大人たちに、扱いかねたからこそ扱えるように扱ってしまおうという思惑から、今こうしている。

 かなりひねた見方ですけど、個人として力のない有名人じゃあしょうがないのでしょうね、と最近似たよーな立場になりつつあるわたしとしては、そう思うのです。

 だったら、まあ。


 「なら、マリスは今のままでもいいんじゃないですか」

 「え?」

 「わがまま言ってマイネルを困らせて、こーして休みの日には引っ張り回すくらいでもいいと思いますよ。マリスは、いずれ力を持つひとです、きっと。それはあなたが望む、望まないに関係ありません。そしてその影響力の大きさに、あまり勝手を言えなくなってしまうんでしょう。だから、わがままを言える相手がいるってことは、後でとても貴重な思い出になると思います」

 「思い出…」


 そこのところがマリスには、感じ入るところがあったのかもしれません。何度か口の中でそう呟き、それからホッとしたようにわたしを見上げて言うのです。少し、不安そうに。


 「…お兄さまは、わたくしがそのように振る舞うと、わたくしをお嫌いになってしまわれたりしないでしょうか…?」


 うーん、かわいい。めっちゃかわいい。こんなかわいい子を許婚とかにしてしまってるマイネルは世界中のロリコンから呪われてしまえ。というかまずわたしが呪ってやります。


 「マリスはマイネルのことが好きですか?」

 「はい!もちろんわたくしは、お兄さまのことが大好きです!!」

 「じゃあ大丈夫ですよ。マイネルは野暮が服着て歩いてるよーな困った男ですけど、好意を向けられて無碍にするよーなにぶちんでもないですから。それはアプロとわたしが、保証します」


 流石にアプロを差し置いてわたしがマイネルを評するのも差し出がましいと思いましたので、ここは名前をかりておきます。

 …が、アプロの名前を出した途端、マリスの顔が曇りました。


 「…そうなのでしょうか。お兄さまはとても素敵な方です。身の回りの女性を惹きつけて止まないのではないでしょうか…わたくしではとても太刀打ち出来ないような、素敵な女性が、お兄さまの周りにはいるでしょうし…」


 あ、この子アプロに嫉妬してるんですね。

 でもその心配はないですよ。アプロとマイネルの漫才を普段から見てる身としては、そんなことあり得ませんから。

 …けど、そんな言い方でマリスが納得するはずはないでしょうし。


 「…そこはほら、マリスが女を磨いて、マイネルの目をずぅっと惹きつけておかないと。マイネルが泣いて喜ぶくらいに佳い女になれば、そんな心配する必要はありませんよ?」

 「…アコ…さま」

 「さま付けは止めましょう、って言ったじゃないですか」

 「いえ、今だけはこのように呼ばせて下さい。迷い多き身に指針を示して下さったアコ様は、わたくしのこころの師匠です」


 そんな大げさな、と思いつつなんだか悪い気のしないわたしです。


 「ふふふ、佳い女への道は遠く険しいんですよ?」

 「はい、師匠。さしあたって…何をどうすればいいのか、教えて下さい!」

 「…え?」

 「アコ様はわたくしの目から見ても、とても素敵な女性です。佳い女、です。ですので、わたくしをどうかお導きください。アコ様のような、佳い女へと、どうかわたくしを!」


 しまった…墓穴掘りました…。

 あ、あああ……アプロが、アプロがわたしの脳内で笑ってます…。


 『佳い女?アコが?…はっ!』


 鼻で笑われてしまいました…。


 とりあえず…佳い女というものは口から出任せを言わない、ということを教えることから始めるわたしなのでした…。

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