第28話・わんことにゃんこのワンダフルデイズ その2
「アプロっていつもひとりでご飯食べてるんですか?」
時と場合と相手が相手ならけっこー胸が躍る場面なのでしょうけど、アプロの屋敷でアプロと二人きり、ではそんな気分にもならないのです。
とはいえ、日本にいたのではなかなか居合わせられないだろう状況なので、わたしは素直にきれいな部屋のおいしい食事を堪能します。
食堂、というとなんか猥雑な雰囲気を想像しますけど、領主さまの屋敷の食堂、ともなると言葉は同じでも指し示すものは全く違います。
まず、テーブルはクロスが張られてシミ一つありません。
灯りは…いくらなんでも蛍光灯だのLED灯だのというわけにはいかないにしても、この世界では贅沢になるのでしょう、聖精石を灯りにして使っています。
出てくる料理ときましたら、わたしが普段部屋で作ってるよーなあり合わせのものなんかお話になりません。給仕のおじさんが並べてくれるお皿に盛られた料理は、この世界にそこそこ馴染んだ身でもそうそうお目にかかれるものでもないのでしょう。わたしは出てくる料理出てくる料理にいちいち感動するのでした。
「あ、これ美味しいですね。おかわりいただけます?」
「アコ…こーいう席ではおかわりなんかしないものなの」
「え、そうなんですか。でもその割にアプロはしょっちゅうしますよね、おかわり」
「アコの部屋で食べる時と一緒にするなって。で、いつもひとりで食事するのか、っていうとなー…ひとりで食べてる方が気が楽だ」
「…ああ」
アプロのうんざりした顔で納得するわたしです。
きっと、押しかけてくる街のお偉いさんとかとご飯食べてたら、味なんか分かんないでしょーね。そう思うとわたしの部屋で、わたしの作った粗末なものを喜んで食べてるアプロがとてもかわいく思えるものです。
…そーいえば、食べるといえばベルも結構食べる方ですよね。
そんなにしょっちゅう会うわけじゃないですけど、屋台の組合から指名手配されそーになってた、ってこないだアプロに聞きましたし。
まあ最近はわたしのツケにするよーに言ってますので、危なっかしいことにはならないと思います。その分わたしの財布が危なっかしいことになりそーですけど。
「…ん?アコ、どーした」
「うーん…ご馳走になっておいてこんなことを言うのもなんですけど…屋台の味も悪くないものですね、って思ってました」
「………」
アプロ、半目でわたしを睨んでます。多分ベルのことを思い出していたと見抜いているのでしょう。
「そんなに睨まないでくださいよ。でもアプロもたまにはどうです?屋台で買い食いとか」
お屋敷の食事、わたしの部屋でのご飯。あとは旅の途中のキャンプ飯のようなもの。
まあいろんな場面でいろんなご飯をアプロと食べてますけど、街中で立ち食いとか買い食いってやったことないんですよね。マリスでさえやってたのに。
「屋台メシはなー……あんまりいい思い出がないや」
あまり気が乗らないようです。
理由なんか分かりませんし、わたしが根掘り葉掘り聞いていいことかも分かりませんでしたので、わたしは「そうですか」とだけ答え、明日からの旅に備えてたっぷりと栄養をとるのでした。
「…おかわりがダメなら折り詰めにしてもらってもいいですか?」
「もうさ、アコは好きに生きたらいーと思うよ」
・・・・・
「…顕現──────せよーっ!!」
アプロが呪言を締めます。
と同時に、高く掲げた剣を両手で横薙ぎに振るうと、なんだかいつもよりずぅっと重たそうに振るわれた剣の軌道の後に現れた………なんといいますか、一番近いものを挙げれば…電柱?
よーするに、長くて太くて重くて先の尖ったものがぶっ飛んでいって、今日の魔獣の眉間からお尻までブッ刺さって。
「みんな伏せろーっ!!」
アプロの叫びと同時に全員地面に倒れ伏し、直後、いつぞやのほどじゃありませんけれど、頭の上を石やらが飛んでく程度の爆発が起こったのでした。
わたしは爆発の収まったあとの惨状を想像しながら、静かになった周囲を確認するために顔を上げたのですが、そこにあったのは想像をはるかに越えて、アレな光景です。
「…アプロー、そろそろやり方考えながらやってくれないと、わたしに精神的な問題が起きそうなんですけれど……」
そこにはかつて魔獣だったものが、四本の足で立ってました。
いえ、正確には、さっきまで魔獣だったものの、「四本の足が」立ってました。
つまるところ、足の上に乗っかっていた胴体とか頭部とか、そーゆーものが残らず消し飛んで足だけが残っていたわけです。グロいどころじゃありません。元気に暴れ回ってたころを見ていた分、余計にです。
「そんなこと言われてもなー…どれだけの力で殲滅出来るか分かんないんだから、なるべく全力ぶち当てないと」
「…アプロの全力がどんどん強くなってるんだよ。もう少し力加減した方がいいよ、アコの言う通り」
「………(こくん)」
マイネルとゴゥリンさんも同感のようです。
そーですねー…アプロのこの力を何度も見てますけど、どんどん洒落にならなくなってきてますし。普段どんな修行してるんでしょうか、この子。
立ち上がりながらそうぼやいていると、かろうじてバランスを保っていた四本の足が倒れていきます。地面に転がる音も重量感たっぷりでした。ずしーん、とかそんな感じ。
こないだマリスに付き合って受け取ってきた今回の予言の穴からは、魔獣は一匹しか現れませんでした。ただその分、冗談でしょ?と思わず笑ってしまうくらいのものがですね。
まー、地球のものより二倍の高さはありそーな象が出てくれば、わたしだって笑うしかありませんて。そりゃこんなのがポンポン出てくるよーだと、魔王だの何だのと言いたくなる気持ちも分かります。
「アコ、そろそろ来るんじゃないかい?」
「ですねー…はぁ」
「また随分気のない様子だね。心配事かい?」
同じように立ち上がって、埃を落としていたマイネルが聞いてきます。
そりゃそーですよ…あんな化け物じみた魔獣が出てきたのでは、どんだけデカい穴を縫い合わせないといけないんですか、わたし。
まち針があるといっても、仮止めしてるうちに出てきたりしないでしょーね?
「……アコ、来たぞー」
流石にへばって座り込んでるアプロから声がかかりました。はいはい、また上からですか?そろそろ日暮れも近いですから影ったりしないでしょうしね、とやさぐれ気味に空を見上げます。
「……無いじゃないですか」
「そっちじゃなくて、こっち」
「え?」
足を投げ出したアプロが、自分の足の先を指さしてます。
わたしが目を凝らしてそちらを見ますと、ありました。ウィンブルドンのセンターコートくらいありそーな、黒い布が。
なお、センターコートといってもラインの中だけじゃなくて、スタンドに囲まれた芝面いっぱいくらいの面積で。
…わたしテニスけっこー好きなんですよね。自分でやるわけじゃないんですけど、おじさんといってもいい歳のプレイヤーが若僧をケチョンケチョンにしてトッププレイヤーに君臨してるのって、なんか胸がすくじゃないですか。ジョコビッチやフェデラーなんかもう、「様」付けにしてもいーくらいです。
「アコー、気持ちは分かるけどそろそろ帰ってこーい」
「…そろそろ一人でやるのも限界そーなんですけど」
テニスコートくらいならまだしも、サッカー場サイズになったらどうするんでしょうか、コレ。
まあ眺めていても仕方ありません。さっさと始めて帰ることにしましょう。まち針足りるかなあ…。
「アコ、まだー?」
「………」
…危ないところでした。まち針の数を見誤って刺す間隔を狭くしすぎたために、最後の方はギリギリだったんです。けどこの調子じゃまち針の追加も要りそうな感じ…。
そしてアプロの声にも答えず、一心不乱に縫い続けるわたしです。
「アプロ、急かして早く終わるわけじゃないんだから、ちゃんとこっち警戒してくれよ」
「けどなー…だいぶ暗くなってきてるし…」
「………」
三人は魔獣の出てくる方の穴を警戒してます。まあわたしの手元がピクリともしてないんですから、また出てくるようなこたー無いでしょうけど。
「………………あいたっ」
針で指を刺しました。ていうか、もう手元の確認も難儀するくらい暗くなってます。えーと、スマホのライトで…って、スマホなんかあるわけないじゃないですか。あー…困りましたね…いくら慣れてきたとはいえ、何も灯りのない状態で針仕事なんか出来るわけないですし…。
えーと、あと残るところは…三メートル、ってとこでしょうか。もとの長さを思えば結構いいペースのはずなんですが。
終点に目をやって、わたしはため息をつきます。あとちょっと、というにはやや距離がありますが、って、縫い物の長さの表現に「距離」はないでしょーが。わたしも大分毒されてきた感がありますね。
「ほら」
「あ…」
とかぼやいていたら、手元を明るく照らしてくれる光源を差し出してくれました。直接目に光が入らないようにシェードみたいな覆いが被されてますけど、光る聖精石でしょうかね。
「ありがとうございます」
「うん。あと少しだな」
ともかくこれで作業は続行出来ます。ラストスパート!…とばかりにわたしは一気に指の動きを早め、残り三メートルを駆け抜けました。
そして、やり遂げた感もたっぷりに、糸を切ります。
いい加減腕も肩もコチコチです。大きく伸びをして、体をほぐしました。
「…終わっ…たー………っ」
「おつかれ、アコ」
「あ、はい。どうも」
灯りを持っていてくれたアプロにお礼を言わないといけませんね………って。
「うん、どうした?アコ」
「お、アコ終わったかー?やっとご飯に…」
「アプロ、せめてアコにお疲れさまくらい言ってから…」
「………?」
暗い中、どこにあるのかも分からない魔獣の穴を警戒してた三人がやってきます。消えたところが見えないのでどーなったかは分かりませんが、縫い終えると同時にテニスコート大の布もわたしの手から滑り落ちるよーに消えてしまったので、問題はないのでしょう。
でも今はそれより、ですね。
「…なんであなたがここにいるんですか?」
「アコが熱心に仕事してるところを見に来た」
宵の暗がりですが、月が昇り始めたようです。その光に照らされてわたしを見つめる顔は、とても機嫌の良さそうな、ベルのものなのでした。
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