第27話・わんことにゃんこのワンダフルデイズ その1

 みなさんこんにちは。神梛吾子です。

 わたしの部屋は今、こんなんです。


 「………」

 「………」


 最悪の空気で充ち満ちています。

 斯くあれば、ぜってーこうなると思ってはいましたけど、本当になってしまうと手の施しようもないものですね。


 「……退け」

 「……お前こそ出ていけ」


 つまるところ、わたしのかわいい妹分が二人、睨み合っているのです。


 そりゃまーねー、アプロとベルが顔を合わせて和気あいあい、きゃっきゃうふふとさんざめく、なんてこたーあり得ないと分かってはいますけどね。


 「……斬るか」

 「おもしれー。口先だけじゃないってことを証明してみろ」


 …せめてわたしの部屋でメンチの切りあいは勘弁して欲しいんですけれど。


 一体全体、どーしてこーなった。



   ・・・・・



 フェイヤさんとアプロのいない場所でお会いする、というのはそんなにないハズで、そりゃわたしの部屋にアプロを迎えに来る時か、さもなくばいつまで経っても仕事に戻らないアプロをわたしが引きずって引き渡す時にしか会わないのですから、当然なのです。


 ですので、何の問題もない時に対面したフェイヤさんが実はけっこーな美青年だった、というのは気がついて改めて驚くことなのでした。まったく、こんな美青年を苦しめてその悶える様を近くでにやにやと眺めるとか、アプロもなかなかいい趣味してるじゃありませんか。わたしもちょっと混ぜなさい、こら。


 「…カナギ様、私の顔になにか?」


 なにかと申されましても。わりと形の整った目と鼻と口が、としか。あと浅黒い肌もエキゾチックですね。黒髪もこの街では少数派ですが、わたしには馴染みがありますし。


 「フェイヤさんもけっこー苦労が顔に出る方ですよね」


 とはいえ、思ったまま言うわけにもいきません。世間話的にねぎらうようなことを言ったのですが、却って疲れたような顔をさせてしまいました。


 「いえ、最近はカナギ様のお力添えで我々の苦労も減っておりますから…そんなにくたびれた顔をしておりますか?」

 「うふふ、んだ顔も悪くないですよ、フェイヤさん」

 「…意味は分かりかねますが、褒めて頂いたものと解釈しておきます」


 …まあなんていうか、アプロがついつい困らせてしまうのも分からないでもないですね。なんかこーいう困った様子が嗜虐趣味…いえ、わたしの中のSっ気を呼び覚ますんですから。


 「こほん…それで本日のご用の向きは?」

 「あ、ごめんなさい。本来の用事を忘れるところでした。アプロ居ます?呼ばれて来たんですけど」


 わたしは珍しくアプロに屋敷に呼ばれて来ています。

 アプロがあまり見せたがらなくて普段は中に入ることもないのですけど、明日の出発を前に珍しくアプロの方から、屋敷で食事をしようと誘われたのでやってきていたのでした。


 「ああ、ちょうど頃合いですね。支度もそろそろ調うころですのでご案内します。まずはアプロニア様にお通しを?」

 「ですね。っていうか今何してるんですか、あの子」

 「カナギ様が見えられるということで、溜まっておりました各種の決済を済ませておいででした」

 「あー、もしかして邪魔でしたか」


 ちゃんと仕事しているのであれば時間ずらしてもよかったかもしれませんね。

 わたしは先導するフェイヤさんについていきながら思いました。

 …そういええばアプロのお家の中をちゃんと案内されるのは初めてでしたので、ついつい周りを見てしまいます。

 この街は結構栄えてもいるようですし、領主さまのお屋敷として相応の広さはありますが、アプロもあんまり贅沢には興味がないのか、身の回りについてはそんなに使用人の人が多いわけでもなさそうです。お仕事関係の出入りは多いようですけどね。

 お屋敷の中も質実剛健そのもの。

 さながら鎌倉幕府の御家人のお屋敷のような、って例えとしては適切じゃないですね。ただ、華美でなくて割と必要最小限に整っている、っていうか、アプロの性格からするとただ無頓着なだけかもしれませんけれど。


 「いえ、むしろ…カナギ様のお越しに合わせてか、常にない勢いでこなしておいででしたので」

 「え?ああ、そういうことですか。いえいえ、お役に立てたのであれば」


 そーしてぼけーっと歩いていたら、そんな話になったのでした。




 「カナギ様がお見えです」

 「んー…あ、アコ来たのか?!」


 部屋に入ったときは机の前でのびていたアプロですが、わたしの顔を見ると途端に元気になりました。そういえば昨日はアプロもずっと缶詰でしたし、一日顔を合わせてませんでしたからね。元気そうでなによりです。


 「ただいまお茶をお持ちします。では、ごゆっくり」

 「あ、はいどーも」


 フェイヤさんはそそくさと退出していきましたが、アプロはお構いなしのよーです。一言くらい声をかけてあげてもいいんじゃないでしょうかね。


 「アコ!こっちこっち」


 そんなわたしの気持ちなどおかまいなしのよーです。

 この部屋はいわゆる執務室とでもいうのですか、マリスの部屋にあったのと負けず劣らずおっきな机の他に、応接セットのような低いテーブルとソファがあり、アプロは嬉々としてそちらに向かうとソファにダイブして隣の席に座るよう、わたしを手招きしてました。


 「隣じゃ顔がよく見えませんからね。こっちに失礼しますよ、と」


 なんとも無邪気なアプロですけど、こういう時は対面に座るものでしょう、とわたしはアプロの正面のソファに腰掛けました。

 うーん、なんだかんだ言ってこの手の調度品はいいものを揃えてありますね。わたしの実家のものより座り心地が良いです。

 前も言ったような気がしますが、草原の真ん中にあって建築資材の調達の簡単でないこの街では、一般庶民は焼きレンガで組み上げられた家に住むことが多いです。ですので、石や木をふんだんに使われたこの屋敷のような家は、それだけで富の象徴のようなものなんですが、住人であるアプロはその辺あんまり頓着してないようですけど。

 ただ、家そのものは気に入っているようで、結局面白くないのは職住一体ってところなんでしょうね。

 なお、わたしを外に住まわせているのは、いざという時に逃げ場にするためです。まあフェイヤさんをはじめとしたアプロの部下の人たちは、分かってて見逃してくれているみたいですけど。


 「…アコ。最近私に冷たくないか?」

 「なんでそうなるんですか」


 …どうもアプロの隣を断ったのが面白くないようで、ソファに腰掛けて物思いに耽っていたわたしを対面から睨んでます。


 「昨日だってさー、アコを待ってたのに結局来ないし。こないだは私をフェイヤに売り飛ばしてマリスと二人で出かけるし」

 「昨日は雨で出かけられなかっただけですし、マリスの件はちゃんと説明したじゃないですか」

 「そんなこと言ってもさー…」


 こーやって拗ねてるアプロは見ててかわいく、飽きないのですけど。

 今日はわたしの部屋にいるときのよーな、だらしな…ざっくばらんな格好じゃなく、仕事着なのか、なんだかOLのようなぴっちりしたスーツ状の着衣ですけど、逆にそれが背伸びした子供のようで、随分ちぐはぐです。


 …そうですね、なんだか最近アプロを見てると、街の外でわたしたちを率いて戦う姿と、休みの日にだらけてるアプロ、それから、今こうしているように、なんだか心細い思いをしているようなアプロと、ちぐはぐ…どこか筋の通っていない、不安定なところが見てとれるんです。

 あるいはわたしのせいかもしれない、と思ったこともありますけれど、何せ原因に心当たりが、ない。あ、いや、ベルのことはありますけど…どーもですね、あの二人の初対面を思い出すと、アプロにとっては発奮したり対抗意識(何を対抗するのかは知りませんが)を燃やしたりはしても、こうも落ち込んだよーな姿になる原因にはならない気がするんですよね。


 なので、わたしはこういう時、せいぜいアプロのわがまま聞いてあげるくらしか、出来ることはありません。


 「あーもー、しょうがない子ですね。いいですよ、隣にきてください。はい、どーぞ」

 「…いいのか?」

 「それこそ今さらですよ。今日はアプロの甘える日、ということにしておきます」


 とはいえ、ご機嫌とるのも楽じゃないのでした。

 でもその甲斐あって、アプロは大喜びでわたしの隣に腰掛けると、「うふ、うふ、うふふふふふ…」となんだか気色の悪い声で笑ってます。わたし、思わずドン引きです。


 「な、何なんですかその笑いは…」

 「んー、なんでもないー」

 「何でもないってこたーないでしょうに。まあいいですけど」

 「ん、観念したのな、アコ。そーそー、人間諦めが肝心なんだからさ」


 観念って概念は地球と一緒なんでしょうかね、この世界…なんて無意味なことを考えてましたら、控え目ながらも聞き逃せないドアのノック音。匠の技です。


 『アプロニア様、お茶をお持ちしました』

 「あー、今いいとこだからほっといてくれー」

 「別にいいとこでもなんでもありませんよ。フェイヤさん、いいから入ってきてください」

 「アコ、主人は私だぞ!」

 「喉が渇いてる客にお茶も出させないひとを主人とは認めません」


 アプロの抗議を無視してフェイヤさんを呼び入れます。というか普通にお茶が欲しいところだったので。

 主人であるところのアプロの言いつけを破らせて大丈夫なのかなー、とも思いましたが、フェイヤさんは特に気にもせず、それどころか普段は割とクールな表情を楽しそうにしつつ、小さなお盆を片手に入ってきました。


 「お食事が間も無くですので、つまむものは用意いたしませんでした。ご用命があればお持ちしますが」


 うーん、プロです。TPOに合わせてお茶だけの用意とか、まことわたしの琴線に触れる心配りです。


 「なんだよー、仕事終わってお腹空いてたのに気が利かないなー」


 …主にはさっぱり理解してもらえてないのが、不憫なフェイヤさんでした。

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